第5章 part2
赤いエネルギーの光と、真っ白なエネルギーの光が、空中で勢いよくぶつかり合った。
ドォオオン!
鼓膜を破るほどの激しい爆発音とまばゆい閃光、続いて訪れる衝撃波。襲ってきた衝撃波に耐え切れず、皆、吹き飛ばされた。皆の前にいたルギアがまず洞窟の外壁に勢いよく叩きつけられた。他の者たちも勢いよく吹っ飛ばされたが、ぶつかったのは樹木だった。
『サッサト、タチサレ!』
ポケモンは、ルギアが立ち直る暇も与えず、今度は『ハイドロポンプ』を放つ。先ほどの攻撃で吹っ飛ばされたときに甲羅にこもって難を逃れたカメックスは、すぐ甲羅の噴射口から『ハイドロポンプ』を打ち出した。二つの水流は空中でぶつかりあったが、数秒も経たないうちに、カメックスのほうが圧された。水流はカメックスへと圧し戻され、カメックスを直撃した。幸い、水流が当たる瞬間に甲羅の中に手足と首を引っ込めたので、水流は甲羅に当たっただけだった。が、それでも甲羅は勢いよくスピンして、岩壁にそのまま激突した。
岩壁にぶつかったルギアは、地面に滑り落ちるが、何とか立ち上がった。背中の痛みをこらえている。派手にぶつかった分、ダメージは大きいのだ。
海上のポケモンは、どこか苛立ちをおさえたような口調のテレパシーを送った。
『マダ、ムカッテクルカ。イイカゲン、アキラメレバヨイトイウノニ。シツコイ!』
口から吐き出される赤いエネルギー体は、押し戻されてポケモンに当たる。ルギアの『エアロブラスト』が、ポケモンの攻撃をかろうじて風圧で押し戻したのだ。技の余波で木が何本も吹き飛び、辺りに叩きつけられた。自分の攻撃を自分の体で受けたポケモンは、大きくのけぞった。かなりのダメージを与える事が出来たようだ。
怒りのテレパシーが、皆の脳内を直撃する。頭が割れてしまいそうなほどの激痛で、思わず頭を抱えたほど強いテレパシーだ。
『キサマラ、マダテイコウスルノカ! アキラメロ! ワレニハ、カテヌ!』
『お前が、傷ついた我が子を守るためにこの場所から動けぬ事は知っている。初めから、私を襲わずに話してくれれば、癒しの水で子供の傷を癒してやれたのに――』
『イヤシノミズ?! ウソヲツクナ! ソウイッテ、ワレヲダマスツモリナノダロウ! サキホドノ、キサマノタワゴトトドウヨウ、キクカチナドナイワ!』
話を聞くつもりは無い。ルギアを疑ってかかっている。やはり説得は無理だ。そして、このまま相手を弱らせて力ずくで言うことを聞かせようという作戦は、失敗だろう。相手が全くルギアを信用していない。子供を守りたいあまり、周りが見えなくなっているのだ。
『サッサト、タチサレ!』
ポケモンの咆哮。何度聞いても、鼓膜が破れそうなほど。
「何としてでも追い払う気マンマンだな」
耳から手を放し、アーネストはつぶやいた。体の痛みなどもう忘れた。アーネストは、ポケモンを見ている。さっきから、ポケモンからは殺意を感じない。極力こちらを消耗させて、攻撃を諦めさせようとしているのだろう。
「が、それどころじゃないっぽいな」
今は違った。
ポケモンが、自分の子供について触れられた事で、一気に怒りのボルテージを上げたのだ。ルビーの目はらんらんと輝いている。本気で戦うつもりだ。何度もバトルを経験してきたトレーナーならすぐわかる、戦いを望むときの、ポケモン独特の目つきだ。
『キサマラニ、ワガコヲフレサセルモノカ! コノバデ、キサマラヲ、ケス!』
ポケモンは、吼えた。
ポケモンの全身から、青白い光があふれてくる。同時に、何かが高速で波を立てつつ飛来し、ルギアの体を直撃した。ルギアは苦悶のうめき声を上げ、地上へ落ちた。
「ルギア!」
三人はルギアの傍に駆け寄る。ルギアの体はずぶぬれだが、それは汗ではない。水だ。
「大丈夫か!?」
『ああ、何とか大丈夫だ』
「今の攻撃は、一体何なの?」
『……あれは『ハイドロポンプ』のエネルギーを球体状に収めて、より威力を増したものだ。さすがに直撃はきついな』
「……肉眼では見えなかった。あなたでも見えなかったのか?」
『情けない話だが、見えなかったな』
ルギアは何とか起き上がった。ほかのポケモンたちは、海のポケモンと、ルギアを交互に見ている。他のポケモンたちも、今の攻撃を見る事は出来なかったのだ。見えたのは、波だけ。
『奴は本気だ。我々を追い払う気はとうの昔にうせたのだ』
「むしろ、殺そうとしてるよな、あいつ」
アーネストの言葉に、ルギアは長い首を少し傾げてうなずいた。海のポケモンは、怒りに目をギラギラと輝かせている。
『……お前たち』
ルギアは、海のポケモンから目を離さず、皆にテレパシーを送る。
『しばらく、私一人でここをくいとめる』
「何だって?」
スペーサーが思わず問うた。
「一人で? そんな無茶な。一体何故――」
ルギアが彼を見た。
『お前の描いた絵が、役立つときがきたのだ』
皆の頭の中に、ひとつのイメージが現れた。上空からこの島を見ている。島の東に、小さな穴がある。その穴は澄んだ水で満たされており、水の底には、白い羽が沈んでいる。それは、スペーサーがスケッチブックに描き込んだものと同じ。
『その羽を、ここへ持ってきて欲しい』
ルギアが説明する暇も与えず、海のポケモンは、再び赤いエネルギー体を口から放ってきた。痛みをこらえた『エアロブラスト』を放ったルギアだが、今度は押し返す事はできず、軌道をそらして空中で爆発させることしか出来なかった。
『時間が無い! ポケモンをボールに戻せ。そして早く行くのだ!』
ルギアに急かされるまま、三人はモンスターボールにめいめいのポケモンを戻した。
『ノガスモノカ!』
ポケモンがぐわっと口を開いて『ハイドロポンプ』を打ち出した。ルギアも『ハイドロポンプ』を打ち出し、何とか攻撃を防ぐ。
『貴様の相手は私だ!』
『オモシロイ。デハ、ノゾミドオリ、キサマヲチマツリニアゲテヤル!』
完全に我を失ったポケモン。誰の話にも、耳を貸さない。
ルギアが、吼えた。
『今のうちに、早く東へ!』
ルギアはテレパシーを送り、翼を広げて、海へ飛んでいく。ポケモンはルギアを迎え撃つために『ハイドロポンプ』を次々に発射する。先ほどの球状攻撃より時間がかからないらしく、たてつづけに攻撃が来る。だが、ルギアは飛びながらも、全て体をひねって回避。打ち出されたたくさんの水流は、次々に岩壁にぶつかって、壁をえぐった。バラバラと、水で削られて砕かれた岩が、地面に落ちてくる。
「急ぐぞ!」
アーネストは、改めて襲ってきた体の痛みをこらえた。背中に荷物を背負っていたのであまりダメージはなかったものの、それでもぶつけられれば痛いものだ。
「でも、ルギア大丈夫なの?」
ヨランダは、乗り気ではなさそうだ。心配そうに、飛んでいくルギアを見ている。
「ここにいても、かえって足手まといだ。だから、さっさと行くしかない」
スペーサーは遠慮なく言った。
「ルギアは、海の神。そう簡単にはやられないだろう」
皆の頭の中に、『その通り』という短いメッセージが送られてきた。
「ほら、ルギアも保障してるじゃねーか。ホレ、大丈夫だと分かったんだ。急ぐんだ。それがルギアのためなんだから」
「うん……」
ヨランダはやっと足を東へ動かした。
頭の中に残る、島の東への道のり。林を抜けた先にある、垂直のガケ。ガケを上った先にある荒れた道。道の向こうにある、ドーム状の岩。その岩の中にある、穴。その穴を満たす清らかな水。さらにその水の底には、羽があるのだ。
ぶつけた体は痛んだが、それでも精一杯急いで、皆、林の中へと駆け込んだ。
三人が東へ向かって、木々の中へ消えていった。それを見計らい、ルギアは相手の『かみなり』をよけつつ、海中へ勢いよく飛び込んだ。ポケモンも追って、海へもぐった。
『ワガコノモトヘ、イカスモノカ!』
互いに海で生まれた者同士。どの水中ポケモンにも追いつけない速度で、二体は島の周囲の海域を泳ぐ。ルギアは急に上昇し、海の中から空中へ飛び出した。ポケモンも追って海面へ顔を出すが、さすがに飛べないので、海面でルギアを睨みつけるのみ。
ルギアは、ポケモンの周囲を旋回している。
(なんとか時間を稼がなくては……)
海上のポケモンは、『かみなり』を呼ぶ。広範囲の曇り空が真っ黒な暗雲に覆われていく。そこから次々に雷が槍のごとく次々に落ちてくる。ルギアを叩き落すつもりなのだ。ルギアは暗雲の光を見て落雷の場所を瞬時に判断し、飛ぶ。稲妻はどんどん落ちてくるが、いずれも、ルギアにかすり傷ひとつ負わせる事は出来ない。海上のポケモンは、『かみなり』が全く当たらないことに苛立ちを感じている。牙をギリギリ噛み締めているのがその証拠。
暗雲に向け、ルギアは『エアロブラスト』を放つ。暗雲が、下から吹き上げてくる衝撃波と余波の激しい風によって、あっというまに散らされた。空にはまだ『エアロブラスト』によって起こされた余波の風が陣取っている。しばらく『かみなり』を呼ぶための暗雲はこの辺りへは来られない。風で散らされてしまうからだ。
海上のポケモンは、しばらく『かみなり』が使えなくなったと分かると、体を震わせる。体を青白い光が包んでいくのを見るや否や、ルギアはすぐ急降下する。その直後、さきほどまでルギアが飛んでいた空中に、二発の水の球が飛んできた。標的の無いまま水の球は飛んで、やがて失速して落下し、海の中へ落ちた。
ポケモンは、明らかにいらだっている。ルギアに全く攻撃が当たらないことで、怒りのボルテージがどんどん上がっているようだ。怒りでどんどん攻撃を続けるばかりで、狙いが定まっておらず、ルギアに攻撃を命中させる事が難しくなっている。どうやらポケモンはそのことに気がついていないらしい。このまま相手を消耗させる事が出来れば、攻撃の嵐も少しは収まるかもしれない。これに気がつかないでいて欲しいと、ルギアは願った。
(彼らが羽を持ち帰るまで。いや、せめてあの穴の元へたどり着けるまで時間を稼がなくてはならない)
ルギアの頭の中に、林を抜ける三人の姿が映った。ほんのわずかな時間なら、己の千里眼を使って、望みの映像を見る事が出来るのだ。三秒ほど映って、すぐ消えた。
(まだ林の中か。道のりは長いな。手持ちのポケモンたちも、先ほどの戦いで傷ついている。目的の場所までたどり着くには、時間がかかるだろう)
海上のポケモンの口から、赤い光がもれているのが見えた。ルギアはすぐ体勢を立て直すために、海の中へ飛び込んだ。水の中ならあの赤い光の技を使えまいと思ったルギアは、泳いで相手に接近した。
ポケモンが、首を海中に入れた。同時に、口から、赤い光の攻撃を放った。
『!?』
ルギアはとっさに回避できなかった。すんでのところで身をひねったが、赤い光は左足をかすった。かすった赤い光は、十メートルほど進んでから消滅した。長いこと水の中にとどまれないらしい。それでも、かすっただけでルギアは脚に激痛が走るのを感じた。かすった箇所がカッと熱くなり、続いて痛みが訪れる。ポケモンは勝ち誇ったような笑い声を水中へと響かせた。
『コノチカラハ、ミズノナカデハ、ソンナニナガクハモタナイ。ダガ、オマエニカスリキズヲ、オワセルダケノチカラハアルノダ』
ポケモンはテレパシーを送りつつ、徐々に後退している。島のほうへ向かっているのだ。子供のところへ向かうつもりなのだろうか。徐々に、それでも少しずつ速く、後退している。攻撃はしてこないようだ。ルギアは追わず、頭の中に映像を移す。林を抜けた直後らしい。三人は、目の前にそびえる垂直のガケを見ている。登山用の装備がなければとても登れない様な場所。だが三人とも登山家ではないのだ。途方にくれている顔だ。
映像が消えた。
島へたどりついたポケモンの咆哮。
怒り、焦燥の咆哮だ。
『イナイ! イナイ! ドコヘイッタノダ!』
子供を捜しているようだ。
『ドコダ! ドコヘイッタノダ!』
ポケモンは、ルギアに向かってテレパシーを叩きつけた。
『キサマが、ワタシノコドモヲカクシタノダナ!』
『いや、隠してなどいない! 私は海に飛び込んだが、島には近づかなかった!』
相手はルギアの話を聞く気など全く無い、事はわかっている。が、言いがかりは嫌だ。
ポケモンは、体をくゆらせている。ふいにその長い首が前方へ突き出され、口の中で青白い光がうまれ出る。
ボン、と何かが出てくる音。水中を何かが向かってくる。ルギアは脚の痛みをこらえつつ、泳いで軌道を外す。水中を進んできたのは、凝縮された『ハイドロポンプ』だった。球状の『ハイドロポンプ』は、最初のうちこそ勢いよく進んだものの、ルギアに当たることなく、消滅した。周りの海水と混じってしまったのだ。水の抵抗力に、『ハイドロポンプ』が負けたのだ。
ポケモンは、水中で吼えた。
『ワガコヲ、カエセ!』
そして、目にも留まらぬ速度で泳いできた。ルギアはとっさに上昇して海面を飛び出したが、一瞬遅くポケモンが首を伸ばし、飛ぼうとするルギアの片足に、牙で噛み付いた。鋭い牙が、痛む左足に食い込んで、ルギアは苦痛の悲鳴を上げた。牙を通して体から力が抜ける。
『ワガコヲ、ドコヘカクシタ!』
『貴様の子供の居場所など、私は知らぬ!』
脚に食い込む牙が、さらに深く食い込む。足を挟んでいる口に力が入るに従って、牙がより深く脚に食い込んで、痛みが倍増した。ポケモンは海の中へとルギアを引きずり戻した。
『オシエロ!』
『知らぬと言っているだろう!』
ルギアは、相手の顔面へ向かって、『ハイドロポンプ』を放つ。ゼロ距離で強烈な水流を受ける。思わず、ポケモンは、噛み付きの力を緩める。ルギアはすぐに脱出する。
『私は貴様の子供の居場所など知らぬ!』
そして、ルギアは、ポケモンに突進した。ルギアに勢いよくぶつかられ、ポケモンは後退した。
『ソウカ。アクマデモ、シラヲキルツモリダナ。ダガ、ソウハイカヌゾ!』
ポケモンは、牙をむいて、ルギアに襲い掛かった。
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