第2章 part2



 二人のキャンピングカーは西を向いており、そのはるか先には遺跡があった。すでに他のトレジャーハンターたちによってオーパーツ探しが行われた後であり、ここにはもはやめぼしいものなど残されていない。
 その遺跡に、《青き狐》の青いリニアバイクが留められていた。そして乗り手のほうは、遺跡の中にいた。
 遺跡は、軍事施設とも研究所とも受け取れる所である。長期の風雨にさらされた事で建物の外部はくすんだ灰色になり、塗装のほとんどが剥げ落ちている。内部は埃だらけだが、人の足跡がいくつか見られる。つい最近も、トレジャーハンターが立ち寄ったのであろう。
 さて《青き狐》は、闇に閉ざされた狭い通路を、ライトも赤外線ゴーグルもつけずに歩いていた。床に四散した天井のタイル屑や、めちゃめちゃに壊れた機械の残骸につまずくことなく歩いている。闇の中でも目が見えるほど夜目が利くのであろうが、それにしては目が良すぎる。
 通路の先には、ドアがある。かつては手で開けるドアだったのだろうが、今は手でこじ開ける必要があるただの鉄板となっていた。他のトレジャーハンターが叩き壊したらしく、錆だらけの鉄の板がむなしく、外れかけの蝶番に引っかかって、かろうじてドアとしての形を保っていた。そこを《青き狐》は軽く蹴って開けたが、押されたドアは蝶番が外れ、ガシャンと派手に音を立てて床に倒れた。彼はドアをほっておき、そのまま奥へ進んだ。
 ドアの奥には、広々とした部屋がある。巨大なコントロールパネルやスクリーンが壁に取り付けられており、それらはすでに荒らされた跡がある。精密機械のオーパーツは保存状態にもよるが、基本的に高値で売れる。そのため回路型オーパーツなみの金蔓として、トレジャーハンターたちはこういった遺跡を探し求める。だが《青き狐》はそれらに目もくれず、さらに奥へ歩く。すでに荒された機械には用がないのであろう。部屋の隅にある錆だらけのドアを蹴って開けると、その奥には小部屋がある。この部屋で電力を作り、他の部屋に供給していたらしい。大型の発電機が何台も、埃をかぶって並んでいる。いくつかの発電機は荒らされているが、ほとんどが無事である。こういった機械からは主に動力炉とボルトとナットのみしか手に入らないため、大抵のトレジャーハンターは他の機械を探すのである。
《青き狐》はベルトポーチから電動ドライバーを出し、発電機の蓋を固定するネジを取り外しにかかった。わずか数分でネジは全て外れ、彼はそのまま蓋を勢いよく押し上げた。
「ふむ。保存状態はまあまあか。発電機をあさるトレジャーハンターは少ないからな」
 発電機の中には、旧型の回路やエネルギー変換炉が組み込まれている。もっともこれではたいしたエネルギーを作り出せないのだが。
「さてと」
 ひとりごち、ベルトポーチからいくつか道具を取り出して、彼は機械の中に半身を突っ込んで作業を始めた。
 東雲の光が辺りを照らし始めるころ、《青き狐》はリニアバイクでどこかへと走り去っていった。

 カーナビに映る、遺跡をあらわす黒い点を見つけたのは、《青き狐》との出遭いから数週間後であった。平和的に旅をしていた二人は、そろそろ路銀も尽きてきたために、オーパーツ探しをしているのである。そしてやっと、遺跡を見つけた。
「ねえ見てよ。これ、遺跡でしょ?」
 うれしそうなヨランダに、アーネストは応じた。
「久々じゃねえか。ちょうど路銀もねえ事だし、行くか」
 カーナビの示す方角へ向かい、ハンドルを切った。
 カーナビに映る黒い点にだいぶ近づき、進路のはるか先に遺跡らしき黒い点が見えてきたころ、突如カーナビから機械的な声による情報が流れた。
『前方百メートルに乗り物あり』
 カーナビに、その乗り物がぱっと映し出される。アーネストはそれを見るため、いったんブレーキをかけて停車した。横目ではうまく見られないからだ。
 二人はそろってカーナビを見た。同時に二人の目は、釘付けになった。
 見覚えのある、青いリニアバイク。乗り手はいない。
「これって……」
 ヨランダが口を開く。アーネストはうなずいた。
「間違いねえ。奴のだ」
 言うなり彼はアクセルを踏み、ハンドルを大きく左に切った。ジープは前方の遺跡をかなり大きく迂回して、やがて遺跡の真後ろにまで回りこんだ。
 いったんジープから降りて、ジープをメタルボールに戻す。それから、遺跡の壁にぴったりと張り付いて息を潜めた。
 しばらくして、二人が密着している壁の内側から、足音が聞こえてきた。アーネストの手は自然と腰のホルスターに伸びて、銃のグリップをつかむ。ヨランダは手を懐に入れる代わりに、ひたすら息を殺していた。
 足音が大きくなってきて、続いて、遺跡の入り口に誰かが姿を見せた。
 見覚えのある濃紺の防護服が、二人の目に飛び込んだ。
「いったん引き上げるか」
 聞き覚えのある、氷のように冷たい声が聞こえた。
 石畳を歩く足音が聞こえなくなると同時に、草地を歩いている人物の歩みも止まる。
 くるりと振り返った。
 射抜くような冷たいまなざしが、二人の隠れている辺りに向けられた。蛇ににらまれた蛙のごとく、隠れている二人は思わず身をこわばらせた。アーネストはほとんど反射的に銃の撃鉄をおろした。聞き取れるか否かの、かすかなカチリという音がする。
 しばしの沈黙。
「……気のせいか」
《青き狐》はひとりごち、また視線を戻した。そしてリニアバイクに向かって歩き、乗ってエンジンをかけた。ブウンと空気の振動する音がして、地磁気の反発によって車体が宙に浮く。
 振り向いた。
 二人はまた硬直した。心臓が早鐘を打ち、全身が汗でびっしょり濡れてくるのがわかる。心音ですらも外に聞こえるかと思えるほど、大きなものに感じられた。本当は外に聞こえてなどいないのだが、この早鐘を打つ心臓の音を《青き狐》に感づかれてしまうのではないか。二人は同時にそう思った。
 だが幸いなことに、《青き狐》はその方向から目を戻して、リニアバイクを発進させた。車体は滑るように音もなく前進し、あっという間に加速して、二人の視界から姿を消した。
 リニアバイクが去ると同時に、二人は全身の緊張が一気に解けて、その場にへたり込んでしまった。
「み、見つかったかと、思った……」
 アーネストは声を絞り出すが、緊張のあまり、しゃがれていた。ヨランダは口を開くことすら出来ない。安堵感で緊張が緩みすぎ、かえって力が入らないのである。それでも時間が経って落ち着きを取り戻すと、何とか話が出来るようになった。
「この遺跡で何していたのかしら」
「オーパーツ探しに決まってるだろ。それしか考えられねえよ」
 アーネストは立ち上がり、遺跡に入ろうとする。しかしヨランダはまだ立てず、座り込んだままである。
「ちょっと、アタシ立てないのよ! 置いてく気?」
「大丈夫だってば。ちょっと覗いてくるだけだぜ。すぐ戻ってくるから」
 アーネストはヨランダの文句を聞き流し、遺跡へ入った。
「ちょっと、置いてかないでーっ」
 ヨランダは、動いてくれない足を何とか立たせようとしながら、虚空に向かってわめいた。しかし叫んだところで動けるようになるわけではなく、彼女は両手で草の上をはいずるようにして、遺跡へ向かおうとした。
「ちょっと、アーネスト。待ちなさ――」
 一瞬のうちに全身がしびれ、体の自由が一切利かなくなった。

 アーネストはヨランダの声を背に受けながらも、遺跡の奥へ向かった。入り口が広く、太陽の光がずいぶん奥まで差し込んでいるので、ゴーグルをつける必要はない。
 この遺跡の保存状態はなかなか良く、埃が積もっているだけで、機械はオイルで保護されほとんど錆びていない。彼は、見つかる機械をいくつか調べたが、保存の良いオーパーツが多く残されている。
「何だ? こんなにオーパーツ残して。あいつ一体何をとろうとしてたんだ?」
 アーネストはペンチやドライバーでオーパーツをいくつか取る。ほとんどのオーパーツがモーターや回路であり、保存状態がなかなか良いところから見て、かなりの高値で売れそうである。
「いけね。そろそろ戻ってやらねえと」
 もっと取ろうと思ったとき、ヨランダのことを思い出した。足がしびれて立てない上に、彼女は独りでいることを嫌がるのである。
「早く戻るか」
 きびすを返した途端――、
「いや、その必要はないぞ」
 聞き覚えのある冷たい声が、耳に飛び込む。そしてその声の主が目に飛び込む。
「な、何でお前が――」
 アーネストの体から、どっと汗がふきだす。そんな馬鹿な! さっき確かに見たはずだ。
 彼の正面数メートル先に立っている《青き狐》は、驚きのあまり口の利けないアーネストに、嘲りのまなざしを向ける。そして彼の肩に担がれているのは――、
「ヨランダ!」
 アーネストは思わず一歩踏み出す。その通り。《青き狐》が軽々と肩に担いでいるのは、ヨランダだった。四肢を投げ出し、抵抗しない。
「てめえ……何をした!?」
「案ずるな。少しの間、大人しくしてもらっているだけだ。騒がれると、私が迷惑だからな」
 ヨランダはパラライザーで撃たれたのだろう。
「お前たちは本当に隠行が下手だな。どれだけ息を殺しても、気配を殺しきれていない。おまけに、銃の撃鉄が下りる音が聞こえたぞ」
 撃ちあいに備えていつでも弾が撃てる様にするための習慣が、かえってあだとなったのだ。
「てめえ、最初から知っていて――」
「ちょっとした芝居をしただけだ。まさか、お前たちがこうも簡単に引っかかってくれるとは思わなかったがな」
 そして《青き狐》はヨランダの頭に拳銃を突きつける。彼女の愛用しているものだ。
「さて、今度はお前の返答を聞こうか。この女を見殺しにするか、それとも私に従うか」
 ヨランダを人質に取られたアーネストは身動きが取れない。うかつに相手を撃とうとすれば、それより早くヨランダが撃たれてしまう。だが彼女を助けるには、相手を撃つしかない。だがそうする前に……。
こんなことならヨランダを置いていくのではなかった。
 板ばさみ状態になって苦しむアーネストを見て、
「人質を見捨てるには、お前は優しすぎるな」
《青き狐》はくっくと笑った。
「くっ……」
 アーネストは歯軋りして、うなだれた。


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