第5章 part2



 路地裏は表通りと違って、風通しが悪く、排水溝を汚水が流れていた。ごみの嫌な臭いが風に乗って流れてくるし、日当たりも良くない。
 そのうえ、二人は強盗に囲まれていた。ざっと五人。いずれも武器を持っている。
「おいお前ら。命が惜しければ金と着ているモンを――」
 強盗がお決まりの言葉を発するや否や、
「うぜえ」
 言うなり、アーネストはその強盗を回し蹴りでなぎ倒した。
 それが合図であったかのように、強盗たちが一斉に襲いかかる。だがアーネストの敵ではなかった。左右から襲いかかる二人は急所への肘鉄砲と当身で打ち倒される。ヨランダに跳びかかろうとする別の強盗は、身をかがめた彼女の頭越しにアーネストのパンチを食らって地面に倒れ、最後の強盗は掌底を顎に受けて歯を叩き折られた上に後ろ回し蹴りを鳩尾に食らって、崩れかけの壁に叩きつけられた。その時間、三十秒もかかっていなかった。
「どうして、こんな所に行こうって言い出すんだよ」
「だって、表通りを通るよりも近道だと思ったから」
「路地裏は強盗の住処だぜ。ま、いいストレス解消にはなるけど」
 途中で襲いかかる強盗を倒しながら、三十分ほど歩いただろうか、四つ角に突き当たったとき、先を歩くヨランダがぱっと壁に身を寄せる。
「どした?」
「しー」
 ヨランダは身振りで、見てみろと示す。アーネストが角からそっと覗いてみると、驚くべき光景が目に入った。
 角を曲がった先にある、小さな石造りの家。その入り口で、《青き狐》が誰かと立ち話をしていたのである。話の内容は聞こえてこないが、相手はどうやら女性のようである。もっとよく見たかったが、あまり首を突き出すと《青き狐》に気づかれる恐れがあるので、これ以上は見えない。
《青き狐》は最後に何かを相手に手渡した。そして相手がドアを閉めてしまうと、そのままくるりと家に背を向けて、ジャンプした。
 隠れて覗いていた二人の両目が点になる。ジャンプした彼の体は、数メートル以上も跳びあがり、いとも簡単に向かいの廃屋を跳び越えて、崩れかけた屋根の向こうへ姿を消したのである。
「何だ、あのジャンプ力……」
 アーネストはあっけにとられた。ヨランダは《青き狐》の並外れた跳躍力を見るのがこれで二度目であるが、それでもこれだけの跳躍力をもつ人間がいることに驚きを隠せなかった。
 驚きからさめた後、二人は、先ほどまで《青き狐》が立ち話をしていた家に向かう。小ぢんまりした家で、表通りの家と比べるとかなりの落差がある。屋根や窓には隙間があり、家のすぐ側を汚水の流れる溝が走っている。
 ノックしてみた。
「はい」
 中から声がして、ドアが開く。開かれた扉の向こうに、二十歳ごろと思しき女性がいた。ふんわりした黒髪を背まで伸ばしたなかなかの美人である。地味な鉄色の服を着て、少し汚れたエプロンをつけている。
 彼女が出てきたとき、その顔には一種の喜びのような表情があったが、ドアを開けると、すぐにその表情は消えた。
「あの、どちら様?」
 二人は彼女を見て、同時にわかった。
 彼女は、盲目だった。
 数分後、二人は家の中に通され、彼女が客間と称する部屋のソファに座っていた。じゅうたんの色は薄れ、ソファも所々馬の毛がはみ出してはいたが、それでも清潔で居心地が良かった。
 彼女の名は、エミリアといった。
「そうなんですか、あの方とお知り合いなのですね」
「え、ええまあ」
 テーブルに出されたティーカップを取り、ヨランダは返答する。相手を知っているだけであり、《青き狐》とは古い知り合いというわけでも仲良しというわけでもないのだが。
「ところで」
 味は薄いが、なかなか上等の葉を使っているらしい紅茶を飲み、アーネストが口を開く。
「あんた、あいつとどういう関係なんだ? ずいぶん親しそうだったけどな」
「あの方は、名前はおっしゃいませんが、よく来てくださるんです。二年以上前、私が強盗に襲われかけたとき、助けてくださったんです。それがあの方との出会いでした。それに、あの日以来、私は強盗から襲われなくなったんですよ」
 エミリアは嬉しそうに、二人の正面に腰掛ける。
「私、この通り眼が見えないし、両親は去年他界し、働くところもなくて、半年前に家を売ってここへ移り住みました。以前の家と比べると隙間風や雨漏りがありますが、慣れると快適です。あの方はよくここへ来てくださるんです、生活費を渡しに。最初はお断りしていましたが、手持ちのお金が尽きてしまったので、申し訳ないとは思いながらもあの方のご厚意に甘えているんです。それに、色々な所を旅しているらしくて、面白い話を聞かせてくださいますの」
 トレジャーハンターなのだからあちこちを旅しているのは当然であるが、二人を驚かせたのは、《青き狐》が人助けをしているという点である。ヨランダとアーネストはそろって顔を見合わせた。
「私は目を治したいと思っているのですが、あの方は、なぜか反対なさるのです。目が見えれば、あの方がどんなお姿なのか、見られるのに――」
 エミリアは残念そうにため息をついた。治したければ治せばいいのに。二人は同時に思った。(もちろんその治療費は膨大なのだが)
 ヨランダは、思い切って口を開いた。
「あの、エミリアさん?」
「はい?」
「いつも彼と話をするんでしょう?」
「ええ」
「教えてくれますか、話をしているときの、彼の雰囲気を。どんな感じがします?」
 エミリアは少し考えた。
「そうですね。どこか人を寄せ付けないピリピリした感じもありますが、自ら望んでそうしているように思います。それに、何だか哀しそうでした」
「哀しい?」
「ええ……。哀しいだけじゃありません。怯えているようにも感じました。理由はわからないのですが、何かを恐れているような……」
 エミリアは沈んだ表情になった。《青き狐》のことを案じているのであろうか。
「ごめんなさい。ちょっと、気持ちが沈んでしまって。もう大丈夫ですよ」
 それから四方山話をし、二人はお茶とケーキをご馳走になった。エミリアの家を出る時、二人はこっそりと彼女の革財布の中を覗いたが、その中には金貨があふれるほど入れられていた。ざっと五十枚はある。金貨がこれだけあれば、数ヶ月は楽に暮らせるだろう。
「《狐》の奴、どこからあれだけの金を持ってくるんだ? 俺らの十倍以上の稼ぎじゃねえかよ」
 裏路地を歩きながら、アーネストはひとりごちた。ヨランダはその少し先を歩きながら、
「今までに奪い取ったオーパーツを売り払ってるんでしょ。それにしても驚いたわ。まさかあれほどまでにあいつを好いている人がいたなんて」
「そうだな。……そういえばお前、変な事聞かなかったか? 話してるときの雰囲気がどうのって。あれは一体なんだ?」
 アーネストの問いに、ヨランダは歩みを止め、振り返った。
「あいつが人助けしているのが信じられなくて。話をしているときにどんな印象を受けたか知りたかったの。アタシたちには見えていない一面を、あの人は見ているんじゃないかって思ったから」
「ふーん」
 それから表通りに出て、いくつかのオーパーツを換金するために技師連盟へ行った。保存状態のあまり良くない回路型オーパーツを二つと、そこそこ保存状態の良いエネルギーパイプ三つを鑑定してもらったところ、銀貨三十枚の値段が付いた。切り詰めれば三週間は暮らせる額である。
カウンターでお金を受け取った後、ヨランダは聞いてみた。
「最近、青い防護服を着たトレジャーハンターが来ませんでした? アタシたちと年頃は同じくらいで、背丈はこれくらいの」
 換金係の男は、うなずいた。
「おお、あいつね。よく来るよ。なんかこう冷たい雰囲気を漂わした、青い防護服を着た奴だろう?」
「そうそう。それで、どんなオーパーツ持って来るんです?」
「どんなって、そのほとんどが回路型と動力炉型だね。うちのとこはいつもこの型が不足するから高値で買い取っているよ。しかもあいつは、数こそ少ないが、かなり保存状態のいいオーパーツを持ってくる。一体どこで手に入れているのか謎だよ」
 意外だった。《青き狐》がオーパーツを換金しているとは。

 日が傾きかけるころ、技師連盟を出て、二人は安宿に共同部屋を取った。安宿とはいえ、安いのは部屋の値段であり、室内の設備は並みの町の宿より数段も上であった。エアコンだけでなく全自動洗濯機やアルコール類を入れるクーラーボックスまでついている。それで一部屋が銀貨二枚とは格安である。普通ならば金貨一枚にも等しい値段なのである。
 ルームキーをもらった二人は、食堂へまっすぐに歩いた。混み合うまでまだ少し時間が早かったからか、空いた席が多く目に付く。二人は早速隅のほうへ席を取った。
「知れば知るほどわからなくなるわねえ」
 ヨランダは頬杖を付いた。ちょうど料理が運ばれてきて、テーブルの上に並べられた。
「機械生物研究所の情報を集めるのと、エミリアさんにお金を渡すのとに、関連性がまったく見つからないのよね」
「関連性? 情報集めと生活費を渡すのとは、全然関係のないことだと、俺は思うけど」
「あら珍しい。あんたがそんな発言をするなんて。根拠は?」
「ただの直感」
「話にならないわね」
 食べながら二人が話しているとき、後から入ってきた商人の一群があちこちに席を取った。そして商人たちの騒ぐ声で、食堂はかなりにぎやかになった。
「よう、久しぶり!」
 ふと、アーネストは後ろから肩をたたかれた。振り返ると、商人らしい服装をした、くすんだ金髪の男が立っている。なかなかハンサムで、普通の商売人にしておくのがもったいないくらいである。
 アーネストはその男を見て、嬉しそうな表情になった。
「久しぶりじゃねえか、バル! 元気そうじゃねえか」
 突然現れたこの飛び入りを、アーネストはヨランダに紹介した。
「悪いな、ヨランダ。こいつはバルゾフってんだ。俺の昔なじみだよ」
「よろしく、美人さん」
 バルゾフの差し出す手を、ヨランダは何にも考えずに握り返す。温かかった。
 それからアーネストとバルゾフは酒のジョッキを片手に昔話で花を咲かせた。失敗談や笑い話も中にはあり、聞いていて面白かったが、ヨランダはそのうち飽きてきた。彼女は話を聞くよりも話の中に混じるほうがすきなのである。とはいえ、話に混ざろうにも自分とは無関係の昔話では、口の挟みようがない。さっさと食事を済ませ、席を立った。
「じゃ、部屋で待ってるから」
 食堂から廊下へ行くと、耳を劈くほどの喧騒が嘘のように小さくなる。オレンジ色のライトに照らされた廊下を歩き、部屋まで歩いて帰った。途中、誰とも出会わず、少し気味が悪く感じた。食堂から離れるほど喧騒は小さく小さくなり、階段を上がって二階へ行くころには人の声すらも聞こえなくなっていたのである。
 部屋のドアを開けるために、ポケットからルームキーを出し、鍵穴に入れて回す。そしてドアを開けたその時、電気のついた部屋のマットレスの上に何か置かれているのを見つけた。
 封筒だ。
 ドアを閉めてから封筒を拾って、封を破った。中には手紙が入れられており、紙面に書かれた文字は非常に綺麗でくせがない。しかし書いた本人の筆圧がよほど強いのか、紙面の裏にまで文字がうつり、紙全体がでこぼこしている。
 ヨランダはベッドに腰かけて、手紙を読んだ。手紙の差し出し主は、封を切ったときからもう彼女にはわかっていたのである。

『この手紙で伝えるのは不本意だが、お前たちに伝えたいことだけを書くことにした。諜報活動も結構だが、あまりしつこく嗅ぎ回られるのはごめんだからな。
 機械生物研究所関連の図書はこの世には存在しない。あの研究所は100年戦争が始まってすぐに閉鎖した。だから、お前たちがいくら探そうとも無駄なことだ。研究内容もその研究所がどこにあるのかも、ごく一部の例外を除き、私以外に知る者はいない。
 そしてもう一つ。万が一にも首飾りを壊すような真似はしないと思うが、あれは公共施設の器具を使って調べても、叩き壊しても無駄だ。せいぜい見えるのは表面の傷ぐらいなもので、内部にあるものを見ることは不可能。つまり、お前たちがどんなに倍率の大きなレンズを使おうが、叩き壊そうが、無駄だということだ。
 最後に忠告しておく。死にたくなければ、私を捕らえようなどとは思わないことだ。先日はアクシデントで予定が少々狂ったが、次からはそうはいかない。お前たちが私に手を出す前に、私のほうからお前たちを殺す。命が惜しいならば、肝に銘じておくがいい』

 ヨランダは手紙を読み終え、腹を立てた。
「何よそれ。アタシがそんなことすると思ってんの。首飾りを壊すだなんて」
 手紙を封筒に戻そうと封筒を開けたが、中にまた紙が入っているのを見つけた。出してみると、それは一枚の写真だった。ずいぶん昔に撮影されたものらしく、カラーであっただろう写真は、色あせて、セピア色になっている。
 写っているのは、どこかの建物の室内にいる八人の男女である。着ている服の色は良くわからないが、服の形からして白衣であろう。八人の表情は固く、この写真が記念写真のために撮られたのではないことが推測できる。
 ヨランダの目は、写真の中央にいる女性に吸い寄せられていた。年のころは彼女とほぼ同じ。緊張したような表情で正面をしっかりと見つめている。写真が色あせているため、元の髪の色などはわからないが、その顔立ちは、誰かに似ているような気がした。
「よー、遅くなった……」
 ドアが開き、アーネストが入ってきた。かなり酒を飲んだらしく、足取りがややふらついている。普段は二、三杯飲む程度なのだが、古い馴染みと逢った今夜ばかりは、杯をかなり重ねてしまったらしい。
「わりぃわりぃ、つい話し込んじまった……。あ、何見てんだ?」
 ヨランダは顔を上げた。
「お酒くさいわね。アタシは酔っ払いキライなのよ!」
「うっせー。それで、それ何だ?」
 問われたヨランダは、まず手紙を読ませた。酔っているアーネストはとろんとした目で手紙を読んでいたが、読むにつれて、その目が大きく見開かれてきた。酔いがさめたのだろう。読み終えると、ヨランダに問うた。
「この手紙の差し出し主って」
「決まってるでしょ、あいつよあいつ」
 それからヨランダは写真を見せる。
「写真のこの人、見てよ。誰かに似てるみたいなんだけど」
 先ほどまで見つめていた女性を指差す。写真を受け取ったアーネストはその女性を、穴の開くほど見つめた。そして、ヨランダと女性の顔を交互に見る。
「……お前に似てねえか?」
 アーネストは手紙を当てて、女性の顔の右半分を隠してみせる。すると、写真に写るその女性の顔は、ヨランダそっくりになった。ヨランダの顔の右半分は前髪で隠れているが、それと同じように女性の顔を右半分隠しただけで、彼女そっくりの顔になったのである。
「うそ……似ているの、そんなに」
 ヨランダは写真を穴の開くほど見つめた。自分の顔は自分では見えないのだから、似ているといわれてもあまり実感がわかないものである。しかしアーネストは否定しない。
「似てる。むしろそっくりだぜ。それ、一体誰なんだ。お前の姉貴か?」
「アタシに姉妹も兄弟もいないわよ! 知ってるくせに」
「俺は忘れっぽいんだよ」
 アーネストの言い訳を聞き流して、ヨランダは写真をひっくり返してみる。だが、この写真が何を写したものなのかを示すメモも何も見当たらない。
 写真を表返して、ヨランダはまた先ほどの女性を見つめたが、新たな発見があった。女性は首飾りをつけているが、それをよく見ると、ヨランダのつけている首飾りと形が似ていた。否、似ているというよりも、そっくりなのである。ルーペを使って見直すと、写真の首飾りと彼女の首飾りの形は、完全に一致していることがわかった。
 首飾りと、ヨランダそっくりの女性。
 突如、ヨランダの頭の中で、歯車がカチリと噛み合わさる音がした。
「わかったわ、これは、若いころのおばあさんよ!」
「何だって?」
 アーネストは目を丸くした。
 ヨランダは手紙と写真を持って、早口でしゃべる。
「そうとしか考えられないわ。この首飾りはおばあさんからもらったものだもの。若いころにつけていたって、おばあさんは言っていたわ。それに、これだけアタシと似ているのは当たり前だわ。血がつながっているんだもの……」
 いったん言葉を切った。
「ひょっとしたら、この写真に写っているのは、……機械生物研究所の研究員じゃないかしら」
 その言葉を口にしたとき、彼女の顔は青ざめていた。

 宿から少し離れた街路樹の枝の上で、《青き狐》が宿を見ていた。彼の姿は木の葉や枝によって覆われ、月や星の光すらも彼の姿を照らし出すことは出来ない。日はすでに落ち、街灯が辺りを照らし、人々はほとんど帰宅している。だが彼は誰にも見つかる事無く樹上にいた。
 彼の視線の先には、二人のいる部屋がある。窓のカーテンは閉められておらず、彼らが何をしているのかがすぐわかる。
「やっと気づいたか」
 冷たい声でひとりごちた。その顔には、氷のように冷たい笑みが浮かんでいる。宿にいる二人は、手紙と写真を何度も見た上で話し合った。明日、また蔵書館に行こうとしているらしい。
《青き狐》はポケットから、小型の機械を取り出した。スイッチをいれ、小声で話す。
「私だ。とうとう向こうが本腰を入れた。あと二週間くらいあれば、戻れると思う」

 翌日。
「ええっ! そんな!」
 部屋に配られる朝刊を見たヨランダは大声を上げた。酒を飲みすぎて二日酔いのアーネストは、ガンガン痛む頭に、クーラーボックスから出した氷のうを当てて、ベッドに横になっていた。
「怒鳴るんじゃねえよ。頭に響く……」
「二日酔いなんかどうだっていいわよ! これ見なさいよ!」
 頭痛を我慢してベッドの上に起き上がり、新聞を受け取ったアーネストは一面を読んでみた。
『蔵書館館長、原因不明の急死』
 明け方ごろ、蔵書館の館長が館長室の椅子に座ったまま死亡しているのを、泊り込みの司書が発見した。死亡推定時刻は夜の二時ごろ。死因は、ショック死であった。元々館長は心臓があまり丈夫でなく、ショックは避けるようにと医者から言い渡されていたという。しかしショック死の原因となるものが全くわからないため、この事件は原因不明のショック死として扱われていた。
「タイミング、よすぎない?」
 記事を読み終えたアーネストに、ヨランダは問うた。しかし頭痛のするアーネストは考え事などしたくなさそうである。
「以前もあったでしょ、宝石の鑑定人が死んだって。今回は館長さんよ。アタシたちが調べ物をしようと思い立った矢先に、肝心の人物が亡くなるのよ。おかしいと思わない?」
 二人が蔵書館にもう一度行こうとしていたのは、機械生物研究所という単語に館長が異常な反応をあらわしたのを思い出したからである。館長はひどく取り乱していた。あの様子では、機械生物研究所について何か知っていたのかもしれない。だから話を聞きに行こうと思っていた。だが、館長はショック死によってこの世を去ったため、話を聞くことが出来なくなり、機械生物研究所の手がかりがまた一つ消えてしまった。
「お前、《狐》の仕業だって言いたいのか?」
「だって、そうとしか考えられないのよ。一つずつ手がかりをつぶしていって、調べものの邪魔ばかりしているんだから」
 ヨランダは頬を膨らませる。
「あいつは手紙で、死にたくなければ捕まえるなとか言っていたけど、こう手がかりを先につぶされちゃたまらないわ。あいつはアタシの知りたいことを全部知っているようだし」
 ヨランダはアーネストに顔をうんと近づける。目鼻が今にもくっつきそうなくらい近づいてから、彼女は強くはっきりと言った。
「どんな手段を使ってもいいから、あいつを捕まえて、情報を吐かせるわよ! そうしなければアタシの気がおさまらないし、謎も解けないわ!」
 彼女の剣幕のすさまじさに、アーネストは言葉を失った。反論できなかったのである。


part1へ行く書斎へもどる