第6話



 外に出る。この地下の町には、再び霧がかかり始めた。一体霧の原因とはなんだろうか。エルレイドも知らないという、霧の原因。この町に湧き出る地下水のせいだろうか。しかし地下水がわいているというだけで霧は発生しないはず。霧が濃くなる前にと、エルレイドはエレキッドとパッチールを急かす。
「霧を払う方法ってないの?」
「あの換気扇が動けば、霧は消えるのでござる。だが、換気扇を回すのに膨大な電力が必要なので、ごくたまにしか回せないのでござるよ。必要な電力は、そうでござるなあ、エレキッド殿が二百匹、一斉に放電して初めて換気扇が動き出すのでござる」
「ひえー、エネルギー食うんだな!」
「さよう。もうオンボロゆえに、電力の消費も激しいので、あまり回せないのでござる。困ったものよ」
 しばらく歩く。
「あの換気扇の近くに、年老いたポケモンたちの集まる住まいがあるのでござる」
 エルレイドは、大きな換気扇を、片腕で指した。換気扇の隙間から差し込む光。その光に照らし出された建物。やはり他の建物同様ボロボロだが、形は家あるいは店としての面影をとどめている。その大きさは、今まで見た中では最大のもの。
「この建物、市役所みたいな形してるわよね」
 パッチールはエレキッドに言った。エレキッドも、その建物を見てうなずいた。
「地下にも同じものを作る予定だったんだろーな、きっと。でも、変だよな。こんな工事の中断の仕方されているなんて」
「ニンゲンてわかんないわよねー。こんな止め方をするなんて」
 ドア用の長方形の穴だけしかついていない。他には窓の代わりを果たす穴が壁にいくつかあるばかりだ。今まで見た建物の中で、一番粗末に作られている。というより、建物の形だけを作って工事が終わってしまったのだろう。他の建物に比べると、どこか気の毒だ。
「これが、長老の住まいでござるよ。暗いので、足元には気をつけられよ」
 エルレイドは、一番大きな穴をくぐる。エレキッドとパッチールも後に続いた。
「わあ、ほんとに暗いよ」
 建物の中に入ると、よりいっそう暗くなる。室内にほとんど明かりがない。窓代わりの穴から差し込むわずかな光だけが、周りを照らす唯一の照明だ。闇に慣れてきた目で周りを見ると、家具が何も置かれていないのが分かる。がらんどう。電線もない。
「発電機とか、ないの? あったら電気ポケモンが電気を流して明るく出来るはずよお。暗いわよ、ここ」
 パッチールの言葉に、エルレイドは首をかしげたように見えた。
「さよう。先ほどもお話ししたとおり、この町は一部の場所を除けば暗いのでござる。そして、その暗い場所が、この建物。電線は通っているのでござるが、あいにくこの建物だけが、電球が無いのでござる」
 外から、バチッとはじくような音が聞こえ、続いていきなり外が明るくなった。続いて、この建物の中も少しだけ明るくなった。外から入ってくる強い光のためだ。
「なっ、なんだ一体?」
 思わずエレキッドはツノの間から静電気をパチパチと走らせた。
「思わず漏電しちまったよ。いきなり外から電気がほとばしったみたいだけどさ」
「たまにあるのでござるよ。この町を照らす街灯に電気を流すポケモンが寝ぼけたのでござる。もう御歳なのだから……」
 エルレイドは、仕方ないと言いたそうに肩をすくめた。
「では、明るい今のうちに、先に進むでござるよ、ご両人」
 エルレイドが案内するまでもなく、建物の奥には大きな壁があり、その壁に出来た穴をくぐるだけでよかった。そしてその穴をくぐった先に、ロビーらしき大きな部屋があった。都市の市役所のロビーそっくりの大きさ。だが、壁はペンキも塗られておらず、鉄骨がいくつかむき出し。作りかけにも程がある。こんな中途半端な中断のされ方に、お目にかかった事はない。長老の住まいが、こんなにも粗末な建物でいいのだろうか。それとも、とうの本人がこの建物を気に入っているのだろうか。気に入って住み着いているなら、別に文句など言わない。
 エレキッドとパッチールが、周りを見回していると、
「何者だ?」
 エルレイドの向こう側から声がした。妙にかぼそくて甲高い声。同時に、バチバチと何かがはじけるような、そう、ちょうどエレキッドのツノの間から走る静電気にも似ている音だ。
 エレキッドはビビッと感じた。
 電気ポケモンだ!
「おひさしゅう、長老」
 エルレイドの言葉と、エレキッドとパッチールがエルレイドの後ろからその声の正体を見るのは、同時だった。
 電気を流しているのは、見たことの無いポケモンだ。
 明るいオレンジ色の体と、体を覆うような薄い水色のバリア上の物体。そしてその全身からはバチバチと絶えず電気が走っている。思わずエレキッドがツノから静電気を発したほど、その電気は強いものだ。エレキッドは思わず身震いする。自分の足が、わずかにあのポケモンに向かって動き出そうとするのを、何とかとめる。あのポケモンが発している電気は、ほかの電気ポケモンが引き寄せられそうなほど強いのだ!
「ロトム長老、お久しゅう」
 エルレイドは、そのポケモンをロトムと呼んだ。それが、ポケモンの名前のようだ。
 ロトムと呼ばれたポケモンは、体の周りに無数の電線をまとわりつかせており、それが椅子代わりにもなっているようだ。ポケモンは電線に絶えず電気を発して送り込み、それが街灯を照らす電力となっているようである。そして、この電力はポケモン自体も光らせている。自分が電力の供給源であるというわけか。
 ここにいるのは、ロトムだけのようだ。
 ビビビビと、妙に機械的な音を立てる電気の流れ。バチバチとたまに大きな音も聞こえてくる。エレキッドは、自分のツノも少し反応しているのに気がついた。同じ電気ポケモンなのは間違いなさそうだが、発生させる電気の量はロトムのほうが圧倒的に上だろう。パッチールの全身の細かな毛が逆立っている。静電気も強烈だ。
 ロトムは、全身から電気を流しつつ、エルレイドを見つめた。小さな口を開いた。
「おお、懐かしい。エルレイドではないか。確かに久しぶりじゃ」
 妙に甲高い声だ。口調は年寄りくさいが……。
「おぬしがこの町を出てから半年以上は経っちょるのお。外の世界へ出ても、相変わらず、ラルトスの頃のように、やんちゃをしておるんじゃろ?」
「いえ、そのような幼子のような事などいたしてはおりませぬ」
 エルレイドの頬が若干赤くなった。どうやらエルレイドは昔やんちゃ坊主だったようである。誰にでも幼い時代はあるものだ。
 実家に帰ったサラリーマンが年老いた両親と話しているような、そんな会話がしばらく続く。そして、やっとロトムはエルレイドの後ろにいるエレキッドたちに目をやった。
「そやつらは、何者じゃ?」
「この方たちは、拙者の友人でござる」
 初めて紹介されて、このまま無視されっぱなしかと思っていた二匹は、身を固くした。いきなり話の矛先をむけられるとは思わなかったからだ。
「お名前は、何と言うんじゃ?」
「はじめまして。アタシ、パッチールです。こっちは友達のエレキッド」
「え、えっと、はじめまして……。エレキッド、です」
 パッチールは一瞬身を固くしたものの、すぐに緊張をほぐして、ロトムに挨拶をした。一方で、身を固くしたままで挨拶したエレキッドはツノの間から小さく電気をパリパリと発した。緊張のあまり漏電している。元々蓄電が下手なので、些細なことでも静電気はもれてしまうのだが……。
 だがロトムは気にする様子も無く、挨拶を返す。
「はじめまして、お客人。わしは、この町の長老。ロトムと申す」
 ロトムも、静電気をパリパリ発しているが、これは緊張のために漏電しているわけではなく、電気ポケモン同士の挨拶のようなものだ。エレキッドはその静電気をビビッと感じ取った。きつい。頭がちょっとクラリとする。力加減が上手くいっていないのだろう。エルレイドが「御歳なのだから」と言っていたのを、エレキッドは思い出す。
「ところで、他の方にもご挨拶したいんですけど?」
 パッチールが目をぐりぐり回した。もとから渦巻状の目を更にぐりぐりさせると、見ている側が目を回してしまう。
「他の方は、どちらにいらっしゃるの?」
「他の者か?」
 ロトムの目が大きく見開かれる。エルレイドも、そうだった思い出したといわんばかりの表情。話に夢中で忘れていたのだろう。
 しばらく、無言が続く。聞こえてくるのは、ロトムが電線へ流す電流の立てる、パリパリピリピリという音だけ。エルレイドは少し首を傾げたが、やがて目を大きく見開いた。ロトムは一度目を閉じて、ため息をついた。
「まさか……」
 エルレイドの言葉を、ロトムは引き継いだ。
「皆、寿命じゃった……」


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