第2章 part2



 祭壇への入り口。
 老人は、岩棚の前まで歩んだ。そして、岩を指す。
「この奥の、さらに奥に作られた部屋に、祭壇はある」
 杖でカンカンと叩く。
 洞窟の中に、うつろな音が響いた。
「ん〜?」
 老人は何度も杖で叩くが、岩はその場に立ちはだかっているだけ。
「おかしいのお」
 しばらく岩をなでさすり、大声を上げたので、三人とも飛び上がった。
「これはまずいのお! 仕掛けが壊れておるわい!」
「何だよ、入れないってことかよ?」
 アーネストが問うまでもない。
「そういうことじゃ。岩棚の奥で地震か何かあったんじゃろうなあ、あの仕掛けは振動に弱い。しかし、ここをふさぐ岩をどかさんと奥へは――」
「どかせばいいんだろ!」
 アーネストはモンスターボールを取り出し、
「出番だ、ゴーリキー!」
 ポケモンを呼び出した。仰天した二人と老人をそっちのけに、アーネストは指示を出す。
「『クロスチョップ』だ! あの岩をぶち壊せ!」
 威勢のよい声を上げ、ゴーリキーが岩に向かって『クロスチョップ』を放つ。十字に交差した腕から繰り出されるパワーはすさまじく、技が命中するや否や、岩を一撃で破壊した。破壊された岩は粉みじんに砕け、辺りに飛び散った。思わず腕で顔面を防御する。技の威力で呆然としていたままだったら、目に岩のかけらが飛び込んでいただろう。体にもピシピシ当たって痛む。
「もう、あんたってば!」
 ヨランダは怒った。
「岩が飛び散って、痛かったわよ?」
「そりゃ俺だっていてーよ。サンキュー、ゴーリキー」
 アーネストは、ポケモンをモンスターボールへ戻した。
「乱暴じゃのう、とにかく、開いてよかったわい。先に進もう」
 老人はひげをひねくり回して、先に足を踏み出す。
「むっ」
 老人は、破壊された岩棚の奥を見る。
「なるほどのお。これでは、岩が動かないわけじゃて」
 三人が見ると、地面に大小さまざまな岩が転がっている。
「仕掛けに他の岩が挟まっておったんじゃなあ」
「落盤でもあったのかしら?」
 ヨランダは首をかしげながら、転がった岩を見た。老人はしわだらけの顔により一層深いしわを作った。
「いや、落盤ではないわい。落盤なら、この洞窟自体がなくなっとる。天井の一箇所が崩れれば全てが崩れ落ちるんじゃからな」
 岩を避けて歩く。スペーサーはヒカリゴケの弱い明かりで天井を眺めてみるが、落盤があったとは思えなかった。天井の岩にはヒカリゴケが密集しているのだ。天井は崩れていない。左右を見ると、壁のいくつかにヒカリゴケがついていないのが見える。壊れたのは壁のようだ。
(一体どうして横側がくずれるんだ? 普通は天井から壊れると思うんだが)
 奥へ進むにつれて温かい風が少しずつ、潮気を含んでくる。ヒカリゴケはあまり密集しなくなり、暗さが少しずつ周囲を支配し始める。
「暗くてよく見えないわねえ」
 ヨランダはひとりごちた。
「いや、大丈夫」
 スペーサーは荷物を探って、懐中電灯を取り出した。スイッチを入れると、円形の光が道を照らした。
「用意がいいよな、お前」
「これくらいは持っておくものだ」
 懐中電灯の光に照らされた地面は、ほとんどヒカリゴゲが生えていない。岩ばかりだ。
「さて、気を取り直して進もうかのう」
 老人が一歩を踏み出しかけたとき、

 ウォォォォオオオン!

 何か聞こえた。
 咆哮。
 洞窟の中に反響してきたそれは、思わず体を固くさせるほど不気味で、痛々しいものだった。
「明かりを消すんじゃ、早く!」
 スペーサーは考える暇も与えられず、言われるまま、懐中電灯のスイッチを切る。あたりはヒカリゴケ以外の光もなくなり、一気に暗くなった。
 洞窟がわずかに揺れた。
 地震!?
 揺れは数秒ほどで収まり、あたりは静かになった。
 老人は、しばらくだまっていたが、やがてうなずいた。
「明かりをつけても良いぞ」
 懐中電灯の狭い光が、また洞窟を照らした。
「急いだほうがよさそうじゃのう。揺れが起きるとは、事態はいよいよ深刻になってきておる」
 老人はあごひげをなでた。

 ストームタウン周辺の海流。
 いつもはたくさんのポケモンたちが海中を泳いでいる。
 だが、今は誰もいない。海流だけがある。太い潮水の帯はストームタウン周辺を通り抜けていたが、いきなり海流がとまった。数秒後、何事もなかったかのように、海流は再び流れを取り戻した。が、五分も経たないうちに、再び海流はとまった。
 それきり、水の流れは失われた。

 海流がとまると、ストームタウン周辺の天候は悪化した。吹雪になり、台風なみの暴風が吹き荒れる。家から出ることもままならない。住人たちは避難勧告に従って、天候がこれ以上悪化する前にめいめい荷物をまとめ食料など必要なものを持って、避難所に入っていた。商店街の店は全て閉まり、シャッターが入り口を閉ざした。
 避難所で放送されるニュースは、ストームタウン周辺の天候のことばかり。ラジオも同様だった。
 悪化した天気は、弱まったり強まったりを繰り返していきそうだ、とニュースキャスターは語った。
 避難所の外は、雪が風に乗って、町中を真っ白く覆いつくそうと絶え間なく雲の中から地上へ降りてきていた。
 厚い雪雲の中から、一筋の閃光がほとばしる。空を横切り、それは、海の中へと飛び込んだ。

 懐中電灯の光を頼りに、進んでいく。時々、震度二くらいの揺れが洞窟を軽くゆすぶる。そのたびに、老人は三人をせかした。
「急ぐんじゃ! 事態は深刻じゃ!」
 なぜ急がせるのか、そのわけも説明してくれない。落盤が起こるほどの大きな地震ならばともかく、体感できる程度の地震に何をおびえるのだろうか。いったい何が深刻な事態になっているのだろう。
「イソグンジャ、イソグンジャ!」
 ペラップは真似して、せかすように皆の周りを飛んだ。
 どのくらい歩いたのか。酸欠になりそうなほど奥へ進んだ。腕時計を見る暇もなくせかされ続けた後、
「とまるんじゃ!」
 いきなり老人はストップをかけた。せかされ続けて駆け足で移動していた三人は、いきなり停止を命じられても急には止まれず、互いにぶつかり合った。
「何だよ一体」
 先頭を歩いていたアーネストは、背中のリュックサックにぶつかってきたスペーサーの脛を蹴飛ばし、老人に問うた。
「道が伸びてるだけだろ、何もないじゃねーか」
「お前さんには道に見えるだろうが、これは違うんじゃ。よお見てみい」
 老人が、手にした杖を前方に伸ばすと、カン、と何か固いものに当たった音がした。
「これは、ヒカリゴケを利用して作ったまやかし。このまま前進しておったら、お前さんのひらべったい額にたんこぶができておったところじゃわい。ま、頑丈そうじゃからたいしたダメージはなさそうじゃがのお」
 老人の言わんとしたことを理解し、スペーサーは笑うのをこらえた。ヨランダは首をかしげたがやがて「ああ」といわんばかりの表情になった。しかしアーネストは、褒められたのかけなされたのかすら、理解できていない。
 こほん、と老人は咳払いした。
「この道の奥に、祭壇がある。ここは、本来ならわししか通ることができんのだが、特別にお前さんたちも通してしんぜよう」
 老人は、前方のまやかしに向かってなにやらささやきかける。その言葉は三人とも聞き取れなかった。
 まやかしが光った。青い光があたりを照らし、光が消えたが、彼らの前にはまったく景色に変化など見当たらなかった。
「ほれ、通れるようになったぞ」
 老人は杖を伸ばした。何かにぶつかる音はしなかった。皆は奥へ進んだ。道を進むにつれて少しずつ前方が明るくなってきたのがわかる。懐中電灯の光もいらないくらいだ。
「この通路を抜けた先に、祭壇の部屋はある。もう少しの辛抱じゃ」

 やがて、青白い光で作られた入り口が、目の前に広がった。
「ほれ、ここが、祭壇の部屋じゃ」


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