第5章 part1



 研究所の開発部の者たちは、広々とした会議室で話しあっている。壁の一角に備え付けられた大型モニターには、昼間の戦闘の様子が映像で流れている。苔の獣や、《森》に操られたサイボーグたちが群れをなして襲ってくる。
「まさかこれほどの数の対人サイボーグも敵にまわっているとは」
「これは早急に開発プランの見直しが必要ですな」
「ブリザード発生用冷却装置の充電時間についても見直しが必要ですな。酷使したためにオーバーヒートしてましたしな。それはそうと、彼はどうなりましたかね。どてっぱらに穴が空いた彼は?」
「戦闘中に苔や花粉を浴びた可能性もありますので、ボディと脳を切り離して厳重にチェックをしているところです。まさかあそこまで派手にボディが破壊されるとは思いませんでしたね。旧式の小型砲で風穴があくなんて……」
「で、もう一人はどうだね? 彼より後に帰ってきているはずだが、映像データの提出がまだのようだ。検査中かな?」
 ドアがノックされ、研究員の一人が飛び込んできた。
「やっともう一人のデータが届きました。こちらです」
「御苦労。で、データを持ってきた彼はどうしてるかね? 無事かね? 若いぶん、脳の衰えはまだ先だから今後も新型ボディの実験台として所属してほしいんだがねえ」
「はい、無事です。ただボディもそれなりに破損している状態ですので、現在脳とボディを切り離してチェックをしています」
「それなり、か。脳が無事ならそれでいい。ボディの破損については後に……」
「そうか、では早速その映像データを再生してくれ」
 これまで流れていた映像はいったん停止され、新しく別の映像が流れ始めた。
「対人用サイボーグの導入も検討しなくてはなりませんな。苔の獣討伐用のボディでもここまで苦戦を強いられてしまっていては――」
「しかし、対人用サイボーグをいくら開発したって、苔を植えつけられて《森》の手先となってしまっては、意味がありませんぞ。今の技術でも十分なのではないですかな」
「あとで行政に報告書を出さねば。それから、対人サイボーグ用の部隊の連中のデータを持ってきてくれ。とにかく、報告するにも何をするにも、戦闘のデータがなければ話にならんからな」
「別の問題もある。今後、《森》との戦いで住まいをなくしたほかの町の者どもが集団で襲ってくるかもしれませんぞ。やはり対人用サイボーグの開発は急いだ方がよろしいかと思われますが」
 がやがやと、まとまりのない話が続いた。

 研究所の検査室には、数字の書かれたふたつの大きなガラスの筒がある。液体で満たされたそれぞれには、無数の管がつけられた人間の脳が入れられている。別室ではこの脳が使っていたボディの入念なチェックが行われている。今、この脳たちは生命維持装置につながれており、検査が終了してボディの中に戻されるのを待っている状態。といっても覚醒状態ではなく、生命維持装置の働きによって睡眠状態となっているのだが。
 ガチャリ。
 静かなこの室内の扉が開かれ、手術専用のスーツを着た研究員たちがぞろぞろ入ってくる。彼らは生命維持装置のガラスの筒を取り外し、手術室へと運んでいく。これから、検査と修理の終わったボディに脳を戻すためだ。
 一時間後、それぞれの脳は、修理の終わったボディに収められ、ストレッチャーに乗せられたまま手術室を出、検査室へと向かっていった。

 脳が完全に覚醒し、ボディの人工神経へ信号を出す。
「……ん」
 瞼をすぐ開ける。明るい人工の光が飛び込むも、これは人工の眼球、目がくらむことはない。
 体を起こす。手術が終わって脳が覚醒した後で最初の動作をすると、ボディが意思に反してのろのろ動く。だがすぐに慣れて、さっさと起き上がれるようになった。
 起き上がって周りを見回し、視覚を働かせる。見覚えのある無機質な室内。寝台がいくつか並んでおり、天井には蛍光灯があり、窓は廊下に面したものしかない。脳がきちんと仕事をし、室内に関する記憶を呼び出していく。研究部門に配属されている自分にとって、ここはめったに入らない部屋だ。最後に入った、いや強引に押し込まれたのは確か、現在の討伐用ボディの手術を受けさせられる時だった。
「ああ、研究所の検査室か……」
 スペーサーはつぶやいた。肉体があるなら起きぬけの声になっているだろうが、あいにく通常通りの声だ。
「検査室にいると言うことは、無事にドームの中へ入れたと言う事か。助かった」
 記憶をたどって行くと、ドームに入ったところで終わっている。脳に何かしら衝撃が加わって、意識が一時的に飛んだのであろう。
「……とにかく命が無事ならそれでいいか」
 寝台に座ったまま、自身のボディを簡単に調べる。どてっ腹に空けられた大穴が、綺麗に修理されている。
「ちゃんとボディは修理されているんだな。さすがに大穴の空いたボディで外をうろつかれてはたまらんのだろうな。とはいえ、修理されると初期不良動作が起こりやすくなるからなあ」
 彼が寝台から降りようとしたところで、検査室の自動ドアがすーっと開き、手術専用の白いスーツを身につけたサイボーグたちが姿を現す。いずれも研究所の局員たちである。
「やっと脳が覚醒したか」
 白い無菌マスクの下からややくぐもっと声を出す局員。
「覚醒次第、先ほどの戦闘の報告書を作成し提出するように、とのことだ。ボディはもう動くだろうから、早く部屋に戻れ」
「は?」
 スペーサーは我が聴覚を疑った。
「報告書?! いや、覚醒はしたが修理したばかりだろう?! 低確率で初期不良を起こすから、ボディの動作確認が終わるまでもう少し――」
「その初期不良は、先ほどの修理や検査のときに、一緒に対応しておいた。だからボディと神経がリンクするまで待つ必要はないのだ。わかったら、さっさと部屋に戻って報告書を書くように。クレメンスは十分以上前に覚醒し、自室へ向かったぞ」
 手術着の局員たちはさっさと回れ右して、スペーサーが止める間もなく、検査室を出ていってしまった。
「……」
 しばらく、やり場のない右腕が宙に伸ばされたままとなっていたが、やがて苦々しい顔で彼は腕を寝台へと下ろす。
「脳が大丈夫なら、ボディはいくらでも替えがきくものな。まったく!」
 不機嫌な顔で寝台から降り、検査室を出る。足音もやかましく廊下を歩き、すれ違う局員誰とも挨拶の言葉すら交わさず、スペーサーは寮の自室に飛び込んだ。
「目覚めて早々報告書の提出か。今までの戦闘の後でもこんな調子ではあったが、今回は報告書を書いているどころではない事態が起こっていたんだぞ」
 憤りでぶつくさ呟きながらも、指示された仕事を片づけるべくコンピューターを立ちあげながら、椅子にどっかと腰を下ろす。鋼鉄の椅子がぴきんと鋭い音を立てて文句を言った。彼はそれに構わず、多少八つ当たりとして感情的な言葉を混ぜながらも、短時間で報告書を作り上げた。
「冷却装置の改良、ボディの耐久強化、研究課題は山積みだ」
 報告書のデータを送信してから、ベッドに仰向けに寝転ぶ。
「……無事に帰って来られて良かった」
 静かな部屋にひとりごとが響く。
「そういや、あいつはどうなった?」
 ドームへ撤退しようとしたとき足を掴まれ引っ張られた。まあそのおかげで、彼は苔の戦士の攻撃をくらわずに済んだのだが。彼の足を引っ張ったあの赤髪の戦士はどうなったろうか。半身を切断されたのだ、ボディの損傷は相当のものであることに間違いない。あれでは、普通の修理では対処できまい。あの男のボディと同じ型のボディがあれば取り換えればいいのだが、ないからといって別のボディを継ぎ足してしまうと、互換性のなさから動作に不具合が多々起きてしまうのだ。
「担ぎ込まれた戦士は相当数いたはずだ。軽傷から重傷まで……研究所はもうそこに目をつけているだろうなあ。特に古すぎるボディを使っている戦士は、最新型ボディのテスト対象としてはぴったりだからな。イヤイヤ、もしかすると私もその中に入っているのではあるまいな?」
 そこで部屋に呼び出し音が響く。会議室へ来い。メッセージはそれだけだ。
「面倒くさい。どのみち、先ほどの戦闘のデータについて口頭で説明しろとかなんとか言われるんだろうな」
 スペーサーは寝台から起き上がり、寮の自室を出た。
 会議室で己の戦闘データを映像として見せられ、それについて感想を求められ、クレメンスに密かに笑われるのは数分後の事。

 会議室からようやっと解放されたクレメンスは寮の自室に戻る。おそらくクレメンスにとって、今日と言う日は厄日と呼んでも差し支えのない日であったに違いない。なぜなら、
「まさか、小生までもが、《森》に操られた奴らと戦わなくてはならないなんて。死を覚悟しなくちゃいけない日が本当に来るとは」
 スペーサーと同じく、クレメンスも討伐に狩りだされたのだ。クレメンスのボディは苔の獣を討伐するためのもので、メインウェポンは、ボディに内蔵された冷却装置によりブリザードと、ボディの至る所に仕込まれた刃物だ。スペーサーのボディは《森》の木を伐採するためのもので、そのボディのウェポンは同じく冷却装置によるブリザードと、腕に仕込まれた切れ味の鋭いワイヤーのみ。
「苔の獣は、凍らせてから切り裂けば容易く仕留められるが、サイボーグはそうではなかった……。奴らには、脳があるのだものな、小生たちと同じく」
《森》も学習するが、人間はそれ以上の速度で学習する。《森》に操られたサイボーグたちのうち、クレメンスが戦った相手は、彼の使用する武器に応じて行動を変えた。刃物で切りつけようとすれば飛び道具や錆だらけの刃物で応戦してくるのだ。ブリザードは、苔の獣の足止め以外の役には立たない。ボディは凍傷にならないのだ。
「さすがにボディのどてっぱらに風穴を開けるようなへまはしなかったが、あんなおぞましいモノとはもう二度と戦いたくないものだな」
 サイボーグ戦士を二人討伐することはできたが、クレメンス自身もボディを破損してしまった。ボディに仕込まれた刃物の半分以上は叩きおられ、右腕を錆だらけの斧で切断されたのだ。錆だらけの武器であれほどのダメージを負ってしまうとは……。
「それにしても、刃物だけではもう役には立たんな。やつらは旧型ボディといえど、力任せに武器を振りまわしてきたからな。最新技術で作られたものが半分以上叩きおられてしまった。小生のボディの性能は、ブリザードで事前に相手を凍らせ、それからたたっ斬るというものだから、遠距離戦にはむかない。それに比べて、ワイヤーである程度の遠距離攻撃ができるぶん、奴に分がある」
 ぶつぶつ呟きながら、クレメンスは部屋の中をうろうろ歩きまわった。額にしわを寄せながらひたすら円を描いて室内を周る。
「開発部の方では、今後新しいボディを作るのに、現在最も年若い小生らのボディが必要となるだろう。小生としては、ボディの実験台よりも開発する側に昇格したいのだがなあ。そうすれば、小生の設計しているボディでこの町の戦士たちは新たなる強さを得ることができるだろうからな」
 そうは問屋がおろさないというわけか。
「さて、そういえば討伐の結果はどうなったか」
 部屋に備え付けてあるモニターの電源を入れると、ニュース番組が映った。内容は、《森》から突如出現した、サイボーグ戦士たちの討伐について。現時点で、討伐はほぼ完了している。残りは《森》の奥へ引きずり込まれたようだ。だが町の戦士たちも八割が傷つき、死者も出た。そのうちの何十人かは《森》の中へと引きずり込まれた。
「はてさて、この数字はどれだけ誇張されたやら。それとも、少なく見積もられているのやら」
 クレメンスは肩をすくめ、それでもニュース番組を見る。
「まあ、しばらくあの忌まわしい奴らと戦闘しなくて済みそうだな。小生としては二度とごめんであるが」
《森》からの刺客は敗北した。だが油断はできない。《森》は新たな刺客とすべく、町の戦士たちを何人か捕獲してしまった。次に彼らが《森》の手先として外へ出てくるのはいつのことになるのだろうか。
「この世界から《森》が消え去るまで、奴らは現れ続ける。小生らはそれに怯えねばならんのか。いや断じてそんなわけはない」
 やれやれとクレメンスはため息をついた。


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