第3章 part2
二人の立ち寄った都市は、トレジャーハンターよりもむしろ商人のほうが多い、商業都市である。技師連盟はちゃんとあったので、先日アーネストが取ってきたオーパーツを換金した後、そろって二人は食事を取りに酒場へ行く。酒場の扉を開けると、煙草と酒のにおいでむせかえるほどであったが、二人はもう慣れていたので気にも留めない。ヨランダを見て声をかける輩もちらほらいたが、彼女がアーネストの腕にしがみつくと、渋面を作って誘うのをやめてしまった。
「どうもおかしいのよね」
ヨランダが口を開いたのは、食べ始めてから数分後のことである。カウンター席に座っているため、隣席のアーネストのほうを向く。
「何がおかしいって?」
アーネストは口の中のものをごくっと無理に飲み込んで、問うた。
「だっていろんなオーパーツを換金してきたのに、《青き狐》がオーパーツを売りにきたなんて話は、一度も耳にしてないわ」
「名前の割りに、顔を知られてねえから、本人だとわからねえだけじゃねえか?」
「そうかもね。噂を知ってたあんただって、本人と出遭ってからすぐに名前を呼んでないもんね。だけど、やっぱりおかしいわよ」
「だから何が?」
アーネストの執拗な問いかけに、ヨランダはじれったそうに言い返す。
「だからね、《青き狐》は換金のためにオーパーツを集めているんじゃないって事よ。普通なら、売って路銀にするでしょう? でも、あいつ、最初に逢ったときに言ってたじゃないの。『お前たちといっしょにするな』って」
「そんなこと言ってたっけか?」
「言っていたわよ、もう! あいつは、オーパーツを換金用に集めているんじゃないのよ。何か別の目的があって集めてるのよ。お金目当てで遺跡を探索するトレジャーハンターと一緒にしてほしくないのかもしれないわ」
「目的って?」
「知るわけないわよ。本人に聞かなきゃ」
会話が一段落つくと、酒場のマスターが二人に話しかけてきた。頭の禿げ上がった洋梨型の体型で、人のよさそうな顔立ちをしている五十代半ばの男である。だがその顔はどこか青ざめているようにも見えた。
その声は、周りの喧騒にかき消されそうなほど、小さかった。
「あんたら……《青き狐》に逢ったのか?」
「ええ」
即答するヨランダ。マスターはそれを聞いて、しわだらけの顔に、さらにしわを作る。
「それであんたら、そいつに逢って生き延びたのかい?」
「ええ。そうでなかったら、ここにはいないわよ」
マスターの顔がだんだん青ざめ始めた。《青き狐》の着ている濃紺の防護服に匹敵するほど青くなったとき、やっと彼は平生を取り戻したらしい。
「興奮は心臓に悪いぜ、じいさん」
アーネストはジョッキのビールを飲み干して、マスターに言ってやる。マスターは徐々に落ち着きを取り戻した。顔色がだんだん元通りになる。
「わしは、初めて見たよ。《青き狐》に出遭って、生き延びた奴を……」
ヨランダが問うた。
「ねえ、《青き狐》の噂が広まったのは、いつからなの? つい最近?」
「俺があいつの噂を耳にしたのは、四年くらい前だったかな」
アーネストは回想する。彼がトレジャーハンターになったのは、今から約四年半前である。
マスターはしばらく考えた。
「そうだな。わしがその名前を聞いたのは、十年くらい前だな」
ヨランダの手ににぎられたフォークと、アーネストの手ににぎられた空のジョッキが、同時にカウンターに落ちた。
「じ、十年前だと……?」
アーネストの声はかすれていた。
「十年前っていえば、俺はまだ十六だったぜ。あいつは俺たちと、そんなに歳がかわらねえぐらいなのに――」
マスターがさえぎる。
「あんたと歳がかわらんだと? そんな馬鹿な。奴はもう三十代だろう? わしは奴を一度だけ見たことあるが、あの顔はどう見ても二十代の若造だった」
ヨランダとアーネストは顔を見合わせる。二人はこれまで二度、《青き狐》と逢っている。どう見ても、彼の顔立ちは二十代半ば。三十代には到底見えないし、そこまで老けた顔をしていない。
「どういうこと? あいつの年齢ってせいぜい二十五、六でしょ。あんなで三十代だなんてありえないわよ」
しかしヨランダの言葉を、マスターは頑として譲らない。
「いやいや。十年前の雨の日に、濃紺の防護服を着た、青い髪の男が店に入ってきてな、わしに問うたんじゃ。『この町の近くに遺跡があるはずだ。それはどこだ』とな。今でもはっきり覚えとる。氷のように冷たい雰囲気を漂わす、なにかこう、奴の心臓が氷で出来ているんじゃないかと思える奴だった。奴が入ってきた途端、店の空気が一変し、それまでのやかましさがうそのように静かになりおった。あれは真夏日で蒸し暑かったのに、まるで冬がいきなり来たかのように寒々しかった」
濃紺の防護服を着た、冷たい雰囲気を漂わす青髪の男。二人の見た《青き狐》そのものである。
「わしはおっかなかったが答えた。答えなければ殺されると、直感的にそう思ったからなんじゃ。『遺跡はあるが探索は終わっているはずだ』と。すると、奴は礼も言わずに店から出て行った。奴の姿が見えなくなるや否や、店にいた者たちはそろって緊張が解けたんじゃが、トレジャーハンターの集団がその中にいてな、その一人がいきなり立ち上がって言ったんじゃよ、『あいつは《青き狐》だ!』とな。その一言で、トレジャーハンターたちがみな、震え上がった。今でもはっきり覚えとるよ。奴の顔立ちはどう見たって二十代だったぞ」
店内は相変わらずやかましかったが、二人の耳にはそのやかましさなど入ってこなかった。マスターを呼ぶ注文の声が聞こえ、マスターは一礼してその場を離れた。
「信じられる?」
数分後、硬直の解けたヨランダは口を開いた。だが言葉はぎこちなく、彼女の全身がまるで凍り付いていたかのようだった。
「十年経っているのに、全然歳を取っていないなんて……」
「いや……」
アーネストの声も、どこかぎこちなかった。
食事を終えてから買い物に行く途中、人ごみの間を上手にすり抜けながら二人は話した。
「ありえないわよ。全然歳を取らないなんて」
「ありえねえよ、そりゃ。でも、じいさんの記憶が曖昧なだけじゃねえか?」
「曖昧とは言い切れないわよ。一度だけしかあいつと逢っていないはずなのに、はっきりと覚えていたじゃないの、あいつの顔を。アタシたちが見たのと寸分違わない顔を」
「トレジャーハンターの噂を聞きかじったんじゃねえか?」
「あんたねえ、名前に反して顔は知られていないって言ったの、誰よ」
「……俺か」
「あんただってあいつの顔は知らなかったじゃないの。だったらマスターの言っていたことは正しいのよ。正確に言ってのけたじゃないの、服装から顔立ちまで。理由はわからないけど、あいつの顔は全然変化していない。それは確かなことなのよ」
食料品を一週間分と、細々した医薬品を買い込んだ後、その荷のほとんどをアーネストに持たせ、ヨランダは手ぶらで宿を探す。懐が暖かかったため、中ランクの宿に部屋を取った。普段は買い物を済ませてしまうと、路銀はほとんど尽きてしまう。そのため部屋代の安い宿に泊まっている。今回は金が残っているので少し贅沢しているのだ。(ヨランダがたまには一人部屋で寝たいとわがままを言ったのも原因のひとつなのだが)
「一人部屋っていいわあ。男くさくないし」
夕食後、柔らかな羽毛の布団に、ヨランダは大の字になって背伸びする。もともと彼女は育ちが良いため、羽毛の布団で寝るのが至極当たり前であった。トレジャーハンターとなり、アーネストとコンビを組んでからは、安物の固い布団やキャンピングカーの薄い布団で寝ることを余儀なくされ、最初は不平をこぼしていたのだが、今はもう慣れている。
「ああそうだわ。おフロと洗濯しなくちゃね」
ベッドの側に備え付けられた籠から、柔らかなバスタオルを取って、彼女はバスルームへと向かった。バスルームには自動洗濯機が備え付けられていて、入浴している間に、汚れた衣類をわずか十分で洗濯して乾燥までしてくれるのである。
ヨランダは早速湯を浴槽に張って、湯船にのんびりと浸かって、久々の入浴を楽しんだ。
アーネストは、慣れない宿の部屋で、少し落ち着きの悪さを感じていた。きれいで清潔だが、彼には少し高級すぎるのだ。質素な生活を送ってきた彼にとっては、少しぼろい安宿のほうが性にあっていた。
荷の整理をし、愛用の二丁拳銃を手入れして時間をつぶしていると、ふと、廊下から何かの気配を感じた。
反射的に弾をリロードし、撃鉄を起こす。そして、銃をドアに向けて身構える。
だが、気配はそのまま廊下を通り過ぎていったようだ。それも、足早に。
「何だ……?」
アーネストは銃を持ったまま素早く部屋を横切り、用心してドアをそっと押し開け、さらに用心を重ねて、廊下を覗いてみた。埃一つない上質の木材で作られた廊下には、誰もいない。先ほど感じ取った気配もない。ふっつりと消えていたのである。
「どこ行きやがった」
アーネストは毒づいて、部屋に戻った。
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