第7章 part2



 三日後。
 この町に近づきつつあるサイボーグ集団との遠隔交信が始まって一日経過した。彼らは町への居住を望んでいる。《森》の放つ苔の獣に邪魔をされているせいなのか、人数は最初にカメラで捕捉された時よりも減っている。風は相変わらず強く、絶えず遠くへ花粉を飛ばし続けている。

「あー、やっと武器が買えたよ。長かったぜ、ホントに」
 武器屋から出てきたばかりのアーネストは、新品のハルバードと冷凍銃を手に、満面の笑みで往来を歩いた。新品のため、今まで使っていたものよりもスイッチや引き金が固いが、じきに慣れるだろう。
「あとは外に出られるようになるだけなんだがなー」
 戦士の役目は《森》や苔の獣と戦い、いずれは《森》を滅ぼすこと。そうしなければ、人間は生き残ることは出来ない。
「じっとしてるの、もう嫌になってきた」
 生身の肉体ならば「体がなまる」からと運動して体をほぐすものだが、サイボーグの体はそうしなくても平気だ。とはいえ、じっとしていることの苦手なアーネストが、いつまでも小石のように大人しくしているはずもなかった。
「武器が戻ったところで早速手に慣らしておきたいけど、アパートの部屋ン中で振りまわすわけにはいかないよなあ」
 ぶつぶつ言いながら歩いているところで、町の公共掲示板に何気なく目をやる。
「この町の研究所の貼り紙、まだあるんだな。試作ボディの性能テストをしてくれる戦士の募集……まだやってるんだな」
 今まで気にもしなかったこの貼り紙にアーネストは改めて目を止めた。
「行ってみるか。体を動かすのにもちょうどよさそうだし」

 性能テストの会場は、町の研究所。テストに協力すれば少額の報酬も貰え、しかも新しいボディに慣れておきたい戦士にはうってつけの募集だ。アーネストの参加は遅すぎたが、彼は体を動かして新品の武器を手に馴染ませればそれで満足なので、特に気にしてはいない。
 アーネストがでかけていったところ、会場付近には既に大勢の戦士が来ており、順番に並んで開館を待っていた。彼の到着と同時に会場が開き、どやどやと戦士たちが一斉に入る。アーネストもそれを追ってはいったのだが、
「何でお前もいるんだよ」
 最初に意外な人物に素っ頓狂な声をかけることになった。
「ふん。また新型の手術をうけさせられたんだ。そして性能のテストをしろだとさ」
 不機嫌な顔でスペーサーは答えた。
「今までのボディでも十分戦えていたと言うのに、まったく、技術発達の前では、人の意思など尊重されやしない」
 スペーサーの見た目には変化が無いけれど、話からして、防護服の下には開発したてのボディが隠されているに違いない。
(新型ってことはまた新しくボディが開発されたってことだよな。こいつは確かブリザードとワイヤーをつかって戦ってたはずだけど、今度はどんな武器を仕込まれてんだろ?)
 スペーサーをしげしげ眺めながら、アーネストは問うた。
「でさ、掲示板のチラシ見てきたんだけど、テストって言うけど、何やるんだ? 武器を持って戦いあうのか?」
「……ろくに掲示物を読まずに来たな。やるのはあれだ」
 スペーサーが指さした先に在るのは、体育館ほどの広さのスペース。そこではサイボーグ戦士たちが、飛んだり跳ねたり走ったりを繰り返している。
「なんだありゃ」
「見ればわかるだろう、ボディの運動性能のテストをしてるんだ。私はあれが大嫌いなんだがな」
 スペーサーの言葉に、アーネストの頭の中に、ドームで暮らしていた時の光景がよみがえる。肉体を持つ身である以上、ずっと動かないでいれば体がなまり、運動能力が鈍る。また、運動することで他の子供たちとの交流を深められる。という名目でスポーツをしていた。体を動かすことが好きだったアーネストは、スポーツで誰かと関係を深めずとも普通に友達が作れたので、スポーツは体を動かす娯楽のひとつでしかなかったのだった。
「ふーん。まあお前の性格からすると、ああいうスポーツテストっぽいもんは嫌なんだろうな。それより机にかじりついて本を読んでる方がずっとお似合いだなー」
「当たり前だ」
 スペーサーはぷいとそっぽを向いて、去った。その背中を見送りもせず、アーネストは再度、戦士たちに目を向けた。
(まさかスポーツテストとは思わなかったぜ。てっきり、武器を振りまわして戦いあうもんだとばかり思ってた。でも、武器を振りまわしてボディが傷ついたら修理しなくちゃいけなくなるから、スポーツテストになっちまったんだろうな)
 アーネストは結局テストを受けた。武器を振るう機会はなかったが、通常の戦闘と同じぐらい激しく動くことで、戦闘時のボディの動作を把握することは出来た。テストが終わり、銀貨数枚という少額の報酬をもらって会場を出たところで、会場から研究所への通路を歩くスペーサーの背中が目に入る。
「ん?」
 アーネストは、彼の体から何かがヒラリと飛んで舞い落ちるのを見た。義眼の視力を強化した所、それは以前アーネストが拾ってやった局員証であった。
「あいつまた落としてやがる」
 拾ってやるかとアーネストは通路まで歩く。通路は吹き抜けとなっており、アーネストは腰の高さほどの仕切りをまたいで乗りこえて中へ入ろうとする。
 バン!
 自分の顔面と体に走った衝撃。何かにぶつかった時のそれがボディを襲う。痛覚を弱めてあるのでただの衝撃にすぎなかったが、アーネストを驚かせるには十分だった。何かに体がぶつかってよろけた彼は体勢を立て直した。
「な、なんだこれ、見えない壁が……!」
 彼は、仕切りの上にある透明な壁にぺたぺた触る。アーネストの立てた派手な音を聞きつけたのか研究所に入ったばかりのスペーサーがドアを開けて顔を出す。
「何やってるんだ」
 ぺたぺたと見えない壁を触るアーネストの正面に立つ。
「ここは特別な壁を張ってある。外部からの侵入や爆発物による破壊を防ぐためにな」
 壁ごしでもちゃんと声は届いているようだ。
「だから用があるんならちゃんと研究所の入口へ回れ。ここから入ろうとしても無駄だ」
「用? お前がまた落し物なんかしやがったから拾ってやろうと思っただけだぜ」
 アーネストの指さす先に落ちている白いもの。局員証。
「!」
 スペーサーは防護服のポケットをあちこち探ってそれが無い事を知り、大股で歩いてそれを拾い上げ、ポケットの一つに押し込んだ。
「おい、落としたのを教えてやったのに礼もねえのかよ」
 立ち去ろうとする背中にアーネストは言葉を投げつけるが、反応はなかった。スペーサーはそのままドアを開け、研究所の中にひっこんでしまったから。
「……」
 アーネストは、閉ざされたドアをしばし睨みつけた。
「あんにゃろお。まじでナニーはあいつの教育に失敗してやがるぜ。というか、そのナニーもどんな教育を受けてきたんだよ、まったく」
 とりあえず局員証は拾われたので、これでよしとしよう。
「マジであいつには腹が立つ。ええい、むしゃくしゃしてきたから、一杯飲んで帰るか」
 アーネストは回れ右して会場を出、商店街への道を歩き始めた。

 ヨランダは店番をしながらラジオを聞いていた。客の大幅に減った薬局に流れるニュースの内容はここのところ同じものばかり。《森》の操る戦士との戦いを経た後、町の戦士が大勢損傷して戦闘態勢を充分に整えきれない今、ワクチンの売れ行きはゼロであり、それどころか全て一旦回収されてしまった。
「暇ねえ」
 かといって勝手にカウンターから離れるわけにはいかないので、暇つぶしにラジオを聞いているのであった。
 連日流れるニュースは同じようなものばかり。外出禁止令、《森》の飛ばす花粉の量、苔の獣の数、天気予報、そして、この町に近づきつつあるサイボーグ集団との交渉。エネルギーさえ補給すれば休憩をはさまずとも数百キロは走れるサイボーグであるが、電波などで交渉しているために到着が遅いのだろうか。
「行政は結局どうするつもりかしら。受け入れるならそれで、準備ってものがこっちにもあるんだけどなあ」
 つまみを回してチャンネルを変えようとしたところで、ニュースの続きが入る。《森》の飛ばす花粉の分析が完了し、現在新しくワクチンを開発していると言う。
「ワクチンのつくりなおしって……今までのじゃ効かないような成分があの花粉の中に入ってるってこと?」
 ニュースをじっくり聞くと、どうやらそのようだ。
「これは怖いわね。新型の花粉を作り出せるなんて、やっぱり《森》は学習してる。今までのやり方ではだめだと理解出来たんだわ。それにこの花粉、この町に近づいてるサイボーグの集団にもきっとふりかかってるわね。下手をすると、あの人たちが既に操られている可能性もある……」
 ヨランダは頬杖をつく。
「やっぱり受け入れは無理よね、こんな状態では」
 しかし、町民がどれだけ反対の意を示そうと、最終的な決定を下すのは行政だ。もし受け入れが承諾され、外から来たサイボーグに門戸が開かれた時、どうなるだろう。遠方の離れた町と連絡を取って物資を輸送してもらうのとはわけが違うのだ。物資はあくまで意思を持たないモノであるが、サイボーグは意思を持つ存在だ。《森》は彼らの脳内に入りこみ、操ることができる。《森》の新たな花粉をドームへ持ちこまれたり、最悪彼らの内部に既に入りこんでおりドームに入った途端武器を振りまわして暴れ出す、という可能性も否定できない。
「どうなることやら……警備隊の出番が増えるのは間違いないでしょうけど、出来れば争いはあってほしくないわ。この町はこれ以上疲弊させるわけにはいかないんだもの」
 ヨランダはひとりごちて、ラジオのつまみをひねった。軽快な音楽がラジオから流れ出た。

 翌朝、町の掲示板に行政からのお知らせが張り出された。町中のスピーカーが同じ内容のニュースをわめいた。

『この町に向かっているサイボーグ集団との交渉は決裂。受け入れを拒否』

「受け入れ拒否。当然だ、そんなことは」
 モニターの電源を切って、スペーサーはつぶやいていた。
「連中が仮にこの町の乗っ取りをたくらんで町中で大暴れしないとも限らん。だが拒否したからと言ってこの町の安全が保たれるわけじゃない」
 部屋の窓から外を見る。ドームの外部は、時々黄色く染まって、そのうち元の明るい青を取り戻す。それの繰り返しだ。そして外出禁止令は解けない状態。
「こんな状態で、しかも新たなボディはまだ完成していない。次々にボディを作ってはテストしデータを集めるだけ。この町は今戦力が大幅にダウンしているんだ、間に合わせでもいいから兵力を増強しなければならんはずなんだが……」
 サイボーグとも《森》とも戦えるボディの開発は日々進められている。本来ならスペーサーは研究者としてそこにくわわりたかったのだが、彼の役目はもっぱら新型ボディの性能テスター。自分でなくとも、戦士型ボディを持つ者は大勢いるのだからそちらをあたればいいのにと、スペーサーは何度も思っている。元々彼は独りを好むがそれ以上に、人嫌いと言っても過言ではないほど、対人関係を築くことをわずらわしいこととして嫌った。成人してからも、人との関係を深くしたくない為に、閉じこもることの多そうな研究者としての道を選んだのだが……。その結果は、人間関係をほぼ構築せずに済むどころか、その逆だったのだ。
「研究員のひとりとして入ったつもりなのに……なんでボディのテスターをせねばならんのだ……」
 まばゆい朝日が黄色い花粉の霧に覆われるのを見ながら、スペーサーは忌々しげにつぶやいていた。


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