最終話



 興奮しすぎたロトムをエレキッドが蹴飛ばして気絶させた後、皆は、止まっている換気扇のプロペラの隙間を潜り抜けて外へ出た。そこは、町の外れの廃工場の傍。近々取り壊しが行われる予定となっており、工場のドアには取り壊しの日時を記した張り紙がガムテープで貼り付けられている。廃工場の傍にある換気扇は、彼らが通り抜けてきた後、妙にサビついたギギギという音を立てながら、夜風に吹かれている。
 ロトムはくるくる回って、周りの景色を見た。見たことの無い建物、見たことの無い空、見たことの無い道……。
「ここが、地上……」
 パリパリと、軽い電流があたりに走る。
「懐かしいのお」
 かつては、ロトムは外に住んでいた。だが、地下の町に住み着いて以来、一度も外に出る事はなかった。最も歳をとっていたために地下の町に住み着いたポケモンたちの長老となり、彼らの生活に欠かせない明かりを提供する電気の供給役ともなった。
 そして今、ロトムはその両方の役を捨てて、地上に戻ってきたのだった。

「懐かしい、何もかも懐かしいのお」
 地上の町並みは覚えていなかった。だが、空の色と美しい月は覚えていた。
「そうじゃそうじゃ、月はこんなに明るくて綺麗なものだったんじゃ。星もそうじゃ! 今が昼間ではないのが残念。おてんとさまが見られんわい」
 ロトムはフワフワ漂いながら景色を眺め回している。それを見て、四匹は顔を見合わせて安堵の息をついた。
「オレ容赦なく蹴飛ばしたからアタマどうかなっちゃったって思ったけど、あの様子なら、大丈夫みたいだね」
 エレキッドは特に安心した。何と言っても、蹴飛ばした張本人なのだから。
「大丈夫じゃなかったら、あんた責任をどう取るつもりだったのよ。一生ボケっぱなしとか記憶喪失になっちゃうとか、そんな事になったら大変よ」
 パッチールがエレキッドの腹を叩いた。エレキッドはぐえとうめいた。
「長老は昔から体の丈夫なお人でござった。いや、長老は人間ではござらんな。しかし『おポケモン』とも言わぬし、ううむ」
 何と言って良いのか分からなくなったようだが、
「まあとにかく長老はお元気でござる!」
 エルレイドは無理に締めてしまった。
「体力と電力だけは有り余ってたしねえ」
 ニョロモは尻尾でコンクリートを掃いた。その向こうでは、「久しぶりの地上じゃああ!」と嬉しさと興奮のあまりに歓声を上げながらパリパリ電気を走らせているロトムの姿があった。

「ここが、地下の町に住んでたポケモンたちのたまり場なわけ?」
 月明かりを頼りに、パッチールは周りを見回した。両隣をビルにはさまれた殺風景な空き地。売り地として出されている土地で、「売り地」と書かれた小さな金属の看板が紐で吊るされ、風にブラブラ揺れている。
 電気を発しながらも周りを見回しているロトムをほっておき、
「さよう。ここが一番分かりやすい場所でござるから、たまに会って近況を話すのでござるよ」
 エルレイドは、胸にある不思議な赤いものに触って目を閉じる。そして、
「うーん、何名か、この近くに来て……」
 コツン、と小さな石の転がる音。皆が見ると、ビルの陰に隠れるように顔を覗かせているポケモンたちが何匹か。
 ビビッとロトムが放電し、続いてロトムが振り返る。光にも匹敵するかと思われる速度に、その場にいた皆は思わず飛び上がった。
「何をじろじろ見ておるか! お前らあああ!」
 ロトムが放電した! ビル影に隠れていたポケモンたちははじかれたように飛び上がり、
「きゃーっ! 長老だー!」
「うそーっ!」
 慌てふためき、逃げようとしてぶつかり合う。
「皆の衆、落ち着かれよ!」
 エルレイドが怒鳴っても、ロトムを見た驚きでポケモンたちは半ばパニックに陥っていた。が、
「そこへ座れえええ!」
 強烈なロトムの怒号が響き渡った途端、皆(ニョロモとエルレイドも)揃って地面に正座してしまった。
「条件反射ね」
 パッチールは目をぐるぐる回した。
「あーやって怒られてたのねえ。怒鳴り声一発で皆正座しちゃってさ」
「こりゃー、帰りたくなくなるのも分かるなあ」
 ツノの間に静電気をパリパリ発生させながら、エレキッドは震えた。ロトムは皆が正座したのをこれ幸いとばかりに、バリバリ放電しながら説教を開始した。
「お前たちときたら外へ出ても全く変わっておらん! そもそもわしを見て逃げ出そうなどとするその根性が未だにしみついておるとはけしからんぞい! こんなに成長した現在でさえもこのありさまでは、わしはもう一度お前らに根性というものを叩き込んでやらねばならんわ! 外の世界に出た途端にナヨナヨしてしまったんじゃろうから、特別に厳しく電流をビビッと食らわしてお前らの神経を全部叩きなおしてくれるつもりでおるわい! ありがた〜く思ってもらわんと困る、まったく最近の若い連中ときたら――」
 説教を喰らうポケモンたちはしょげかえっているようにも諦めきっているようにも見えた。
「まさか長老にこんなところで会うなんて」と思っているようでもあった。
 説教はまだ続く。いつしか朝日が昇り、辺りは明るい日差しで照らされ始めた。エレキッドとパッチールは前日の冒険で疲れていたのでビルにもたれてコンクリートの上に座り込み、ウトウトしていたが、説教を続けるロトムと説教される側のポケモンたちはネルどころではなかった。片方は怒鳴るのに忙しく、片方は始終辺りをほとばしる電気で神経をつつかれて眠ることなど到底できやしなかった。さらに説教は続き、近くの公園の時計が午前九時をさそうとしたところで、やっと終わった。
 説教が終わったと分かり、座らされていたポケモンたちは皆揃ってコンクリートの上にごろんと倒れた。足がしびれたのと、長老の説教からやっと解放されたという安堵感ゆえに脱力したのだ。
「やっと終わったのね」
 パッチールは大あくび。エレキッドは姿勢を崩してコンクリートに体を打ち付けて目を覚ました。そして、
「あれ、何で皆寝てんだ? もう朝なのに。ああ、足がしびれたのか、しょーがないね」
 結構冷たい言葉をかけた。ロトムはまだ電気をパリパリ出していた。
「いやはや、久しぶりの説教は気持ちがいいもんじゃのお。さっぱりしたわい」
「たまってた鬱憤を晴らしただけじゃんか……」
 ニョロモの小さな一言。直後、「だまらっしゃい!」の一喝で、ニョロモはへたれてしまった。ロトムは、エレキッドとパッチールの元へ漂ってきて、
「お前さんたちには世話になったのお」
「ううん。元々都市伝説がホントかどうか知りたくてオレが勝手に考えたヒマツブシ探検だったし」
「都市伝説とな? この都市は伝説で語られるほど素晴らしい場所に変わったのかね?」
「違う違う。都市伝説ってのは、もともと単なる噂なんだ。町の中でまことしやかに語られる、信憑性があるような無いような噂。それが長い間語られ続けてきたものが都市伝説になるの。この都市伝説は、下水道の迷路の中にある正しい道を行くと、ポケモンだけしか住まない町に出るってやつ。結局当たってたけどね。あの地下の町出身の誰かが話を広めたんじゃないの?」
「おおそうかね。しかし、あの町から外へ久しぶりに出られただけでもありがたいわい」
「で、これからここで暮らすわけ?」
「もちろんじゃ」
 背後で、うめき声が一斉に上がった。ロトムはそれを無視した。
「じゃが、たまにはあの町に帰らなくてはのお、のお、お前たちや?」
「ふぁーい……」
 力ない声が上がった。

 エレキッドのヒマツブシ探検から、早数週間が過ぎた。
「ロトムじいさん、元気いっぱいだね」
 果物をかじりながら、エレキッドはパッチールに話しかける。パッチールは耳を動かしてうなずいた。
「長年の職務から解放されたんだもの、そりゃハメを外したいわよ」
 ロトムが町に住み始めてからというもの、夜間はやたらとパリパリ電気が空中を跳ぶのを見るようになった。町のどこかしこから説教が響くようにもなった。
「でも地下の町から来た皆には、悪いことしちゃったかな。お説教、毎日聞かされちゃってさ」
「そりゃそうね。でも、本当は皆、長老のことを大事にしてるんじゃないかしら?」
「なんでそう思うの」
「ホントーにロトムのことを嫌ってたら、みーんな揃ってこの町から出て行っているはずだから」
 パッチールはそれだけ言って、傷物の果物をかじった。
「そうかもしれないなあ。何だかんだ言っても、同じ町で過ごした家族みたいなもんだしね」
 エレキッドはツノの間で静電気をパチパチはじけさせた。そして、
「ところでさ、今度は電力会社の脇にあるマンホールから探検行かない?」
「いい加減にしてよっ!」
 エレキッドの顔面に、ピヨピヨパンチがめり込んだのだった。


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ご愛読ありがとうございました!
今回は、町に住むポケモンたちの話です。
町にならどこにでもある噂の真相を確かめるために、
仲間を誘っていざ出発する、子供時代にあった冒険話。
野生のポケモンとは違った冒険を繰り広げてくれました。
つたない作品ですが、楽しんでいただけたならば幸いです。
最後までおつきあいくださり、ありがとうございました!
連載期間:2009年1月〜2009年10月


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