第1話



「この町の伝説でしょ、それ」
 パッチールは、傷物のリンゴをかじりながら、エレキッドに言った。
「いや、伝説なのはわかってるけどさ」
 エレキッドは、頭の上に生えたプラグ状のツノからパリパリと静電気を出した。
「探検してみるのも、面白いだろ? たとえガセでもさ」
 都市伝説というのは、大きな町ならどこにでもありそうなものだ。トイレだとかマンホールだとか廃屋だとか。設備が豊富なだけに、噂話や怪談には事欠かない。そしてこの町も、例に漏れず、ポケモンたちの間で語り継がれるひとつの都市伝説があった。要約すると次のようになる。
 下水道の迷路の中にひとつだけ、正しい道がある。その道を抜けると、ポケモンだけしか住まない町に出るというのだ。
 ありそうな、ありえなさそうな、そんな話だ。
 パッチールは耳を動かし、ぐるぐる渦巻状の目をエレキッドへ向けた。
「それを探そうっての。アタシ反対よ。下水処理場へ行くのがオチよ。第一、下水道はベトベターやゴクリンの住まいじゃん。下水道のことは、彼らなら何でも知ってるはずよ」
「そりゃそうだろうけどさ!」
 エレキッドは強く言った。
「でもよ、退屈しのぎにはなるじゃん?」
「そりゃ退屈しのぎにはなるけど、アタシ苦手よ、下水道なんて。うっかり水流に落ちたことあるけど、すっごくクサかった!」
「くさいに決まってるじゃん。人間は汚すことにかけてはベトベターより上手いんだから。要は、下水の中に落ちなければいいんだよ。そうすれば、ベタベタヌルヌルしたヘドロは避けられるだろ?」
「うん。でもニオイだって」
「鼻が慣れれば平気だってば。オレ、下水道なんて入ったことないけど、鼻つまんで口で呼吸すれば済むじゃないか」
「アンタ鼻ないでしょ」
「……そりゃそうだ。でもオレ、我慢する! 我慢するから、お前もついてきなよ。きっと面白いぞ?」
「下水なんか面白くないのに」
「いいだろ、ヒマつぶしヒマつぶし」

 エレキッドに押し切られ、パッチールはしぶしぶついていくことにした。翌日の朝、ポケモンセンターでたっぷりポケモンフードを食べて腹ごしらえを済ませた後、弁当代わりの傷物の果物を、ゴミ捨て場で拾って洗った風呂敷に包めるだけ包んで、商店街裏にある小さなマンホールの中に入ることになった。
 言いだしっぺのため荷物もちのエレキッドは、果物を入れた風呂敷を下ろして、マンホールを開けようとするが、なかなかうまくいかない。パッチールも手伝うが、しっかりネジで止めてあるので、二匹の力では開けられない。
「どうしよう。いっそ側溝のドブから入る?」
 パッチールは提案するが、嫌そうだ。悪臭のするドブに入るだけで気絶しそう、そう言いたいのだろう。エレキッドは静電気を飛ばしながら考えた。
「誰か助っ人でも呼んだ方がいいかな」
 しかし周りに誰もいない。朝が早いのだから、人通りも少なすぎる。
「ほかのところから入ろうよ?」
 パッチールは提案するが、具体的にどこからはいるかについては、考えていないようであった。
 しばらく悩んでいると、
「ご両人! 何を悩んでおいでなのだ?」
 後ろから声がかかった。振り返ると、エルレイドが立っている。
「あっ、エルレイド!」
 エレキッドは顔を輝かせた。
「おお、エレキッド殿、パッチール殿でござるな。ご両人、いかがなさった?」
 最近町にふらりとやってきたエルレイドは、口調がいささか古風で、たたずまいも時代劇のそれとほぼ一緒。……武士道精神の研究者であり時代劇マニアでさえなければ、普通の、礼儀正しい良い奴なのだが。
 エレキッドが、マンホールの蓋を開けたいのだと言うと、エルレイドはうなずいた。
「では、拙者にお任せあれ」
 エレキッドとパッチールは蓋から離れた。エルレイドは、呼吸を整えると、ひじの刀をさっと振り上げ、瞬時に腕を振り下ろした。
 シャキン!
 マンホールの蓋は、まっぷたつに切れてしまった。
「これぞ、秘伝の居合いでござる」
 秘伝でも何でもない、エルレイドの「切り裂く」であったが、あえてエレキッドたちは何も言わずに拍手した。
「しかしご両人」
 エルレイドは、腕を体の脇に引き――刀を鞘に納める動作のつもりだろう――問うた。
「如何なる理由でマンホールを開けたいと思われたのか? 拙者にお話しくださらんか?」
 言っていいかとパッチールはエレキッドに目配せをする。エレキッドがうなずいたので、パッチールは話した。
「あのね、都市伝説があるでしょ。下水道のどこかに道があって、そこを進むと、ポケモンしか住まない町に出るんだって」
「おお」
「そこに行きたいのよ。ま、半分はエレキッドの好奇心なんだけどね」
「左様か。しかしご両人、いささか危険ではござらんか? 下水道では何が起こるかわからぬのだし――」
 エレキッドがさえぎった。
「だから行きたいんだよ。下水処理場にたどり着いちゃうかもしれないし、迷っても天井ブチ壊せば外に出られるだろうけど。まあ行きたいんだ、とにかく」
「左様か」
 エルレイドは目を閉じた。そして座り込む。
 座禅のつもりだろうか。
 エレキッドとパッチールは互いに顔を見合わせ、次にエルレイドを見た。エルレイドはしばらく目を閉じてじっとしていたが、やがてパチッと開いた。
「ご両人! 拙者も連れて行ってくださらんか?」
 二度目。エレキッドとパッチールは顔を見合わせた。特に驚いた様子も見せないので、エルレイドが逆に驚いたほどだ。
「どうして、一緒にいきたいの?」
「拙者も、常日頃から知りたかったのでござる! あの都市伝説に語られる、ポケモンのみが住まうとされる町の存在が本当であるかどうかを!」
 いきなりエルレイドが距離をつめてきたので、エレキッドは思わず後ずさり。
「そ、そりゃ誰だって確かめたいと思ってるかもしれないぜ。まあ、実行に移すのはオレらくらいのもんだろうけど……」
「拙者、貴殿らの言葉にて思いついた! 拙者も貴殿らについていきたいのでござる! あの都市伝説が本当かどうかを知りたいのでござる!」
 確かめられたことがないから、都市伝説は「伝説」の枠内におさまっているまま。うわさの類として扱われている「ポケモンしか住まない町」があるのならば、実在するかを確かめなければならない。エルレイドはそう言いたいようだ。
「伝説には必ず一割ほど、事実が含まれているものでござる。いや、事実を基にして、物事に尾ひれがついた結果、伝説が生まれるもの。拙者は、それを知りたいと考えていたところでござる! 町の存在を知りたいのでござる」
 切腹も辞さぬといわんばかりの真剣な顔つきに、エレキッドもパッチールも、折れてしまった。
「わかったよ」
「かたじけない! 必ず貴殿らのお役に立つことを誓う!」
 大喜びのエルレイドを尻目に、複雑な表情のエレキッドとパッチールであった。


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