第5章 part2



 日没になると、《森》からの攻撃はすっかりやんだ。西の地平線に太陽が沈むと同時に、苔の獣は一斉に《森》の中に退避した。一方、最後まで生き延びていた《森》の手先のサイボーグ戦士は、ようやっと討伐された。そして、いつもなら夜間の戦闘に備えてぼちぼち戦士たちが町の外へ出てくるころだが、今日は誰も出ていこうとはしなかった。昼間の戦いで、戦士のほとんどが重軽傷を負い、死者も出たのだ。そして《森》も、苔の獣を外へ放つこと無く、昼間のような防御態勢を取って静かにたたずんでいた。そよ風が枝葉をゆするも、《森》は全く反応しなかった。
《森》は今まで以上に、おそろしく疲労していた。大勢の手先を操ることに労力を使いすぎたのだ。だからこそ、今は休息が必要だった。昼間の戦いでは、手先をすべて失ってしまったが、新しい手先となるべきものが手に入った。それだけは幸いであった。
 だが今は、操るべき者どもを繰り出す時ではない。休んで力を蓄える時なのだ。

 夜が訪れても、町からは戦士たちが誰も出ていこうとしない。それは当然だろう。《森》との戦いで八割もの戦士が消耗し、破壊されたのだ。壮絶な戦いが終わった今は、無事な戦士たちですら、外へ出ていこうと言う気にはとてもなれない。
 病院や研究所は、ボディを破損した戦士たちを何とか全員受け入れ、念入りに検査を行った上で、ボディの破損具合に応じて修理やパーツの取り換えを行った。だが、胴体の切断など瀕死級の破損の場合は、その程度では済まされない。ただちに脳がボディから取り外されて生命維持装置に移され、新たなボディと人工皮膚等の準備にかからなければならない。が、そこで問題となるのは、その戦士のボディの型だ。型のわりと新しいものはすぐボディの在庫が見つかるが、在庫が無いほど古いボディを未だ使う戦士も中にはいるので、その場合探すのが困難になる。最悪の場合、型が少し新しい在庫のボディを使うことになる。
 戦士にとっては、馴染んだボディを使いたいものだが、その在庫がないとなると代用のボディを使わねばならなくなる。性能も能力も異なるボディをきちんと使いこなすのには少し時間を要する上に、戦士とボディの相性というものが確かに存在するのだ。いくらボディの性能が良くても、いくら型が新しくても、戦士がそれに馴染めなければ意味がない。わざわざ高い金を払って手術を受けたのに、結局古いボディに戻してしまったと言うケースすらあるぐらいなのだ。
 研究所と病院に担ぎ込まれた戦士のうち七割は、修理とボディの取り換えを終えて、無事に町に戻ることができた。では、残りの三割は一体どうなったのか……。

「とんでもないことになったわね」
 ヨランダは、全く客の来ない薬局のカウンターの後ろで、彼女の頭ほどしか広さが無い小型モニターでニュースを見ている。病院や研究所が交互に映り、アナウンサーが関係者にインタビューをしている。
「町の戦士のほとんどがやられちゃうなんて。しかも、《森》の操るサイボーグたちに大苦戦だなんて。それもそうよね、今まで皆が戦ったのは苔の獣と《森》の木ばっかりで、サイボーグ同士での戦闘経験なんて全くないやつが多いはずよね――最初から、町の治安対策として対サイボーグ部隊にいたアタシと違って」
 ヨランダはモニターをつけっぱなしにしたまま、
「あ、いらっしゃいませー」
 入ってきた客に営業スマイルを向けた。
 客が帰った後、ヨランダは再度ニュースに注目する。町の研究所は、《森》に操られたサイボーグ戦士と戦うために、これまで遅れ気味であった対サイボーグ用ボディの開発を急ぐことを記者会見で発表した。
「今更何を言ってんのよ。この町は《森》の規模が広いから、どうしても苔の獣や《森》の木を討伐するのに必要な技術の開発や発展を優先しちゃうんだろうけど、敵は《森》だけじゃないのよね。人間は知恵が回る分、時には《森》よりも恐ろしい存在になるんだから……」
 再度客が来店し、ヨランダは再び営業スマイルを素早く用意した。
「ありがとうございましたー!」
 客の背を見送ってから、ヨランダはまたモニターを見る。
「戦士の数が一気に減ったから、この町の治安も多少は悪化しそうね。でも、対人サイボーグ戦士はまだ多少残っているから、そう簡単には悪事は働けないわ」
 ヨランダはひとりごちて、モニターの電源を切った。
「アーネストはどうなったかしら。あのボディの様子だと瀕死に等しい破損のはずだから……」
 昼間の光景を思い出す。青髪の戦士に背負われるように戻ってきたアーネストは、下半身と左腕を切断されていた。あそこまでひどい破損の状態では、脳が生きているかどうかも分からない。担いで来られたとはいえ、死んでいるかもしれない。
「……たぶん、大丈夫よね。あいつ、運がいいから」
 ヨランダは先ほどよりも小さく独りごとを言った。

 警備隊。
 それは、《森》と戦うのではなく、人間と戦い治安を守るためにある。いわば、軍隊や警察のようなものだ。《森》という人類共通の敵があっても、人間は相変わらず犯罪を起こし続ける。悪事を働く人間を捕らえ破壊するために、どの町でも、警備隊は存在する。
 この町ではどの地域よりも《森》との戦いが激しい為、警備隊用のボディすなわち対サイボーグ用のボディの開発が遅れ気味であるということは、いつか述べたとおりである。そのために、《森》の木々や苔の獣を討伐するためのボディはどんどん新型が作られていくのに、警備隊のボディは旧いまま。かつて所属していたヨランダの現在のボディ――それは五年前に開発されたものだが――それが警備隊の中では一番新しい型であった。
 だがこの日の戦いをきっかけに、日蔭者であった警備隊は一気に注目されることになる。《森》によって操られたかつての戦士たちが襲撃をしかけてきた、この日の戦いをきっかけに。
 人海戦術でようやっと勝ちを収めた。それと引き換えに、町の戦士のほとんどが重軽傷を負い、死亡者や、《森》に引きずり込まれた者もいた。《森》の戦いに特化しすぎて、人間と戦う術を持たなくなっていた人間達は、危うく負けるところだったのだ。
 再度述べるが、対サイボーグ用のボディを持つ警備隊は、この大きな犠牲を払ったおかげで、再び注目を浴びたのだ。
 行政は、研究所からの報告書の束と映像データ、そして警備隊の戦闘データを集めた。そして研究所と警備隊詰所からそれぞれの代表を呼び、緊急の会議を開いたのだった。

 研究所は大至急、新型ボディの開発に取り掛かる。今度は警備隊の上層部や行政から派遣された職員もいる。彼らと共に、研究所は過去のデータと今回のデータをつき合わせながら《森》や苔の獣だけでなく《森》に操られたサイボーグとも戦えるボディを作っている。
 一方、行政は、町の住人たちへ、町の外へでることを禁ずるという通達を出した。それというのも最新型ボディをまだ研究中であり、実験段階にうつるまでは戦士の数を減らしたくなかったからだ。だが、《森》の木々や苔の獣を討伐して日々の糧を得ている戦士たちが、黙っているはずがない。金を稼げなければ食料も買えないのだ。しかし彼らが抗議すること自体は行政も想定内であり、一定期間だけ、ギルドの戦績をもとにそれに応じた補助金を各々に渡すことで、反乱分子を一時的に抑え込んだ。あとはこの補助金制度を悪用される前に研究所が新しいボディを完成させて実験段階に移ってくれればいいのだ。
《森》の木々や苔の獣の討伐性能は、現段階の技術では発売したてのボディが最高のものだ。だが、そこに対サイボーグ用の武器やボディの防御性能を組みこむのは難しいものだ。ボディの防御性能をあげるには、単純なやり方ならボディを構成する金属板や人工筋肉の強度をあげればいい。これまでは苔の獣に食われぬよう、あるいは《森》の枝に貫かれないようそれなりに硬質にするだけでいいのだが、サイボーグの振るう武器はそれ以上の威力を持つ。それを防ぐとなると更に硬質にせねばならないが、そうすると、重く固くなるぶんだけ、今度は戦士の素早さや武器を振るう際の速度や命中精度にも影響が出てしまう。研究はなかなか進んでいかなかったが、試験段階として、防御面はそのままに、武器だけを対サイボーグ用に変えたボディを作り上げることはできた。
 そしてその試験段階のボディは、未だ生命維持装置につながれ続けていた戦士の脳みその何割かに新しい肉体として提供されることとなった。そうして少しずつ、新しいボディを得た戦士たちが町へと戻って行った。

「生命維持装置につながれた戦士の脳みそがやっとボディに戻される時が来たか」
 検査室では、五十を超える脳が生命維持装置につながれ、装置に満たされた液体の中で静かに浮いている。一見不気味な光景であるが、この研究所や病院では当たり前の光景だ。ボディを修理したり検査している間、脳をボディから取り出しておき、損傷を防ぐのだ。
「脳の数があまりに多すぎて、ボディと脳の取り違えが起こらなければいいんだがな」
 生命維持装置には全て、戦士の名前と手術ナンバーが表記されている。これが間違っていなければいいのだがという心配は不要。脳の内部に埋め込まれたチップのデータを生命維持装置が読みとり、モニターに表示させるからだ。
 この検査室にある脳たちはいずれも、ボディの型が古すぎて在庫が無く、しかもボディの損傷が非常に激しかった戦士たちだった。
 彼らはこれから新しいボディを得ることになっている。基本、戦士はギルドに所属して苔の獣や《森》の木々を倒して報酬を得ているので、報酬を支払う側のギルドから証拠品としてカメラを支給されている。研究所は、彼らの持つカメラの映像から、戦い方や仕留めた獲物に応じた戦闘能力を持つボディを作りあげた。といっても、試験的にボディの強度や人工筋肉の量を増減させた、という程度なのだけれど。
 検査室の扉が開かれ、いくつかの生命維持装置がストレッチャーに乗せられて身長に運び出されていく。これから手術が行われるのだ。
 ……。
 スペーサーとクレメンスは、その手術を受けることはなかった。彼らは現在の型のボディでもサイボーグと戦い、生き延びることができていたから。スペーサーが幼子のように駄々をこねたせい、でもあるかもしれないが。
 彼らは研究には一切かかわらせてもらえなかった。クレメンスはどう思っているか知らないが、スペーサーはそれが不満でしかたない。
「私の役割は研究院ではなくて、あくまでボディの実験台か」
 愚痴をこぼしながら、寮の自室の寝台に寝転ぶ。「待機」を命じられているため、何もする事が無い。暇で仕方がない。
「そういえば、実験台と言えば、検査室の脳の持ち主は皆そろって、私と同じく実験台だな。今後は《森》との戦いだけではなく、サイボーグともわたりあっていかなければならないわけだからな……」
 金貨五十枚で受けられたはずの手術は、今回無料で受けられることになっている。「最新型」ボディの実験台となる条件付きで。
「サイボーグ戦に特化していないこのボディでは、またどてっぱらに風穴があくという事態になりかねないな。しかし、あれだけ《森》が手下を放って手の内を出しつくしたのだから、当分はサイボーグの襲撃はないものと見ていいだろうな」
 寝台に起き上がる。
「さて、もうそろそろ簡易メンテナンスをするかな」
 彼は修理キットを取り出し、自身のボディを簡単にチェックしはじめた。


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