第7章 part1



 ここ数日、《森》は花粉を大量に飛ばし続けた。花粉は辺りに落ちるだけでなく、風に乗って在る程度は遠くへ運ばれていった。一方でドームから外へ出る住人はひとりもいなかった。獲物がいないと悟ったか、苔の獣も《森》から出てこなかった。
 静かな、だが不穏な数日間がすぎていった。

 ドームの町にある唯一の武器屋にぽつぽつと武器が並んではあっという間に消えていく。アーネストは毎度買いそこなって無駄足を踏んでいた。
「あーあ、今日も買いそこなった……」
 寝坊したためにまた買えなかった。アーネストはため息をついて、商店街からアパートまでの帰り道を歩く。ここ数日の、暇つぶしの散歩のおかげで、新しいボディの使い心地にも慣れてきて、違和感なく道を歩ける。何か食べてから帰ろうかと考えていたその途中、
「クレメンスの奴は嬉々として試作ボディの手術を受けに行ったか。よくあんな中途半端なボディを手に入れる気になるな、まったく」
 聞き覚えのある声が不意に耳に入ってきた。アーネストは道を振り返った。薬局のドアが開いて中に入って行く客がひとり。その後ろ姿を見て、アーネストの脳裏にその人物が浮かび上がった。
《森》との死闘の日、瀕死のアーネストを担いでドームへ戻ったその命の恩人は、同時にアーネストにとって不愉快な人物であった。
「うーん……」
 スペーサーが薬局にはいったのを見たアーネストは、しばし躊躇う。アーネストを助けてくれた命の恩人ではあるが、彼自体は「かなり嫌な」人間だ。そんな奴に礼を言うのは癪に障る。仮に礼を言おうものなら、何かしら言葉が返ってくるだろうが、けしてそれは礼ではないだろう。恩着せがましい言葉か、新米戦士に助けられた事への嫌みか、あるいは何も言わずにその場を去るか……。
(けっ、何を迷ってんだ。礼を言うなら言って、奴が何か小言を言う前にさっさと退散すりゃいいだけのことだろうがよお)
 頭を振って悩みを頭の脇へおしやったアーネストは足を進めて薬局へ入った。
「いらっしゃーい、あら、あんただったの」
 いつも通り、鉄格子に囲まれたカウンターからヨランダの声が飛んでくる。カウンターの手前には、注文した品を受け取ろうと待っている客がいる。あのいけすかない男が。
 男は振り返った。そして、意外だといわんばかりの顔をするも、何も話そうとしない。アーネストが話すのを待っているのか、それとも自分も話すべき言葉が見つからないのか。
「……」
 アーネストは、口を開いた。が、何を言えばいいのか急に分からなくなった。口を開けたまま数秒そのままでいるアーネストに、客に包みを渡したヨランダが声をかける。
「ちょっと何やってんの、ぼけーっとしちゃってさ」
 その声でアーネストは我にかえる。
「え、あっ、そのな……」
 言おうと思っていた言葉が喉の中でつっかえた。包みを抱えたスペーサーはじっとアーネストを凝視したがやがて呆れたようにため息をつくと出口に向かって前進する。
「邪魔」
 そのままアーネストの脇を通り抜けて店を出ようとするも、アーネストがやっと動いてその襟首をつかんだので、彼は足を止めざるを得なかった。迷惑そうな顔で振り返り、一体何の用だと問うた。
 ええい、ままよ! スペーサーの一言がアーネストを押すきっかけとなった。
「あ、あのな、こないだの戦闘のことなんだけど、あー、そのー、た、助けてくれてありがとう……」
 最後の言葉はほとんど空中に消えかかっていた。それでもサイボーグのすぐれた聴覚はそれをきちんと聞き取っていた。
「助けた、はて……ああ、あの時か」
 スペーサーの視線が宙をさまよったと思いきや、彼の視線が下へそれていく。が、すぐに視線はアーネストに向けられた。
「いや、助けられたのは私も同じだから」
「は?」
「戦闘中に風穴を空けられたボディの損傷がひどかったから撤退しようとしたら、何かに足を引っ張られて、体がよろけた拍子に苔のサイボーグの攻撃を運よく回避することができたんだ」
「うん」
「で、そのとき私の足を掴んで引っ張ってたのがあんたなんだ」
 言われてアーネストは先日の記憶をたどる。生命維持装置が切れかけ、視界が闇に包まれる中、残った右腕を伸ばして何かをつかんだことまでは憶えている。先ほどの話を聞く限りでは、そうとは知らずにスペーサーの足をつかんでいたようだ。アーネストとしては助かりたい一心でとにかく前に進んでいただけなのだが。
「そ、そうだったのか……。おい、ちょっと待て」
 アーネストは、店を出ようとするスペーサーを再度引っ張って足を止める。
「何だ一体全体。言いたい事があるなら一度に言え。私は忙しいんだから」
「今から言う! お前そのまま俺を担いでドームへ帰ってきたのか?」
「そうだ」
「それは本当か? 嘘くさいなあ」
「私が嘘をついて何の得がある?」
 スペーサーは、襟首をつかんでいるアーネストの手をふりほどく。
「それとも本当にあの忌まわしい場所にほっぽっておいてほしかったのか、あんたは?」
「そんなわけあるか! というか、本当にどうして俺を助けたんだ。お前の性格なら俺をほったらかしてるだろうから余計に動機がわからねえんだよ」
「なぜかは私も分からない」
 とんでもない答えが返ってきた。
「体が勝手に動いていた、としか言いようがないな」
「お前なあ」
「それでも、救助自体は人の道に外れた行為ではないはずだ。そのままほっぽりだされて死んだり、後で報酬として金銭を要求されるよりはましだろうが」
「そりゃそうなんだが……」
「それならそれでいいだろう」
 それじゃ、とスペーサーは、茫然としているアーネストの脇を今度こそ通りぬけ、薬局を出ていった。
 やっとアーネストが我に返った時には、店を出たスペーサーはとっくの昔に往来を歩きだしていた。その背中を見ながら、アーネストはぶつくさ言う。
「あいつ、俺に助けられたと言いながら礼の一つも言わずに店を出ていきやがった。ホントに嫌な奴だ」
「次にあんたがあの人を助けたら、言ってもらえるんじゃない?」
 ヨランダは涼しい顔で、カウンターに頬杖をついている。
「まー、見た感じ、あの人の性格だと無理かもしんないけどねえ」
「な、お前もそう思うだろ? ドームの中にいた時の、あいつの担当のナニーの教育が悪かったんだよ、きっと」
「かもしれないわね。でも人間は教育通りに育つとは限らないって、何かの本で読んだおぼえがあるわ。きっとそれに当てはまるタイプの人なのよ」
 そこでドアが開き、客が入ってきた。
「いらっしゃいませー」
 ヨランダは素早く頬杖をやめ、営業スマイルでカウンターごしに客を迎える。買い物を済ませた客が店から出ると、雑談の続きを開始する。その間、スイッチが入りっぱなしのラジオからはラジオ番組が流れていたが、ニュース速報に切り替わった。
「臨時ニュースをお伝えします」
 ニュースの内容は、この町に向かって、北百キロの方角からサイボーグの集団が迫りつつあるというもの。監視カメラの映像から判断すると、彼らは《森》から身を守るために武装しており、およそ五十人ほどの集団でゆっくり歩行しているようだ、とのこと。
「以上、臨時ニュースをお伝えしました」
 このニュースはラジオだけでなく、町中のモニターにも一斉に流された。静かな店外が急に騒がしくなってきた。
「あらあら、とうとうこの町にも来たのね。今までは他の町の傭兵となるべく町から出ていくばかりだったのに。もしかすると、サイボーグとの戦いが町の中で起こるかもしれないわねえ」
 ヨランダはラジオの音量を下げた。アーネストはきょとんとしている。
「何で?」
「何でって、もう……あんたの脳みそも改造してもらえばよかったのに。こないだもそれについて話をしたでしょ! 《森》との戦闘で住居を失くした人たちがこの町へたどりついて住みつく際に、下手をすると戦いに発展するかもしれないって! 憶えてないの?!」
「おぼえてない」
「研究所は脳みその記憶力についても改造を検討すべきだわね」
 ヨランダはため息をついた。
「戦闘能力と引き換えに記憶力が低下するなんて、ボディが不良品なのね、きっと」
「えー?」
「それにここ数日は《森》が花粉をばらまいてるし、風も強い。この町へ向かっているひとたちが、この《森》の花粉で既に理性を乗っ取られていないとは限らないのよ。知らず知らずのうちに《森》の手先になっている可能性だって否定できないんだから! アタシたちは、このドーム以外にも人間や町が存在し、サイボーグパーツの仕入れや傭兵としてこの町から戦士が出ていくことで他の町とは連絡を取り合うことができるってことを知っているでしょう、ここの《森》の規模がとんでもなく大きいために、必然的に《森》と戦うためのサイボーグ技術が発達しているおかげでね。それでも傭兵に出かけていったからと言って現地の《森》に勝てるとは限らないわ。せっかく《森》と戦って手柄を立てても町の犯罪に巻き込まれて死んじゃったりする可能性だってあるしね。それに、《森》に敗れて町ごと失ってしまったらその人まで難民になってしまうわけよ、住む場所を失うんだから」
「……」
「住む場所が無いなら探すしかない。というわけで、その人の故郷であるこの町に、大勢の町の住人を連れて戻ってくるかもしれない。真っ先に思い浮かぶ場所だもの、当然よね。サイボーグ技術の特に発達した地域だから、簡単には消え去ることが無い。でもこちらは簡単に歓迎することはできないわ。余所の《森》との戦いで、この地域の《森》にはない特別な花粉を浴びている可能性があるから。この町で開発されているワクチンがその花粉の成分に有効かどうかもわからない以上、厳重な身体検査が行われたとしても、もしかしたら見逃してしまうかもしれない。この《森》の花粉とは違った形で脳内に潜伏しているかもしれないもの」
「……」
「仮に何も異常がなくても、彼らを受け入れるかは行政が判断するの。行政がノーと言ったら、難民の受け入れは無し。せいぜい食料や修理部品の配給をするぐらいかしら。でも彼らがそれで納得しなかったら、最悪の場合はこっちも身を守るために戦うしかない。住む場所が大事なのはどっちも同じなんだもの。仮に行政がイエスと言って受け入れが行われたとしても、彼らが本当は町を乗っ取って安楽に暮らすために来たのなら時機を見計らって町中で暴動を起こし、行政を乗っ取り、逆にアタシたちを追い出す恐れがある。今、この町の戦士の大部分は先日の戦闘で損傷や死亡、武器の生産は追い付かずの状態。この町は今、戦士型モドキの家庭人型サイボーグしかいないのと同じよ。戦闘にしろ受け入れるにしろ、どっちにしたって最悪の形を考えると完全に無事では済まないわよ。で、アタシの言ってること、わかってるの?」
 ヨランダはカウンターから身を乗り出してまで熱心に話すが、アーネストの脳みそにはろくに届いていないらしかった。阿呆面のままで彼女の話を聞いているのだから。ボディ改造による戦闘能力の強化だけでなく脳の記憶力や理解力の強化も、今後は研究対象に入れてほしいものだと、ヨランダは思う。
(そうしないと、アタシが疲れちゃう)
 雑談が終わるとアーネストは薬局を出た。その背を見送り、ヨランダはため息をついた。
「あーあ。もっと頭を使うべきってこと、ドームにいた時ナニーから教えてもらわなかったのかしら。これから先が色々心配ねえ。あいつ単純なやつだから……」

 研究所の寮へ向かうスペーサーは、町のビルに設置されたモニターに目をやる。先ほどから同じニュースが繰り返し流される。《森》の花粉の動き、このドームに近づきつつあるサイボーグたち、天気予報。
(ここ数日は風が強いものな。あの大量の花粉が風に乗って何処へ運ばれたのか……)
 黄色い煙にも見えた大量の花粉。連日、花粉は空を飛び続け、町は外出禁止令が徹底されてドームの入り口はシャッターで固く閉ざされている。現在は研究所が花粉を調査しているはずだがまだその成分等の発表はない。
「調査が遅すぎる。外から他の連中が来るのにも受け入れか反対かを決めねばならんのに、行政も研究所も、何をやってるんだ」
 ぶつぶつ言いながら歩く。スペーサーとしては、サイボーグ難民を受け入れることには反対である。難民たちは彼らと同じく同じく《森》を討伐するためにサイボーグ化しているだろう。保護を求めるためでなく、単に町を乗っ取るために渡り歩いているだけのならず者集団かもしれない。行政の返答しだいでは町の戦士とよそ者との戦いに発展するだろうが、先日の戦闘でこの町の戦士の数は激減、武器の生産は追い付かず、研究所は警備隊とボディの開発を急いでいるが彼らの到着までに間に合うかどうか……。
「外の連中と戦わねばならなくなった時、敵の規模と戦闘力次第で、この町は負けるだろうな。仮に戦闘が起こらず平穏無事に受け入れられたとしても、何らかの形で住人との間に軋轢は生じるはずだ。とはいえ最終的に判断して指示を出すのが行政、一般人は簡単に口をはさむことは出来ん……」
 ぶつぶつ言いながらも彼は研究所へたどりついた。研究所の一角から、どやどやと大勢の戦士が出ていく。開発したてのボディの動作テストをしに来たのだと、スペーサーは察する。
(普通に動けても、いざ戦闘となった時にテキパキ動けなければ、いくら戦闘用ボディとはいえ、取り替えた意味がないものな。私のボディは修理されただけだから、別にテストは必要ない……)
 研究所の寮にある自室に入り、薬局で買った包みを開けて中のものを机の上にころがす。ワクチンと錆止め、研磨剤。
「もう、戦闘データの収集どころではなくなってきたな。この町はこの先生き残ることができるのかどうか……」
 買ったばかりの錆止めのフタを開け、自分のボディのメンテナンスを開始しようと工具箱を開けたところで、部屋のモニターの電源が勝手に入った。緊急事態が起こると、町中全てのモニターの電源が勝手にオンになるという仕組みのためだ。
「緊急速報!」
 モニターの向こうでアナウンサーの鋭い声が響く。同時に、スペーサーを呼び出すコール音が部屋に響いた。
「これから会議か。面倒くさい」
 とはいえ呼びだされた以上行かねばならないので、モニターをつけっぱなしにして、しかし速報を聞かず、彼は部屋を出た。呼びだされた会議室へ入ると、既に局員たちは集まっていた。彼が席に着いたところで、会議が開始。スペーサーは、部屋の明かりが消されて薄暗くなった後に、壁のスクリーンに映し出された画像を見た。細かな分析表。《森》から飛んできた花粉の分析結果であることは一目瞭然だ。
(新しい成分が含まれているな。人間が肉体の機械化で花粉による支配から防御するなら、《森》は新しい成分を作り出して対抗するというわけか)
 スペーサーは説明を聞きながらも、手元に配布されている資料にペンで小さくメモを取る、忘れないように。
(記憶力の増加も、今後のサイボーグの研究課題として入れるべきか? 記憶すべき事柄を簡単に忘却の彼方へ追いやることのないようにするために。いや、本来脳は忘れるものだ。そうしなければ情報過多で脳がパンクするからな。やはりいじらない方がいいのかな。機械化した人間を、人間たらしめる唯一のパーツだからなあ)
 別の事を考えながらも、手は機械的に動いてメモを取っていた。
 会議が終わる。会議と言うよりほぼ一方的な説明会と言った方が正しいだろうけれど。
(花粉の新成分は気分高揚型の麻薬と同じ。麻薬とは、元は草から作られていた薬で、精製された粉末状のものは各地で高額取引されていたと言う事ぐらいは知っているが、服用した際の効果についてはイメージがわかないな。気分高揚ということは、一種の興奮剤と考えていいんだろうか)
 会議室のドアが開いて局員たちがぞろぞろ出ていく。スペーサーも同じく出ていこうとしたところで、上司に肩を掴まれる。
「はい?」
 半分驚き、半分嫌悪で振り返った彼に上司は問う。曰く、サイボーグとも《森》とも戦えるボディが開発できたから、動作テストのために手術を受けてほしい。
「テスト? クレメンスが既にそのボディの手術を受けて動作テストをしているのでは? ほかにも同じボディを持つ戦士はたくさんいるのでは?」
「確かにその通り。クレメンスは消極的な君と違って進んで手術を受け、積極的に研究データを集めてくれるから助かっている」
「ならば私に声をかける必要は……」
「今回開発されたばかりのものは、君のボディをベースにした、戦闘経験の浅いサイボーグを倒すのに向いた軽装備型だ。クレメンスは逆に、特に戦闘経験の豊富なサイボーグを迎え撃つのに向いた重装備型だ。だから手術を受けて使い心地を確かめてもらいたいのだ」
「戦闘経験が豊富かなど、素人の私はどうやって見分けるんです? それに私はこのボディでも十分に戦えたのだし、テストなら他に、手術を受けてくれるサイボーグの戦士たちを募れば――」
「どてっぱらに風穴を開け、生命維持装置の一部を故障させた君がそれを言うかね。それと、戦士たちの件だが、彼らは彼らで、それぞれ手にしたボディの性能把握とデータ収集のために連日ここへ来てもらっている。それに、これは――」
「上からの命令、ですか?」
「わかっているではないか」


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