第4章 part1



 雨の止んだ朝、東から昇ってくるまばゆい太陽の光に照らされ、葉についた朝露がそれを反射してキラキラと不気味に輝く《森》の周囲に異変が起こっていた。
 水たまりや泥溜まりには、いくつもの人間の足跡があり、いずれもそれらは《森》から出て、《森》の中へと向かっていたのだ。
 日中の、《森》の木々の絶対防御はある程度緩んでおり、枝や幹で作られる壁の隙間からは、苔の獣以外に、明らかに人間の形をしたモノもちらほら見えていた。
 朝早くから、苔の獣を討伐しようとする戦士が何人か、ドームの外に出てきたが、彼らは戻って来なかった。苔の獣ではなく、人間の開発した武器を持った者に襲われ、脳を攻撃されて死亡したのだ。
 苔に操られたサイボーグ戦士たちが襲ってきた。そのニュースが伝わるのは早かった。

 ドームの中はいつも以上に騒がしく、戦士たちがばたばたしていた。
「いつか来るとは思ってたが、《森》がこんな形でガードを強化したとは」
 アーネストは自室で身支度をしながらつぶやいた。いつもなら、彼はまだ眠っている時間だが、いつまでも眠っていることはできなかった。それというのも、窓の外では、まだ朝の八時から、町のあちこちに設置されているスピーカーが「緊急事態!」と機械音で喚いているからだ。緊急事態を告げる放送が入った時はすぐ脳が覚醒状態となるよう手術を受けているため、どんなに深く眠りたくても、スピーカーがわめけば、彼は嫌でも叩き起されてしまう。スピーカーの喚く内容はもちろん、苔に操られたサイボーグ戦士たちのこと。
「苔の獣と違って、サイボーグを相手にするんだ。武器を使うし体は機械だから、一筋縄ではいかないのは、間違いねえなあ」
 サイボーグとはいえ、もとは人間だ。アーネストはサイボーグと戦った経験など無い。全身を機械化してあるが脳だけは唯一の生身なので、頭部を破壊すれば即座に死にいたることぐらいは、知識として持ってはいるのだが……。  愛用のハルバードの柄を握りしめる。
「……やるしかねえんだよな。わかってはいるけど」
 重い表情で腰をあげ、まだ残っているワクチンを飲んでから、アーネストは自室を出た。
 町のあちこちに設置されたスピーカーは、町の戦士たちに告げている。町の外を、苔に操られたサイボーグ戦士たちが徘徊している、と。《森》の討伐で、退避が間に合わず《森》の中へ引きずり込まれていった多数の戦士たち。彼らは皆、《森》の手先として人間に襲いかかってくる敵となった。容赦は要らない、一人残らず狩りつくすべし、と。
 道を歩きながら、アーネストは独りごとを言う。
「俺が育成ドームから出る前にも、操られた戦士が《森》の外をうろつきまわっていたって聞いたことがあるけど……目の前で《森》に引きずり込まれた奴を何度も見てきたんだ、とっくの昔に《森》の手先に変えられてたって、おかしくねえさ」
 もちろん、過去にも、苔に操られたサイボーグ戦士が《森》の周囲を徘徊しては、ドームから出てくる戦士たちを襲う事件があった。だが今回は規模が全く違う。過去の事件では、操られていたものは十人程度であったが、今度はその倍以上もいるのだ。町のスピーカーが、戦士たちに注意と討伐を促すのも当然だ。《森》の攻撃手段はほぼ研究されているので対策できるが、全身が金属でできている上に武器も持つサイボーグを相手にするのは、苔の獣の群れ以上に危険とも言える。だが、早めに討伐しておかないと、操られたサイボーグたちが町を襲うのは目に見えている。だからこそ、危険を承知で、町の戦士たちに退治させているのだ。当然、サイボーグたちを討伐した暁には、苔の獣や《森》の木とは比べ物にならない破格の報酬を得ることができるようになっている。
 表通りは、いつも以上に大勢の住人が慌ただしく行き来している。だがその半分以上は、戦士であった。
 大勢の戦士たちが、彼と同じ方向へ向かう。だが全ての戦士が町の外へ出るかと言うと、そうではない。全ての戦士が外へ出て戦いに敗れ全滅してしまったら、今後の町の守り手はいなくなるため、外出できる戦士の数はきちんと決められている。ほかは待機だ。
 待機している戦士たちは武器屋や薬局、病院やギルドに向かう。そのため、どの施設にも長蛇の列ができるのは必然。出発の遅れたアーネストは、ドームの出口の電光掲示板を見、今は他の戦士たちが外へ出て戦っていることを確認する。
「当分は待機か」
 冷凍銃のエネルギー補充と、ハルバードの刃を研ぎに行こうと武器屋へ向かうが、あいにく武器屋には大勢の戦士が並んでいたので、彼はすんなり諦める。もっと早く出かければよかったと思いながら回れ右し、アパートへ向かって歩き出した。
 ちょうどドームの出口近くを通りかかった時、分厚いドアが開かれて、先に討伐に行っていた戦士たちが帰還した。だが、いずれも「重傷」だ。手足の欠損やボディが深く裂かれてパーツが飛び出したりと、そのボディの弱点を狙われて攻撃されたことが分かる。明らかに、武器を持つ者によってつけられた傷だ。《森》は刃物を持たない代わりに枝を槍のごとくするどく尖らせて突き刺してくるので、刺し傷はつけども切り傷がボディにつくことはないのだ。
 帰還した戦士たちの何人かは、町に入ると同時に倒れ伏す。彼らを野次馬が囲む前に、病院へ連絡が入っていたと見え、救急車が道路を勢いよく走ってきて、急ブレーキと共に彼らの前に停車する。そして彼らを無菌の車内へ担ぎ込んでから病院へ向かって出発した。それと入れ違うように、次の戦士たちが町の外へ飛び出していく。
「……思った以上に、手ごわい連中なんだな」
 自動車を見送ったアーネストはひとりごつ。アーネストは、担ぎ込まれていった戦士たちをギルドで見かけた事が何度もある。彼らは、家ほどもある大きさの苔の獣を単身で討伐できるベテランの戦士だ。それなのに、今回戻ってきた彼らは傷だらけで、即座に病院へと担ぎ込まれた。あんなに体がボロボロになるまで破壊され、とても痛々しい。
「ベテランだと噂される連中があのザマだ。外にいる奴らは、俺ひとりで、何とか出来る相手じゃないだろうな……」
 アーネストはベテランとは言い難いが、中級者ぐらいの実力は持っているつもりだ。だがベテランと有名な戦士たちが全身をボロボロにされて帰ってきたのを見ると、さすがの彼も、戦う気力がしぼんでいく。
(下手をすると――)
 死。それが頭をよぎる。
 それでも戦士となることを選んだ以上、彼は戦わねばならない。
 待機しなくちゃいけないからと、アパートに向かって彼は歩きだす。《森》に操られたサイボーグがあとどのぐらい残っているか分からないが、《森》との本格的な戦いが始まる夜までには全部討伐されていればいいと願いながら。
 アパートに帰りつくころ、町の大時計が九時を打った。町のスピーカーが、別のニュースを喚き始めた。《森》に操られたサイボーグ戦士は六割討伐された、しかし苔の獣が増援に入ったため、それからの討伐は困難な状態になったとのこと。戦士の増援の要請を、スピーカーが喚く。
「もう六割まで減ったのか。増援の要請がかかっちゃ仕方ねえや……帰ってきたばかりだけど、行くか」
 アーネストは回れ右して、ドームの入り口に向かって駆けだした。

「これは緊急事態であり、またとないチャンスなのだ。対サイボーグ用ボディの開発のために、データをとってこい。こいつの開発が遅れていることをすっかり失念していたのだ」
「……で、その戦闘で私が死んだらどうするつもりです?」
「その質問に対する返事を聞きたいのかね」
「愚問でした。ただちに行ってまいります……」
「期待しているぞ。後でクレメンスにも伝えておくからな」
 上司からそのように言われたスペーサーは、嫌々ながら身支度をしていた。出来れば、この日が来てほしくなかった。
(どうせ私が戦闘不能になっても、眉根ひとつ動かさんだろうよ。私と同年代の、新しいボディの実験台となりうる奴はまだまだいるんだからな)
 身支度が終わった後、書庫の戦闘データを閲覧する。過去の、《森》の手先となったサイボーグ戦士との戦闘データだ。
「このデータ、ボディの型が今と比べてはるかに古くて性能も違うからなあ。参考程度にとどめておくか」
 何もデータが無い状態で戦闘に臨むより、過去の事例を頭に入れておく方が戦闘で有利な事もあるのではないかと考えてのことだ。彼は最近戦士となったばかりで、戦闘の経験も数えるほどしかない。今まで生き残ってこられたのは、この最新型のボディの性能のおかげだろう。
 まだ残っているワクチンを飲み、彼は寮を出た。
 大勢の人々が、表通りを行き来している。固い表情で道を歩くその大半が戦士たち。朝も早くから、町中のスピーカーが同じことをがなりたてているのだから、表情が固くなるのも当然だろう。《森》に操られたサイボーグ戦士との戦闘は、何年も前に一度あったきりなのだ。
(私とて戦いたくないのは同じだ)
 さっそくドームの出入り口へ向かうが、大勢の戦士たちが入り口付近で待機している。しかも、入り口の掲示板には、外出禁止と表示されている。これ以上戦士を外へ出して町の守りを手薄にしないようにするために、人数制限をしているのだ。
「しばらく待つしかないか」
 スペーサーは肩を落とした。
 しかし、どうやって時間をつぶすかが問題だ。自身のボディのメンテナンスは昨夜のうちに済ませたので、武器屋に寄る必要はない。それ以前に、武器屋や薬局等の施設から伸びている長蛇の列を見ると――並ぶ気も起きない。
(本でも持ってくればよかったか)
 表通りの一角にそびえる巨大な時計は、まだ朝の八時半を指していた。店が開く時間にもなっていない。
 入り口から少し離れた広場で、スペーサーは時間をつぶすことにした。大勢の戦士がドーム入り口でたむろし、あるいは武器屋や薬局前で長蛇の列を作っているのに、離れた所にいる彼は、同じ戦士でありながらひどく浮いて見えた。ドーム入り口には、病院や研究所からの救急車が幾度も訪れている。そのたびに人垣は厚くなっていくが、その向こうで何が起こっているかは察しが付く。
 時計が九時を指すと、再度スピーカーががなりたてる。討伐は何とか六割まで成功した事、陽が高く昇ったことで苔の獣が姿を現して増援を開始、討伐が困難になった事。
「そろそろ行くか。クレメンスに出遭わないうちに――」
 広場のベンチから、スペーサーは腰をあげて歩きだした。

「大盛況ねえ」
 戦士たちが長蛇の列を作って薬を求めている。薬局はいつもより遥かに多い客を迎え、朝も早くから大盛況だ。ヨランダは休む間もなく、ほかのスタッフと一緒に忙しく働いた。金を受け取り、ワクチンや修理用テープなどを、戦士に渡していく。
「朝も早くから繁盛してるのは、うちだけじゃないってことは分かってるけど、それでもいつも夜以外は大抵ヒマなんだもの。感謝しなくちゃね」
 しかし薬局の客は戦士だけではない。家庭人もいるのだ。薬局は一般客専用に別の入り口を解放し、長蛇の列から該当する客を引っ張り出して薬局へ入れた。
 どれほど列が長くとも、時間がたてば少しずつ短くなっていくものだ。開店時の長蛇の列は、昼を過ぎるころにはだいぶ短くなっていた。が、一方で、ワクチンの在庫もそれに比例して減っていた。
 ワクチンの在庫が半分に減った頃にワクチン開発所へ急きょ発注をかけたとはいえ、届くのには時間がかかる。在庫が届くのと、ワクチンが尽きるのと一体どちらが先かと、ヨランダは営業スマイルで接客しながらも、内心は焦っていた。
 長蛇の列が完全になくなって最後の客が帰った時、在庫のワクチンは最後の一つが残っていた。その直後に、開発所から大量のワクチンが届いたので、次の客が来る前にと、彼女とスタッフは大急ぎでワクチンを補充した。
「嗚呼、やっと終わったわね。本当に忙しい午前だったわ。とにかく、本当に忙しいのが一段落して助かったわ」
 がらんとした店内を見わたした彼女は、ほっと一息ついた。このぶんなら、きっと夕方前まで客はほとんど来ないだろう。
「そういえば、《森》に操られた戦士たちがドームを襲ってきてるそうだけど、一体どういう状況になってるのかしら」
 ほかのスタッフに店番を任せ、彼女は遅い昼食を取りに行く。
 表通りを大勢の人が慌ただしく行きかい、ひっきりなしに、ドームの入り口から自動車のブレーキ音やクラクションの音が聞こえてくる。戻ってきた戦士たちが救急車で病院へ運ばれているのだ。
(元がサイボーグ戦士なんだから、苔の獣や《森》の木との戦闘能力はケタ違いと言ってもいいかもしれないわねえ)
 ヨランダは《森》と戦うためのボディを持っていないので、ドームの外で戦ったことは一度もない。それでも元は対サイボーグ警備隊に身を置いており、戦闘経験もあるので、武器を握る機械の体と苔の獣や動かぬ木との戦闘能力を想像し比較するくらいのことはできる。苔の獣は数の多さ自体が武器で、《森》の木々に至っては根を張って自ら動けないぶん枝や根を武器にしているのだから――
「やっぱり、対サイボーグ用ボディの開発は急いでほしいかもね。《森》の手先となった戦士たちと、苔の獣や《森》の木を専門に戦う戦士たちとでは、明らかに後者の分が悪くなりそうだもの。武器を扱えて自由に動き回れる分、《森》の手先たちの方が手ごわいでしょうね。なんたって、操られているとはいえども、元々人間なんだから」
 食料品店へ入って昼食を取る間、店内に備え付けてある掲示板や液晶テレビは、「《森》に操られたかつての誇り高きサイボーグ戦士たち、ドームを襲撃!」と同じニュースを流し続けた。
 もっとも、戦士なぞピンからキリまでいるのだから、皆が誇りを持って討伐に当たっていたかというとそうではないけれど。
 食事を済ませ、会計を終わらせたヨランダは、薬局へ戻る。道中、スピーカーが新たなニュースを喚き始める。《森》に操られたサイボーグ戦士の討伐は九割成功したが、戦闘不能者も続出したために病院が怪我人を受け入れきれない状態に在る事。
「戦闘不能者続出……ただならぬ状態ねえ」
 ドームの入り口付近を通りかかった時、ちょうど、討伐の終わった戦士が帰還した。彼女は、一体どんな状況なのかと入口へを向けたが、思わず声をあげていた。
「アーネスト!?」
 ぼろぼろの戦士たちの中に混じって、ヨランダのよく知った顔が現れたのだ。
 半身を失いほぼ瀕死の状態で、青髪の戦士に担がれたアーネストが、戻ってきた……。


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