第9話



 小さな返事。
「わしは、ここを離れる――」
 ロトムの返答は少しずつ小さな声になったが、皆には聞き取れた。
 ロトムは、この地下町を離れるのだ。
「長老」
 ニョロモは尻尾を地面にたらした。
「オイラたちと一緒に来てくれるんですね?!」
「うむ。お前たちはどのみち出て行くのだし、わしがここにこれ以上残っても、誰も帰ってきそうに無いからのお。ならばいっそ、わしのほうから外へ出て行ってやるんじゃい」
 ロトムは派手に電気をバチバチさせた。そして、

「わしだって、ずううっと、外に出て行こうと思っておったんじゃああ!」

 唖然。
「ち、長老……」
 先ほどのすさまじい剣幕にすっかり気おされた皆。
「今、何と仰ったので――」
「外に出たいと言ったんじゃあ!」
 またしてもすさまじい剣幕。
「しかし長老としての立場ゆえに、皆が土の底で眠りについてもなお、ここから出る事はできなんだ。じゃがお前たちが帰ってきて、なおかつお前たちはまた地上へ行くという! 結局お前たちは黙ってわしを残していこうとする!」
「いや、ちゃんと長老にお話ししたのでござるが――」
「だから、わしもお前たちと共に行くことにしたんじゃ!」
「さっきまでの悩みはそれだったのかしら?」
 パッチールが耳を動かすと、ロトムはあたりに激しい電気を流した。静電気どころではない痛みがピリピリと体を突き刺してくる。ロトムの感情が高ぶっているのが分かる。皆は思わず身構えた。あまりにも高圧の電気をあたりに流してしまったら、ここにいる皆が感電するだけではすみそうにないからだ。
「そうじゃ! そうなんじゃよ、お客人! 出て行く事は可能なんじゃが、墓を守るものが誰もいなくなるっちゅー問題が起きるんじゃ」
 あ、そうか。
「墓守がいないのはバチあたりなもんじゃ! 人間たちは特定の日でなければ墓参りをせんと言うが、それ以外のときに死者を忘れているというのはバチあたりなもんじゃ! そう思わんのかねお前さんがた!」
 出た、ガンコな年寄りのこねるトンデモナイ屁理屈。だから年寄りってのは。というのは、いつも若いものの抱く考え。逆に、いまどきの若いものは。というのは、いつも年老いたものの抱く考え。
「でもさ長老さん」
 エレキッドは口を開いた。
「確かに人間は特定の日じゃなくちゃお墓参りしないけど、ちゃんとお墓に行くって事は、ちゃんと死んだ人のことを憶えているってことだと思うよ。行事だけじゃなくて、命日ってやつでさ。それに、オレのじいちゃんだってさ四年前に死んじゃったけど、ちゃんとお墓参りしてる。さすがに毎日てわけじゃないけどね。あ、勘違いしないでよ。オレはちゃんとじいちゃんのこと憶えてるしさ。別に罰当たりじゃないっしょ」
 ロトムはしばらくバチバチと電気を走らせる。未だに放電の電圧が弱くならない。次に口を開いたのはパッチールである。
「お墓が荒れるのは、確かに避けたいことだけど、時々帰って手入れすればいいじゃない。地上の墓なんてそんなもんよ。それに、行き来するには、あのでっかい換気扇を使えば、くっさい下水道を通らずにすむでしょう」
 エルレイドとニョロモはうなずいた。
「さよう」
「そうだよ。そこ行けばカンタンに出入りできるもの」
 ロトムの放電が収まり、辺りは一瞬のうちに暗くなってきた。電気が流れなくなったからだ。だが真っ暗になる前に、弱い電流が流された。寿命の切れた蛍光灯以外は、皆弱弱しい光を放つ。
「そうじゃのう。それほど簡単に行き来ができるなら、すぐに外に出てもいいのお。いや、今すぐに出たいわい!」
 いきなり電圧が上がり、いくつかの蛍光灯がパン! と派手な音を立てて飛び散ってしまった。あまりに高い電圧に耐えられなくなってしまったのだ。それどころか、バチバチと辺りの電線が負荷に耐え切れなくなったことを示す悲鳴の音すら聞こえてき始めた。
「ち、長老、お気を静めてくだされ! このままでは電気が――!」
 エルレイドの言葉が終わらぬうちに、外の世界に出られる興奮の全くさめない――それどころかますます高ぶり続けている――ロトムから放電されている電圧がまた上がった。
「やっべ!」
 電気を操る技術の未熟なエレキッドでは、これほどの電圧を受け止めきる自信は無い。それどころか受け止めきった瞬間に感電死するのは確実。
「ごめんよ、じいちゃん!」
 エレキッドは、とび蹴りを放った。


 ロトムの意識が戻ったのはそれから十分以上も経ってからだった。目を開けると、四匹のポケモンたちが揃ってロトムの顔を覗きこんでいる。
「おお、気がつかれましたか!」
 エルレイドは嬉しそうな声を出す。ニョロモは嬉しそうに尻尾をパタパタ振るう。エレキッドはホッと息を吐いて、パッチールは目をぐりぐり回した。
「ごめん、じいちゃん。蹴っちゃって。ああでもしないと、じいちゃんの放電をとめられそうになかったし」
 エレキッドは謝った。ロトムは目をぱちぱちさせ、やっと体を動かす。ロトムには手足が無いが、もとからフヨフヨ浮いているので、問題ない。体の向きを変えるだけでいいのだから。
 見たことの無い場所だった。上空は丸くて白い、光を放つものが陣取り、その周囲にはいくつもの小さくて光るものがちりばめられている。あれは何だろう。いつも見続けてきた、地下の天井ではなさそうだ。
「じいちゃん、大丈夫?」
「だ、だいじょぶじゃわい」
「ほっ。よかった」
「ところで、ここは、どこじゃ?」
 ロトムの問いに、誰かが答えた。
「ここは、もう地上だよ」


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