第6章 part2



 この町には様々な施設に専用の警備隊が存在する。古い言葉を使えば、警察、警備員といったところか。基本活動は治安維持であるが、その相手は《森》ではなく、町の住人すなわちサイボーグである。罪を犯すのは家庭型サイボーグよりも、武器を持ち戦う術を持つ戦士型サイボーグが圧倒的に多く、警備隊も必然的に対サイボーグ用のボディを持つ者のみが入隊資格を持つ。ただし、この町は《森》の規模がきわめて大きいため、《森》や苔の獣の討伐に特化したボディの研究がほかの地域よりもはるかにすすんでいる。逆に、対サイボーグとの戦いは、町中で発生するぐらいなので、開発が遅れている。《森》や苔の獣に特化したボディは、動きの良さを重視して設計されることが多いためか、純粋な耐久面では、対サイボーグ用ボディに劣る。そのため、この町に限っては、対サイボーグ用ボディの開発は後回しにされてきた。《森》や苔の獣の方が、今の所強敵だから。
「アタシは、ドームから出る前、家庭人型のボディをもらったのよ。でも、事件をきっかけに、ボディを替えて警備隊に入ったの」
 ヨランダはカウンターに頬杖をついた。
「五年前、アタシはドームから出た後で、お店に勤め始めたの。武器屋さんのサービスと同じ、武器の修理やエネルギーチャージをするお店なのね。まあそのお店はもうなくなっちゃったけどね」
 当時の出来事を振りかえる。
 ヨランダが勤務を始めた店は、町の商店街の隅に建っているが、今はシャッターが下ろされている。店舗の借り手は未だいない。
 ……。
 数年前、その修理店にサイボーグ戦士の客が来た。武器の修理と銃器のエネルギー補充を依頼し、その客は受付のヨランダに武器を渡した。武器は刃の切れ味が鈍っているぐらいで、銃器のエネルギーもそれほど減ってはいなかった。この店では修理後に修理費を受け取ることになっているのでとりあえずヨランダは武器を預かって店長にそれらを渡した。店長はさっそく武器の刃を研ぎ、銃器にエネルギーを注入した。三十分もかからず修理が終わり、刃を磨かれた武器とエネルギー充填の終わった銃器とを店長から受け取り、ヨランダに渡した。それを彼女は、おんぼろの椅子に座って作業完了を待っていた客に呼び掛けて、手渡した。
 直後、客は代金を支払う代わり、武器を振りまわして暴れた。
 神経メンテナンスを怠り、些細なことで激情に駆られやすくなった戦士だった。
 修理店には、強盗防止の格子がカウンターにつけられていた。だが、客は刃物を振りまわして店内を傷つけつつ、銃を滅茶苦茶に乱射した。熱線が格子の隙間から何本も通り抜けては店内の壁に穴を開けていく。
 この店の奥に詰めている警備隊は二人しかいなかった。飛び出した彼らはボディに仕込んだバズーカで、暴れている客を撃った。バズーカの弾は客の胴をあっさりと打ち砕いたが、砲弾が命中する直前に、客が最後に撃った熱線は店の格子を通り抜けて、ヨランダを避難させた店長を貫いた。
 ……。
「店に勤務してる警備隊がいるからって、家庭人型のボディのままだったアタシにも責任があるのよ」
 ヨランダは暗い声で言った。
「武器屋は薬局と同じく強盗も来やすい、それはわかっていたことなんだけど、警備隊がいるってことに安心しきっていたんだもの。パーツはかなり損傷してしまったけどね、店長は何とか助かったんだ。けど、これを機にお店を閉めてしまったの。元々あのお店は武器屋に近々吸収されるって噂もあったしね。で、今現在、武器の修理その他諸々は武器屋さんがぜーんぶやってくれているというわけ。お店が閉まった後、アタシは今までのお給料を使ってボディ取り替えの手術を受けて、警備隊に入ったの。まずは薬局専門の警備隊として配属されたけど、ワクチン強盗の数が半端じゃなくって、毎日店内は強盗との撃ちあいでグッチャグチャ。《森》と戦うわけじゃないけど結構怪我してたわ。でもそれ以前にね、アタシはどうもそっちの方面での技能が優れてなかったみたいで、他の隊員の足を引っ張ってばっかりだったのよね。というわけで、結局は、薬局勤めはそのままに、警備隊を辞めることにしたの。もっとも、強盗の数は変わらないから、ボディは家庭人型に手術しなおしていないけどね」
 話が終わったところで、
「それにしても皮肉な話よね。これまではずっと、《森》と戦うためのボディばかり研究されてきて、サイボーグと戦うためのボディの研究は進んでいなかったに等しいらしかったのに、今頃になって急に注目されてきたの。《森》の木や苔の獣に匹敵するおそろしい敵が現れたんだし、仕方ないかもしれないけど」
 頬づえを止めるヨランダ。
「でも、《森》に操られた戦士はあらかた討伐されたんだろ。しばらくは大丈夫だと思うけどな。そりゃ戦士の数が少ないのは困るけど。《森》だって、操っているサイボーグ戦士をあらかたやられちまったんだ、そうすぐには攻撃してこねえだろ」
「あのねえ、アーネスト。本当にあんたニュース見たりラジオ聴いたりしないのね。敵は《森》だけじゃないの。《森》の襲撃で町を失って、新しい住まいを求めて流れ着くサイボーグたちも、敵として数えてもいいぐらいなのよ」
「どうして?」
「住む場所を失った彼らは、町を見つけたら住みつこうとするはずよ。でも、彼らが、町を乗っ取ろうとたくらんでないとは限らない。それに、彼らが気づいてないだけで《森》の胞子や花粉で操られていて、時機を見計らって暴れだすかもしれない。こちらとしては、町の住人全滅を回避するために、下手をすれば余所から来たサイボーグたちと戦わなければならないかもしれないの。《森》のサイボーグ戦士との戦いは、対サイボーグ型ボディの研究の必要性を再度認識させるきっかけにすぎなかったのよ」
「そうなのか」
「そうなのかって、あんたホントに頭使わないやつね、もう。他人事にも程があるじゃないの。どんだけ深刻な事態が起こるかちっとも考えようとしないんだから」
「実感わかないし」
 あきれ顔のヨランダだが、アーネストはどこ吹く風。自分の身で体験しない限り、こいつには何を言っても響かない。ヨランダはそう思った。
(ボディで身体能力強化できても、オツムの中身まではどうにもならないようね)

 雑談だけしてアーネストは薬局を出た。
「そろそろ腹ごしらえを――」
 しかし、彼が食料品店に向かうより早く、町の広場に設置されている巨大なモニターがパッと何かの映像を映し出す。そして、町中を飛び回るスピーカーが何事かを喚く。耳に入ってくる限りでは、ただのニュースのようだ。昨日の戦闘で損傷あるいは死亡、あるいは行方不明となったサイボーグ戦士の数が、まず報じられる。それから、行政、研究所、警備隊などの機関が集まって、《森》だけでなくサイボーグにも対応できるボディの開発を急いでいる、とも報じられた。帰還した戦士は、基本無償で修理をしたが、ボディの損傷が激しくて在庫のない者は試作段階のボディと交換した。現在は、その試作ボディのテストをしてくれる戦士をつのっている。しかも、急募。
「ボディのテストったって、何やるんだ。戦うってんなら、俺は武器がないから無理なんだけどなあ」
 アーネストはモニターから視線を外し、商店街を歩いた。
「さーて、腹ごしらえするか」

 ドームの天井から見える外は、どんよりとした曇りに覆われていた。
「葬式の日みたいだな、まったく」
 自室にて、スペーサーは窓から外を見、愚痴をこぼす。部屋のモニターはつけっぱなしとなっており、スピーカーからはニュースが流れ出ていく。町のおよそ八割の戦士が、ボディ損傷や死亡、行方不明のいずれかとなっている。行政は現在、研究所や警備隊とともに会議を開いて新型ボディの開発を急いでいる。そして、ボディの損傷が激しい或いはボディの在庫が無い戦士に与えた、試験段階のボディのテスターを募集している。開発したばかりの動作性能を見たいらしい。さて、一体どれだけの戦士が訪れるだろうか。
「このボディはもう旧型か」
 スペーサーは、自分のボディの腹を叩いた。つい先日までは最新型としてデビューしたばかりなのに、研究所が次のボディを開発してしまえば、《森》の木々の伐採に特化したこのボディは旧型と呼ばれてしまうのだ。科学技術の進歩はとてもはやい。
「で、今度はまた開発したボディに取り替えられてしまうんじゃあるまいな? このボディにやっと慣れてきたところだったのに……」
 窓から外を見るのを止め、モニターに向き直る。画面を流れるニュースを見る。
 新型ボディの開発の次は、行政による外出禁止令の再度の知らせ。次は、町の観測所による《森》の動き。今の所、《森》周辺をうろつく苔の獣の数は少ない。狩るならば絶好の機会ではあるが、外出禁止令のため、ドームの外に出ようと言う戦士は一人もいないはず。最後に、遠方の町が壊滅の危機にひんしているとテロップが流れたところで、彼はモニターの電源を切った。
「《森》の木と苔の獣だけじゃない、今後はサイボーグとも戦わなくてはならない。住処を失った人間は新たな町を求めて旅をするだろうし、その途中で全滅する可能性もある。もし生き残ってこの町へ住みつこうということになったらどうなるか……」
 また窓の外を見る。どんよりとした暗雲は空を覆い尽くし、今にも雨が降りそうだ。
「むしろ今まで難民がたどりつかなかった事の方が奇跡なんじゃないか? ここは世界有数の規模を誇る《森》だからサイボーグ技術の発達は早かったはずだが、それでも、《森》との戦いを想定していた技術ばかりが発達していたな。ここで、難民サイボーグが到着して町の定着を望んだらどうなる? 受け入れるにしても人数次第、町の乗っ取りを企んでいるか否かはわからない、移動中に《森》の花粉や苔を浴びてそれを潜在させているかもしれない。昨日の戦闘で、大勢のサイボーグ戦士が傷ついたとはいえども、そこで難民サイボーグとの戦闘が起こったらどうなる? ほかの町はもしかしたら対サイボーグ技術が発達していて、逆にこっちが手足の出ない状態になるかもしれない」
 ぶつぶつ独り言をつぶやいているところで、窓の下に広がる道に、警備隊の上層部の連中が歩いて行くのが、目に入る。
「会議の次は開発のための研究か。日陰にいて肩身の狭かった警備隊も、この戦闘による甚大な被害でようやっと日光を浴びることができたみたいだな」
 スペーサーは窓のブラインドを下ろした。現在待機命令が出ているため、寮から外には出ていけない。暇をつぶすために書庫から何か本を取り寄せようかと思ったところで、急に、町中を飛び回るスピーカーが緊急の放送を流した。
『緊急事態発生! 《森》が行動開始! ドームバリアを緊急展開します!』
 スペーサーはブラインドを手であげて、《森》の方向を見る。ドームの壁でよく見えないが、《森》の方からは黄色い煙のようなものが吹き上がっている。
「……花粉か?」
 見ていると、ドームが急に分厚い特殊金属の壁で覆われていった。
「ドームの壁すら通過するようなものが、《森》から発せられたのか?」
 このドームには、《森》の根や枝による攻撃を防ぐために、ドーム全体をさらに特殊金属の壁で覆う非常事態用の防御システムが存在する。普段は《森》が苔の獣を放つだけで、これぐらいならばドームを覆うことはない。苔の獣はサイボーグ戦士たちが討伐してしまえるからだ。
「ドームに防御態勢を取らせるほどの出来ごとか。それは解明済みなのか、未知の攻撃なのか。一体どっちなんだ?」
 どれだけ人間が科学技術を発達させても、自然にはかなわない。自然を破壊すればするほど、そのダメージが人間の側へとかえってくるように出来ている。《森》が繰り出すのは、今のところは根や枝による攻撃と苔の獣、奥に生える花からの花粉、昨日登場したサイボーグ戦士しか知られていない。あの黄色い気体はただの花粉だろうか。《森》が人間をなかなか支配できないことに対する苛立ちで、手っとりばやく操るために大量の花粉を飛び散らせたのだろうか。
「《森》を焼き払ってしまえれば……」
 いまいましそうにつぶやいて、スペーサーはブラインドを下ろした。

 この大量の花粉が効果を現すのは、後日であった。


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