第7話



 人間もポケモンも避けられぬ定め。寿命。
 この町の年老いたポケモンたちは、皆、土の中へ還ってしまったのだ。
「……」
 エルレイドは、しばらくうつむいていた。ロトムは、しばらくパリパリと小さく放電してエルレイドを見守る。後ろにいるエレキッドとパッチールはかける言葉が見つからず、無言でいた。
 やがてエルレイドは顔を上げた。
「……さようでござりますか。ひょっとしたらと、思っていたのでござるが……」
 頭の中では、分かっていたことらしい。
「裏手に埋葬してあるんじゃ。後で挨拶に行くとええわい」
 ロトムの言葉。だが、エルレイドは動かない。ショックなのか、それとも――。
 不意に、エルレイドが振り返る。皆もつられて振り返る。
 水の音が聞こえた。ピチャピチャと、ぬれた場所を歩いているような足音も聞こえてくる。やがて、何かが電気の光の下に姿を見せた。
「あっ」
 ロトムとエルレイドは同時に声を上げた。
 弱弱しい光の下に、ぬれたニョロモが一匹。エレキッドとパッチールは目を丸くし、続いて互いに顔を見合わせた。確か、町の商店街付近を流れる川にすんでいるニョロモだ。なぜこんなところにいるのだろう。
「お、お久しぶりッス」
 ニョロモは半ば照れたような顔になる。ロトムは、バリバリと派手に放電した。驚いたのだろう。電気が辺りを這い回り、エレキッドはその電気を吸い取りにかかる。ニョロモを感電させるわけには行かない。
「久しぶりではないか!」
「えっ」
 エレキッドは、ロトムとニョロモを交互に見る。
「てことは、ニョロモはこの町の出身なの?!」
「うん、まあ」
 ニョロモは、恥ずかしそうに言った。
「ちょっと前からここに戻ってきたんだけどね。なかなか顔を出せなくて。ほら、なんてーか、その恥ずかしいじゃん」
「まあ、わからなくもないけど」
 パッチールは目をぐりぐり回した。
「アラ、前々からいたってことは、町を覆ってたあの霧の正体はあんたなの?」
「うん」
 ニョロモはもじもじした。
「あー、正面切って顔出すのはハズイけど、何とか自分がいるって伝えたかったわけか」
 エレキッドは、パリパリとツノの間から小さく静電気を放電した。ニョロモは更に顔を赤らめて、尻尾で辺りを掃いた。
「で、アタシらがここへ来たのを幸い、やっと出てきたってわけね」
 パッチールの言葉に、ニョロモは、焼け石なみに真っ赤になった。辺りの床を掃く速度があがって、小さく水とほこりが舞い上がっていく。
「ニョロモ殿!!!!」
 エルレイドが突然駆け出し、ニョロモをがしっと抱きしめた。
「皆、皆死んでしまった……。拙者の祖父も、ニョロモ殿のご両親も、皆……」
 エルレイドは、幼子のように泣き出した。ニョロモは最初だけあっけにとられていたが、やがてつられて泣き出した。

 市役所の代わりの建物の裏には、簡素な墓地があった。畑か花壇を作る予定だったのか、四角い石で仕切りが作られており、仕切りで囲まれた場所の土は他の場所より柔らかい。そして、その土のいくつかは盛り上がっており、上に鉄板が乗せてある。その鉄板が何を表すかは、想像に難くない。
 エルレイドとニョロモは、それぞれの家族の墓前にモモンの花を供えて、近くの池の水を汲んで花に注いだ。エレキッドとパッチールはそれぞれ黙祷した。辺りは弱弱しい街灯の光が頼りなく照らしているほかは、何も明かりは無い。それがかえってさびしかった。
 エレキッドとパッチールは、ロトムに呼ばれた。エルレイドとニョロモはまだ墓前にたたずんでいる。
 建物の奥で、ロトムは言った。
「この町がなぜこれほど廃れているか、ご存知かね」
「エルレイドからある程度聞いてます」
「そうか。若いもんがどんどん外の世界へ出て行って、戻ってこないんじゃよ。数年前までは、もっとこの町は多少活気があったものじゃが……。外の世界に魅力を感じて、この場所には戻りたくなくなるのじゃろうか」
 そりゃあねえ。エレキッドもパッチールも思った。何の娯楽も無いこの寂れた町から外へ出れば、映画館やゲームセンターや商店街のある地上の町の魅力にとりつかれるのは間違いなかろう。よほどの事がない限りは、こんな何もない場所に、帰りたいとは思わないだろう。
「このままエルレイドとニョロモが戻ってこなんだら、この町の者はわし一人だけになるところじゃったわい。帰ってきてくれてありがたい。だが、墓参りを済ませたらすぐに出て行くんじゃろうな」
「いや、まだとどまってるかもしれませんよ。ショックが癒えるまで」
「だが、それも終われば去るだろう。ニョロモとエルレイドは、この町の、最後の若者じゃ。彼らまで去ってしまったら……」
 ほろりと涙を流すロトム。わざとらしさを感じなくもなかったが、二匹は何も言わなかった。住人が減ったことで廃村となった村も数ある。都市のすぐ真下にありながらも地上に若手がどんどん進出して、残るものが老い先短い老人のみ。この町もやがては無人の廃墟となるだろう。
 しかし、エレキッドとパッチールは顔を見合わせるのみ。彼らにできることなど何もない。滅び行く町をどうにかするなど。地上に出て行った若手たちを連れ戻したとしても、町の建て直しは無理だろう。建物の建て方などわからないし、分かったとしても鉄骨やコンクリートなどの材料を調達するのは難しい。
「若手を呼び戻す方法があったとしてものう」
 ロトムはため息をついて、電気をパリパリ出す。エレキッドはそれをツノで受けたが、電気の勢いの中に、ロトムの元気のなさも感じ取った。
「過疎化する小さな村はこんな感じなんだね」
 人の集まる都会に住んでいると見えないものだ。
「お前さんたちも、残ってはくれないものかね」
 あまりにも唐突な言葉。しかし、エレキッドもパッチールも娯楽ゆたかな地上の都市で生まれたのだ。こんな何もない場所にいてくれといわれても困る。
「はあ、やはりここはもう捨て去られるべきなのだろうか」
 エルレイドとニョロモが肉親の死を悲しんでいるところへ、この話をする長老は……。エレキッドとパッチールは、なかば呆れた目を、互いに向けあった。まあ、ロトムの話もわからないではないが。エルレイドとニョロモが町を出て行ってしまったら、この町に残るのはロトムのみなのだから。ロトムの死後、この町は本当に廃墟になってしまう。それを心配しているのだ。
「心配事は分かるよ。でもオレらにできることなんか、本当にないんだよ……。エルレイドだってニョロモだって、それどころじゃないだろ?」
「それは分かっておるよ。だが、わしは、若いのが去った後、ほかの年寄り連中がどんどんわしを置いて眠りについてしまったのを見ておる」
「うん、さびしいんでしょ」
 パッチールは目をぐるぐる動かした。空気を読まずに何でもかんでもズケズケ言うのが、このパッチールの欠点だ。
「さびしいのは分かるけど、ここに残るかどうかを決めるのは、彼らよ。アタシたちじゃないもん。それは分かってるでしょ、頭の中では」
「さよう、分かっておる。わしも若い頃、両親の反対を振り切って飛び出したもんじゃ」
「でも、寂しいわよね。ひとりぼっちにされるんだもん」
 ロトムの体から、電気が放たれなくなり、あたりは真っ暗になった。エレキッドは驚いてビビッと電気を放ってしまい、それが電線に移ると、辺りはまたパッと明かりがついた。が、放電を止めると、また真っ暗。ロトムは慌てたように電気を流した。辺りはすぐ明るくなった。
「すまんのお、流せる電気も不安定になりやすくなっておるわい」
 ロトムが謝ると、
「長老」
 入り口から声がして、エルレイドとニョロモが姿を現した。あえて、エレキッドとパッチールは何も問わないで、見つめた。
「もういいのか?」
 ロトムの問いに、エルレイドとニョロモはうなずいた。
「長老、お話がござります」
「……うん」
 二匹の言葉に、思わずエレキッドとパッチールは顔を見合わせる。まるで彼らの先ほどの話を聞いていたかのようなタイミングで話をしたいと言い出すとは。しかしロトムはそれを予期していたかのように、ピリピリと静電気を出した。
「そうか、何なりと話してみるが良いぞ」
 エルレイドは一度目を伏せる。ニョロモは尻尾をたらんと床にたらした。
 
「……長老、拙者たちと共に、地上へ来てくださらんか?」


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