第3章 part2



 ユリシカは、拾ってきたばかりのガラクタの修理をアスールに押し付けてから、洗濯機の中へ袋の中身を放り込んだ。それは、今朝、《CAGE》から落とされた住人の身につけていた服だった。死体は、冷蔵庫の上にぶつかっていて、キズものになってしまっていたが、服についている血液を落としさえすれば、衣類や装飾品は売り物になるだろう。
 洗濯している間中、彼女は居間をにらみつけていた。このシェルターの構造上、どの部屋から出ても、居間を経由しなければどこへもいけない。そのため、アスールが作業室から出て他の部屋に入ろうとすれば必ず居間に姿を現すことになる。彼女はアスールに己の住居をうろついてほしくないだけでなく、今、何を洗濯しているか見られるわけにはいかなかったのだ。
(なんてったって、おんなじ《CAGE》の住人の服だもんね。見られてしまったら、何か聞いてくるかもしれない)
 宝の山に落下した若い女の死体から服と下着と装飾品をはぎとったのだ。装飾品は純金の指輪と耳飾り。衣類や装飾品は機械と違って普通の店舗では買いとってくれないが、あの赤いテントの買い取り業者ならば、買い取ってくれる。宝石はその身を飾る以外に役に立たないが、純金はそれなりに価値があるので、財産として自宅に保管する住民も多い。当然のことであるが、ユリシカの部屋の隠し場所には、純金の入歯や金時計や指輪が大事に保管されているのだ。いざと言う時の隠し財産として、きちんと磨いてある。
 洗濯が終わる。中から取り出すと、桃色の美しい服がしわくちゃになって姿を見せる。ワンピースというものだが、あいにくこの町に一軒しかない服屋を覗いても、そんなものは置いていない。置かれているのは作業着や防寒着ばかりで、目的がファッションのため、という服などない。実用性のあるものばかりが置かれている。そのため、ユリシカを初めとして、この町の女は誰一人として着飾ると言う事を知らないのだった。もっと規模の大きな町に行けば、綺麗な服に身を包んだ女の姿を見る事ができるだろうが……。
(自分の部屋に干すかな、こいつは。しかしこの服、何でこうも薄いのかなあ。こんなの着ていたら、すぐビリビリに破れてしまいそうだなあ。やっぱり汗水垂らして働かずにすむ場所にいるんだから、作業着みたいなゴツいのを着る必要がないってことなのかな)
 一番日当たりが良い場所は、天井から光のさしこむ居間しかない。いつも洗濯ものはそこに干しているのだが、今はアスールがいるのだ、《CAGE》の住人の死体からはぎ取った衣類を見られたら、どんな反応を示すか分かったものではない。ヒステリーを起こされたりなどしては、たまらない。ユリシカにとってこのワンピースは売り物だが、アスールにとってはそうではないかもしれないのだ。実はアスールの家族が持っていた大事な衣類であった、というような……。
 ユリシカは自室で桃色の衣類と下着を干す。それからアスールの様子を見に行った。
(お、やってるやってる)
 アスールは一人で黙々と修理をしているところである。修理が終わった機械は可能な限り綺麗に磨かれ、作業用デスクの反対側に押しやられている。まだ修理されていない機械のいくつかにはメモ用紙が添えられ、「部品不足で修理不可能」「液体電池S型の交換が必要」など、いろいろ注意書きらしきものが書いてある。
「やー、ありがとうね。おかげで助かってるよ」
 ユリシカは、修理が終わっている機械をどんどん運び出す。アスールは冷たい目で見送りながらも黙々と作業を続けていった。修理が終わると、革袋から作業用テーブルの上へガラクタをあけて、鑑定させる。
「うん、何だろう。外がうるさいな。ちょっと見てくるからさ、鑑定やっててくれよ」
 アスールを作業室に残してドアを閉め、ユリシカは玄関に向かう。覗き窓から外を覗くと、仰天した。なぜって、
「何だよこの人の群れは!」
 家の周りを囲む人々。隣近所の連中ばかりだ。ドアに耳をつけて聞いてみると、「見たこと無い奴がユリシカの家にいる」と言っているのが聞こえてきた。
「そうか、アスールを見に来たんだ」
 宝の山で注目を浴びて取り囲まれていたのを思い出す。アスールは《CAGE》から落ちてきた人間だ。体つきがやや貧弱なことから、この近くの、他の町から来てなどいないことは明白。日焼けすらしていないのだからすぐわかってしまう。農場や牧場を持ってそれなりに良い暮らしをしている者たちですら、これほど色白の肌をしていないのだ。皆が珍しがるのも当たり前だ。
(ど、どうしよう……。追っ払うしかないか? それともアスールを呼んでくるか?)
 ユリシカが板挟みになった時、玄関のドアがガンガンと乱暴にノックされる。
「おーい、ユリシカ、出てこいやあ」
「おめえの家にいる奴、見せろやあ」
 目当てはやはりアスールであったか。ユリシカは一分も迷った末、
「わかったよ、今行くよ!」
 怒鳴って、ドアを開けた。
 大勢の人が詰め掛け、押し寄せる。ユリシカがドアに踏ん張って立っていなかったら、押しつぶされて圧死しただろう。人々は一斉に喚きたてる。アスールを見せてほしいのは明白。だが見せてしまったらどうなるだろう。当然アスールは町中を引っ張りまわされ、さらし者にされるかもしれないではないか。下手をすれば、誰かがこっそり彼をさらった上で、臓器と血液を全て抜き取って荒野に捨ててしまうかもしれない。
「ちょっと待ちな!」
 ユリシカは思いっきり声を張り上げて怒鳴った。
「た、確かにあたいの家にはそいつがいるよ? この町の住人じゃない奴がね。だから、皆には特別に教えてあげるけど、ほかの奴らには絶対にしゃべったらだめだよ!」
 大きく息を吸い込む。ユリシカが何をしゃべるのかと、皆は沈黙する。
「あいつが誰なのかは、正確には、あたいも知らないんだ」
 それなら尚更見せろ、と声が飛ぶ。直接アスールに会って、質問攻めにするつもりなのだ。
「何で見たいって言うのさ。本人は見られるのを嫌がってるんだよ。好奇心が強いのもほどほどにしておきなよ」
 だが、それだけで好奇心を抑えられるものではない。
「そっとしておかないと駄目なんだって。ちょっと聞けよ! 絶対に驚くと思うけど、絶対に声を出すんじゃないぞ」
 今度は、ひそひそ声になる。皆は水を打ったように静まり返る。
「あのさ、あいつは……《CAGE》から落ちてきたんだよ」
 どよめきが走る。
「声を出すなっていっただろ!」
「出すなって言う方が無理だぜユリシカ、まさか――」
《CAGE》から落ちてきたなんて……。
「何で無事なんだよ」
「あ、あたいが助けたからさ」
 えーっ!
 口ぐちにユリシカを問い詰める。大勢がいっぺんに喋るので全部聞きとれないが、とうとうユリシカは言った。
「黙れってば、てめえら!」
 皆、その声に圧されるように、黙った。
「だからさ、ボソボソ……」
 ユリシカは話した、アスールを助けた理由について。それを聞いていくにつれて、皆の顔がニヤけていくのと驚きに変わるのと、二つに分かれた。
「な? だからさ、あいつのことについて騒ぎ立てないでよ。この辺りだけの、ヒミツにしといてよ。酔っぱらって他の奴らにバラしたりなんかしたら、『選定の日』に何か影響するかもしれないだろ」
 それから五分もあれこれ言ってユリシカは一同を説得し、帰らせた。だが人の口に戸は立てられぬものだ。じきに町の噂になってしまうに違いない。
(うう、結局しゃべっちまった……)
 だが後悔してももう遅すぎる。
「どうしよう」
 ユリシカはため息をついてドアを閉めた。
 作業室へ戻ると、アスールがまだ鑑定を続けているところであった。ユリシカが戻ってくると、用途不明の部品から顔をあげて、何か聞きたそうな顔で彼女を見る。
「言いにくいんだけどさ」
 ユリシカは思い切って、話す事にした。この家を包囲していた近所の連中にアスールのことを話した。話を聞いていくうちに、アスールの顔に驚きが生まれ、その顔が蒼くなった。それは想定内の事である。口を開閉するが、あいにく声は出てこない。たぶん、「なぜ喋ったんだ」と問いたいのであろうが……。
「しょうがないじゃん。他の町から来た、なんて嘘をついたっていつかはバレちまうんだから。あなたはこのあたりの地域に住んでる人じゃないってことくらい、周りの連中は知ってんだ。あなたのことを知りたがるのは当たり前のことだよ」
 アスールはなにか抗議したそうだったが、歯を噛みしめて自制した。
「外へ連れていく以上あなたのことを知りたがる奴の目にさらされちまうんだからさ、仕方ないじゃんか。外へ連れていく理由? あなたにもこれから先いろいろとお仕事してほしいからだよ。あたいがあなたの為に払ってきた治療費を全額返してもらわないといけないからねえ。それとね、いつまでもお留守番するんじゃなくて、あたいが倒れたらあたいの代わりに治療費を稼いでもらいたいからね」
 アスールは苦い顔をした。が、それ以上抗議する様子は見せなかった。実際にしゃべることができたならば、彼は何時間でもユリシカを責めたであろう。
 ……。
 缶詰と水の昼食の後、修理の終わったものをおんぼろバイクの籠に積み込み、ユリシカはアスールを引っ張って、いつもの店へと連れていった。道中、嫌でも町の人々の視線を浴びてしまう。アスールは居心地悪そうにしていた。
(しょうがないじゃん、あんたを一人にしたら、何をするかわかんないんだからさ)
 ユリシカはそう思いながらも、運転を続けたのだった。


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