第1章 part1
100年戦争。
今からちょうど百年前に起こった世界大戦を、そう呼んでいる。あらゆる国を巻き込んだその戦いは、今となってはその目的すら不明である。様々な種類の兵器が戦争に投入され、全世界はその兵器によって戦火に包まれた。大陸は引き裂かれ、海は干上がり炎に包まれた。この戦火によって世界中の動植物の六割は死滅した。
戦争は本当に百年続いたわけではない。わずか十年で終わりを告げた。世界中のあらゆる都市が戦禍によって機能停止し、生き延びた人々や動植物は、次に襲い掛かってくる急激な環境の変化の猛攻にさらされる事になったからである。ブリザード、砂漠化、激震、局地熱帯化。核兵器をはるかに上回る兵器が地球上に残した爪痕は大きく、地球はその爪痕の仕返しとして環境の変化という非常に厳しい懲罰を下したのであった。その期間も含めて100年戦争と称されているのである。
環境の変化でもどうにか生き延びた者たちは、自然災害が去った後、あらゆる機械が機能停止したために、自らの生活を立て直すための原始的生活を余儀なくされた。そうして二十年後、人々の生活がだいぶ文明的なものとなったころ、戦争で使われた機械を修理して日常生活でも使えるようにするため、戦時下で使われた研究施設などから機械部品を持ってくる事をなりわいとする者たちが現れた。現在生産されている機械部品よりも戦時下で使われたものの方が性能がよく、技術者たちもそれらを欲したため、機械部品の金銭的な取り引きが行われるようになった。
その機械部品は、現在では製造がほぼ不可能なため、オーパーツと呼ばれている。そしてそれらを採集してくる者たちを、トレジャーハンターと呼ぶのである。
初夏にさしかかるころの、ある昼下がり。少し汗ばむくらいの陽気の下で、丈の低い草の茂るステップにつけられたわだちを、一台のジープが走っている。乗っているのは、一組の男女。
「ねー、町はまだ?」
問うたのは、退屈そうに助手席に座っている金髪の女性である。年のころは二十代前半と言った所。薄手の上着とズボン、首には青い宝石のついた首飾りを下げている。ショートヘアの、なかなかの美人である。名を、ヨランダという。
「まだに決まってんだろ。あと一時間はかかるんじゃねえのか」
答えたのは、ジープを運転している、燃える炎のような赤い髪の男である。ヨランダと歳はあまり変わらないであろうが、彼のほうがやや上であると思われる。払い下げと思われる防弾ベストを着て、腰のホルスターには大型の拳銃が二丁下げてある。暑いのか、着ている灰色の防護服の袖を捲り上げている。名を、アーネストという。
「一時間もかかるの〜」
ヨランダは不満そうな表情になる。
「何で俺に文句つけんだよ」
「別にあんたに文句つけたわけじゃないわよ……退屈なだけよ」
ヨランダは言い返し、ジープに搭載されているカーナビを見る。カーナビのマップは、このジープの進行方向の先に町があることを示しているが、いかんせん、そこまでの距離が遠すぎた。携帯食料や水が底をつきかけていたために、とりあえず手近な町を目指しているのだが、出発してから三日。水は昨夜で底をついてしまった。
(あと一時間かあ)
ジープは何事もなく町についた。二人は早速車を降りる。ヨランダは背伸びをして、固まった体をほぐした。アーネストはジープのハンドルのクラクションを押す。音が出ない代わりに、ジープはだんだん小さくなっていき、ついには手のひらくらいの銀色のボールへと姿を変えた。彼はそれを拾い上げ、ポケットにしまった。
メタルボール。トレジャーハンターのみならず、一般にも使用される乗り物である。変形自在の特殊金属に超小型エンジンを組み込み、そのエンジンの種類に対応した乗り物に変形させることができる。アーネストの所持するメタルボールは四輪車系のエンジンを組み込んであるが中古品のため、ジープとキャンピングカーの二種類にしか変形させることができない。移動にはジープ、野宿にはキャンピングカーと使い分けているので、彼は特に不便に思っていないが。
さて、町に入ったトレジャーハンターがすべきことは、オーパーツの換金、武器弾薬の購入、医薬品の補充である。宿や食料品店は二の次である。100年戦争以降の復興により、町の雑貨屋にまで銃が安価で並ぶようになったが、質の良いもの悪いものがごたまぜになっているため、大抵のトレジャーハンターは良質の装備を求めて武器専門店に行くのが普通である。
オーパーツの買取を行うのは、町の技師連盟である。都市に匹敵する規模の大きな町にはたいがい技師たちの連盟があり、トレジャーハンターの採取してくるオーパーツを買い取り、研究や新しい機械の発明や修理に使う。オーパーツの状態や部品しだいでは金貨が何十枚も支払われることもあるため、トレジャーハンターはこぞって良質のオーパーツを探すわけである。
回路四つと小型動力炉の換金を済ませたあと、切れかけていた医薬品も補充した。残りの金で食料と水を買い込んだ後、宿を見つけて部屋を取る。そのころには日が暮れて、働きに出ていた人々はぞくぞくと自宅へ戻っていく。宿に部屋を取った者たちは夕食のため酒場兼食堂の大広間にやってきた。宿を取る客は遠方から来た商人かトレジャーハンターであることが多い。あちこち旅して周るため、いろいろな情報を聞くことができる。
二人が食事を取っていると、近くのテーブルからトレジャーハンターのうわさが耳に飛び込んできた。
「なあ聞いたか」
「聞いたって?」
「ほら、あれだよあれ。例の奴が、さ……」
「ああ、あいつか! それなら聞いたぞ」
うわさを聞いて、ヨランダは首を傾げたが、アーネストは口の中でフォークをガチッと噛み、苦い表情になる。
トレジャーハンターたちの噂話は続く。
「なあよお、知ってるだろ、例の奴にかかわった野郎は……」
「ああ、知ってるぞ」
徐々に、声が小さくなっていくので、思わずヨランダは体を椅子ごと少し後ろへそらした。そうしなければ、周囲の喧騒に噂話がかき消されてしまうからである。
「でよ、あの例の奴がさ、この町の近くの遺跡に入ったらしいんだ。オレ、見ちまったんだよ。とっくに奴の手にかかった先客を……」
「ホントかよ」
「間違いねえ。あれは遺跡のトラップにひっかかって逝ったんじゃねえ。間違いなく殺られたんだよ」
話を続けるトレジャーハンターたちの顔色が、徐々に青ざめていくように見える。ヨランダはちらりと横目で見てから、アーネストに問うた。
「ね、例の奴ってなに?」
「知らねえのか?」
アーネストは声を上げるが、その声にはどこか警戒するような響きがある。
「トレジャーハンターなら誰だって、そいつの噂くらい知ってらあ」
「悪かったわね、知らなくて。それで、そいつって誰のこと」
ヨランダはまた問うたが、アーネストは返答を渋った。明らかに、その人物のことを口にするのをためらっているのがわかる。
「誰なの、ねえ」
ヨランダがしつこく問うと、アーネストはやっと口を開いた。だがそこから漏れる声は非常に小さく、まるで誰にも聞かれまいとしているかのようであった。ヨランダが身を乗り出さなければならないほど、その声は小さかった。
「……《青き狐》」
「へえ。誰それ」
「凄腕のトレジャーハンターらしいぜ。本名は知らねえけどな」
「そう」
ヨランダは相槌を打ったが、なぜアーネストがこれほどまでにその名を口にするのをためらうのか、その理由がわからなかった。しかしアーネストが話したくなさそうなので、彼女はそれ以上聞こうとはしなかった。好奇心の旺盛な彼女であったが、相手から無理に聞きだすようなことはあまりしないのである。
食事が終わった後、喧騒の絶えない食堂を出て、二人用の共同部屋へ向かう。買い物を終えてしまうと、大抵金が残らないので、宿を取るときにはいつも共同部屋を使っているのである。二人一室で、一人一室分の部屋代しか取られないため、お得なのだ。
「あー、疲れた」
電気をつけて部屋に入ると、ヨランダは上着を脱いで、ベッドの側の壁から突き出たフックにかけた。そして、部屋の奥にあるシャワールームへ急ぐ。
「のぞかないでよ。シャワー浴びるんだから」
「へん。頼まれたって、見る気もしね――」
使い古された金属の洗面器が勢いよく飛んできて、アーネストの顔面に命中した。
ヨランダとアーネストがコンビを組んだのは、今から一年半ほど前。まだ彼女は駆け出しのトレジャーハンターで、戦闘経験もないに等しかったが、狙撃の腕前は一流であった。逆にアーネストは戦闘も探索も経験豊かであったが、いかんせん、射撃はあまり得意とはいえず、手先は器用ではなかった。
そんな二人が出遭ったのは、かつてなにかの研究施設であったと思われる遺跡を探索していた時であった。戦争時代に使われた様々な設備は時間とともに機能停止するものが多いが、ごくたまに、侵入者よけのトラップが生き残って作動している場合がある。探索中にうっかりそれを作動させてしまったヨランダは、数体のガードマシンに襲われるはめとなった。あわやというところで、後から探索に入ったアーネストに助けられたのである。戦闘は新米トレジャーハンターの出る幕じゃないと彼に罵られたものの、彼女はめげず、「じゃ新米のトレジャーハンターをほっておくわけ?」とあれこれ言い返して、逆にアーネストを説き伏せて護衛にしてしまった。説き伏せられたアーネストは、「新米をほっておけるか」と言ったのだが、ヨランダに言い包められた言い訳を自分に言い聞かせているとしか思えなかった。
実際にコンビを組んでみると、互いの欠点を補完し合う形では、二人はなかなか息が合っていた。逆にピンチを打開する連携プレーをする形では二人の息はバラバラだった。しかし最初は先輩面していたアーネストも、日がたつにつれてヨランダに打ち解けてきた。ただの護衛役としか彼を見ていなかったヨランダも、彼に対して特別な感情を抱くようになった。何度か喧嘩もしたが、今となっては互いに互い、欠かせない存在となっていた。
ヨランダはシャワー室から出てきた。備え付けのバスタオルで髪を拭いている。彼女はプロポーションも抜群に良いのだが、湯に濡れたブロンドは、部屋の明かりを反射してよりいっそう美しく輝き、彼女をより魅力的に見せた。
(キレーだな……)
アーネストがそれに見とれていると、何を勘違いしたか、視線に気づいたヨランダはむっとした表情になる。
「どこ見てるのよ!」
アーネストが答える間もなく、平手打ちが飛んできた。
翌日、宿を引き払ってから、二人は町の目抜き通りを歩いていた。アーネストは昨夜ひっぱたかれたことをまだ気にしており、不機嫌な表情である。ヨランダは逆に、さわやかな笑顔で歩いている。昨夜彼をひっぱたいたことなど、もはや彼女の頭にはない。過去の事にはこだわらないというのが、彼女の基本姿勢である。
町を囲む出入り口には大きな金属の壁が張り巡らされており、そこが門の役目を果たしていた。二人はそこを通り抜けたが、壁のすぐ側に、青いリニアバイクがとめてあるのを見た。
リニアバイクは地磁気の反発を利用して走行するバイクで、タイヤの代わりに磁気エネルギー発生装置が取り付けられている。最高時速は二百キロメートル。戦時下あるいは戦前に使われていたと思われる乗り物で、普及しつつあるメタルボールの乗り物に比べると、非常に数が少なく普及はほとんどない。なぜなら、このバイクの構造自体、現代の技術者の手には負えないほど複雑であるからだ。それゆえ、故障したリニアバイクを見つけてきても、低い技術レベルと修理に必要なパーツの不足から、直しようがないというのが実情なのである。
二人の目にしているリニアバイクは、型こそ古いがよく使い込まれており、所々の塗装の薄さから判断して何度か修理されたものと思われる。
「すげーなー。リニアバイクなんて初めて見るぜ。噂には聞いてたけど、これが本物なのか」
アーネストは垂涎のまなざしで、リニアバイクを見つめた。ヨランダは彼に、あきれたような表情を向けた。
「ただのバイクじゃないの。これの何がいいわけ?」
「何がいいって、すげえスピードで走れるんだよ、これは。二百キロくらいは出せるはずなんだぜ」
「ふーん。どうでもいいけど。さ、行きましょ」
ヨランダは、いつまでもリニアバイクを眺めていそうなアーネストの腕を引っ張り、無理やりにそこから引き離した。
このリニアバイクの持ち主は、二人が去ってからしばらくして姿を見せたのである。
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