第8話



 皆と共に、ロトムも地上へ行く。
 エルレイドの言葉は、その場にいる者たちを硬直させた。エレキッドとパッチールはぽかんと口を開けてエルレイドを見つめ、ロトムはビビッと激しく電気を発した。辺りの街灯がまぶしく光って、すぐにもとの明るさに戻る。
「なんじゃと? おぬしらと共に、地上へ出るじゃと?」
 ロトムは、バチバチと電線をうならせた。エレキッドは思わず身をすくめた。電気ポケモンは激しい感情におそわれると電圧の調整が上手く行かない事があるからだ。今、ロトムの発している電気は、触れただけで即座に感電してしまうほどの電圧を持っている。ツノに受けただけで、体にたくさんの針を刺されたような鋭い痛みが走ったくらいだ。
「さよう」
 エルレイドはうなずいた。ニョロモもうなずいた。
「もはやこの町には、長老お一人しか残っていないのでございましょう。ならば我々と共に地上で余生をお過ごしになるとよいでしょう。地上には楽しいものがたくさんござる」
 確かに、娯楽ならたくさんある。しかし、地上へ来てくれといわれて、長い事この地下に住んでいた老ポケモンがそう簡単に納得するだろうか。どんなに不便であっても愛着のある土地から離れてくれるのだろうか。エレキッドとパッチールは、ショックが治ると、互いに顔を見合わせ、ヒソヒソ話をする。
「うん。確かに地上に行ったほうがいいと思うわ」
 パッチールがヒソヒソささやく。
「こんな地下にいつまでもいる気はないわよ。アタシ早く帰りたい。しけっぽいし」
「オレもそう思う。帰りたい。旅の目的は果たしたし。ロトムを連れて行くのにも賛成。でもさ、年寄りってガンコだろ。しかも人間より寿命長いからさ、頑固さも増すってもんだ。でもさ、ロトムが残っていたとしても、そのうちここは誰もいなくなってしまう。最後の一人をここで孤独死させるのはチョットなあ」
 エレキッドはツノから小さく静電気をだした。
「ていうかさ、こんな話を今ここですべきなんだろうか? 時と場所を選んだほうが……」
「しーっ」
 パッチールは静かにと合図し、続けてロトムにちらりと視線を向ける。つられてエレキッドもロトムを見る。彼らから少し離れたところへフワフワ漂っていったロトムは黙り込んでいる。何やらぶつぶつ呟いて、そのたびに体の電気がパチパチとはじけている。
「長老……」
 エルレイドは、ロトムの背中に言葉をかける。ニョロモは尻尾で地面を神経質に掃き続けている。
「今すぐにお答えをくださらんでもよろしゅうござります……。じっくりお考えになってくださりませ」
 ロトムは聞いている様子もなく、パチパチと電気をはじけさせる。パッチールは目をぐるぐる回し、エレキッドに聞いた。
「何で電気がはじけてるの」
「悩んでるんだよ。オレだって、悩んだら、ああいう風にパチパチさせちまう。やりたくてやってるわけじゃないんだ、勝手に体から電気が出ちゃうんだ」
 エレキッドの言うとおり。ロトムは悩んでいるのだった。不便であっても住み慣れたこの町を離れるべきか否か。
 エルレイドとニョロモは、二匹のほうへ歩いてきた。
「もういいの、親御さんとのお別れ」
 パッチールの問いに、エルレイドもニョロモもうなずいた。
「親の反対を振り切って地上へ飛び出した親不孝者でござる。別れは、とうの昔に……」
 エルレイドの声は小さくなっていった。

 悩んでいるロトムをそっとしておくことにして、皆は建物の中に戻る。室内が暗いので、エレキッドは電線にバチバチと電気を流す。寿命の近い蛍光灯が点いたり消えたりを繰り返した後、やっと弱弱しい白い光が室内に降り注いできた。
「この調子だと長いこと持たないぜ、この電灯。オレの電気が尽きる前に、蛍光灯の寿命が切れちまうよ」
「調達先が、表の工場から出される寿命切れかけのものしかないのでござる……」
「うーん。ごめん」
「いやいや、エレキッド殿が頭を下げられることではござらんので」
 赤い目をよりいっそう赤くしたまま、エルレイドは首を横に振った。この町にはお金がないので新しい電球を買うこともできない故に、寿命の尽きかけたもので我慢するしかないのだ。
「でも」
 パッチールは、渦巻状の目をまたしてもグルグル回した。
「どうして、ロトムにいきなり話を持ちかけたの。地上へ一緒に来てくれ、だなんて」
 暫時の沈黙。エレキッドは思わずパッチールをこづいた。
「お前さ、今聞くべきことかよ、それ」
「他に話せそうな話題がないもん。それに、アタシは理由を聞きたいんだもん」
 パッチールは耳を動かした。
「だからってお前――」
「いやいや、パッチール殿のおっしゃるとおり。エレキッド殿も聞いてくださるほうが――」
「ロトムを置いてこの町を出ていけないんだろ?」
 エレキッドの言葉に、エルレイドとニョロモは同時に目を丸くした。
「オイオイ、まだ何も言ってないよ?」
「あれ、オレてきとーに言ったんだけど?」
 エレキッドはツノの間で静電気をパチパチさせた。
「当たってたんだね」
「さ、さよう」
 エルレイドは引きつり笑いを浮かべた。
「拙者たちの両親も永眠された今、この町に残るのは拙者たちと長老のみ。老い先短い長老をお一人でこの町に残すのは酷というもの」
「そだよ。この町に戻ってきてる若いのはオイラたちだけしかいないし。他の皆はたぶん戻ってこないと思う。めいめい飛び出していったし……。長老だけ残すの、なんか可哀想でさ」
「他の皆が戻ってこないの? やっぱり地下より外のほうが過ごしやすいってわけ?」
 またしてもパッチールが遠慮なく口を開く。
「うん」
 ニョロモは尻尾で床を掃いた。
「地上の都市の中にもいるよ。この地下から出てきたポケモンたち。数は多くないけどさ」
「へー」
「たまにオイラたち会ってるけど、皆口をそろえて言うんだ、『帰るのはまたいつかにする』って」
「帰りたいとは思ってるけど、今は帰りたくないんだね」
「……長老のお小言を聞きたくないからでござるよ」
 今度はエルレイドが口を開いた。
「昔から長老はお小言が多くて。皆、幼少のころから最低三十回は聞かされるのでござる。実際、拙者も聞きたくなくて、帰りたくなかったのでござる。が、やはり故郷には帰りたい……」
「オレのかーちゃんよりもお小言多いジャン。でもオレたちが会ったときにはお小言なんてなかったじゃん」
「お客さんの前だったからじゃない?」
 パッチールは耳を動かした。
「お客さんの前で何だかんだ言うのは恥ずかしいじゃないの。アタシたちの見てないところでお小言を言うつもりだったんじゃないの? 『この年寄りをほったらかすとは、最近の若造は』とかなんとか」
「ううむ。おそらくは」
 エルレイドの胸についている赤いモノがちかちか光る。あれが光るなんて初めて見た。エレキッドはしばらくパチパチと電気をツノの間ではじけさせた。
「皆を呼び戻すよりは、長老を地上に引っ張り出すほうがいいってわけだな? お小言は地上で聞かされるかもしれないけど、長老を孤独死させるよりはずっといいと」
「うん」
 ニョロモは尻尾でまたしても床を掃く。ニョロモの後ろ三十センチは、もう埃もないほど綺麗に掃き清められているのだが。落ち着けずに尻尾を動かしているのだろう。
 ふと、バチバチという音がした。続いて、エレキッドの近くに落ちている電線に、電流が流れ込んできた。エレキッドが流すよりもずっと高い電圧。辺りの蛍光灯がパッとまぶしく点灯して、すぐにおだやかな明るさに変わる。
「待たせたのお」
 建物の中に、ロトムがフワフワ漂いながら入ってきた。
「長老。決めたんですか」
 ニョロモが激しく尻尾を振ったので、払われていた埃が舞い上がった。ロトムはうなずき、返答した。
「わしは、ここを離れる――」


第7話へもどる第9話へ行く書斎へもどる