最終章 part2



 小島の砂浜に埋められた赤い光の力の回収も終了した。辺りの天候は回復し、穏やかな風が再び吹き始める。赤い雲も消えうせ、今度はオレンジ色に変わりつつある空と太陽が見える。先ほどまで赤い光の回収のために海をあちこち駆け回っていたのが嘘のような、平和な光景。
「やっと全部終わったのね。色々傷跡は残っているけれど」
 微風に撫でられる髪を手櫛で軽く整えながら、ヨランダは小島の浜を見つめた。シェルダーやパルシェンが穴から続々と姿を見せ始めている。穏やかな波が浜に寄せては引いていく。沖には、再びポケモンたちが戻ってきた。赤い光の力は消えうせ、海流も完全に元に戻った。異常気象の発生を完全に抑える事が出来たので、ストームタウンにあまり大きな被害を出さずに済んだ。
《ストーム》はわが子を背中に乗せた。これから、生まれた海まで帰るのだと言う。子供はピイピイ鳴きながら、何かくれと親にねだっている様子。流れてきた海草を与えると、たちまち大人しくなって海草をもぐもぐと噛み始めた。
『オマエタチニハ、サンザンメイワクヲカケテシマッタナ……。ワガコヲマモリタイアマリ、オマエタチノコトバニミミヲカタムケナカッタ』
 その長い首を曲げ、こうべを垂れた。
「いや、もう過ぎたこと。誤解がとけただけでもありがたいな」
 アーネストはヘルガーの頭を撫でながら言った。誤解がそのままとけなければ、この辺りはもっとひどい有様になっていたろう。少しの異常気象と小島への大津波だけですんだのだから、ありがたいと思わなくては。
『この島は荒れてしまったが、私の力を注げば早めに修復できるだろう』
 ルギアは周りの景色を一通り眺めてから、最後に《ストーム》を見て、別れの言葉をつげた。
『お前の手助けはもう必要ない。子供と共に生まれ故郷へと戻るがいい。今度は、子供から目を離さないようにな』
 上から目線の言葉ではあったが……。相手は特に不快に思った様子は無く(もともと《ストーム》の誤解が原因でこのような事態が引き起こされたのだから)、そのまま背中を砂浜に向け、泳ぎだす。
『マタイツカ、オマエタチニハ、アエルカモシレンナ』
 その言葉は、三人に向けられたものだった。《ストーム》はそのまま沖まで泳ぎ、海中に潜っていった。
 親子が去っていくと、小島の周りは、待機していたポケモンたちで囲まれた。
『皆、よくやってくれた。皆の働きのおかげで、海流は正常となり、異常気象も発生しなくなった。この地域の海の平和を取り戻せたのだ。本当にありがとう』
 ポケモンたちの歓声が、あたり一体に響き渡った。
 ルギアは改めて三人に向き直る。
『ありがとう、この海の平和はお前たちの助力あってのこと。それにしても、お前たちには、随分迷惑をかけてしまったな。《ストーム》を追い払う手伝いだけをしてもらうつもりでいたのだが、まさか事態がとんでもない方向へ進むとは思いもしなかった』
「何を今更」
 スペーサーは少し冷たく言った。
「私たちのこうむった打撃のいくつかは、あなたの失策によるものだと思うが、それには触れないでおくとして」
『?』
「珍しいものをスケッチできたんで、個人的には満足だ。貴重な体験も出来たし」
 ニュウ、と嬉しそうな鳴き声と共にニューラは彼の足に擦り寄った。壊れたモンスターボールはついに見つからず仕舞いだが、無いほうが嬉しいようだ。
「伝説のポケモンにお目にかかれたもんね」
 ヨランダは改めてルギアを上から下まで眺める。が、ルギアは少々迷惑そうだ。
『だから、私を伝説扱いするのはやめてもらいたい。私はただ単に少し力を持ちすぎたポケモンに過ぎないのだから』
 ペラップがどこからか飛んできて、ギャーギャーとやかましく鳴いて何かを伝える。それを聞いたルギアは身を低くかがめる。
『乗るが良い。ストームタウンの外れまで送ろう。港には大勢の人間が詰め掛けているそうだからな、注目を浴びたくは無いだろう?』
「そりゃそうだな」
 アーネストは納得し、ヘルガーをモンスターボールへ戻した。
「じゃ、陸へ戻るか!」

 ストームタウンはその日、突然の異常気象と、小島方面で起きた謎の津波、そして小島から飛び立っていく謎のポケモンについての特集で持ちきりだった。港にはマスコミが押しかけてはカメラを回し、老人たちは海の神が来たのだと口をそろえる。あらゆるテレビ、新聞、雑誌がこの特集を組んで、インタビューだの島調査だのを開始する。
「町外れの丘でよかったよな」
 町の様子を丘の上から眺めながら、アーネストは言った。港には大勢の人が押しかけているのが、遠く離れた丘からでも一目で分かる。
 ルギアは三人を運ぶとき、ストームタウンから見られることのない様に沖に向かって何キロも飛び、大回りをしてストームタウンの外れまで戻ってきたのである。三人を下ろした後、ルギアは再び飛び去って、はるか沖で姿を消した。母なる海へと戻って小島の復興のために力を注ぐのだろう。
「そうだな」
 スペーサーは荷物の中のスケッチブックに、鞄越しに触れる。それから、
「それに、今夜は野宿だな」
「あら、なんで」
「あの島に渡ったとき、天候は最悪で人々は避難所に向かっていた。私たちは逆に危険な港へ行っていた。今町に入ってみろ。万が一港から小島へ向かうのを誰かに見られていた場合、一体どうなるか想像はつくだろう?」
 彼の言いたい事はわかった。島で何が起こったかを知っているのは彼らしかいない。記者団に見つかれば、インタビューの猛攻撃を受けるに決まっている。
「あついシャワー浴びたかったのに、残念ねえ。服だって潮水を吸ってちょっと気持ち悪いから、洗濯したいのに」
 ヨランダは頬を膨らませた。
「でも、しょうがないか」

 リーリーと、どこからかコロトックたちのコーラスが聞こえてくる。
 その日の悪天候や異常気象が嘘のようだった。雲ひとつ無い綺麗な夜空には、大きな満月が光り輝いている。丘の上から見る海は穏やかで、津波が起こったとはとても思えないほど。
 とても平和だ。
「やれやれ。まだあの津波と異常気象の報道が続いてる」
 自分のテントの中で、スペーサーはうんざりした表情のまま携帯ラジオのスイッチを切った。どの局につまみを回しても、聞こえてくるニュースは同じものばかりなのだ。そのまま彼はテントの外に出て、洗濯物の様子を見る。服が潮水をたっぷり吸い込んでしまったので、カメックスの力を借りて一生懸命洗濯したものの、潮くささはどうしても取れない上に未だ手触りが悪い。明日着られるだろうか。
「綺麗な月ねえ」
 少しはなれたところに座っているヨランダが、ブラッキーを膝の上に乗せて、月を眺めている。ブラッキーは月光を浴びて気持ちよさそうだ。
「今日の出来事が皆ウソみたいに思えるわね、この月を見てるとホントにそう思うわあ、ねえ」
 その言葉はブラッキーに向けたものであったが、スペーサーは小さくうなずいた。別の場所に張られたテントから、すでに高いびきが聞こえてくるのを、あえて無視して。
 急にブラッキーが耳をピクリと動かし、彼女の膝から飛び降りた。
「どうしたの……?」
 何かに耳を澄ましている。耳を済ませてみると、海のほうから何か聞こえてきた。

 オォーン……。

 船の音ではない。何かの鳴き声のようだ。
「誰のだろう」
 彼は思わず呟いたが、その答えは自分の中で既に出ていた。


 ストームタウンの沖にある小島より更に遠くの海の中。
 ルギアは海流に身を任せていた。《ストーム》が突然海流を乱したことで一時はどうなるかと思ったが、無事海流を修復できた。天候は安定した。後は時どき見回る際に小さな風雨を連れてこれば良い。ストームタウンに必要なのは雨と風なのだから。小島はだいぶ荒れてしまったが、しばらく眠りにつけば大丈夫。
 深く潜っていく。様々なポケモンたちとすれ違う。月の光は深みまで届かず、あっというまに闇に包まれる。周りは水ばかり。それでも、この海流は何事も無かったかのように流れ続けている。昼間の出来事が嘘のような、とても平和な海流。
(いつもの流れのはずなのにな……。一度乱れたものが元に戻っただけなのに)
 いつもこの海流の中に身を任せ続けてきた。《ストーム》の襲来で一度失われたものの、無事に海流は元通りになった。またいつもの流れに身を任せているはずなのに。いつもどおりのはずなのに、懐かしく感じる。
(いつもどおり……。失くして初めて気がついてしまったな。私の守るべきものの大きさを)
 ルギアは海面へ上昇した。派手に波しぶきを上げて海から飛び出し、空を飛ぶ。まぶしい月の光が海を綺麗に照らしている。穏やかな、平和な海。はるか遠くで、ホエルコの群れがゆっくりと移動しているのが見える。
 ルギアは吼えた。
『我が名はルギア! この海流の守り手なり!』
 潮風に乗って、ルギアは海の上をどこまでも飛んでいった。


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ご愛読ありがとうございました!
今回はサイト3周年を記念しての別のジャンル同士のコラボ話です。
書いているのは楽しかったのですが、色々なキャラをつめたので、
かえってそれぞれの個性が出なくなったというマイナス面のほうが
目立ってしまっているみたいです。
つたない作品ですが、楽しんでいただけたならば幸いです。
最後までおつきあいくださり、ありがとうございました!
連載期間:2009年1月〜2009年10月


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