第1章 part2



 海中から、大きなポケモンが嵐の中へと飛び出した。そのポケモンは、大きな翼を羽ばたかせ、分厚い黒い雲の中へと飛んでいった。
 そのポケモンが去ると同時に、嵐の勢いは少しだけ弱くなった。雨は小降りになり、風も少しだけ弱くなる。雷もピタリと止まった。
 それでも止まぬ風と雨の中、風の唸りに混じって、ポケモンの鳴き声が聞こえてきた。

 時計の針が六時半を指すころ、眩しい稲光と耳をつんざくような巨大な雷鳴で、皆、ポケモンセンターのロビーの床で目覚めた。
「な、何だ何だ?」
 ねぼけまなこで、アーネストは床から起き上がる。
「大きな雷だなあ」
 アーネストより寝覚めの良いスペーサーは早くも現状を把握している。実際、稲妻が皆の眠りを覚ます数分前には、既に目を開けていたのである。ヨランダは手鏡と櫛で何とか寝ぐせを整えてから、床が固くて寝づらかったと愚痴をこぼした。
 朝食は全員に振舞われた。ポケモンセンター勤めのラッキーとハピナスが、いったいいつのまに宿泊者の人数を確認したのか、人数分の食事をトレーに載せて運び、それぞれ手渡していった。ポケモンたちにはポケモンフードが振舞われた。
「まだ嵐は収まってないみたいねえ。昨日に比べればマシだけど」
 ヨランダは、相変わらず毛布の上に座ったまま。固い床で寝たために体が少し痛いのだろう。
 窓の外は相変わらず黒い雲が立ち込めている。大粒の雨がひっきりなしに窓を叩き、風は唸り声を上げている。しかし、昨日ほど酷くはない。雨具をちゃんと準備すれば外出できるくらいに、嵐は弱くなっている。
「が、船が出るかは怪しいな」
 スペーサーは冷たく言った。ポケモンセンターのロビーには大きなスクリーン型テレビが設置されており、利用者はロビーでポケモンの回復を待ちながらテレビを観て時間を潰す事ができるようになっている。
 テレビにはちょうど本日の天気予報が映っており、続いて港の情報に切り替わる。現地にいるレインコート姿のアナウンサーが風と雨にもまけぬ大声をマイクに向かって張り上げており、そのおかげでやっと声を聞き取る事ができた。それほど風は強かったのだ。
 嵐はストームタウンから四方十キロ程度という極めて狭い範囲で起きている。弱まる気配はあれどおさまる気配は無く、少なくとも三日は続くだろうとの見通し。船は当然、嵐がおさまりきるまで出ない。
「あーあ。結局でないってのか」
 アーネストは肩を落とした。テレビを観たほかのトレーナーたちと同じく。
「船に乗る機会はいくらでもあるだろうに」
 スペーサーはヨランダとアーネストのトレーを回収し、片付けに行った。
 トレーナーの何割かは、雨がだいぶ弱まったのを利用して、急いでポケモンセンターを出て行った。船に乗るためにポケモンセンターに泊まり続ける必要などないようだ。
 宿泊者の数は少しずつ減ってきて、時計が十時を指すころには、ポケモンセンターのロビーはほんの十人足らずの利用者が残るのみとなった。
 暇だから、と、スペーサーはストームタウン唯一の図書館に出かけていった。
「暇なのは俺だって一緒だっつうの」
 アーネストは不機嫌に言い捨てた。ヘルガーは退屈そうに尻尾を振ったが、その目はどこか緊張に満ちている。
「この天気じゃ、あんたの好きなバトルも出来ないわねえ」
 ヨランダはブラッキーの毛づくろいをしながら、無関心な表情のままである。ブラッキーは気持ち良さそうに目を閉じているが、両耳は何かを警戒するようにピンと立ったままだった。

 ストームタウンの図書館は、悪天候の影響もあり、司書以外の人間は誰もいなかった。そこで、スペーサーは三階にある個室の一つに山ほど本を持ち込んで、読みふけっていた。ストームタウンの歴史書、神話や伝承、近隣のポケモン分布など。風雨の音など何処吹く風。お供のニューラは退屈そうに左耳の赤羽を手入れしている。しかしその目は時々油断なくあたりに向けられている。
 一時間は経ったころ、スペーサーは、ふと、ストームタウンに語り継がれた神話の中から、ある文章を目にした。

『海の神が怒り狂い、はばたいて嵐を起こす』

 昨夜、ポケモンセンターにいつのまにか入ってきた老人の姿が、パッと頭の中に浮かんだ。肩にペラップを乗せローブをきた、まるで仙人か魔法使いを思わせる不思議な老人。
(確か、この神話と同じ事を言っていたような気がするな)
 先を読み進めようとしたとき、ニューラがズボンを引っ張った。
「うん、何だ?」
 ニューラは、早く見ろといわんばかりに、片方の腕で、小部屋の外を必死で指している。一体何があるのかとスペーサーは小部屋の外を見た。
「!?」
 思わず、目の前の光景を疑った。
 小部屋の外は廊下になっており、窓ガラスが張り巡らされている。その窓ガラスをよく見ると、なんと、無数の雹が降り注いではガラスに当たっているではないか。
「馬鹿な! 雹が降る季節じゃないぞ……!」
 続いて、館内の温度が急激に下がり始める。雹は少しずつ止み、今度は、ぼたん雪が降り始めた。
「まだ六月の終わりなのに、一体どうして雪が降るんだ!」
 スペーサーは、ニューラが落ち着きをなくしているのに気づいた。そわそわして、早く外へ出たいと、彼に目で訴えている。
「……一度、帰ろう」
 彼はすぐに荷物をまとめ、本を返却口へ突っ込んでから、急いで図書館を飛び出した。

 午前十一時を回った頃。他のトレーナー達は出発し、残ったのがアーネストとヨランダだけになった。
 相変わらず暇をもてあましていたが、室内の温度が急激に下がり始めたのに気づいた。
「何だよこれ! 寒くなったと思ったら雪かよ!」
 アーネストは窓を見て、すっとんきょうな声を上げた。ポケモンセンター勤務のラッキーたちがセンター内を走り回って、タオルやらシーツやら、いろいろなものを籠につんでは走り回っている。外に干していた洗濯物のようだ。ヨランダは自分の荷物の中から防寒着を出し、着た。
「寒いぃ」
 急遽、センター内は暖房が入れられた。
「おい、どうしたんだよ」
 室内が暖かくなって落ち着いたアーネストは、ふと、ヘルガーの様子がおかしいのに気づく。尻尾をピンと立て、入り口をにらみつけて唸り声を上げている。
 見れば、ヨランダのブラッキーも、彼女の腕の中から飛び出し、全身をピンと張り詰めている。
「ど、どうしたの?」
 入り口をにらみつけているポケモンたち。何か来るのだろうか。
 バタン!
 勢いよくドアが開けられ、スペーサーが飛び込んできたので、二人は仰天した。
 スペーサーは一応防寒着を着ていたが、慌てていたと見え、チャックが閉められていない。息が荒いところからして図書館から走ってきたようだが、向かい風が吹いていたらしく、体の半分は雪にまみれていた。
「ううう、寒い……!」
 暖房の効いたポケモンセンターは暖かく、スペーサーは安堵して、防寒着の雪を払った。どこからかラッキーが現れて、拭いてくださいとタオルを差し出す。礼を言って受け取るスペーサーの側で、不満顔のニューラがラッキーを睨みつけていた。
 ニュースが変わった。
『現在、ストームタウン周辺の天気は荒れております! 先ほどまで、大粒の雹でしたが、今度は雪、雪が降ってきました!』
 嵐、大雨はともかく、雹、雪まで降り出した。カレンダーは六月二十七日。
「異常気象だ……!」
 まだ震えの残る体で、スペーサーは呟いた。


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