第6章 part2



 出発してから、二週間ほど過ぎた。遺跡も町も見つからず、ただ草原を乗り物で駆け抜ける日々が続いていた。天気が崩れやすいのか、よく雨が降り、ひどく湿気た。カー・クーラーが壊れているので、暑くても我慢する必要があった。窓を開ければ雨が振り込んでくるためである。
「水の補充には困らねえが、こうも降ってくれると、ちっとばかし困るな」
 叩きつけるような土砂降りで、ワイパーを作動させている意味がない。いくらワイパーが雨をぬぐいとっても後から後から雨粒がフロントガラスを襲うので、ちっとも前が見えないのである。アーネストはもっとよく前を見ようとして、運転席から少し前に身を乗り出した。
「ねえ、今日はもう運転やめたら? 下手したら、泥たまりの中に突っ込んで動けなくなるかもよ」
 ベッドに座ったままのヨランダが声をかける。だがその時、カーナビから報告が入る。
「前方千メートルに乗り物あり」
 画面に乗り物が映し出されるが、雨のために輪郭が良く見えず、どんな乗り物なのかわからない。マップを見ると、前方には何の表示も映されない。遺跡も何もないようである。だが乗り物があるというからには、先に誰かがいるはずである。
「行ってみるか」
 ヨランダの言葉を無視して、アーネストはハンドルを切り、アクセルを踏んだ。
 カーナビのマップを見ながら進んでいくと、十分ほどで、その乗り物に近づいた。そのころには雨も大分弱まっていて、前方の景色が見やすくなっていた。マップに示された乗り物の姿が、彼らの目に映る。
 メタルカラーのバイクと、青いリニアバイク。
 二台のバイクの近くには、半壊した建物があった。マップに表示されなかったのは、この建物が遺跡ではなくてただの廃墟と判断されたからであろう。
 建物の側にキャンピングカーを停め、二人は降りた。それと同時に、ヨランダが飛び上がって悲鳴を上げ、アーネストにしがみつく。
 建物の側に、誰か倒れている。だが彼女が悲鳴を上げたことからもわかるように、すでに死んでいた。
「……まだ温かいな。やられてそう時間は経っていない」
 アーネストは死体を調べる。この建物に入ろうとしていたらしく、死体はうつぶせに倒れている。何の抵抗もなく後ろから額を撃ち抜かれており、額から流れる血液は地面の水溜りと混じっている。荷物は漁られていない。
「ひどいわ……」
「やっぱり《狐》の奴だな。バイクがあるってことはこの中にいるはずだ」
 アーネストは立ち上がり、ヨランダの手を引っ張って、建物の中へ入った。
 半壊の建物は、天井すら壊れているためか、明るかった。それと同時に、雨が降り込んでいるために、水溜りが広がって床が非常に滑りやすかった。赤外線ゴーグルをつけて調べてみたが、トラップはない。風雨にさらされているうちに、故障してしまったのだろう。
 遺跡の最奥に行くまで、さほど時間はかからなかった。もともと狭い建物であり、その建物の半分は崩壊してしまっているので、進むべき道のりはその半分になるわけである。水たまりに注意しさえすれば、難なく進むことが出来た。
 遺跡の最奥は、小さな部屋になっていた。自動ドアであった半開きの扉の向こうに部屋があるとわかると、二人の手には銃が握られた。安全装置を外し、弾を装填して撃鉄を下ろした後、慎重にドアまで歩み寄った。そして自動ドアの陰から、室内を覗いてみる。
 この部屋は無事のようである。小さいが、壁の一方にスクリーンとコンソールがとりつけてあった。天井のライトは残念ながらついていない。
《青き狐》が、コンソールに向かって作業していた。
「この地点で正解のはずだな……これが上手くいけば収集も最後だ……」
 何やら独り言を呟いている。その間に手はパネルの上を忙しく動き、スクリーンには様々な情報が映される。専門用語だらけで何をあらわしているのかよくわからないが、何かの研究の内容についての情報であると思われる。
「これだ!」
 嬉しそうな声が上がり、スクリーンには二人の理解できない文章がずらずらと並んだ。《青き狐》はベルトポーチからディスクを取り出し、コンソールに差し込む。コンソールがうなる。数秒ほどでうなりをやめたコンソールから、ディスクが吐き出される。
 ヨランダはこの光景をもっとよく見ようと、しゃがみこんで、自動ドアの陰からもう少し首を突き出した。その時体重が前にかかり、足元の水溜りで足を滑らせ、前に倒れてしまった。
「きゃっ」
 アーネストと、ディスクをしまった《青き狐》が、同時に彼女を見る。
「お前っ……!」
《青き狐》の左手が腿のホルスターに伸びる。だがそれより早く、倒れた姿勢のまま狙いをつけて、ヨランダが発砲した。弾は相手の左腕をかすり、コンソールに命中した。バキィンとガラスの割れる音がして、割れた部分から電流がバチバチと流れ、何かに引火して爆発を起こした。コンソールのすぐ側にいた《青き狐》は、その爆発の衝撃をまともに食らう羽目になった。
 爆発はそれだけでは収まらない。周囲の機械も巻き込んで、次々と爆発が起こったのである。
「まずい!」
 アーネストはヨランダを引っ張って起こし、ベルトポーチから解体弾を出して壁に投げつける。壁は分子レベルで分解され、二人の目の前には直径一メートルの穴が広がった。走っていては出口まで間に合わないのだから。
 穴から飛び出した二人が外へ出てから数秒後。建物から遠く離れようとしていた二人の背後で、建物が炎上し、爆発の衝撃が建物全体に伝わったのか、あっというまにガラガラと壁が崩れた。
 建物を包む炎は、降り始めた夕立によって、さほど勢力を伸ばす事無く、消し止められた。
 夕立の雨を浴びてずぶぬれになりながら、二人は、建物の炎が消えていく様をじっと見つめていた。
「大丈夫かしら……」
 消し止められていく炎を見ながら、ヨランダはひとりごちていた。

 火が夕立に消し止められた後、二人は、《青き狐》を探して瓦礫の中を進んでいた。アーネストは、どのみち爆発に巻き込まれて死んだと言ったのだが、ヨランダは、あいつは悪運が強い奴だから死んでないと言ってきかなかった。アーネストがどう言おうとヨランダが自分の意見を押し通そうとすることは承知していたので、アーネストは仕方なくつきあったのである。二人は瓦礫をどけていき、かきわけて進んだ。
「あっ」
 ヨランダが声を上げる。鉄骨を苦心してどけていたアーネストは、彼女を見た。
「どうした」
「みてみて!」
 彼女の足元にはまだ瓦礫や鉄骨が重なり合って山を作っているが、その瓦礫の下から、傷一つない片手が突き出ていた。その手が誰のものであるかは想像に難くない。瓦礫をどける二人の手の動きは自然と早まった。瓦礫や鉄骨がどかされていくにつれ、手の持ち主の体が徐々に現れる。腕が、胴体が、次々に姿を見せていく。そしてようやく、背中にのしかかっている非常に重い鉄骨を二人がかりで苦心して取り除き、後は体を引っ張り出してやるだけになったとき、瓦礫の下にうずまっていた片手の持ち主である《青き狐》の姿が現れていた。
 だが、
「うそだろ……!」
「そんなまさか……!」
 二人は目の前をじっと見つめたまま、目を大きく見開いていた。
 気を失っているのか、死んでいるのか、《青き狐》は身動きしない。だがその体は、二人を、言葉をそれ以上出せなくする程驚愕させた。
 爆発の衝撃か、左半身の防護服が所々破れてそこから傷口が見える。火傷一つない皮膚の破れたその傷口には、人間に本来備わっているはずの血肉や骨が、どこにも見当たらない。見えるのは、無数の導線と鋼鉄の骨、人工繊維で作られた筋肉だけ。
 この男の体の中身は、機械そっくりだった。


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