第5章 part1
《青き狐》は無表情であったが、憎しみに満ちたその目を見れば、機嫌が悪いことは明らかである。なにしろ、見つかる限りの武器や道具を取り上げられ、ワイヤーでしっかりと縛り上げられているのだから。
彼が二度目に倒れたとき、アーネストがチャンスとばかりに、感電しないように注意しながら彼を引きずり出したのである。
「――それで、私に何を求めていると言うんだ」
《青き狐》は正面のアーネストをにらみつける。身動きが取れないように縛られているというのに、かなり強気の態度である。
アーネストは両手の指をバキボキと鳴らし、怒鳴りつけた。
「決まってんだろ! てめえの口から聞きてえことが山のようにあんだからな! 全部吐いてもらうぜ!」
だが返ってきた答えは完全にアーネストの神経を逆なでした。
「はん。お前ごときの尋問で、私が素直に吐くとでも? 笑わせる」
その返答でかっとなったアーネストは思わず、相手の背中を蹴り飛ばした。
「!」
だが、痛みを訴えたのはアーネストだった。蹴飛ばした途端、まるで鉄を蹴ったような痛みが走ったのである。蹴られたほうは、平然としていた。
「な、何なんだ一体……」
驚愕の表情を浮かべるアーネストに、氷の矢にも似た言葉が突き刺さった。
「この程度で、素直に吐くとでも思ったのか」
それから一時間後、アーネストは尋問をあきらめた。《青き狐》は結局、何をされようが沈黙を守り通したのである。
コンテナに変わる中古のメタルボールを取り出し、それをコンテナに変える。その中に、《青き狐》を放り込んでやった。
「一晩頭を冷やせば、白状する気になるだろ!」
ガチャンと乱暴にコンテナの戸を閉めてかんぬきをかけた後、アーネストは手をさすった。力ずくで吐かせるために二、三発殴ったのだが、痛みを訴えたのはまたアーネストであった。《青き狐》の体は殴ろうが蹴ろうが、まるで鉄のように硬く、肉の感触がなかった。そのうえ、相手の体は、見かけに反して異常に重く、まるで自分をもう一人運んでいるかのようだった。アーネストの体重は八十キロ。相手の見かけ上の体重は七十キロ弱だが、あの重さは自分と同じくらいかあるいはそれ以上だと思われた。
「で、結局何にも聞き出せなかったわけ?」
尋問の結果を聞いたヨランダは、呆れたような声を上げる。アーネストは不機嫌な表情になった。
「うっせーなー。あの《狐》が強情はりやがるから……」
「その強情のせいで、何にも聞き出せなかったんじゃないの」
ヨランダに言われ、アーネストは苦しげにうめいた。
「そ、そんなに言うなら、お前が聞いてこいよ」
「上等じゃないの。アタシだって聞きたいことはあるんだから、かんぬき外してよ」
彼女にいわれ、アーネストはコンテナのかんぬきを外した。
「……いちおう、銃持っとけよ」
アーネストは、新調した銃をにぎるヨランダを自分の後ろへ避難させる。そして、用心に用心を重ね、そっとコンテナの戸を開けた。
戸が開ききる。
同時に、中から飛び出す影。
それを予期していたアーネストは逃さず飛びかかって、押さえつけた。
「やっぱり逃げる気か!」
だが敵もさるもの。押さえつけられたとはいえ、体をそらし、その細腕のどこに備わっているのか恐るべき腕力でもってアーネストの胸倉を引っつかみ、勢いよく背から投げ落として数メートルも前方に叩きつけた。顔面から叩きつけられる直前で体をひねって受身を取り、顔面直撃を避けるアーネストだが、相手の腕力の強さに舌を巻いたようである。その一瞬の隙を突き、《青き狐》は素早く身を起こした。
「待ちやがれ!」
逃げようとするところをアーネストにタックルされ、また地面に押し倒される。素手で殴ればあの痛みが走る。アーネストはそう判断し、レーザーナイフを抜き、レーザーの刃でなく柄頭を相手の首筋に強く叩きつけた。アーネストはこのまま相手をおとなしくさせようとするが、《青き狐》はそれでもまだ抵抗する気力があると見え、体を捻って鉄棒のような肘鉄砲を食らわせてくる。馬乗りになっていたのでアーネストはそれをよけられず、わき腹に食らってそのまま地面に叩きつけられた。
《青き狐》が起き上がる。同時にアーネストが腹筋を使って飛び起きる。逃げようと相手が背を向けた刹那を狙い、その後頭部にレーザーナイフの柄頭を勢いよく叩きつけた。
かすかな苦痛のうめき声と同時に、《青き狐》はその場にばったりと倒れた。
「手こずらせやがって」
アーネストは額の汗をぬぐった。
「し、死んでない?」
ヨランダがおそるおそる聞く。先ほどの戦闘で、彼女は手を出す事なく、ただ見ているだけだった。
用心に用心を重ねて相手の様子を調べ、アーネストは首を振った。
「いや、死んでねえ。これでも力を加減したつもりだ」
それから、気絶した《青き狐》を苦心して引きずり、コンテナへと向かった。タックルしたためか体がずきずき痛んだが、その鈍痛をこらえて、引きずっていった。
「やっぱこいつは、一晩ぶちこんでおくに限るな。まだ暴れる気力があんだからよ」
翌日。
「しまった、やられた!」
コンテナの扉を見て、アーネストは大声を上げた。
コンテナの扉は内側からこじ開けられ、中はもぬけの空であった。コンテナの中にあるのは、《青き狐》の手足を縛っていたワイヤーだけ。
「いくつか切断された跡があるな。くそ、どこかに刃物を隠し持ってやがったんだ!」
ワイヤーを調べ、アーネストは歯軋りした。
コンテナの扉は、かんぬきを下ろしてある限りは外からしか開けられない。だがこの扉は内側からこじ開けられていることが明白である。なぜなら、かんぬきとなっている金属の板がひしゃげ、扉の内側には指の跡と思しい八つの溝がついていたからである。常人ならば、かんぬきを下ろされた扉を開けることなど出来ないはずなのに。
さらに、荷物入れの中から、《青き狐》のベルトポーチがなくなっていた。セラミックナイフやパラライザーといった武器も一緒である。他は何も手をつけていない。自分のものだけを持って逃げたのである。
「夜のうちに逃げられたのね。やられたわ……」
ヨランダは驚き呆れた。
ジープは、目当ての都市に到着した。二人が訪れたことのある中では、最も設備の新しいところである。道はきちんと整備され、歩道と車道に分かれている。メタルカラーの、メタルボールの乗り物が走り、歩道には街灯がある。ほとんどがレンガで構成された殺風景な町並みには街路樹や花壇が置かれている。
都市へ入るには、町を囲む鋼鉄の壁に備え付けられた門のチェッカーを通過しなければならない。一般人からトレジャーハンターにいたるまで様々な人々が通過するこの門には、一定レベル以上の武器を持つか否かという特殊なチェッカーが備え付けられている。チェッカーが良しと判断すれば門は開くが、否と判断したら門は閉ざされたままなのである。
二人はチェッカーを無事に通過して、門をくぐる。門をくぐって道路を走ると、駐車場および駐輪場が見えてくる。ここで駐車するか、乗り物をメタルボールに戻す決まりになっているので、アーネストはジープをメタルボールに戻した。
「すげーなー」
アーネストは町を見て、思わず声を上げた。
「これだけ設備のいいとこ、めったにねえぜ」
ヨランダは路地の側にある案内板を見る。どこへ行くのかとアーネストが問うと、彼女は迷うことなく、町の一点を指した。
「ここよ、蔵書館」
蔵書館は、あらゆる種類の本を集めた巨大な公共施設である。蔵書の数は数万冊を越えるといわれており、その冊数ゆえに、都市には『本の町』というニックネームがつけられている。また、別館では精密機械を扱っており、技師たちがそこをよく利用している。
「蔵書館? 何を調べんだ?」
「決まってるじゃない。機械生物研究所がどんなところなのか、調べるのよ。アタシとしては個人的に気になっていることがたくさんあるけどね、まずは研究所について調べないと、何の謎も解けないと思うのよ。だから行くわよ」
強引に話をしめくくり、ヨランダは歩き出した。
二人は気づかなかったが、駐車場から少し離れたところにある駐輪場に、青いリニアバイクが停められていた。
町の中央にある蔵書館は、最も設備の整った施設である。中はクーラーがきいていて涼しく、一度入ったら外に出たくなくなりそうだった。実際、蔵書館の利用者の半数以上はここへ涼みにきているのである。首飾りの事を調べるために行こうとしていた別館は本日定休日のため、明日の開館を待つしかない。
二人は館内の案内板を見る。蔵書館は地下二階から地上四階まである。しかしそのどれにも、100年戦争時代の研究所について関連しそうな階は見られない。司書に聞いてみると、そういった本は地下三階の保存部屋にしまわれているという。貴重本が多いため、外気に触れさせると傷みが早くなるので、部屋を閉め切って閲覧してほしいといわれた。
地下三階に降りた二人は、保存部屋の寒さに驚かされた。
「さぶっ……」
アーネストはぶるっと身震いした。上の階は涼しいのに、ここは晩秋なみの寒さである。ヨランダは、持って来た上着を羽織る。夏の間は着ないのだが、今は防寒対策として役に立った。外気があまり入らないようにドアを閉めてから、彼女は口を開く。
「まずはね――」
同時に、ドアがノックもなく開けられた。見ると、百歳を越したかと思われる老人が、立っている。太い木の杖をつき、背中はひどく曲がっている。黒い服を着て、防寒用なのか同じく黒い上着を羽織っていた。顔は皺だらけで、目鼻といったほかのパーツがどこにも見当たらない。
「君たちかね、ここを使っているというのは」
皺かと思われた口が開く。細々とした声であるが、発音ははっきりしていた。
「え、ええ」
「わしはこの蔵書館の館長じゃよ。いやあ、久々に見るのう、この貴重本を使いたがる技師の卵たちは」
いや、技師でなくトレジャーハンターである。
「それで、何の本を見たいかね」
「ええと、じゃあ、機械生物研究所に関する本を――」
ヨランダの言葉はそこで止まった。
館長の顔が、途端に青ざめたからである。ぶるぶると全身が震え、その震え方があまりにも激しいので、杖を持って立っていることすらも困難なほどである。
「き、機械生物、研究所……」
よろめいて、ドアにもたれかかる。
「な、何のためにそんな――」
「何のためにって、調べたいからだよ」
アーネストが答えたが、相手は聞いていないようであった。館長は未だに身震いを続けている。二人は思わず身を乗り出した。館長が何かを呟いていたからである。
「……まさか、棺から出たのか? ああ違う。あれは絶対に開かないはずなんだ、壊れたりなどしないはず……」
二人が手を差し伸べる前に、館長は青ざめた顔で何かしら呟きながら、よろめいた足取りで保存庫を出て行ってしまった。
「何だったの?」
「さあ……」
二人はあっけにとられて、部屋の入り口をじっと見ていた。
結局、二人の探す、機械生物研究所に関連した図書はなかった。数時間以上も寒い部屋の中にいたので、アーネストはすっかり凍えていた。耐熱性の防護服には、耐寒性が備わっていないのである。蔵書館の外に出たとき、今度は暑さで苦しむ羽目になったが、それでもしばらくすると慣れてしまった。寒さは苦手だが暑さはそれなりに平気なのである。
「残念ね。本が一冊もないなんて」
ヨランダは木陰に入る。アーネストは日の下で大きく伸びをした。
「本ったって、蔵書館には死ぬほどあるだろ。俺らの探し方が悪かったんじゃねえのか?」
「そりゃそうだろうけどね」
ヨランダはため息をついた。
「よく考えると、100年戦争中は、山のように研究所とかがあったはずよね。だとしたら、機械生物研究所なんてその中のほんのちっぽけな研究所に過ぎなかったかもしれないわ。無名だったから本が一冊もないとか、ね」
それから立ち上がった。
「宿でも探しましょ。今日はもう疲れたもの」
「そだな」
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