第6章 part1



 朝、ドーム内は一時騒々しくなり、まもなく静かになった。
 アパートに帰りついたアーネストは、何だか固い動きでドアを施錠した後、寝台にどかっと寝転んだ。
「あーあ、散々だった……」
 このアパートへ帰りついた時には、既に朝日は高く昇っていた。
「……でも生きてるだけでももうけものかなあ」
 前日の激しい戦いが思い出される。苔に操られたサイボーグ戦士との戦いの中、アーネストは左腕と上半身を切断されてしまった。
「それからどうしたっけ」
 サイボーグ戦士の方は、ボディを切断される直前のアーネストがハルバードで脳天を真っ二つに割ってやったので、当然即死した。アーネストはそのまま、残った右腕だけでその場から這いずってドームへ向かった。
「それからどうしたっけ」
 あの戦場でよくあんなことができたものだ。踏まれたり誰かに目をつけられなかっただけでも、運が良いとしか言いようがない。必死で這いずっていくうち、ボディに備え付けられていたはずの生命維持装置が切れかけてきた。生身で言う所の心臓にあたる生命維持装置。彼のボディには、奇しくもそれが頭部ではなくボディのちょうど左胸に内蔵されていたのだが、這いずって行くうちに壊れかけるというアクシデントに見舞われたのだ。それでも必死で這いずって何とかドームへたどりつこうと手を伸ばし、暗くなっていく視界の中で何かをつかんだ――ところまでは何とか覚えている。
「何かをつかんだのは憶えてるけど、そこから何も分からなくなったな。誰かが助けてくれたのか、それとも自力でドームに入ったのか。どっちにしろ、今ここに俺がいるのは間違いないんだ。やっぱり、俺はまだ生きてるんだ」
 ここが天国ではないということを、彼は改めて認識した。
「……で、何で、研究所はボディを修理せずに新しい型のと取り換えたんだ?」
 目覚めた時、彼を含め大勢のサイボーグ戦士たちは、この町の研究所の一角につくられた専用の検査室にいた。この検査室は新しいボディが開発された後でボディの動作確認等のために使われている。
 検査室にいる研究員曰く、この検査室にいるサイボーグ戦士たちは、皆、ボディの在庫が無かったために研究所の開発した新しいボディあるいは在庫のある最新のボディを代わりにセットした。アーネストも、そのひとりだった。
「ボディの在庫が無いから、本来は金貨五十枚を払わないと受けられない最新ボディの手術を受けさせたとか、そんなことを言ってた気がするな」
 アーネストのボディの損傷は激しく、しかも彼のボディは在庫が無かった。そのため、研究員たちは試験段階の最新サイボーグボディを彼に与えたのだった。もちろん彼と同じ条件を持つサイボーグたちも手術を受けた。
「試験段階のボディってことは、まだ正式なボディとして売りに出せないってことだよな。それは得なのか、そうじゃないのか。うーん」
 普段から深く考えることのないアーネストは、すぐ考えを切り替える。
「まあ、ボディがないってんならしょうがねえよな。生きているだけでも幸いだ」
 なにより、新しいボディが無料で手に入ったのだから、差し引きはまあまあプラスだ。
「でも、このボディを早く使いこなさないとな」
 使いこなすには、動くのが一番だ。まずは日常生活の動作から初めて、慣れて来たら戦闘訓練に移るのだ。それが正式な手順とはいえ、アーネストがまず日常動作の確認をするはずがない。
「戦うのが一番だよな!」
 とはいえ、愛用しているハルバードも冷凍銃も、ボディが切断された後、回収できなかった。回収よりも命が助かることを優先して、必死で這って逃げたから。今もあの戦場に落ちているかどうか。《森》の手先となった苔の戦士に拾われてしまったかもしれない。
「もう取り返せないと思った方がいいか。だけど、よく使う武器はあれだけなんだよな。しょうがねえや、新しいのを調達するか」
 そうと決まれば行動すべし。アーネストは部屋から飛び出した。食料品店で脳に栄養を与える前に、武器を手に入れておかねば。いつ戦いが起こってもいいように、武器はあらかじめ手元に置いておくものだ。
 商店街を歩くが、新しいボディでの歩行は、少し体が重く感じてぎこちなかった。早くこれに慣れないと、戦闘でボディの動きが足を引っ張ることになる。逆を言えば、このボディの動きを完全に把握できれば、苔の獣との戦闘でも今まで通り戦えるようになるのだ。動作にコンマ一秒の遅れがあってはならない。生死を分ける一瞬の時間すら、サイボーグ戦士には大切なものなのだ。
 アーネストは商店街を歩くうち、妙なことに気付いた。
(ヤケに静かだな)
 日が高く昇っているのだ、いつもならこの商店街は行きかう人々でにぎわっているはず。だが今は人がほとんど歩いていない。店は開いているのに、利用している客は、家庭人型サイボーグのみ。サイボーグ戦士は、彼の見渡す限り、ひとりも見つからない。
(こんなに静かだとブキミだな、おい)
 それから、
「おーす」
 アーネストは武器屋の入り口をくぐった。店主が、強盗防止用の金属格子に囲まれたカウンターのはるか奥で、武器の修理に励んでいる。
 人工皮膚を持たぬが故機械の顔をした店主は、アーネストの声を聞いて顔を上げた。
「おー、おめえか。生きてたんかい。全然顔をだしてないもんだから、昨日の戦闘でくたばったものだと思っていたよ」
「ちゃんと生きてるよ。その代わり、武器を失くしちまった。なんか店が空っぽになってるみてえだけど、まだブツが残ってたら見せてくれよ」
 アーネストは店内のモニターに目を向けた。強盗を防ぐために、武器はいずれも格子の奥に厳重に保管されている。店内には、扱っている武器の種類やその在庫を示すモニターが壁にかけてあるのだが、モニターの数字は、すべて、ゼロと表示されていた。
「残ってねえだろうなと思ってたけど、やっぱりそうだったなあ。予想以上に武器が売れたんだなあ、おっさん。商売繁盛だ」
「ブツが残ってるわけねえだろうがよ。寝坊したかどうか知らんがな、おめえさんがここへ来るまでに、大勢の戦士たちが修理やら買いものやらしていったからねえ。それに、今は行政が外出禁止令を出しているから、当分はドームの外には出られんよ」
「えっ、出られないって?! 何があったんだ? まさか《森》が攻めてきてるのか?!」
「おめえ知らなかったのかい。ラジオぐらい聞けばいいのによお」
 店主は呆れかえった口調でアーネストに説明した。行政は、昨日の戦闘ののちに、町の住人たちへ、町の外へでることを禁ずるという通達を出した。だが、《森》の木々や苔の獣を討伐して日々の糧を得ている戦士たちがそれで黙っているはずがない。行政はそれを想定しており、一定期間だけ、ギルドの戦績をもとにそれに応じた補助金を各々に渡すことで、戦士たちの懐を暖かくさせることにしたのだった。
「と言うわけだ。この町のサイボーグ戦士のおよそ八割が損傷したっていうじゃねえか。軽傷重傷問わず、それだけキズだらけにされりゃあ、行政としてはこれ以上ドームを守る戦士が減らないように対策をするというもんさ。で、修理の終わったサイボーグ戦士たちが朝方ドーッとやってきて、修理を頼んで武器を買って、サーッと帰っちまったよ。外がすごく静かだったろ。あれはな、サイボーグ戦士たちが戦いの支度だけ整えてから、めいめいの家に戻ったからなのさ。ヒマをつぶすためか、新しいボディに慣れるための運動をするのかはしらんがね。だが、ひょっとしたら、ギルドや食料品店にもいるかもしれんな」
 話を聞いたアーネストはちょっと首をかしげた。
「補助金ねー……」
「何だよその嬉しくなさそうなツラは。何もしなくても金がもらえるなら得じゃないのかい?」
「いや、フツーだったら、戦士くずれの奴に道路整備とかの仕事をさせると思うんだけどな。何となくそこが納得いかねーんだよな」
「なるほどな。公共事業は行政の得意技だからな。まだそれの募集がされてないだけかもしれんぞ。しかしおめえにしてはよく頭が働くじゃねえか」
「へへっ、そうかあ」
 とはいうが、アーネストはまんざらでもなさそうだ。
 店主は武器を磨きながら、アーネストに言った。
「本当さ、おめえの頭がニブイのはいつものこったからな」
「俺をほめてんのかバカにしてんのかどっちだよ!?」
「さー、どっちだろうねえ? それより、せっかく武器を買いに来てくれたようだけどな、さっきも言ったかもしれんが、今、うちの店の倉庫はもうカラッポなんだよ」
 アーネストは念のためにまたモニターに目を走らせるが、残った武器はやっぱり一つもなかった。そして自分自身も愛用のハルバードと冷凍銃がないので、修理を頼む事も出来ない。
「おっさん、武器の入荷、いつになる?」
「当分は無理だろうよ。武器を生産している工場が、今の所ストップしているからな。稼働再開をまず待たなくちゃならん」
「武器工場がストップ?! 一体何があったんだよ」
「ほれ《森》に操られたサイボーグ戦士との戦闘のあとで、急きょ工場長が呼びだされて、《森》や苔の獣やサイボーグ戦士にも通じる武器を開発するために会議を開いているらしいんだ」
「会議って……何でパパッと武器作成に取り掛からないんだよ。会議って、だらだら話をするだけで、時間の無駄じゃねえか」
「そんなこと知るけえな。上の連中の考えていることなんざ、下々の連中にはわからんて。とにかく、武器が入荷されるのは当分先だろう。それは間違いねえ。なんなら毎日来てたしかめてもいいんだぜ。無駄足だろうけど」
「そっか。じゃあ、何日か経ったら来るよ」
 アーネストは仕方なく店を出た。この町には、武器屋がこの店だけしかないのだ。逆を言うと、ここで何も売っていなければ、武器を手に入れる事など出来やしないのだ。
「武器屋なのに武器を売ってねえって――シャレになりゃしねえよ、全く!」
 しかし、前日の大規模な戦いで投入されたサイボーグ戦士の数を考えれば、武器は売り切れて当たり前だろう。おそらく出撃した全ての戦士が部位損傷からボディ破壊まであらゆるダメージを受け、最悪の場合は死亡しているはずなのだ。失った武器を再度店から調達し、再び外に出た暁には存分に戦おうと考えているであろう戦士たちが、ボディの修理が終わってもそのまま家でごろ寝している確率は低い。
「でも、ぶつぶつ言ってても何も起こらないんだし、待つしかねえよなあ」
 アーネストは、特にする事もないので、無駄話でもするかと、商店街を歩いて薬局に入る。
「いらっしゃいま――あっ」
 相変わらず、強盗防止の強固な鉄格子の奥で接客用の笑顔をつくっている店番のヨランダが、アーネストの姿を見て驚きの声を上げた。
「あんた、無事だったのね!?」
「無事に決まってるだろ。でなきゃ俺はここにはいねーよ」
「よかった!」
 安堵するヨランダ。もし生身だったら彼女は涙を流し安堵の息を吐いて号泣したであろうか。
「あんたなら生きてるって思っていたけど、やっぱり本物を見られて良かった! だってあの戦いで、戦士のほとんどはボディを損傷して帰ってきたんだもん。それにあんた、ボディをまっぷたつにされて、かつがれて帰ってきたんだもの。あれで生きてるって思う方がおかしいわよ。でもあんた何とか生きてて、よかった……」
「担がれて帰ってきた?」
 アーネストは聞き返した。ヨランダはうなずいた。
「ええ、憶えてないの?」
「憶えてねえよ! ボディをまっぷたつにされて必死で何とかそこを離れようとした所までは記憶にあるんだけどよ」
 アーネストは何とか記憶を引っ張り出そうとする。あの戦場で、ボディを真っ二つにされた後、残された下半身は放っておいて、彼は腕を動かしてその場から出来るだけ急いで撤退した。その途中、ボディの心臓であり命綱でもある生命維持装置に何かしら異常が発生したのか、活動停止しかかった。それが完全に停止すれば本当に命が尽きてしまう。徐々に暗くなり始める視界の中で、アーネストはやっと何かをつかんだ。記憶はそこで途切れていた。
「最後に何かをつかんだことは憶えてるんだけどなあ。でもそこで記憶が途切れてるんだ」
「生命維持装置が故障しかけてたのね。だから記憶があいまいなのかもね。でもあの状態でよく生きてたわね」
「お前、俺を担いで帰ってきた奴の顔は見たのか?」
「ええ、もちろん」
「それ誰だった?」
 ヨランダからその人物の特徴を聞いた時、アーネストは驚きのあまり、「へええっ!?」と間の抜けた声を上げていた。
「あ、あいつが?!」
「ええ。でもその人もドームに入った途端にぶっ倒れちゃったから、生きてるかどうかはわかんないけど、もし生きてるなら、ちゃんとお礼言っておきなさいよ」
「わかってらい。でも、あいつがそんなことやるとは……」
 アーネストを担いでドームに戻った戦士は、超合金ベストを着た、青髪の男だったという。間違いなく、あの腹の立つ戦士・スペーサーである。
(人のことなんぞどうでもよさそうなあいつが、俺を助けたって? 信じられない……)
 アーネストは半信半疑だったが、ここでヨランダが嘘をつく理由など無いのだから、彼女の言葉は本当と思って間違いない。
(まさか俺に恩を売るためにそんなことをしたとか?)
 助けてもらったこと自体はありがたい。しかし、あの男がそうした動機が何となく気になる……。
「そういえば」
 ヨランダが話題を変える。アーネストが無事であると知ってホッとし、これ以上彼の生死にかかわる話題を続ける必要はないと判断したからだ。
「損傷したサイボーグ戦士は、研究所が新開発したボディをもらえたって本当なの?」
「そうみたいだ」
「みたいって……他人事みたいに言っているけど、あんたはどうなの。新しいボディをもらったの?」
「ああ。前のボディは、もう在庫がねえんだとさ」
「へー。じゃあタダで、最新技術の結晶を手に入れたって事じゃないの。ラッキーじゃない」
「そうかあ? 俺は前のボディのほうが良かったんだけど」
 アーネストが頭をかいたところで、
「いらっしゃいませー」
 ヨランダが営業スマイルで客を迎えた。来店した客はいくつかの薬を買って帰り、それからヨランダはアーネストに向き直る。
「あんたの破損の状態と、あんたのボディの型を考えれば、修理よりもボディの取り換えのほうが安くついたんでしょう。腕を切断されたぐらいなら修理で何とかなるけど、胴体を真っ二つにされているんだから修理ではとても無理よ。それに、あんたのボディは結構古いんだしさ」
「古いって言われてもな、俺が育成ドームの外へ出る時に最新のボディにしてもらったんだけど――」
「その時は最新だったけど、何年も経てば古いものとして扱われるのよ。アタシのボディだって五年前に開発されたものだけど、今まで対サイボーグ用のボディの開発が遅れてきたから、本来は旧型と呼ばれてもおかしくないのに、未だに新型扱いされてるのよね。でも、今回の戦闘で、やっと対サイボーグ戦用ボディの開発が本格的に行われることになったから、旧型呼ばわりも近いわね」
 そういえばそうだな、とアーネストは思い出す。
「……そういえば、どうしてお前は警備隊に入っていたんだっけか?」


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