第2章 part1



 討伐を終えたアーネストは町に戻り、ほかの戦士同様、町の出入り口の細い通路で全身の検査を行い、花粉や苔が付着あるいは吸収していないかをチェックする。異常なしの検査結果が出たので、彼は、アパートの浴場で体の汚れを落としてからひと眠りすべく、アパートへ向かって歩き出した。
 戦士以外に人気のほとんどない商店街を歩いているとき、ポスターやチラシをはるための大きな掲示板に何気なく目をやった彼は、チラシに目を引かれ、足を止めた。
 最新の、サイボーグ手術。手術料金は、金貨五十枚という大金。そのかわり、従来のボディよりもすぐれた身体能力が手に入る。オプションとして、ボディには、低カロリーで稼働する瞬間冷却装置をつけ、直接口から局地吹雪を吹きつけることができるようになる。ボディは伐採特化型、苔駆除型のふたつに別れている。
「俺には縁のねえ話だな。今のボディの性能でも十分だし。第一、金貨五十枚もあったら、金が無くなるまで遊んで暮らしてるだろうよ」
 昨夜の戦いを思い出す。特に目覚ましい活躍をした、あの青髪の男。最近ギルドにデビューしたであろうあの青髪の男は、明らかに、このチラシの手術を施されたのだ。武器から見ても、木を伐採するためのボディなのだろう。切れ味の鋭いワイヤーならば、若木を切断するぐらいお手の物のはず。
「まあ羨ましくないと言ったらウソになるけどな」
 彼はアパートへ帰り、まずはアパート一階の共同浴場で体の土埃を落とす。着ていた服は、広い湯船につかる前に、専用の洗濯機に放り込んでおく。大勢の戦士たちが湯船で疲れを取っている間に、洗濯機はたくさんの洗濯物を懸命に洗い、乾燥させる。三十分程度で、洗濯も乾燥も終了だ。後は、湯船から上がったらその服を着て帰ればいいだけ。
 アーネストはさっぱりした体で、洗濯の終わった服を着、自分の部屋に戻る。昼の苔討伐までひと眠りすべく、武器をフックにひっかけてから寝台に寝転がってすぐ眼を閉じた。

 世界中に点在する《森》のうち、この町の近くにある《森》は、数百キロもの範囲にわたって勢力を広げており、いずれは町を呑み込むのではと言われている。ほかの地域に在る《森》のいくつかはそれこそ草の根ひとつ残らず刈り取られ、滅び去ったところもある。その後は、危険な《森》から解き放たれた人間が、その手で復興活動を開始する。だがこの地域の《森》はそれらの地域をを遥かに上回る規模、最大級と言っても過言ではない。そのため、《森》との戦いは長引いているが、サイボーグ技術の発達も早い上、戦士の腕も良い。しかし、日々の戦いで失われる戦士の数も、ほかの地域に比べて遥かに多いのだった。

 太陽が南の空へ昇るころ、アーネストは目覚めた。体は半ば疲れ知らずのサイボーグとはいえ、脳は生身なのでちゃんと休めねばならない。午後は苔の獣の討伐、そして夜は《森》との本格的な戦いが待っているのだ。しっかり食べて栄養を補給し、戦いに備えねば。
 身支度してアパートを出た彼は、まず食料品店でたっぷりと食べて栄養を補給し、店を出る。そのまま、町の外へ出ようと歩いていったところで、町の出口に何か落ちているのを見つけた。
「何だこれ。局員証?」
 拾ったそれは、掌に収まるサイズのカードだった。この局員証は、戦士タイプのサイボーグ研究に特化した研究所のものだ。そして、町に貼られたチラシにある、金貨五十枚もの手術料金を支払う新しいボディを作り出したのも、その研究所。顔写真がカードの左側にあり、右側には入局年月日と社員コード、名前が書かれている。その顔写真は、あの、青髪の男だ。
「へー、あいつあの研究所の局員なのか。それだったらあの最新の手術されててもおかしくないか。ボディの宣伝にもなるしな」
 さてこの局員証をどうしたものかと見つめていると、誰かが町の外から入ってきた。花粉や苔の付着が無いようにと検査を受け、それに合格した誰かが、町の中へ入る。
「あっ」
 その声にアーネストは反応して顔をあげた。その視線の先にいるのは、手元の局員証の写真と同じ顔をした人物。明らかに、驚きの表情を顔にうかべている。
「それは……!」
 アーネストの持つ局員証に、視線が釘付けとなっている。アーネストは、手の中の局員証と、驚きの表情を顔に浮かべた男を交互に見る。
「あー」
 口を開いたものの、
「いや、俺はその、盗もうとかそんな事考えてねえから! 拾っただけだから!」
 慌てた調子でしか言葉が出てこない。拾ったのは事実だが、相手の視線がだんだん疑わしげなものに変わり始めたので、
「ほんとだって言ってるだろ! ほら、返す!」
 アーネストはずかずか歩みより、相手にカードを突きだした。相手は、その行動に驚いたのかそれとも気圧されたのか、眼を丸くしたまま機械的な動作でカードを受け取った。
 局員証を拾ってもらったのに礼のひとつも言えないのかとアーネストはむかっ腹を立て、そのまま行こうと足を踏み出す。
「……ありがとう」
 遠慮がちな、礼の言葉。
 が、ろくに聞こえていなかったアーネストはそのままドームの外へ出た。外では、他の戦士も何人か出ていて、苔の獣を狩っているところだった。夜間の大討伐に参加できない戦士は昼間のうちに、苔の獣と戦って、銀貨や銅貨をなるべく稼いでおくのだ。夜間の大討伐では、金貨を得られやすくなるかわりに、《森》に討たれて命を落とす事も多いのだから。
 曇り空が広がる、町の外。アーネストは、町から離れたところで、一階建ての家ほどもある高さの大型の苔の獣を相手に、先ほどの憂さ晴らしをする。旧式ハンドガン型の冷凍銃では、巨体の相手を全身まるごと凍りつかせるには、パワーが足りないので、苔で構成された体の一部を少しずつ凍てつかせて動きを徐々に鈍らせるしかない。凍ったところはすかさずハルバードを振りまわして砕き、少しずつ体を削っていく。前足の一部、後ろ脚の一部、胴体の一部、徐々に体を削っていく。苔の獣の体の大きさはそのうち半分にまで減った。
 これなら今度こそいける、と、アーネストは冷凍銃を握り――
 どん!
 背後から衝撃を受け、彼は前方へ飛ばされ、倒れる。
 後方から、小型の、苔の獣が飛びかかった。アーネストはそれに背中を強く押されたのだ。背中と前方の苔の獣は、ともに、起き上がろうとするアーネストにとどめを刺そうと動く!
 びゅうっ。
 風の音がして、急にあたりの空気が凍りつく。凍てつく風が勢いよく苔の獣たちに吹きつけた。アーネストの背に乗っている苔の獣は瞬時に凍りついた。前方に立つ大型の苔の獣も、同じく、全身が一瞬で凍りついた。
「あ、あれ?」
 アーネストが身をよじった直後、彼の背中に乗る氷像は、ピキンと鋭い音を立てて、真っ二つに割れ、地面に落ちた。そして前方の巨大な苔の獣も、空を切る鋭い音に続いて真っ二つになった。同時に、彼の背中側から聞こえる声。
「間にあった」
 聞き覚えのある声に、アーネストは振り返る。少し離れた所に立つのは、局員証を落とした、先ほどの青髪の男だった。
「大丈夫か」
 と問われたので、
「……大丈夫だ」
 立ち上がって、応えた。相手はそれで安堵の表情を浮かべる。
「が」
 アーネストはすかさず言った。
「助けてくれた事には感謝してるけどな、他人を助けるって事は、お前やっぱりデビューしたてだな。普通は助けねえもんだ。これが夜の戦闘だったら、助けようとして、苔の獣に食われたりして余計な被害を受けることになるからな。一人を助けようとして十人が《森》に呑み込まれるよりは、被害を一人におさえる方がいいんだ」
「……」
「それに、昼間でも《森》ってのは危険なんだよ。光合成中に攻撃されてもいいように、苔の獣が周りを見回るだけじゃなく、《森》自身も防御態勢を取ってるからな。ほれ、見てみろ」
《森》は明るい日差しに照らされている。が、光の届きにくいところを良く見ると、葉の付いていない枝が、その鋭い先端を《森》の外へ向けているのがみえる。まるで槍のようだ。
「枝だけじゃねえ。もっと下の方には、どでかい花もあってな、昼間は花粉を大量にまき散らして、風にのせてとばすんだよ、俺らのアタマん中を乗っ取って支配してやろうってな」
 茂みに隠れて、それは見えない。
「防御を止めるのは、夜になってからだ。だから俺らは夜に討伐をやるんだよ。その方が、《森》の木を伐採しやすくなるからな。そのときだって、誰かが《森》に飲まれても助けない。だから――」
 アーネストの背後から音がしたのと、青髪の男が腕をすぐつきだしたのは、ほぼ同時だった。ハルバードを構えて振り返ったアーネストが見たのは、ワイヤーで真っ二つにされた、苔の獣だった。だが、散った苔は、まるで磁石に吸いつけられていく金属の如く、自ら一ヶ所に集まった。そして再び獣の姿を取る。獣が再び飛びかかろうと身構える前に、アーネストは粘液の球体を投げつける。獣にぶつかると同時に破裂した球体から、どばっと粘液が飛び散り、苔の獣にかかる。どろりとした粘液が苔の獣の全身にまとわりつき、とびかかろうとした苔の獣の動きが鈍る。それでもやっとこさ飛びかかった時には、冷凍銃の一撃で全身を凍結させられていた。空中にできた氷像。それが地上に落ちる前に、アーネストはハルバードで粉々に叩き割った。
 ぱらぱらと地上へ落ちていく、氷の欠片。
「二度も助けられておきながら、どの口がそれを言う」
「助けられたんじゃねえ、お前と話をしていて、反応が遅れただけだ! それに、そのワイヤーじゃあ苔の獣を一撃で倒せなかったじゃねえか。伐採には向いてるけど、苔の獣を倒すには向かねえな」
「このボディは元々伐採用に開発されたのだから、苔の獣を討伐するには不向きだ」
「それならなおの事、獣ばかり出てくる昼に出てくるんじゃねえよ、余計な手間かけさせやがる奴――」
 遠くの悲鳴と共に、《森》から勢いよく飛び出す、槍のように鋭くとがった枝。そして、風にのって流れてくる、木を燃やした臭い。誰かが《森》へ火を放とうとし、《森》が防衛のために、枝を槍のように突き出して防御態勢を取ったことは明らかだった。
《森》は、この場にいる二人をも明らかに敵とみなしており、その枝をどんどん伸ばして、突き刺そうとする。また、長い蔓を鞭のようにしならせ、捕らえようと狙いを定めて勢いよく伸ばしてきた。
 ワイヤーを放とうとする男に対し、アーネストはその剛腕で、相手を軽々と肩まで担ぎあげ、
「逃げるぞ! あんなんに勝てるかよ!」
 回れ右するや否や、地を蹴った。アーネストが駆けだした直後、彼らの立っていた場所に、枝と蔓が襲いかかったが、空振りに終わった。だがそれ以上は、《森》は追跡しなかった。光合成をしなければならなかったからだ。追跡をすれば傷を負い、回復のために余計な消耗が待っている。ならば追撃はほどほどにして、植物本来の活動をするのが優先だ。蔓と枝はするすると《森》の中へ引っ込んでいった。
 追跡を止めた枝や蔓を見て、アーネストは足を止め、肩に担いだ男を下ろしてやる。
「何とか逃げ切れたな、いやあ危なかったぜ」
 何か抗議するためか口を開きかけた相手に、アーネストはすぐに、
「やっぱお前は初心者だよ。あのたくさんの蔓や枝の攻撃に、お前がひとりで突撃して勝てるわけねえだろ」
 たたみかける。
「だいたいなあ、木を切るのが目的のボディなら、苔の獣の多い昼間に出てくるなよ! 夜になったら防御が解かれて木を攻撃しやすくなるから、その時に来いよな。昼のうちは光合成をするから《森》はそれを邪魔されねえように防御してるんだからよ」
「それはわかっている!」
 初めて相手が怒鳴り返す。
「私のボディならば苔の獣よりも《森》の木を伐採するのが容易い事など百も承知だし、夜間の方が討伐しやすい事も知っている! だがこちらもやらねばならんことがあるから、仕方なく昼間に出てきているんだ!」
「やらなければならないこと?」
「戦闘のデータを取ることだ!」
 ここでアーネストは面食らった。
「で、データ?」
「そうとも。新しいボディが作られたからといって、そこで局が研究を止めるわけがない。今度は木も苔の獣も討伐できるよう、それぞれのボディでデータを集めているんだ!」
 今度は相手が一気にたたみかける番だった。
「私とて、戦士になりたくて自ら手術を受けたわけではないぞ! 局員の中で私が最年少だったために、試すならば老いているより若手がいいと、私の意思など無関係に、手術室へ放り込まれたんだ!」
「その通り」
 急に声が聞こえ、ふたりは振り返った。
 少し離れた所にいるのは、黒髪の男で、年のころはアーネストと同じくらい。男の目から見ても、なかなかの美形であるが、その冷たい色の瞳と鋭い眼が魅力を半減させている。チタンのベストと肘のプロテクター、そして安全靴という、かなりの軽装。
「我らは局から直々に、それぞれのボディでの戦闘データを集めるよう、指示されている。おい、ここで無駄話をしていないで、さっさとノルマを果たしたらどうなんだい」
「うるさい」
 青髪の男は不機嫌に返答した。口調もぶっきらぼうだ。
 黒髪の男は、にやりと笑う。品の無い笑い。それで美形がかなり台無しになった。そして、アーネストを見る。
「そこの一般戦士さん。うちの局員を助けて下さってありがとう。それじゃ、小生はこれにて失礼」
 回れ右して去っていく黒髪の男を、青髪の男は歯ぎしりしながら睨みつけていた。
「誰だ、あれ」
 アーネストのつぶやきに、男は応える。
「私と同じ局員だ。それも、苔の獣討伐用ボディの改造手術を受けている」
 この青髪の男はその局員のことを、それこそ、昔の言葉で表せば「蛇蝎のごとく」嫌っている、ようだ。今は、「蛇」や「サソリ」は、町の図書館や博物館にある、図鑑や標本にしか、その姿を見ることのできない存在であるが。
 気まずい空気が、アーネストの周りに漂う。そのうち、遠くから雷の音が聞こえ、灰色の濃い雲が少しずつ近づいてきたので、「雨が降るから帰ろう」と、ぶちぶち文句を言う青髪の男を素早く担いで町へと戻った。風呂に入る以外でぬれるのは、苦手だった。


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