第6章 part2
マクベスが私を実際に連れて行った時間は、日が暮れてからだった。陽が落ちても雨は止まず、それどころか、土砂降りになっていた。明かりがあっても前を見る事すら難しそうなほどの豪雨が地面をひっきりなしに叩いている。
「これだけ視界が悪ければ大丈夫だろう」
マクベスは窓から外の景色を見て満足そうにうなずいた。
「じゃあ行くぞ」
家の外に出る。周りは、荒野が広がるばかりで、家は一軒も見当たらない。私が住んでいた町からずいぶん離れたところなのだろう。
「街灯がないから、月の光以外に明かりがないんだよな」
マクベスは、家の傍に建つ小さな倉庫の扉を開ける。が、その中には何もない。懐中電灯の明かりで内部を隅々まで照らすが、やはり何も置かれていない。床に明かりを向けると、一ヶ所だけ色の違うところがある。ワインセラー用のドアだろうか。
マクベスはその色違いの床に手をかけて、力を込めて引っ張った。すると、その床が持ち上がり、はしごが現れた。
「典型的な、隠し扉さ。さ、ここから地下工場へ入れるぜ」
確かに典型的だ。
鉄の梯子を下りると、長いトンネルがある。ちゃんと工事が行き届いており、天井や壁が崩れないように補強されているが、雨のせいだろうか、空気がしけっぽい。懐中電灯の明かりを頼りにトンネルの中を歩きながら、マクベスは説明する。
「鉄くずやガラクタは別のルートから運んでくるんだ。もちろん、荒野の中に入り口がある。普段は岩や砂でカムフラージュしてるのさ」
しばらく歩いていくと、懐中電灯の狭い明かりに照らされて、扉が見えた。
「こいつを開けるにはコツがいるんでね。ちょっと待ってな」
マクベスは懐中電灯を私に持たせて、自分は扉を開けるために大きなドアノブに両手をかけた。しばらくガチガチやっていたが、背中を向けているため、マクベスが実際に何をやっていたのかは、私には何も見えないのだった。
やがてギギギといやそうな音を立てて、鉄の扉が奥へ開かれた。フウフウと荒く息をつきながら、マクベスは私を振り返る。
「良し、ひらいたぞ、行こう」
扉の奥からは、より明るい光が漏れてきた。私はマクベスの後に続いて扉の向こう側へと足を踏み入れた。
「ここが、地下工場だ」
私の目の前に飛び込んだのは、マクベスの言葉通り、地下工場だった。広々とした空間に響き渡る機械の駆動音。天井からつるされた大きな明かりが工場を照らしている。《CAGE》の工場で見る事の出来る、ありふれた製造用の機械が絶え間なく動いている。流れるベルトコンベアの上には、四角い形をした何かが等間隔でならび、運ばれていく。
私たちは、この地下工場を上から見下ろせる位置に立っていた。鉄の階段を下りると、駆動音はさらにやかましくなったが、私にはそのやかましさが懐かしいものに思えた。
「集めた鉄くずや処分のガラクタは、ここでいったん完全に溶解される。そうしないと、成型できないからな」
マクベスは歩きながら機械を指差し、説明する。超高熱のために赤っぽくなっている、大がまのような形をした機械の中に、たくさんの鉄くずやガラクタがガシャガシャとやかましい音を立てて、放り込まれていく。
「溶鉱炉でドロドロに溶かした後は、型に流し込んでから冷却するのさ」
大がまの下に見える真四角の機械が冷却装置なのだろう。そこからベルトコンベアが突きだしており、四角いものを等間隔で並べて運んでいく。
「あの四角いものが商品さ。そのままだとあまりいい値がつかないからな、多少は磨いて綺麗にし、鍵をつける。あの箱が何かわかるか? 《CAGE》じゃあ、いつも使っていただろう、お前。もっとも、あそこで売られていたものよりは、はるかに質が低いけどな」
マクベスは、可能な限り、そのコンベアに近づいた。侵入者防止のためか、金網が張り巡らされているので、あまり近くには寄れない。私は金網の目から、ベルトコンベアの上に乗っているものをじっと見た。四角くて、掌におさまる程度の大きさで、箱の形をした――
「!」
「そうそう。正体は分かったろう、弁当箱さ」
私は思わずマクベスを見た。
なんで弁当箱なんか作ってるんだ!?
そう言ったつもりだったが、あいにく声は出なかった。しかしマクベスは、私が驚愕のあまり何を言おうとしたのか、だいたいわかったようだ。
「なんでこんなつまらんものを作ってるかってか? 簡単さ、《CAGE》で使われる弁当箱は、この地上民にとっては、とても頑丈な金庫になるのさ。ちょいとばかし裕福なやつらはこの箱に宝石や金貨をしまいこんでおく。だから、ただの弁当箱として作るんじゃなくて、ちゃんと施錠できるようにしておくのさ」
マクベスは笑っている。
「そこそこ大きい町の住人がそろって弁当箱をありがたがって買っていくおかげで、俺の商売はツブれずにすんでいるってわけだ。もちろん、もっと貧しい集落の連中もこいつをほしがるのさ。自分のわずかな財産と引き換えにな。工具箱としても使えるし、食い物の缶詰を入れてもいいし、なかなか便利だろう? 《CAGE》にいたときはただの弁当箱としての価値しかないあの四角い箱が、この地上では金庫としても、食料保存庫としても使われるんだからなー。地上民を対象とした商売はなかなか面白いもんだぜ。《CAGE》の住人にはない視点で、商品を捉えてくれるんだから」
うん、まあ。確かにあの大きさなら、スパナやねじ回しを束ねれば入れられる。缶詰も二つか三つは入るだろう。施錠できるようにちゃんとふたの部分には鍵が取り付けられている。良い金庫がないこの土地では、こんな弁当箱もりっぱな金庫になるのだろう。
「で、この、ちょいと改造した弁当箱は、夜のうちに、ここから少し離れた所にある大きな町に運ぶのさ。運送方法はさすがに教えられないがねえ」
それ以上の秘密を教えるつもりはないのだな。
「で、店の棚に並べておく。あとは朝が来て、店の開店時間を待つだけさ。俺の店の商品はこいつしかないが、わざわざ遠方から買いに来る奴もいるから、わりと売れるんだぜ。町のどの店よりも、俺の店の弁当箱の売り上げが一番多いんだ。まあ、裕福層をターゲットにする場合は、箱の表面にちょっと派手な細工をしてやって、それに見合ったぶんの高値を付けてやればいいだけなんだがね、それでもよく売れてくれるぜ」
『しかし、よく店が襲撃されないな。それだけ売れる商品が置かれているなら、暴徒が襲撃してもおかしくないだろう』
私は感想を素直に手帳に書いた。
「はっはっは! そんなつまらんことを心配してるのか。お前の暮らしていたところじゃあ、それが当たり前だったのか?」
あたりまえじゃないか。ユリシカと一緒に暮らしていた時に、買い取り価格を下げる代わりに売り出し価格をあげていたラジオ店が襲撃された事件があったのを、思い出したのだ。当然、荒らされたそのラジオ店は閉店を余儀なくされ、今は小さなネジ店になっている。
マクベスはひとしきり大笑いしたのち、落ち着きを取り戻す。だがその顔はまだまだにやけているままであった。
「俺の店にはな、高い金を払って雇っている専属のガードマンがいるんだよ。それと、そのガードマンが裏切ってもいいように、ひそかに射撃用ロボットも配置してある。奴らが商品に手をつけ次第、ただちにロボットが奴らを射殺するのさ。警備は万全だぜ。おかげで、暴徒に襲われた事も、こそどろに盗まれた事も、一度もないんだからな! はっはっは!」
豪快に笑った後、ベルトコンベアが進む方向とは逆に、つまり、私たちがこの工場へ入ってきた方向へ向かって歩き出す。
「お前は不思議に思ってるんじゃないか? この、ちょっとばかし古い型の工場用の機械、どこで手に入れているんだろうってな」
その通りだ。この地上で手に入る物資の質を考えると、この工場の機械のメンテナンスも容易なものではあるまい。
「秘密のルートってやつさ。《CAGE》から追放された身の上でも、《CAGE》から一昔前の機械をそっくりそのまま頂戴する方法ってのは、ちゃんとあるんだよ、ははははは」
結局秘密なのか。教えるつもりがないのなら、わざわざ自慢して言う事でもあるまいに、全く。それとも、秘密だと言っておいて私の好奇心をくすぐるつもりなのだろうか。
私たちは工場を出て、トンネルを歩く。梯子を上って物置の中に出、家の中に入った。雨はいつの間にか止んでおり、夜空は分厚い雲が覆い隠していた。
家の中に入る。綺麗な服を着た使用人が「お帰りなさいませ」と慇懃に挨拶をして、お辞儀をし、ドアを閉めて施錠した。
「いい社会見学だったろ。俺が身一つで地上に追放されても、これだけの蓄財が出来るのは、あの地下工場のおかげなのさ」
マクベスは自慢げに笑ったのち、おやすみと挨拶して己の部屋に引き取った。
私は部屋に入った後、温かな湯船につかりながら、地下工場の事を考える。
マクベスはかつて地上の者たちにいろいろと物資を流しては金を得ていた。あの弁当箱製造工場を作りあげたのも、その物資を流す独自のルートを応用してのことだろう。家具類ならば分解すれば何とか運び出せるだろうが、工場用の機械はたいてい、専用の企業が作ってそれを発送するという形で工場に届けられるものだ。工場の設備自体はさほど大きくないが、それでも、溶鉱炉と冷却装置だけでも、分解して運んで組み立てるという三段階の作業を経て稼働させることは難しいはず。月に一度の、《CAGE》のゴミ捨ての日で落とさせる事もあるかもしれないが、あれだけの高さから落ちたら、宝の山に到着した時はもう、衝撃で壊れてしまっているはずだ。
くわえて、地下工場それ自体、一体どうやって作りあげたのだろうか。穴を掘るだけでも人手が要るし、専用の削岩機なども必要となる。工事それ自体はかなり大がかりなものになるはずだ。誰も見た者がいないのだろうか。あるいは見た者は皆揃って、消されているのだろう。この工場の存在が知られたらどうなるか。当然マクベスは、殺されることになろう。そして、地上民たちは弁当箱ほしさに機械をめちゃくちゃに稼働させるか、あるいは他の誰かがマクベスになりかわってこの細々とした商売を続けていくかの、どちらかになるだろう。
湯船から上がり、体を拭いて寝間着に着換える。
ふと思った。
昔馴染みとはいえ、私はマクベスとはそんなに深い関係ではない。せいぜい学校が一緒だったということだけしか思い出せない。それなのにマクベスはわざわざユリシカの元から私を連れて来させ、生活の面倒を見てやろうとまで言った。何故そう言ったのだろう。思い出話だけをしたいなら、別に私を連れてこなくてもいいのだ。こっそり手紙を送ってこればいい。それとも、この地上で暮らしていて、《CAGE》の人間を見るのが久しぶりだったから、寂しさ故に、情けをかけようと思ったのだろうか。しかしどのみち、私が問うても、マクベスは答えてくれないだろう。秘密の工場を見せたと言うのに、運搬ルートを教えないなどの肝心なところをああまで隠したりぼかしたりするのだから。
いずれにしろ、ユリシカ同様、マクベスも信用しない方がいいだろう。もしかすると、《CAGE》にいる残党と何かつながりを持っているかもしれないからな……。
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