第5章 part2



 アスールが行方不明になってから、二週間が経過した。あの日以来、ユリシカは集落内を探しまわったが、彼の姿は見つかる事もなく、誰に聞いても「知らない」のお決まりの返答ばかりであった。
(やっぱりどこかへ逃げちまったんだろうなあ)
 ユリシカはため息をつきながら、缶詰の食事をとっていた。
(連れて行かずに薬飲ませて寝かせておけばよかったな。そんでもって、持って帰ったお宝を全部修理させれば……)
 アスールがいた時と比べて修理は捗っていない。持ち帰ったガラクタの半分以上が、修理部屋の床に、修理されずに乱雑に積まれているままである。皆、修理の仕方が良く分からないものばかりだ。
「駄目だ、気分がめいってきた。酒を飲みに行こうか」
 缶詰を片づけ、ユリシカは家を出て酒場に向かった。いつ来ても、きわめて騒がしい場所。今日は宝の山にお宝が落とされた日なので、『選定の日』に次いでやかましい。おたからを売った金で派手に飲み食いしているだけでなく、賭博でもいつもより多額の金を賭けている。
 あいているカウンター席にどっかと座り、いつもの酒を注文する。きつい安酒をぐいっと喉に流し込む。ガンと頭にアルコールが一撃を加えるが、いつものように気持ちよく酔うことはできそうにない。
(気晴らしのために飲みに来たのに、全然気分がはれやしない)
 からのグラスを手の中でこねくり回しながら、ユリシカは頬づえをついてため息をつく。背後で聞こえる喧嘩のBGMなど、彼女の耳には全く届かない。
(あの時は久しぶりに飲みに来たから楽しく過ごせそうだと思ったのになあ)
 アスールをはじめて酒場に連れてきた日の事を思い出した。久しぶりに楽しく酒を飲んで話をしようと思ったのに……。
(なんか急に帰ろうってんで、いやいや帰ったな。そういえば)
 アスールは急に帰りたがった。あの時はいやいやながら帰った。夕食の席で、アスールは『店の空気に耐えられなかった』と伝えてきたが、あれは嘘であろうと言う事は分かっている。本当は、アスールはユリシカの頭越しに見たのだ、カウンター席に座っていた、立派な身なりの客を。
(アスールがいなくなったのは、あの客が原因なのかな?)
 あの客が《CAGE》の住人だったのならば、アスールのあの表情に説明がつく。もしかするとアスールはその客の元へ逃げたのかもしれない。
「ねえー、おっちゃん」
 ユリシカは問うた。
「あの客さ、ほら、あの席に座ってた、立派な服装した変なやつ。あたいが久しぶりにこの店で飲んだ時に、あそこにいた客だよ、最近来てない?」
「いんや、最近は来てないよ」
「えー、そうなの」
 ユリシカは肩を落とした。
「どうしたよユリシカ。そんなにガックリした顔をしちまって。酒がまずくなるだろ。それともそろそろ結婚を考える時期か?」
「そんなわけないじゃん。まだ十八だぜ、あたいは」
「もう十八じゃねえか。結婚してもおかしくないぜ?」
「やめろってば。あ、もう一杯ちょうだいよ。今はとにかく飲みたいんだからさ」
「あいよ。グラス一杯なんてケチなこと言わずにさ、瓶一本でいいかい?」
「それでいいや。瓶一本」
 店主が安酒の詰まった瓶のコルクを抜いてユリシカの前に置いた時、騒がしい酒場の扉が開いて、新しく客が入ってきた。
「へい、らっしゃい」
 店主はカウンターから声を張り上げる。客はユリシカの近くのカウンター席に座ると、上等の酒を注文する。店主はへこへこしながら酒の入った瓶を取り出した。その間にユリシカは安酒をグラスにどばどばと乱暴に注ぐと、ぐいっと一気に飲み干した。次の酒を注いだ後、ユリシカは、自分の近くの席に陣取った客に何となく目を向けた。
 危うく声を上げるところだった。
 美しい、きらびやかな黒服がまず目に飛び込んだ。素材は分からないが、そこらの安物の服ではないことだけはわかる。ボタンをとじていない上着の隙間から見える、汚れ一つない真っ白な服から見ても、そうだ。新品の、上等の服。
 この客の姿を見れば皆、見惚れて静まりかえるであろう。だが酔っぱらい共はおしゃべりや怒鳴り合いや喧嘩ばかりで、その客をろくに見ていなかった。見た者は確かにその客に見とれたけれど、すぐまた自分の酒を飲み始める。どこかで成功した牧場主か農園主が足を延ばしに来ているのだろう、と思ったのだ。さらに、あれだけいい服を着ているのだから、何の護衛も無ければ帰りに何者かに襲われて身ぐるみはがされるに決まっている、とも思ったのだ。
 ユリシカはこの客の顔に見覚えがあった。アスールと一緒に酒場に来た時、カウンター席に座っていた、あの客だった。
(あのおっさん、そうだ、間違いない! あの時の客じゃんか)
 だが声をかけるのは気が引けた。いきなり「あの時のお客さん?」と聞いて相手に余計な警戒心を起こさせたくなかった。
(よし、後をつけよう)
 尾行することに決めた。ひょっとしたら撒かれるかもしれないが、その時はその時だ。ユリシカは客が勘定を払うまで粘る事にし、瓶一本の酒を全部飲みほした後も、店主を相手にダラダラと無駄話を続けて時間を稼いだ。
 上等の服を着たカウンター席の客は、ひとりで黙々と飲んでいた。時折、何かを考えこむかのように空のグラスを手の中でこねくり回し、ぼんやりしている。そうして三十分ほど経った後、店主に金貨を一枚投げ渡し、席を立った。ユリシカも、銀貨を支払って席を立つ。あれだけたっぷり酒を飲んだのに、ユリシカは全く酔いが回っていなかった。
(よし、行こう!)
 客が外へ出ると、少し遅れてユリシカも出る。全く酔いが回っておらず、足取りはしっかりしていた。
 酒場の前の通りには、四名の護衛つきのバイクが留めてあった。護衛たちは、《CAGE》の買い取りテントのロボットが持っているような、見事に磨き上げられた銃を持っており、バイクにまたがっている。客は、よごれのほとんどない綺麗なバイクに乗りこむと、出発の合図を出す。
「帰るぞ」
 派手な砂煙をあげて、ユリシカの前で五台のバイクは一斉に走り去った。ユリシカも自分のおんぼろバイクを発進させるが、性能の差なのか、あっというまに距離を開けられてしまった。それでも砂埃を頼りに何とかついて行く。大通りを行きかう人々は、バイクにひかれまいと慌てて脇へよける。
 護衛のひとりがふりかえって何かを投げるしぐさをする。すると、パンという破裂音がして、ユリシカの前方が黒い煙で覆い隠された!
 とっさにブレーキをかけた。ブレーキは派手な音を立てて、それでも何とか車体を止めた。黒い煙に突っ込んだ途端に、目に何かが入った。ただの煙なら目にしみるだけだが、これは何かを混ぜ込んであり、目を突き刺すような痛みが襲ってきた。目を開けることはできなかった。ユリシカがしばらく涙を流している間に、バイクは遠ざかっていった。そうしてユリシカの周りの煙がすっかり風に流され、真っ赤に目が腫れあがった彼女の目が再び開いた時には、もうバイクの群れは彼方に走り去っていたのだった。
「くそー!」
 それからユリシカは燃料がカラになる寸前まであちこちをバイクで駆けまわったが、結局見つけることは出来なかった。
「煙幕をわざわざはるなんて。よっぽど行き先を知られたくないんだな……!」
 財布に残った銀貨で燃料を購入し、ユリシカは帰宅した。缶詰の食事をとってシャワーを浴びた所で、昼間の酒の酔いが復活した。
「うう、何で今更……」
 頭が痛くなったユリシカは酔い覚ましの錠剤を口に放り込み、ペットボトルの水をまるごと一本飲みほして、寝台に寝転がった。
 翌日、彼女はまる一日、二日酔いに苦しんだ。
「くそー、久しぶりに深酒したのに、このザマだなんて」
 その次の日に、ユリシカはやっと回復出来た。この日は、早朝から大雨だった。ユリシカは外出せず、まだ修理が終わっていないガラクタをいじくっていた。なかなか修理は捗らない。外で何度も稲妻が空を引き裂き、雷鳴がとどろくが、ユリシカは気にもしなかった。それほど、集中していたのだ。
「ふう」
 彼女が一息つくころ、豪雨は暴風雨に変わっていた。雷はまだおさまっておらず、何発かが、集落の避雷針に落ちた。
「うわっ!」
 明かりのともしてあるカンテラを持って、食事を取ろうと居間にやってきた彼女は、いきなり目の前を覆った白い光と耳をつんざく轟音に、仰天した。反射的に目を閉じ、耳をふさぐ。ガラガラガラと激しい音。そして感じるわずかな揺れ。光ってすぐにその轟音が響き渡ったのだ、しかも揺れを伴ったと言う事は、落雷したに違いない。
「どうせ避雷針だろ。あそこにしか落雷しないし」
 ユリシカは、液状電池で動作する小型ラジオのスイッチをひねる。宝の山で拾った時、新型のラジオだとわかったので、アスールに直させたものである。つまみを動かして音量を調整しながら、アンテナを動かしてラジオ局の電波を拾わせる。雷が激しいので、たまに音がかき消される。音量を上げて、流れてくるニュースを聞きながら、ユリシカは塩漬けの肉を食べた。聞きながら、とは形だけで、ただ単に食事中のBGMにしているだけなのであるが……。
 ラジオはニュースを垂れ流す。天気予報、行方不明者捜索願い、農場主殺害犯人の自害、新店舗の宣伝、などなど。ユリシカは食べる方に集中し、ろくに聞いていなかった。雨は止まず、雷も収まらず、風はますます強まっていった。
 食べ終わったユリシカは、再び修理を開始した。だが、アスールがいた時と比べ、修理は捗らなかった。今までは、わからないものは全部アスールに押し付けていればよかったのに、彼がいなくなった今は、全部自分で修理を試みるか、売るしかない。……元の生活に戻っただけではないか。
「あーあ、何やってんだ、あたいは」
 スパナを修理テーブルに放り投げ、ユリシカはため息をついた。午前中に比べ、修理にちっとも身が入らなかった。修理しかけのスピーカーをほったらかして、今日はもう修理をする気分ではないと判断した彼女は、自室に引き取ったのだった。
「何でだろう。ちっとも修理に身がはいらない……」
 寝台にうつ伏せになり、ぼろきれを縫い合わせて作った枕を抱きかかえてその中に顔をうずめていた。
「やっぱあいつがいないと駄目だわ……。仕事になりゃしないよ……。やっぱり帰ってきてほしいわ。……あの客なら、アスールの居場所を知っているかもしれないのになあ……」
 ユリシカはため息をついた。しばらくの間悶々としていたが、彼女は枕に顔をうずめたままで眠りに落ちていた。

 豪雨と暴風は、その日の夕方におさまった。雲は夕日の光を浴びて、空ごと明るいオレンジに染まったが、西の地平線へと沈みゆく太陽は、真っ赤に焼けていた。


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