第3章 part2



 水晶の部屋は、まるでドームの天井のように、ゴゴゴと音を立てて、二つに開いた。天井から見えるのは、曇り空。今は嵐がやんでいるらしい。
 その部屋から飛び出したルギア。その背中には三人が乗っている。ルギアは、小島にいったん着陸し、三人を陸に下ろす。
『この辺りには海流が流れていた。潮の流れがストームタウンの天候を安定させていたのだが、今はその海流も消されてしまった。異常気象の原因はそれだ』
 ルギアは首を海面に向ける。
「で、海流を戻して、その海流を消した奴をやっつければ、めでたく解決できるってことか」
『そうだ』
「しかし、こんな冷たい海水の中にもぐるのか? 何の道具もなしに?」
 スペーサーは、引いては寄せる波を見る。冷たいしぶきを上げる波。洞窟の中は温かかったが、外はまだ寒かった。おまけに潜水用具もないのに海へ入るのは自殺行為以外のなにものでもない。それに、彼は寒さが苦手だ。
『いや、お前たちは海に入る必要はない』
 ルギアは、前方を見据えた。

『来る!』

 皆が本能的に身構えるのと、目の前の海が渦を巻き始めるのは、同時だった。
 海の渦の中から、巨大なものが飛び出してきた。ギャラドスのように長い首、ハガネールのように頑丈そうな牙、ラプラスに似た藍色の体は、ルギアの倍はありそうな巨体。
 こんなポケモンは見た事が無い。
「何、あのポケモン……」
 ヨランダは思わず身を震わせる。渦の中から姿を現したポケモンは、その赤い両眼に敵意を宿していた。その赤いルビーのような目がまずルギアに向けられ、次に、傍にいる三人に向けられた。

 グォオオ!

 咆哮。
 何度も聞いた咆哮だ。そのポケモンの、無数の牙が並んだ口から発せられた咆哮は、ビリビリと空気を震わせる。ポケモンの口の奥から光が見える。
『伏せろ!』
 強いテレパシーと同時に、ルギアは大きく翼を羽ばたかせ、強烈な衝撃波を放つ。
 ルギアの衝撃波と、ポケモンの口から発射されたビームが、激突した。
 ドォォン!
 二つの力は、ぶつかり合った瞬間に小爆発を起こした。爆発の衝撃で波が起き、発生した爆風が辺りをなぎ払う。砂を巻き上げ、小石を飛ばし、木々の枝をギシギシしならせて枯れ木を折っていく。伏せていなければ人ひとりが木の葉のごとく吹っ飛ばされているだろう。巨大な台風の暴風域の真っ只中にいるような、それほど強い風があたりに吹き荒れたのだ。
 海にいる巨大なポケモンが放ったビームと、ルギアの衝撃波の力は互角だった。海のポケモンは、威嚇するように牙をカチカチ言わせ、再び海の中へと戻っていった。
 渦潮は消え、辺りに静寂が訪れる。波も収まった。
「あれが……海流を消した者。あれはポケモンだったな。機械仕掛けなんかじゃない」
 スペーサーは驚きの表情を顔に浮かべたまま、立ち上がった。そしてルギアを見る。
「私たちがこの島へ渡ってくるとき、得体の知れないものに遭遇したんだが、その正体が、今のポケモンなのか?」
『そうだ』
 ルギアの答えは簡潔だった。
『あのポケモンの正体は、私には分からない。どこか遠くから来たのかも知れぬが、いったい何のために海流を消し、辺りのポケモンたちを追い払ってしまったのか……その目的すらわからない。話しかけようにも相手は聞く耳を持たぬのだ。私が近づくたびに、あのように攻撃を仕掛けてくる』
「聞く耳持たないから、倒して力ずくで追い出すか話をさせようってんだろ?」
 アーネストは、防寒着についた砂をバサバサと振るって落とした。
「自分だけじゃ相手の力を上回れないから、俺らに協力を求めた、そうじゃねえのか?」
『その通りだ。お前、見かけによらぬ洞察力を持っているようだな』
 ルギアの言葉に、スペーサーはまたしても吹きだすのをこらえた。
「でも」
 ヨランダは手櫛で髪を整えた。
「あんなに強いポケモンに、アタシたちの手持ちのポケモンたちが対抗できるのかしら」
『もちろん、私とお前たちの手持ちの力を集結させれば何とかなる。だが、正面から戦うのは最後の手段だ。私は奴に問いたいのだ。何の目的でこの海流を荒らしたのか、と』
「あら、あなた平和主義者なのね」
『無益な争いは、私の望むところではない。だが、相手がこの海域の侵略を目的としていたならば、奴を全力で排除する』
 そのテレパシーを感じ取ったのか、再び海面に渦潮が生まれる。首をもたげたあのポケモンが渦から頭を出した。
『来たか!』
 ルギアは身構える。ポケモンはルギアに敵意の目を向け、再び口を開こうとする。
「対抗できるかどうか、試してみなくちゃわからねーだろ!」
 アーネストはモンスターボールを取り出し、ポケモンを呼び出す。
「出番だ、ドダイトス!」
 甲羅の上に生えた樹木が生い茂る、よく鍛えられている事が一目で分かるドダイトスが、浜辺に現れた。それを見て、
「やってみようか」
「そーね」
 スペーサーはサーナイトを、ヨランダはチルタリスを、それぞれ呼び出した。
「お前は後ろで見てな!」
 アーネストはルギアに言った。そして、ドダイトスに指示を出す。
「あいつに『リーフストーム』だ!」
 ドダイトスは吼え、背中に生えた樹木から無数の葉を舞わせる。
「サーナイト、『サイコキネシス』で援護するんだ!」
「チルタリス、『りゅうのはどう』よ!」
 無数の葉が、念力の塊が、不思議な光が、ポケモンめがけて突き進む。直撃すれば、大ダメージになる強力な攻撃だ。
 ポケモンは、口を開けなかった。代わりに、自分の周囲に光るものを二重に張り巡らせる。放たれた三つの技は、ポケモンの周りに張り巡らされた光るものにぶつかり、あっけなく消えた。
「なっ……」
 アーネストは言葉を失った。ドダイトスも動揺が隠せない様子。
「あれだけ強力な攻撃を三つとも……防いだのか?!」
 サーナイトはスペーサーの驚愕と動揺を感じ取って、おろおろした。
「し、信じられないわ……」
 ヨランダの足元に下りたチルタリスは、自分の放った技を防がれたことで、くちばしを開いて呆然としている様子。
『来るぞ!』
 ルギアの声。無傷のポケモンは、口を開いた。その奥で光るものが見える。先ほどの攻撃を繰り出すつもりだ。
「ルギア、あなた『しんぴのまもり』使える?」
『使える』
「じゃあ、お願い。ちょっと荒っぽいことするから……」
 ルギアの体から光が放たれ、辺りを包んだ。『しんぴのまもり』の力だ。ヨランダは、チルタリスに言った。
「チルタリス、『ほろびのうた』よ!」
 チルタリスはくちばしから、不思議なメロディの歌をつむぎだす。相手のポケモンに効果があったと見え、たちまち苦しみだした。そして、歌の効果が現れて、苦しみに満ちた声を上げながら、そのポケモンは渦の中へと沈んでいった。歌い終わったチルタリスも同じく、ぐったりと地面に横になった。
「ありがとうチルタリス。ゆっくり休んでちょうだい」
 ヨランダはチルタリスをモンスターボールへ戻した。
『なるほど。確かに少々荒っぽい手段であったな』
 ルギアは納得したようだ。『しんぴのまもり』で守っていなければ今頃、ここにいるポケモン全てが倒れていたはずだ。ルギアも含めて。
「……バトルじゃ、あいつに傷ひとつつけられなかった」
 アーネストは、ドダイトスをモンスターボールへ戻し、呟いた。サーナイトは心配そうに、青ざめた顔のスペーサーに寄り添っていた。
「あの様子だと『リフレクター』と『ひかりのかべ』を同時に張り巡らせたんだろうが……それでもあの攻撃を全部防げるとはとうてい思えないのに……」
 ルギアは『しんぴのまもり』の結界を消した。
『先ほどのチルタリスの技で、奴はしばらく動きが取れないだろう。だがこちらも、じっとしているわけには行かぬ。異常気象が続けば、この地域一帯だけではない、いずれはほかの場所にも影響が出てしまうだろうから』

 海流の失われた、ストームタウンの海の底。あの巨大なポケモンは、とぐろを巻くような格好で、海の底に陣取っていた。時々首をもたげ、警戒するように周囲を見る。周囲にはポケモンなどいない。ルギアの到来を警戒しているのだろうか?
 正体の分からぬポケモンは、やがて首を戻し、眠りについたようだった。『ほろびのうた』で傷ついた体を回復させるためであろう。
 眠りについたポケモンの周りで、ほんのわずかだが、海流が戻り始めた。
 厚い雲が少しずつ去っていき、青空が見え、ストームタウンの天候は安定し始めた。


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