Collectors 第3章

第3章 part1



 遺跡の奥は、窓が並んでいるため、光が入ってきていた。通路は人が二人並んでやっと通れる程度の広さしかなく、そのうえ床にはオーパーツの残骸らしき細々とした機械の破片が落ちている。
《青き狐》はアーネストを先に歩かせ、自分はその二メートルほど後からついてきた。その肩にはヨランダを担いだままである。アーネストが何か怪しい行動を取れば、即座に彼女を射殺できるようにするためである。もっとも、アーネストが大人しくしていたからといってヨランダに手を出さないという保証は、この冷酷な男にはないのだが。
 しばらく行くと、行き止まりの壁に突き当たった。
「行き止まりじゃねえか」
 アーネストは後ろを向く。だが、《青き狐》は言った。
「お前が開けろ。私が引き返そうとしたのは、その扉を開ける道具を持ってくるためだ。並みの装備では、その扉は持ち上がらないからな」
 なるほど、これは壁に見えて、実は扉なのだ。
「俺が開けるのか?」
「そうだ」
《青き狐》はこれ見よがしに、肩のヨランダをゆすってみせる。逆らうなということだ。
 アーネストは仕方なく、この扉をあちこち調べた。その結果、床に数箇所のくぼみを見つけた。手を入れるにはちょうど良い大きさである。
 扉を持ち上げるしかない。
 アーネストは深呼吸し、くぼみに手を入れた。両足をしっかりと踏ん張り、全身に力をこめる。腕と肩に扉の重みが全てのしかかってくる。かなりの重さだ。だがそれでもアーネストは踏ん張った。ギシギシと音を立て、扉は少しずつだが、確実に持ち上がってくるのがわかる。
「うらああーっ!」
 彼の咆哮が通路に響くと同時に、扉は一気に押し上げられた。そして彼の目の前には更なる通路が開かれた。  ぜえぜえと息を切らすアーネストに、《青き狐》は冷たく言った。
「先へ進め」
「……」
 舌打ちし、肩で息をしながら、アーネストは先へ進んだ。
 この通路は明るかった。どこかでこの遺跡の電源が動いているらしく、窓が一切ない代わりに、天井に取り付けられたライトから明るい光が降ってきた。
「ここは無事らしいな」
《青き狐》がひとりごちた。
「無事って何だよ」
 アーネストが問うたが相手は答えず、身振りで先へ行けと示すだけである。しぶしぶ、彼は先に進んだ。この通路はあまり長くなく、数分ほど歩くと、部屋の入り口が見えてきた。部屋の入り口とわかったのは、扉がないため奥が見えていたからである。
 部屋に入った途端、アーネストはぽかんと口を開けた。
「すげえ……」
 彼が今まで見た遺跡の中で、ここは最も保存状態の良い遺跡であった。埃はほとんど落ちておらず、蜘蛛の巣も見当たらない。部屋全体は、天井から降り注ぐライトの光を受けて、昼間のように明るかった。コンソールパネル、スクリーン、用途不明の巨大なガラス円柱からみて、ここが何かの実験を行っていた研究所であることに間違いなさそうである。この全ての機械を分解してオーパーツにして売れば、半年は上等の宿に泊まれるほどの金が懐に入るに違いない。ここはまさしく宝の山なのだ。
 アーネストが見とれていると、その無防備な後頭部に激痛が走った。
「お前たちには宝の山だろうが、私にとっては忌まわしい場所だ」
 殴られたショックで気絶したアーネストに、《青き狐》は冷たく言い放つ。そして肩のヨランダを、うつぶせに倒れたアーネストの上に滑り落として、鈍器として使った彼女の銃をポイと床に放った。そしてコンソールのひとつに向かう。いくつかキーを押すと、スクリーンがぱっと明るくなり、コンソールがウィンとうなりをあげる。
「メインコンピューターに異常はないな」
 まるで操作方法を知っているかのように、次々とキーを叩く。スクリーンには様々な情報が表示されては消えていく。現代の技術者の誰一人として、コンソールパネルの使い方がわからない。だがこの男は、まるで自分の手足のごとく、コンソールを使いこなしている。
 神経毒によって全身がしびれて動けないヨランダは、倒れたアーネストの上に折り重なっていたが、幸い首が《青き狐》のほぼ後ろに向いていたので、《青き狐》が何をしているかを見ることが出来た。
(使い方を知っているみたいね。何をしているのかしら)
 背中しか見えないため、相手の手を見ることが出来ない。だがキーの音から判断して、彼がせわしなく手を動かしていることがわかる。しかも、その顔は上を向いている。つまり、顔はスクリーンを見ていて、手はキーを叩いているのである。
 一体何のためにこんなことをしているのかと、ヨランダが見ていると、
「あったぞ」
 ふと、手が止まる。続いてスクリーンには、何かの建築物の外観が映し出された。
『機械生物研究所』
 ほんの数秒現れただけの研究所の名を、ヨランダは読み取った。
(きかいせいぶつけんきゅうじょ?)
 ベルトポーチから小型の円形ディスクを取り出し、《青き狐》はコンソールに差し込む。そしてキーを押すと、コンソールがより一層大きな音でうなり始め、スクリーンに映る景色がパッと消えてしまった。やがて唸りが収まり、ディスクがコンソールから飛び出す。彼はそれを取ってベルトポーチにしまいこんだ。最後にキーを押すと、コンソールはうなるのをやめて静かになった。
「私の目的はこれだけだ。あとはお前たちが好きにすればいい」
 言いながら、またベルトポーチに手を入れて、何かを取り出す。手のひら大の四角くて平たいもの。
「ただし、時間に間に合えばの話だ」
 コンソールのひとつにそれをくっつける。
「制限時間は一時間だ。さて、私はこれで失礼するとしよう」
 平たいものに、デジタル数字が表示される。60と表示されたそれは、カウントダウンを始めた。
 時限爆弾だ!
《青き狐》はベルトポーチから、小型の解体弾を取り出す。数メートルもの高さにある天井に投げつけると、分子レベルで天井が直径二メートルにわたって分解され、眩しい太陽の光が差し込んでくる。
「では、お先に」
 彼は冷たい笑みを浮かべると、軽く膝を曲げ、ジャンプした。
「えっ……」
 ヨランダは思わず驚愕の声を漏らした。
 軽く跳んだだけのはずなのに、彼の体は数メートル以上も跳ね上がって、華麗な宙返りで、天井の穴から外へと消えていった。
「うそ……」
 ヨランダは驚愕のあまり、しばらく驚きからさめなかった。だが時限爆弾のカウントダウンの音で我に返った。数字は55となっている。
「ああもう、どう、すれば……」
 神経毒でヨランダの体は動かない。アーネストを起こそうにも、声を絞り出すのがやっとであるため、耳元で怒鳴ることも出来ない。
(早く、しびれがとれてくれれば……)
 カウントダウンが容赦なく進んでいく。ヨランダは必死で体を動かそうとあらゆる場所に力をこめたものの、思った以上にパラライザーの毒は強かった。やっと片手が動くようになった時には、時限爆弾のカウントダウンは30分を切っていた。
「どうしよう……このまま、じゃ、爆発……」
 焦りが彼女の理性を支配し始める。進むカウントダウンと気絶したままのアーネストが彼女の頭の中でぐるぐるとせわしなく回る。どうしたらいいのかわからなくなり、彼女はもう泣きそうになった。片手しか動かせないのに、どうやってアーネストを起こせるというのだろうか。その動く手は床の上にあり、アーネストの体まで届きそうにない。腕がまだ動かないのである。
「お願いだから、目を、開けて……」
 それでも何とか手を動かそうと努力する。徐々にだが、腕が動き始める。ゆっくり、ゆっくりと、その腕は自分の体に引き寄せられる。ほんの僅かずつだが、全身のしびれが徐々にとれてくる。
 カウントダウンが20分を切った。
(早く、早く……!)
 まだ十分に自由が利かないが、それでも何とか、動く腕をやっとアーネストの顔の側まで引き寄せることに成功した。
「起きて……」
 カウントダウンの音が耳に入る。カチ、カチという音が余計に彼女をあせらせた。早く起こそうと体を少し前に行かせる事に成功したものの、かなりのタイムロスになってしまった。
 カウントダウンが10分をさす。アーネストの顔の側まで彼女自身も近づいていたため、どうにか動く手でアーネストの顔に触れながら、彼女は必死で起こそうとした。
「お願いだから、起きて……起きて」
 もう時間が迫っている。今すぐにでも目を覚まさないと脱出に間に合わないのだ。
「お願い……」
 いつのまにか涙声になっていた。
 熱い涙が目から流れ落ち、アーネストの顔に当たる。
「……う」
 流れ落ちた涙を顔に受け、アーネストがかすかにうめいた。意識が戻ろうとしているのだ。ヨランダは何とか腕を動かしてアーネストを早く起こそうとする。その執拗な触りが効いたのか、やがてアーネストは目を開けた。
「いてて……」
 殴られた後頭部に手を当てようと体をねじるが、ちょうど背中に乗っていたヨランダが彼の背からずり落ちかける。それに気づき、アーネストはどうにか身を起こした。
「お前、何寝てるんだ……?」
 殴られたショックで記憶が少し曖昧になったようだ。だがすぐに、目をパッチリと開ける。ヨランダが涙を流しているのに気づいたからである。
「おい、大丈夫か?」
 ヨランダはアーネストが目を覚ましてくれたことで嬉しかったが、それと同時に早く脱出しなければならないという焦りも同時にあった。
「は、やく……」
 ヨランダは、時限爆弾をさす。アーネストはそれを見るなり、ぎょっとした表情になった。
「時限爆弾か!?」
 カウントダウンは、5分を示した。もう脱出しなければ、爆発に巻き込まれてしまう。
「逃げるぞ!」
 頭痛をこらえ、アーネストはすばやくヨランダを背負って、フルスピードで走った。体力と腕力に自信のある彼は、ヨランダを背負っても、まるで何も背負っていないかのように平然と走る。ヨランダは彼の背に体を預け、身を任せた。
 カウントダウンは2分を示した。
 遺跡の外へ弾丸のごとき勢いで飛び出たアーネストは、ポケットからメタルボールを出し、投げる。地面に当たったメタルボールは数秒でジープの形を取った。アーネストは助手席にヨランダを降ろし、自分は運転席に飛び乗ってエンジンをかけた。
「とばすぞ!」
 エンジンがかかるや否や、彼は強くアクセルを踏んだ。ジープは急な加速でガタンと音を立てて文句を言ったが、それでも走ってくれた。
 遺跡がはるか後ろで、小さな黒い点に見えるほど小さくなったとき、すさまじい爆発音とともに遺跡が炎上した。爆発の衝撃で地面がかすかに振動し、ジープに乗っていてもその振動を感じ取ることが出来た。
 アーネストはブレーキをかけてジープを留め、後ろを振り返る。はるか後ろに、派手に火柱を上げて炎上する遺跡が見えた。
「あのクソ《狐》め……!」
 焼け落ちていく遺跡を見ながら、アーネストは歯軋りした。

「いててて……もっと、そっとやってくれよ」
「文句言わないで。派手に殴られたんだから」
 遺跡から命からがら脱出してから数時間後、銃で殴られたアーネストの頭の傷の手当をした。消毒液がしみるため、アーネストはひどく痛がったが、ヨランダは容赦なく薬を塗って包帯を巻いた。
 ヨランダの全身麻痺はどうにか治ったものの、その後遺症は食欲不振という形で現れた。パラライザーを近距離で受けたための後遺症である。何も食べたくなかったが、それでもアーネストに促されるままオートミールを口にする。
「一体何の情報だったのかしら」
 ちびちびとオートミールを口にしながら、ヨランダはふと声に出す。アーネストは、傷口に薬がしみる際の痛みをどうにかこらえながら、彼女の向かいの席に腰掛ける。
「情報ってなんだ?」
 そこでヨランダはざっと、《青き狐》があの遺跡でどこかの研究所の情報を集めていたことを話した。難しいことを考えるのが苦手なアーネストは、時々話のつながりが読めず、彼女が話し終えてから、自分なりに話をまとめるのにかなり時間をかけた。
「ええとつまり、《狐》の奴が、どっかの研究所の情報を調べてたってことか」
「ええ。情報収集をしているとしか思えなかったわ。なんとか研究所って名前のものばかり見ていたわ。最後に現れたのは確か、『機械生物研究所』だった。それを探していたみたいなのよ」
「探す? なんで」
「そこまで知らないわよ。とにかく、100年戦争以来、研究所なんかは遺跡に変わったでしょう。今更、『遺跡』じゃなくて『研究所』に用があるっていうのは、何だか変よ」
「ふーん。よくわかんねえけど……」
 アーネストは頭をかいたが、うっかり傷口の部分に手を触れてしまい、ぎゃっと小さく悲鳴を上げた。痛みが治まってから、彼は口を開く。
「なんであいつは、俺たちをあの部屋で殺さなかったんだ? あんなに無防備だったんだ。気絶させるだけじゃなくて、そのまま撃ち殺すことだってできたはずなんだ」
 一理ある。アーネストは無防備にも部屋の設備に見とれていたし、ヨランダはパラライザーで撃たれて全身が麻痺していた。《青き狐》にとっては絶好のチャンスであるはずだったが、なぜか彼は気絶だけにとどめた。確実に二人を殺すならば、射殺すればそれで万事済むはずなのである。わざわざ時限爆弾を仕掛ける必要はない。危なかったが、二人は逃げることが出来たのだから。
「そうよね。なんで殺さなかったのかしら。何か理由でもあったのかしら」
「きっと俺たちを見くびったんだ。逃げられやしないってな。あるいは、ゲーム感覚だったんだろうよ、俺たちが脱出できるか爆死するかってな」
 アーネストは忌々しそうに言った。ヨランダはふうとため息をついた。爆発から逃げることの出来た安堵感が、また押し寄せてきたからである。もしあのままアーネストがおきてくれなかったならば、二人は今頃……。
「あんにゃろぉ……。今度あったらぶちのめしてやる!」
 最初のころの恐れはどこへやら。アーネストは怒りでぎりぎりと歯軋りした。


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