第3章 part1



 大雨は、夜になってもやまず、そのうち暴風雨にかわった。
 町を囲むドームの透明な天井に叩きつける激しい雨をみあげた後、アーネストはそのまま商店街へ入った。
(今日の討伐は無理だな、やっぱり)
 度の強いアルコール飲料を飲んでから寝ようと、食料品店へ向かう。
 途中、薬局の前を通り過ぎる。討伐をする日はワクチンを買うために必ず立ち寄るのだが、今夜は用が無いので立ち寄らない。
 彼がその前を通り過ぎた直後、ガシャーンとガラスの割れる音が商店街へ響いた。アーネストは振り返る。ほか、通っている住人たちも同じく。
 薬局の、強化ガラスの窓つきのドアがぶちやぶられた。ガシャーンという鋭い音と共に、地面に散ったガラスの上に勢いよくドサッと投げだされる男。武器を持っているので、戦士だと分かる。
「いくら、町を守ってくれる戦士さんとはいえ、ちゃんとお金を払ってくれない奴には、商品をわたさないわよ」
 中から出てきたヨランダ。
「強盗はお断り。ワクチンがほしけりゃ、ちゃんとお金持ってきなさい」
 冷ややかな声を浴びせ、彼女は腕を戦士へ向ける。罵声を浴びせながら起き上がったサイボーグ戦士の腹が、派手な爆発音を立てる。そして、その腹に開く、大きな穴。
 戦士の腹の風穴から、部品がぽろぽろ毀れおちる。肘から、仕込んである小型のバズーカを発砲したヨランダは、それを冷ややかに見る。彼女の背後から、今頃になって、褐色の制服を身に付けたサイボーグたちが数名どやどやと登場。この薬局の警備隊たちだ。
「強盗を見逃してあげるほど、アタシは優しくないの。それに、警備隊から外れたからと言って、ボディは家庭人型に改造しなおしてないから、襲うだけ無駄よ」
《森》という人類共通の敵が存在していても、人間たちの住む小さな世界での犯罪はなくならない。ワクチン強盗や、サイボーグ強化手術を目当てにした研究所襲撃といった事件は、この町だけではなく、世界中どこでも起こっている。だからこそ、《森》との戦いに向いたボディだけでなく、サイボーグ同士の戦いに向いたボディも存在するのだ。もっとも、《森》との戦いが非常に激しいこの地域では、前者に比べて後者の開発はやや遅れ気味であるが。
「薬局は確かに対強盗用の設備が頑丈だからワクチンを奪うのは難しいかもしれないけど、店番をしてる人が家庭人型とは限らないのよねえ」
 ヨランダはそのまま、薬局へ入っていった。そして彼女が戻った後は、薬局の入り口にシャッターが下ろされる。入口のガラスを修理するまで、いったん営業を停止するのだ。一方、ヨランダに撃たれた戦士は、警備隊たちに、サイボーグ専用のレーザーナイフで四肢を切断された後、どこかへ運ばれていった。
 薬局前を囲む野次馬たちは、やがて、散った。野次馬のひとりであるアーネストも歩きだした。強盗など、いつものことだから、慣れてしまっているのだ。
 食料品店へ向かう途中、彼は何気なく足を止めて掲示板に目をやった。街灯の明かりに照らされた掲示板にはいくつもの貼り紙が留めてある。その中で目に留まったのは、やはり、
「金貨五十枚で強化手術、か……」
《森》の木々伐採特化型と苔の獣討伐特化型の、最新のボディ手術についてのチラシ。
 戦闘能力大幅アップはなかなか魅力的ではあるが、値段が高すぎる。この高額の手術を受けたいと望む戦士は、この町に一体どれだけいるのだろうか。
「こんな高い手術、そうとう稼いでるベテランのやつらじゃねえと金払えねえだろ……。銀貨五十枚だったなら、必死で稼げば俺でも手術を受けられるけど」
 頭をかきながらつぶやいたところで、
「おお、我が研究所の最新手術に興味がおありのようで!」
 声がかかった。そちらを見ると、愛想笑いをうかべた黒髪の戦士が立っていた。昼間に見た男だ。確か名前はクレメンスと言ったか。
「ありがたいことです」
 クレメンスは、アーネストに返事をする時間も与えず、素早く近づきながら喋る。その間もずっと、どこか虫図の走る愛想笑いを浮かべたままで。
「おや確か、昼間お会いしましたなあ。小生の記憶に狂いが無ければ」
「……」
「まあそんなことより、小生の話を聞いてもらえるかな。貴方もチラシを見ての通り、確かに手術料金は金貨五十枚という破格の値段であり、稼ぎの良い戦士でも手を出すのをためらうほど! しかし、値段に見合った身体能力は手に入れられる点は、小生が保証しよう」
「……」
「チラシを見て下さったからには、手術に多少なりとも興味がおありのはず。小生が、格安で貴方に最新手術を受けるよう研究所に取り計らってあげましょうか」
「……は?」
 相手の饒舌に半ば圧倒されていたアーネストは、やっと声をあげた。
「べ、別に俺は――」
「悪い話ではありません。我が研究所の研究成果たる新型ボディの性能については、苔の獣討伐型の手術を受けた小生が保証しますとも。貴方ももしかしたらご覧になったかと思われますがね、昨夜の討伐、小生ともう一人も参加していたのですよ。まあ、目立っていたのはあの男の方でしたが」
 クレメンスの口調は丁寧になってきている。それがかえって、うさんくささを倍増させてしまっている。
「しかし目立っていたおかげで、ボディの性能を十分ご覧になれたでしょ」
「……まあな」
 クレメンスの言う「あの男」とは、当然、スペーサーのことだ。確かにあの男は討伐で華々しい活躍を見せていた。
「あの男に見せ場を取られてしまったので、小生はあいにく目立てなかったのですがね。まあ、それでも、我らがあのボディの性能を完全に発揮できているとはとても言えないのです。そもそも、我ら両名とも、戦闘については素人なのですよ。つい最近、戦士としてデビューしたばかりです。これまでは研究所に勤務して新技術を開発する日々を送っていましたんでね」
「それで?」
 まわりくどいクレメンスの話。アーネストはだんだん苛々してきたが、クレメンスは話のペースを変えない。
「なのでね、このまま研究所の上司からの指示で討伐のデータを取っていても、今後の新型ボディの開発には良い成果を残せないかもしれないのですよ。なにせ、戦闘の素人たる小生らは、ただ武器を振りまわすくらいのことしかできませんからな。振りまわしていたらいつの間にか、苔の獣も、木々も倒されているんですから、性能を把握して戦っているとはいえないのです」
 クレメンスは、アーネストの目に、まっすぐ視線を向けた。
「でもあなたは違いますな。小生やあの男よりはずっと経験を積んでいる。そのぶん《森》との戦いにおいてのとっさの判断にもたけてますな。それは昼間、ひそかに見せてもらってましたよ。あの男がまるで丸めた毛布のように軽々とあなたの肩に担がれる、なかなか面白い場面でした」
 昼間、アーネストは、《森》の攻撃から逃げるのに、とっさにスペーサーを肩に担いだのだ。
「いやあれは、ああするしかなかったっていうか……」
「戦士型ボディならば、古いタイプであっても、成人サイボーグを肩に担ぐことなど容易くできますからな。それはそれとして」
 アーネストを頭からつま先まで、まるで値踏みするようにじろじろと見たクレメンスは、もう一歩、アーネストに近づいた。
「貴方は日々の糧を稼ぐために、その身を危険にさらしている。そして小生は、研究所から指示されてボディのデータを取るために日々危険な戦いを続けている……。いかがです、小生の、戦闘データ採取に力を貸してはもらえませんかね」
 不審顔で眉をひそめたアーネストに、クレメンスは最高の笑顔で言った。
「研究所の最新手術、あなたにぜひ受けてもらいたいのですよ」
 クレメンスの言葉に、アーネストは数秒固まった。
「お、俺が……」
「そうです。経験を積んでいる貴方なら、手術を受けるにふさわしい。それに、ただ武器を振りまわすしか能のない小生と違い、貴方なら正しく武器を使いこなしてくれる。それに、《森》との戦いでも貴方の戦闘力は大幅に上がり、懐には大量の金貨が舞いこむ事間違いなし! 尚且つ小生のデータも揃える事が出来る! どうです、なかなかいい話ではありませんか。貴方は戦闘能力があがり、より稼ぎやすくなる。小生は自分自身と貴方のボディ両方からの戦闘データ採取に勤しめるのですよ。こんなに良い話はそうそうありませんよ」
「でも俺はこのボディでも満足してるし、性能だって――」
「しかし、それは開発されたのが六年近く前のものでしょうに。《森》との戦いに日々を費やす我ら人間にとっては、技術の発達と《森》の学習能力とは、競争関係に在るのです。《森》は日々進化し、新しいことを学習する。昨日まで通じた武器が新たな防御手段によって通用しなくなる、というケースは過去に山ほどあるのです。我ら人類は《森》の進化より早く、新たな武器やボディを開発し、一刻も早く《森》を根こそぎ刈り取らねばならない。この地域に住まう人類が生き延びるためには、研究所の技術だけではなく、経験を積んだ戦士の皆さんの力が必要なのです」
 クレメンスの熱弁は続く。
「手術の料金として、金貨五十枚は確かに高い! ですがそれより値下げは出来ないのですよ。研究に必要な材料を他の町から取り寄せるのにも、同時に、ボディの製造にもそれなりに金は必要です。当分値下げは出来ない状態。量産体勢が整えば値段は銀貨にかわるでしょうが、そのころには、新型のボディが作られているかもしれませんな。技術の発達と言うのはそういうものなのです。常に進歩を続け、昨日までの新型が翌日には旧型と呼ばれるものなのです。そして技術の発達には、データが必要なのです! 現在の新型の長所や改善点を見つけ出し、今後のボディ開発の研究に役立てるためにも、戦闘によるデータ収集が必要なのです!」
 急に熱弁がぴたりと止まる。
「そこで、特別に研究所に話を通しますから、貴方に手術を受けてもらいたいのですよ」
 さんざん回りくどい話をしたクレメンスの伝えたかったことは「研究に必要なデータを集めるから、最新ボディの手術を受けて協力しろ。そのために研究所に話を通してやる」というものだった。
 アーネストは相手の言葉の洪水に半ば圧倒され、半ば呆れて、しばし口がきけなかった。それでもやっとのことで絞り出した言葉は、
「そう言われても困る……」
 だけ。
「なに、困ると言われるか」
 クレメンスはオーバーに驚く。が、すぐに表情をあの不快な愛想笑いに戻す。
「まあ、突然のお話に混乱するのは当然でしょう、それは小生に非がある。しかし悪い話ではないことは保証しましょう。小生はあの研究所に勤めていますからな、勤め先の事はちゃんと知っている」
 その言葉を証明するかのように、四角いものをだす。局員証だ。
「ということですので、信用してもらって大いに結構」
 局員証を持っているということは、クレメンスは確かに研究所に勤める研究員であろう。それだけは信用できるが、クレメンスの人柄を信じてよいものか。
 アーネストが彼の期待している反応を見せてくれないせいか、クレメンスは少し表情を暗くする。
「いい話とはいえ、にわかに信じられないのは当然のこと。ま、小生のデータ集めに協力してくれようともそうでなかろうとも、小生は、他に手術を受けたがっている戦士を捜すだけの事」
 クレメンスは回れ右し、さっさと歩き去っていった。
 置いてけぼりとなったアーネストはその背中をしばし見送っていたが、やがて、ため息をついて回れ右して歩きだす。向かう先は食料品店ではない、アパートだ。
 歩いて行くにつれ、頭の中で起こっている言葉の大洪水が徐々に収まっていく。治水完了した頃には、アーネストはアパートのドアを乱暴に閉め、施錠していた。
「飲みに行く気、失せちまったじゃねえか」
 アーネストはそのまま寝台に寝転がる。稲光による瞬間的な光が、チカチカと、視界の隅に飛び込んでくる。
 落ち着きを取り戻した今、クレメンスの話が頭の中にまた戻ってくる。
 最新のサイボーグ手術と引き換えに、戦闘データを集める手助けをしてほしい。そんなことを言っていた。
 最新の手術でより強い力が手に入るのならば、クレメンスの話に対し首を縦に振ってもいいかもしれない。だが、アーネスト自身、育成ドームを出る前に受けた戦士型サイボーグの手術以来、現在のボディの性能でも十分戦えると思っているのと愛着があるのとで、今のボディを手放してもいいものかと悩んでもいる。
 それになにより、
(信用できるかよ、あんな妙な話。上手い話を通り越して、うさんくさすぎるじゃねえか。仮に本当だとしても、得をするのはあいつばかりだ)
 クレメンスは現在の最新型ボディを用いた戦闘データを収集することを目的に、アーネストにその手伝いをさせようとしている。仮にアーネストがその最新型ボディの手術を受けて戦闘データを集める手伝いをしたとしても、実際にアーネストが本当にがっぽり金貨を稼げるとは限らない。
 とはいえ、これまでのサイボーグ戦士たちとは比べ物にならない身体能力を直接見たのだ、羨ましくないと言えばうそになる。
「うーん」
 アーネストは寝台に寝転がったままうなっていたが、そのうち眠りに落ちた。


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