第4章 part2



 宿を引き払い、ついでにアーネストの蹴り壊したドアの修理代を払って、都市を出発してから二日経つ。その間、ほとんど草木のない荒野を進んでいた。
「お前なあ、《狐》の奴に殺されかけたくせに、まだあいつと関わりてえのか?」
 昼食もかねて一休み。エンジンを切ったジープのボンネットに腰掛けて、アーネストは呆れた様な声を上げた。隣に座っているヨランダは、きょとんとした顔になる。
「関わりたいわけじゃないわ。ただ知りたいのよ、この首飾りが一体何なのか。これをくれたおばあさんは何も教えてくれないままで十年前に他界しちゃったし。これを肌身離さず身につけろって言われていたから、よっぽど大事なアクセサリーなんだって思っていたけど」
 ヨランダはいったん言葉を切った。
「この首飾りをつけていることは両親にも隠しておけって、口止めされていたの。理由は分からなかったけど、アタシは誰にも話さなかったし、首飾りを見せなかった。だからこの首飾りの存在は、おばあさんとアタシ以外には誰も知らないはずなのよ」
「でも俺は知ってる」
「それはアタシが、うっかりしてたからよ。でも、あんたになら見られても大丈夫そうだと思ったから、そのままにしてあるの」
 それからヨランダは、なんかひっかかるぞと言わんばかりの表情を浮かべるアーネストに言った。
「それなのに《狐》は、この首飾りの存在を知っていて、これを心底からほしがっていたわ。この首飾りは、ただのアクセサリーじゃないのよ。アクセサリーの形をした、何かなのかもしれないの」
「何かって、何だよ」
「それを知りたいと、アタシは言ったのよ。そうすれば、あいつがこれを狙う理由も分かるしね」
 彼女の手の中で、青い宝石はキラリと輝いた。
「それに、アタシにはまだわからないことがあるのよ、あいつのことで。ねえ」
 ヨランダはアーネストのほうを向いた。アーネストは突然話を向けられたため、食べていたサンドイッチを喉に詰まらせる羽目になり、あわてて水筒の水で流し込んだ。
「な、何だよ、いきなり……」
「あいつが最初にアタシを見た時、どんな反応したか、覚えてる?」
 真摯な表情のヨランダ。アーネストは胸を叩くのをやめ、自分の記憶の糸をたどる。もともと物覚えの良いほうではないため、思い出すのにも時間がかかる。
「確か……」
 アーネストを見たときの表情と、ヨランダを見たときの表情とは、違っていた。
「俺とお前を見たときの顔、確かに違ってたよな。でも、それがどうかしたか?」
「んもう、鈍いわね!」
 ヨランダはボンネットからおりて、アーネストの正面にまわる。
「あの顔はね、どうもアタシを知っていたみたいな表情だったわ。ほら、久しぶりに出遭ったけどすぐには名前が出てこないっていうことあるじゃないの。それか、誰かに似てるけどよく見たらやっぱり別人だったという感じ」
「じゃお前、《狐》の奴に逢った事あるのか?」
「あるわけないでしょう!」
 ヨランダは強く言い放ち、またボンネットに腰掛けた。
「両親が数年前に他界した後、糧を稼ぐために家具つきで家を売り払ってトレジャーハンターになるまで、顔をあわせたことすらないわよ。でも、向こうはアタシを知っているみたいだった。それか、アタシを通して誰かを見ていたような気がするのよ。あの時、『あの女に似た』って言っていたもの。誰かの面影がアタシにあるのかもしれないわ」
「誰かって?」
「知るわけないでしょう! だから調べたいのよ」
 彼女はまたしても強く言い放った。

 首飾りの事を調べたいとヨランダが言い出してから、数週間が過ぎた。平日の気温が三十度を超える夏が訪れ、日夜、車の窓は開けっ放しとなった。首飾りに関する手がかりはいっこうに手に入らず、《青き狐》との接触もなかった。
「しっかしよお」
 炎天の中、草の生い茂る野原でジープを走らせながら、アーネストは言った。暑いので、防弾ベストを脱いでいる。額の汗を片手でぬぐい、もう片方の手はハンドルに軽くかけられている。
「首飾りを調べるったって、他にどうやって調べるんだ。まさかハンマーでぶっ壊すなんて事やる気じゃねえだろうな?」
「壊すわけにいかないでしょ」
 ヨランダは首飾りをいじる。
「そりゃ最終的には、あんたの方法に頼るしかなくなるだろうけど」
 二人の持っている道具を使っていろいろ調べてみた。ルーペ、赤外線ゴーグル、レーザーナイフなど。だが、拡大しようが赤外線を通そうが傷つけてみようが、これといった手がかりは見つからなかったのである。残る手段は、もっと倍率の大きな拡大鏡を使うか、叩き壊して中を調べるか、首飾りのことを知っている《青き狐》を尋問するかのどれかに絞られる。現在は、様々な科学設備の整った、ある都市を目指しているところである。そのついでに遺跡があればオーパーツも少し取っていく予定で、これは路銀稼ぎだ。
 西へジープを走らせていくうち、あと一日で目的の町にたどり着けるまでになった。そのとき、カーナビに、遺跡を表す黒い点が映った。それと同時に、カーナビに取り付けられたアラームが事務的な声で報告する。
『前方五百メートルに乗り物あり』
 日が暮れかけてやや薄暗い画面の中に、ただ乗り物だけが映し出される。アーネストはそれを見るために、いったんブレーキをかける。そして二人は、画面を覗き込んだ。
 青いリニアバイク。
 アーネストは反射的にアクセルを踏んで遺跡へと向かう。ヨランダは画面を見つめたまま、緊張した面持ちでいた。
 やがて、リニアバイクだけが見えてきた。ジープを留めてすぐ、二人は転がり降りた。遺跡の姿はない。どうやら遺跡は、地面の下にあるらしい。リニアバイクのすぐ側に、マンホールの蓋ほどの広さの入り口があったからである。
「確かに、遺跡だな。地下にあるなんて珍しいな」
 アーネストは入り口を覗く。闇に閉ざされているが、ここははしごを使って降りる場所らしく、錆びだらけのはしごがたてかけられていた。聞き耳を立ててみるが、誰かの足音は聞こえてこない。
「降りてみるか」
 ヨランダが先に下りて、次にアーネストが続く。
 西日が僅かに天井の穴から差込んで、かろうじて彼らの周囲を照らす。ここは通路であるらしく、人が一人並んでやっと通れる程度の広さしかない。赤外線ゴーグルをつけるが、通路には何のトラップも見えない。
「何にもトラップがないのね。レーダーもないなんて無防備すぎるわね」
 歩きながら、ヨランダはひとりごつ。アーネストはホルスターから銃を一丁抜き、時折振り返る。万が一の、背後からの襲撃を警戒してのことであろう。じめじめして蒸し暑く感じるこの通路の先には、薄暗い部屋があった。天井から漏れるオレンジの光が部屋全体を照らす。照らすといっても、赤外線ゴーグルを外して互いの姿がかろうじて識別できる程度である。二人は部屋の中を見回した。巨大なガラスの円柱、無数の電極と手術台、そしてコンソールには――、
「あっ」
 二人は同時に声を上げた。
 コンソールには、《青き狐》が突っ伏していた。コンソールのパネルにはバチバチと電気が走っており、彼はそれで感電したようである。
「一体どうしたのかしら」
 ヨランダがおそるおそる足を踏み出すと、アーネストがその肩をつかんで止める。
「やめとけ。感電するぞ」
 その言葉で彼女はぴたっと止まったが、次の言葉を恐る恐るつむぎだす。
「ねえ、生きてると思う……?」
 アーネストは首をかしげる。
「さあな。肉の焦げる臭いはしねえしな……」
 電気の走るコンソールは、スクリーンに何かを映し出させる。
『機械生物研究所』
 時折ぶれるその文字を、二人は読み取った。
「やっぱり機械生物研究所。この研究所の情報を集めてるのよ!」
 ヨランダの言葉の次に、ギシッと不自然な動きの音がした。
 二人がそちらを見やる。
《青き狐》が、コンソールからどうにか身を起こしているところであった。
「い、生きてるーっ」
 ヨランダの声は半ば悲鳴に近かった。アーネストは素早く彼女を自分の側に引き寄せ、《青き狐》に銃口を向ける。
 だが、《青き狐》は二人などまったく眼中になさそうに、またコンソールに向かう。スクリーンをじっと見つめ、その手はスムーズにパネルの上を走る。
「使い方、知ってんのか……?」
 アーネストは警戒も忘れ、その光景に目を見張っている。ヨランダも、二度目とはいえ、やはり驚きを隠せない様子である。
 スクリーンに映る光景は次々と変化する。様々な建物が映し出され、次には現在の技術者に理解できないような様々な専門用語がびっしりと並ぶ。最後に、人の名前らしきリストが現れる。
「これだ……」
《青き狐》はベルトポーチからディスクを取り出し、コンソールに差し込む。コンソールがうなっている間、二人に目もくれようとしない。やがてコンソールがうなりをやめ、ディスクを吐き出した。彼はそれを取り、ベルトポーチに入れ、二人のほうへとくるりと振り返り――、
 バタン。
 そのまま倒れてしまった。


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