第4章 part2



 話は、午前九時にさかのぼる。
 戦士の増援の要請がスピーカーによって町中にわめかれた。
「敵を六割まで減らせたとはいえ、油断はできないしな……」
 アパートに戻ったばかりのアーネストは、放送を聞くなり回れ右し、ドームの出入り口まで戻る。そのころには待機中の戦士の数もある程度減っていた。短時間で、目で見てわかるほど戦士の数が減っているのだ、それほど外部の敵が手ごわいと言う事だろう。戦士たちの顔には明らかに緊張と不安が表れている。
「アタマさえ無事なら、体が大破したって何とか生き延びられる……」
 死は誰でも怖いものだ。だが、今日の戦闘で、この町の全ての戦士が戦闘不能となる事態だけは避けたい。それはこの町の終わりを意味するのだから。
 アーネストは他の戦士たちに混じって、ドームの外へと出た。
 太陽の光が、地上を照らす。
 まず真っ先に嗅覚を刺激したのは、金属の錆のにおいだ。次に、アーネストをはじめ戦士たちが見たものは、あちこちに散らばるボディの残骸と、その向こうをうろつくたくさんの苔の獣。そして、錆だらけのボディをかろうじて動かしながら歩く、《森》の手先たち。地面に散らばっている、サイボーグのボディのパーツ……。
 かつては町を守るために《森》や苔の獣と戦った雄々しい戦士たちだが、《森》に引きずり込まれて解き放たれた今は、《森》の命ずるまま町に害を与える存在となっていた。《森》の湿気で、手入れされていない武器は錆が浮き始め、人工皮膚の裂け目から覗く人工筋肉の隙間には土や葉が入りこんでいる。頭部は苔がみっしりと生えており、中には顔の半分以上を覆われている者もいる。脳を支配すれば人間を操れる事を、《森》が未だに知っている証拠だ。
 町の外へ出た戦士たちがショックから立ち直り切れていないうちに、苔の獣が彼らを見つけ、襲いかかってきた!
 戦士たちは「いつも通り」応戦する。だが、敵は苔の獣だけではない。
《森》の手先となったサイボーグ戦士たちも、ぎこちない動きを見せながら、襲いかかってきたのだ。
 数を頼りに押し寄せる苔の獣と、武器を振りまわして襲ってくるサイボーグ戦士たち。両者ともにただ群れて襲ってくるだけの人海戦術であるが、《森》の木々や苔の獣ばかりを相手にしてきた戦士たちにとっては、脅威以外の何物でもない。
 まず、苔の獣や《森》の木々に通じた己の武器。サイボーグたちの武器は《森》と戦うことだけを想定して作られたものがほとんどであったが、それでもサイボーグ同士で闘う事も出来る。超合金の刃物ならば、人工筋肉や金属骨も傷つけられるのだ。
 さらに、敵には《森》という巨大なボスがいるのだ。《森》は苔の獣を次々に放って、獣の数はどんどん増えてくる。
「くそ、きりがないぜ!」
 アーネストは、目の前に跳びかかってきた四足の苔の獣をハルバードで真っ二つにし、脇から飛んでくる別の獣を蹴り飛ばして散らせる。これでは苔の獣を完全に仕留められないが、すでに冷凍銃はエネルギーが切れて使いものにならないので、仕方がない。金属の肉体のために疲労はないのが救いだが、精神的な疲労が脳を支配すれば、ボディにも影響が及んで動きが鈍るかもしれない。とにかく今は、敵の数の事は考えず、目の前の敵を倒すことだけを考えて、あるいは何も考えずに、戦うべきだ。
 新手の苔の獣が《森》から飛び出してきた。
 突如、苔の獣めがけて、局地的ブリザードが吹きつけ、苔の獣が皆凍てつく。一瞬、戦場を動揺が走ったが、すぐに戦闘が再開される。凍てついて動きの止まった苔の獣は全て叩き割られる。
 局地ブリザードは、苔の獣が現れるたび吹きつけ、戦場を小さな雪原に変えていく。だが、苔の獣の動きは止められても、《森》に操られたサイボーグたちの動きは止められない。生身ではないので凍傷にならず凍死もしないのだ。また、ブリザードの範囲はわずか十メートルとそれほど広くないので、ブリザードの射程範囲外の苔の獣は雪をかぶる程度で凍てつきはしない。
「やはりこいつらには、このボディでは合わないか……!」
 スペーサーは、苔の獣を口から噴き出したブリザードで凍てつかせ、腕に収納されているワイヤーで獣たちを切り刻む。スペーサーのボディは元々《森》の木々を伐採するために開発されたものだ。苔の獣を倒すには向かない。ブリザードはあくまで苔の獣をけん制するためであり、本当の武器はボディに仕込んだ刃物やワイヤーなのだ。
「こいつらと戦うには、クレメンスのボディが向いているのに……! 奴は一体どこにいる?! 臆して逃げたのか?!」
 彼はさっきから、苔の獣を片っ端から凍てつかせて破壊し、獣の数を減らしている。だがそのたびに《森》は増援を送りこんでくる。きりのない作業に、彼はいい加減苛立ちを覚えた。ブリザードを吹きつけるのにもエネルギーは必要なのだ。これが切れてしまったら、苔の獣を抑える術が無くなる。そうなる前に、《森》に操られたサイボーグ戦士たちが、戦士たちに一人残らず討伐されてくれないだろうか。そうすれば他の者たちが苔の獣を討伐してくれるのに。
 陽はだんだん高く昇る。獣を放つ以外の事をせずひたすら光合成に励む《森》は、静かにたたずんでいる。
 一体どのぐらいの時間が経過し、どれほどの戦士が打ち倒されたか、誰も憶えてはいないだろう。時々、ドームの扉が開いて新しく戦士が飛びだし、負傷した者が代わりに中へ入っていくが、それすら気に留められることはない。
《森》から飛び出してくる苔の獣の数は徐々に増えてくるのに、《森》の操るサイボーグの数はもう増えてはこなかった。現時点のストックが尽きたようだが、代わりに、《森》の操るサイボーグに打ち倒された者が何割か《森》へと引きずり込まれていった。
 太陽は南の空に昇った。
 アーネストはもはや苔の獣など眼中になく、苔まみれのサイボーグ戦士とだけ戦っていた。これで四人目。生気のない、苔にまみれたその顔を見るだけで嫌悪感がこみ上げる。もし生身ならばとうの昔に嘔吐していたことだろう。敵の使う武器はやや錆の浮いてきた超合金の刃物だが、切れ味は鋭いままで、尚且つ彼が相手にしたサイボーグよりも戦いの腕は優れていた。アーネストはハルバードの柄を可能な限り短くして刃物を受け流すも、反撃の機会には恵まれなかった。相手はアーネストの首や、攻撃されれば神経束を断たれて動きが鈍るボディの関節を正確に素早く狙ってくるのだ。
 この戦士が、かつては対サイボーグ部隊にいた事は明白だ。他三人はただやみくもに攻撃を繰り出すのみだったのに、この戦士だけは、アーネストと戦う前に何人もの戦士を屠ったのだから。そして肉体の疲労が両者に存在しない分、さきに倒れるのは、外的あるいは精神的要因で動きの鈍った側だ。特に重要なのは、精神的要因。操られている戦士は感情が存在しないが、アーネストには存在する。絶望や悲しみなどマイナスの感情が脳を支配するとボディにも影響が及ぶのだ。躊躇いで攻撃を中断する、といった例が最もわかりやすいだろう。
(強い……!)
 焦りが今の彼を支配している。焦りはやがて敗北への恐怖や不安に代わっていき、敗北をどこかで確信して動きが鈍ってしまえば、アーネストの命は終わる。頭の隅でそれは理解できているが、それを意識する余裕は、今の彼には無い。
 一瞬、アーネストの動きが鈍った。
 その隙を逃さず、錆の浮いた鋭い刃が、ハルバードの振り抜きが遅れたアーネストの左腕に食い込んだ。
 触覚はあれど痛覚が無いので、切られたからと痛みでパニックを起こすことはない。だがアーネストの動きを止めるのには十分すぎる一撃だった。
 やや長めのナイフ程度の刃渡りしかないはずのその刃物は、柄のスイッチを押すと一気に長く伸びた。伸びた刀身をそのままぐっと力を込めて下へ向けて振り抜く。アーネストは危ないところで体を動かしたが、肘から先の左腕が切断されてしまった。体が動いていなかったら脇腹から腰にかけて大きな傷を作ったか、下半身を完全に切断されていただろう。
 敵はさらに、大きく口を開け、そこから大量の土くれや苔を吐き出した。腕を切断された驚きで動きの止まったアーネストは半身に浴びた。相手の背がもっと高かったら、アーネストは頭から苔を浴びる羽目になったろう。とにかく、突然の嘔吐攻撃でアーネストは慌ててとびのいたものの、相手は勢いよく刃物を振りまわして踏み込み、アーネストの左の腰に錆だらけの刃を食いこませた。アーネストはすんでのところで踏ん張り、ハルバードを振りまわして敵の首を狙った。腰に喰いこんでいる刃物を握っているため、敵の姿勢は少し前かがみになっている。アーネストが頭を狙うにはちょうどいい高さ。
「この野郎っ……!」
 アーネストのハルバードの刃が敵の頭を真っ二つに割るのと、再度力を込めた敵の刃が彼の腰から下を袈裟切りで切断するのとは同時であった。

「エネルギーが尽きた……!」
 スペーサーは、目の前の苔の獣が全て凍てついた時、悔しそうな声を出す。
 体内に内蔵されている瞬間冷却装置のエネルギーが切れたのだ。再充電には数分かかる。その間ブリザードでの攻撃が出来ない。
「この冷却装置の再充電については、早急に改善すべき欠点として報告しなくては!」
 ワイヤーで、凍った苔の獣を全て切り刻む。
(まさかここまで冷却装置を酷使することになるとは……!)
 背後のうめき声を聞いて、彼は咄嗟に振りかえった。
 よたよたと、頭部のほぼすべてを苔で覆われている戦士が、彼に向かって襲いかかってきたのだ。彼がまだ生身であったならとっくに恐怖で体は動かず嘔吐すらしていたであろう。
「近づくな!」
 嫌悪感に満ちた声で精いっぱい怒鳴りつけて怖気を振るい、スペーサーは何とか腕のワイヤーを放って相手の手足を絡め取り思い切り引っ張る。幸い、ワイヤーの威力はサイボーグのボディにも利いた。敵は四肢を切断され、たび重なるブリザードによって雪の積もっている地面に落下したのだ。
 スペーサーはほっと一息吐いた。そして、これでもう攻撃は出来まいと敵に背を向けて――
 突如背中に衝撃が走った。よろけるがすぐ踏ん張る。うしろをふりかえると、四肢を切断された先ほどのサイボーグが胸部から小型の砲身を覗かせて、その砲口を彼に向けていたではないか。
「対サイボーグ用の旧型か!」
 そちらを極力見ないようにしながら、スペーサーは腕を振ってワイヤーを放ち、相手の首を切断した。
「少しずつ戦士は入れ換わっている。私も一旦退くか……」
 先ほどの大砲で撃たれたであろう自身の負傷の状態を見るために一旦退いた方がいいだろうと判断し、スペーサーは、未だサイボーグ同士が戦っている戦場をその驚異的なジャンプ力でひと跳びした。そうしてドームの近くに着地したところで、
「うわっ」
 何かに足を引っ張られ、驚いてよろけた。体が前に倒れかけたその拍子に、大きく頭上を薙ぎ払うもの。慌ててうしろをふりかえると、全身が苔まみれの戦士が手斧を空振りしたところだった。あとわずかでも、よろけるのが遅れたらその脳天に斧が喰いこんでいたろう。
「邪魔するな!」
 スペーサーは怒りにまかせてワイヤーを放ち、ぐっと腕を引っ張ってその四肢を切断した。木々の枝葉を伐採するが如く、あっけなく腕と足は綺麗な切断面を見せて地面に落ちた。
「これは武器としては使えるだろうな」
 苔まみれの戦士をなるべく見ないように、ワイヤーでその頭部を切断した。それから改めて足を引っ張ったものの正体に気づく。昨日会った赤髪の戦士であった。下半身と左腕が切断されており、残った右腕だけで這いずってきたようで体はだいぶぼろぼろ。これでよく苔の獣やサイボーグに襲われなかったものだ。
 まだ息があると判断したスペーサーは、アーネストを素早く背負い、ドームへと飛び込んだ。


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