第9章 part2
ルギアは、人間たちを背中から下ろした後、すぐに反対方向へと飛んだ。キャモメの群れが、ルギアを呼んでいたから。赤い雲がまたしても現れたというのだ。急激に赤い雲は勢力を伸ばしており、急がなくてはまたしても大雨を降らせる。
(全く、またしてもあの雲が現れたのか。この調子だと、回収が終わるのが先か、それとも私の体力が尽きるのが先か……わからんなあ)
赤い光の拡散は予想以上の広範囲に散ってしまっていた。それだけ戦いが激しかったということだろう。あの赤い光の力が海中に散らばり、戻りかけた海流を全て狂わせてしまった。異常気象がストームタウンに本格的な影響を与える前に、回収しなければならない。
ルギアはキャモメたちの群れと一緒に、赤い雲の中へ飛び込む。ちらりと見たストームタウンには、普通の雨雲がゆっくりと上空に集まり始めた。これはただの雨。夕方までには止んでしまうだろう。ストームタウンでは普通の雨だった。
(これ以上、異常気象を出させるわけには行かない!)
ストームタウン。
雨が降り始めたが、港には大勢の人々が集まっていた。その中に、テレビ局と新聞記者もいる。なぜかというと、海から何度もポケモンの咆哮が聞こえ、なおかつ見たことの無い真っ白なポケモンが空を飛びまわっているのが見えたというのだ。老人たちは、海の神が現れたといい、テレビ局と新聞記者はニュースのネタとして港を訪れた。町の人々は、この町に古くから語られてきた海の神の正体を見るべく、港に集まった。船を出そうというアイディアは、出ない。警報解除後にどんな良い天気となっても、その日は船を出すことは禁じられている。不意に高波が起きる可能性があるのだ。また、過去のある冬に無理やり船出した船が転覆したことがあった。乗船者は幸い海中のポケモンたちが拾い上げて港や小島まで乗せて行ってくれたが、もし海中のポケモンたちに助けてもらえなかったらどうなっていたかは日の目を見るより明らか……。このストームタウンにとっては、警報解除後が一番危険なときなのだ。危険だと分かっているからこそ誰も船を出せない。
先ほどまで、沖の小島の上空には不思議な赤い雲が陣取っていた。赤い雲は激しい雨を小島にだけ降らせ続けた。だが何かの力によって雲は小さくなった。雲のあった場所には、白くて巨大なポケモンが、姿を現した。人々は驚きの声を上げ、カメラは一斉にフラッシュをたき、テレビカメラは遠くのポケモンを映そうとピントを合わせる。白いポケモンはすばやく小島に降り立ち、しばらくしてからまた飛び上がった。が、ちょうど港から見ると小島の高い岩壁が邪魔をして、そのポケモンがどこに飛んでいったかは分からなかった。
「あのポケモンの正体はいかに!?」
テレビ局のアナウンサーたちは、我にかえって実況を続ける。新聞記者たちはこぞって、取材メモに高速でペンを走らせる。老人たちは、口をそろえ、
「あれは、海の神じゃ! 海の神がおいでになったのじゃ!」
そう繰り返すのみだった。
ざぶざぶと派手な音や波を立てることなど全くなく、《ストーム》は、さらなる沖に向かって静かに泳いでいる。
「ところで」
ヨランダは《ストーム》に問うた。彼女の荷物の全ての食料を食べ終わった《ストーム》の子供は、今度はアーネストの荷物に首を突っ込もうとして、アーネストに阻止されている。
「どこまで泳いでいくのよ?」
『アカイヒカリノナガサレタ、モットモトオイバショダ。ソノバショニ、イチバンツヨイチカラガナガサレテシマッテイル』
ストームタウンから十キロ以上も離れた場所。穏やかな空で、風も心地よい。前方には、直径十メートルほどの渦が見える。
「あの渦は何なんだ?」
アーネストは、《ストーム》の背中から身を乗り出した。危うく滑り落ちそうになるが、でこぼこのある背中にしっかりしがみついたので、海には落ちなかった。
『アノウズハ、ワガチカラヲモットモツヨクキュウシュウシテイルモノダ。コレガ、サイゴノカイシュウバショダ』
「あの渦の中に、赤い光が溶け込んでいるわけか」
スペーサーの疑問に、ポケモンは首を垂らした。肯定のようだ。
『ソウダ。ノコサレテイル、スベテノチカラハ、アノウズノナカニアルノダ』
《ストーム》は、渦を見つめる。今は小さいが、その渦は徐々に、大きくなり始めている。
「あの渦の中に、残りの力が全部詰まってるわけなのね。じゃあ回収は簡単じゃないの。渦を直接吸い込んでから全部の力を吸い出すの」
《ストーム》は、ヨランダの言葉を否定する。
『アノウズノナカカラ、ヒカリノチカラヲトリダスノハ、ムズカシイノダ。ウズヲキュウシュウスルノハ、イクラナンデモ、ムリダカラナ』
「じゃあどうするのよ。このまま引き下がるわけにはいかないでしょう?」
『モチロン。ダカラ、ルギアハ、オマエタチヲツレテイクヨウニト、ワレニタノンダ』
頼んだ?
《ストーム》は、渦の近くにある小さな岩礁に皆を下ろす。
『コレカラ、ウミニモグル。ウミノナカカラ、ウズノチカラヲヨワメルタメダ。オマエタチニハ、ソレカラアトノテツダイヲシテモライタイ』
「後の手伝い?」
ルギアからは何も聞かされていないので、三人は首を傾げるばかり。
『ワレハ、アノウズノチカラヲヨワメル。ソウスルコトデ、カクダイヲツヅケルウズハ、スコシズツチイサクナッテイクノダ。ソシテ、サイゴニ、オマエタチガウズヲケシサル』
機械も何も持っていない人間の力では、渦に止めを刺すことはできない。ということは、手持ちのポケモンに頼れということだろうが……。
「一言くらい言ってくれればいいのによ」
モンスターボールから、アーネストは手持ちのポケモンを全て出す。岩礁はなかなか大きく、彼らの全てのポケモンが乗っても十分な広さがある。
「説明する暇が無かったのよ、きっと」
ヨランダも、それに倣って自分のポケモンを全て出す。チルタリスだけは、ルギアの手伝いに行っている。スペーサーもそれに倣う。カメックスだけは、チルタリス同様にルギアの手伝いに行っている。
「とはいっても、どうやって渦を消せばいいんだ?」
疑問。水の中に飛び込んでも一応平気なポケモンは多いが、それでも一体どうやって渦を消せというのだろうか。渦巻いている水の中に飛び込めば、洗濯機の中でグルグル回転させられ続ける洗濯物のように、渦に巻き込まれるのが落ちだ。
一体どうすればいいのかと皆が首をかしげるが、《ストーム》は何も言わない。考えているのだろうか。
「ギャヒー、アノウズ、サッサトケセ!」
ペラップが叫んだ。
「オマエラ、ハヤクシロ! アンナノガヒロガッタラ、タダジャスマナイ!」
そう、ただではすまないだろう。何が起こるかは具体的にはわからないが、渦を放っておけば何かよからぬ事が起きるのは、言わなくても想像がつく。
「それをこれからやるんだろうが! ちっとは黙れよ、お前!」
アーネストは思わず怒鳴った。ヘルガーもそれに賛同するようにグルルとうなり声を上げる。ペラップは、ぎゃあぎゃあ喚きながら、《ストーム》の頭の上まで飛んでいった。
「ギャー、ハヤクシロ!」
言われなくとも、と言わんばかりに、《ストーム》は海中にもぐっていった。
「もう何だっていいや。要するに渦を消せばいいんだろ!」
アーネストは頭をかいた。そして、自分の手持ちのポケモンたちを見渡す。
「な?」
彼の言わんとした事を汲み取ったようで、皆、うなずいた。
「何をしたいかは、想像がつかないわけじゃないんだが、大丈夫なのか?」
スペーサーの言葉を、彼は無視した。
「さーて、渦が小さくなるのを待とうぜ」
「ダイジョーブカ、コノオオバカヤロウ?」
「うるせえ!」
それから五分ほどして、目の前に広がる渦は、わずかずつ小さくなっていく。五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル……
『イマダ! ウズヲケセ!』
そのテレパシーの合図と、アーネストの指示は同時だった。
「ゴーリキー、行け!」
ゴーリキーは威勢よく声を上げ、近くの岩を打ち砕いた。そしてその砕いた巨大な岩を片手で持ち上げるや否や、その岩を勢いよく渦の中へと投げこんだ。
海中の赤い光の回収作業は終わり、今度は空の赤い光の回収作業に取り掛かっていた。空を飛べるポケモンたちは、揃ってあちこちを飛び回った。海の中を泳ぐポケモンたちは、集めた赤い光を小島の浜へ運び、巣穴に戻ってきたシェルダーとパルシェンが光を凍らせて掘りたての巣穴に埋めている。実際そんな事をすべきではないのかもしれないが、今は、光の力を処理できる《ストーム》が戻るまで、とりあえず埋めているのだ。
海中の回収が一通り終わると、空からポケモンが小島まで飛んでくる。海中のポケモンたちは、空のポケモンたちがうっかり落としてしまった赤い光を次々に集めて、小島まで持ってくる。シェルダーとパルシェンたちは、光を凍らせて、新しく掘った穴の中に埋める。作業は順調に行われ、赤い雲は少しずつ数が少なくなってきた。
さすがに飛びっぱなしのルギアも疲れてきた。海と空それぞれ駆り出されていたのだ。最後の赤い雲が消え去ると、ほっと安堵のため息をついた。そして、早々と小島に戻る。赤い光の埋め立て仮処分が終わった後のようで、ルギアは次に、待機中のポケモンたちに《ストーム》の手伝いをするよう指示した。ポケモンたちが去ってしまうと、ルギアは水晶の間の中に入る。小島の浜の中に赤い光の力が埋められているためか、癒しの水の湧き方に元気が無い。時間が無いのでそれを一口飲むと、体力が全快する。さいわい、体力を回復させる力は残っているようだ。ただの水でなくて良かった。
(さて、すぐに行かねば!)
浜から、ルギアは翼を広げて飛び立った。
(あともう一息だ!)
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