第8章 part1
緊急出動。
町のあちこちで警報が鳴り響く。
町の外で、新たな襲撃者が現れたのだ。
襲撃者とはもちろん、先日、町への受け入れを要請したサイボーグ集団。彼らは町から拒否された後に、宣戦布告を行ったのだ。
「結局こうなるのね」
薬局の外を見ながらヨランダはため息をついた。手元のラジオのスイッチを切る。
「アタシもいつ駆り出されるかわからないし、メンテナンスしておかないとね。過去に対人サイボーグとして活動していた実績をかわれて、なんてこともあるかもしれないし」
かるく背伸びをした所で、ドアが開いて客が入ってきた。
サイボーグ集団は黄色のの花粉を全身に浴びていた。いずれも人工の眼球は己の受け入れを拒否した町へとむけられている。しかしそこに、人間の意志はもうなくなっていた。そして《森》からも新たな、操られたサイボーグの群れが出現した。前回襲撃した時はこの数の半分程度しか出していなかったのだ。新たな人形を得た《森》は町を破ろうと少しずつ枝葉を広げ、より広範囲に花粉を飛ばしていた。
徐々に勢力を増し始める《森》側に対し、町はひたすら警報を鳴らしつづけた。行政は戦闘可能なサイボーグを少しでも集めるために、戦士用のボディを持たないサイボーグには戦士型への改造手術を無償で行う、待機中の戦士には戦闘に勝利すれば多額の報酬が支払われる、といった宣伝を開始した。町中の掲示板にビラが貼られ、放送が警報と交互に鳴り響いた。研究所では、花粉の研究が行われ、それへの抗体を持つ薬の開発が始まっていた。《森》ではなくサイボーグを相手にするために改良されつづける戦士型ボディのテスターの報酬も上がっていた。武器の生産が急ピッチで進められて武器屋へ届けられてはあっというまに戦士たちによって在庫がなくなった。
朝からとんでもない慌ただしさで、人々は急ぎ足で往来を行き来する。
戦士型ボディを持つサイボーグのうち、無傷の者からまだ損傷の少なく戦線復帰が可能な者までは、ギルドに集められた。各々の武器を手にした戦士たちはアマチュアからプロまで色々なランクの者がいるが、いずれも表情は緊張でこわばっている。相手は《森》だけではない。《森》に操られた元人間もいるのだ。操られた者の中には、このギルドに集まっている戦士の友人や知己もいる。《森》に食われた仇を討つために戦士型ボディに改造してもらうサイボーグもいるのだが、今回は仇を討ってフィナーレという輝かしい終わりはない。前回同様、友人と知己すらも討たねばならないのだ。
アーネストももちろんその中にいた。
「またサイボーグを相手にすんのかよ……」
先日の大規模な戦闘を思い出して、眉間にしわを寄せる。
ガヤガヤと騒がしい中、ギルドの館内に放送が響き渡ると、水を打ったように静まり返った。内容は至極簡潔、行政で決定したことをそのまま伝えただけ。すなわち、
「町の外に待機している襲撃者は《森》に操られている。町中への侵攻をくいとめるために、彼らを一人残らず討伐せよ」
報酬は破格で、通常支払われる額の3倍だった。《森》と苔の獣とサイボーグが襲ってくるのだし、戦士たちは命を賭して町を守らねばならないのだから、報酬としてそのぐらいは出してもらわねば割に合わない。そのため、報酬目当ての者は歓声を上げる。
「襲撃者は少人数ながら武装しており、町の正面を陣取っている。また、苔の獣も《森》からぞくぞくと姿を現し、町の包囲網を作り上げてようとしている。かつてない数であり、この場に集まった戦士全員でなければとても討伐しきれない。皆には武器を振るい、町を守ってもらいたい!」
言うまでもないことだ。この場に集まっている戦士のほとんどはそう思ったに違いなかろう。
放送で出陣時間が告げられた後は解散、戦士たちの半分はギルドを出、あと半分は町の商店街へと繰り出した。
「出陣は明日の朝か」
アーネストはギルドを出た。そして何故か薬局に入っていた。
「一日のばしちまっていいのか? 苔の獣に囲まれるってのによ」
「明日に延ばさないと準備が整わないからでしょ」
薬局の客としてではなく、雑談相手としてやってきたアーネストにいやな顔をするどころか、ヨランダは涼しい顔をしている。
「武器や薬の生産だけじゃないわ。新しくサイボーグ手術をされたら、体が馴染むまでそれなりに時間がいるしね。それに、明日までの時間を利用して、《森》がどう出てくるか観察することも出来るわ。すぐつっこむのがいいとは限らないもん」
「まだるっこしいな。いつもどおり突撃すればいいじゃねえか」
「そんなことしたら、あんたなんか真っ先に殺されるわね。苔の獣や《森》じゃなくて、こないだみたいにサイボーグが相手なんだから、《森》や苔の獣より知恵ははたらくかもしれないわ」
「そうかあ? 操られてるんだろ、そんなら《森》が全部指図するから、バカな奴はバカなまんまじゃねえのか?」
「わかってないわねー。操られたサイボーグがバカでも、《森》がそれを上回るぐらい賢いなら、《森》に操られたほうがより厄介な存在になっちゃうのよ」
「?」
アーネストが首をかしげたところで、店内に客が入ってきた。ヨランダはただちに営業スマイルをつくり、アーネストはカウンターから少し脇へどいてやる。そしてヨランダが客をさばき終わると、二人はまた雑談を始めた。彼らの話は町の存亡に関わるものであったのに、全く危機感のなさそうな話しぶりであった。
「出陣すらもデータ収集の場か。ノルマを果たすのも局員の務め、か」
新型ボディの検査等がすべて終了した後、スペーサーは自室で愚痴をこぼした。彼はギルドには行かなかったが、研究所で職員から直接聞かされたのだ。明日、戦士は皆戦うこと。そして研究所は新型ボディ及び研究段階のボディの戦闘データ収集を決めたこと。当然、スペーサーもそのボディのデータ収集役である。
「クレメンスが張り切っていた? そんなこと知るか」
不機嫌に窓の外を見る。窓の外には、町とそれをすっぽり丸ごと覆う壁が見える。透明な壁の先には黄色い景色。《森》の飛ばす花粉だ。研究所は現在、この花粉についても研究を進めている。
「丸ごと《森》を焼き払えればどんなにいいものか。だが、火が効かないのはいたいな。少しでも燃えにくくするために《森》も進化しているからなあ」
黄色い景色を見ながら、ぶつぶつつぶやく。そして何気なく視線を窓の下部へ落とした。商店街の大通りが目に入る。その中で行き来する住人たちのあわただしいことといったら。
「明日の準備で忙しいんだな。薬より、むしろ棺の準備をすべきなのかもしれないが……私としては、研究だけ出来ていればよかったんだがこんなことで命を落とすのはな……」
とりとめもないひとりごとが部屋の中に響いた次は、沈黙が続く。そのうち、彼は自分のひとりごとにすら我慢できなくなったのか、部屋を出た。何か気晴らしをしようと資料室へ入った。出陣までの待機時間は暇。メンテナンスが終わった以上、何もすることはない。だから暇つぶしとして《森》と戦ってきた間の、町の技術発達の歴史でも調べてみようか、と気まぐれを起こしたのだ。本当に何か《森》と戦う有効なヒントが隠されていれば儲けものだが、何も見つからなくても時間つぶしにはなるのだ。
「さーて、何から読もうかな……」
部屋の棚をざっと見ている間、背後の廊下をクレメンスが通った事に、スペーサーは気づかなかった。いや、気付いたとしても知らんぷりしたことだろう。とにかくスペーサーは適当にファイルを抜きだして、読み始めた。
新しく開発されたばかりの試験段階とはいえボディの動きを把握するのにそんなに時間はかからなかった。戦闘経験豊富なサイボーグを相手にする為のボディを与えられたが、仕込まれている主な武器は、硬度を高めた刃物や切れ味鋭いワイヤー。これは以前のボディと変わらないが、武器の強度が大幅に上がっており、敵の武器を力任せに数回たたきつけられただけでは壊れない。ただし、クレメンスは戦士としては新米であるから、いくらボディの性能や武器が優れていようと、実際に戦闘でそれを扱いこなしつつ苔の獣や操られたサイボーグを屠れなければ話にならない。
(ボディの開発に必要なデータを集めねば。小生は研究者として昇進できん)
クレメンスは出世欲が強かった。一刻も早く昇格するべく行動した。上からの指示には必ず従い、それどころか自ら進んでそれを提案した。研究者になれば、もっと重要な開発にも携われるし、なにより、こんな危険な事をせずにすむはずだからだ。さいわい、研究所に入所した同期は、基礎研究こそ優れているが人嫌いで出世にも興味を示さない変わりもののため、クレメンスに変わって研究所そのものを掌握することはまずなかろう。
待機命令が出ている現在、町の外には出られない。だが、《森》に操られたサイボーグたちを迎え撃つのにも、町を守るのにも、準備が必要なのだから仕方がない。クレメンスは最後の調整のために、研究所が町の戦士たちに試作ボディの身体性能テストをしている会場へと向かった。
(明日の戦いで死ぬわけにはいかん。早くボディの武器を使いこなさねば……)
明日の出撃に備えた大勢の戦士に混じって、クレメンスはボディを動かした。
夕方、町が臨戦態勢を整えるのとは反対に、《森》はひっそりと静まり返っていた。光合成で力を蓄える日中と同じぐらいに静かだ。日が暮れてしまえば、本来ならば活動時間に入るのだが、今は違っている。まるで町から現れる戦士達を待ちうけるかのように。それでも己の守りは固めてある。木々の隙間を太い枝が複雑に入り組んでバリケードを作り上げ、人間たちが内部へ簡単に侵入できないようにしてあるのだ。
夜を迎えると、《森》は花粉を飛ばすのをやめてしまった。町から人間が誰も出てこないのだから、これ以上飛ばしても、何の獲物も得られないからだ。支配下に置いた人間たちと、《森》の奥にまだいる人間たち。そして苔の獣。《森》の戦力は現在これだけだ。あとは、外側の木を何本か倒された程度で、特に痛手をこうむっているわけではない。木なら何百とある。人間達を捕らえ、屠り、操るには十分すぎる。
勝てる。
夜風で枝葉を揺らしながら、《森》は勝利を確信した。
珍しく強い風が吹いている。この季節、古い葉が新しい葉に代わる為、古い葉が少し強めの風に乗ってドームを直撃し、どこかへ飛び去っていくものだ。この光景を、戦士御用達の、《森》の様子を映す専用チャンネルで《森》の様子を観ていたスペーサーは呟いた。
「嵐でもないのになかなか風が強いな」
この時期に強風とは珍しいと思いながら、膝の上のファイルを閉じる。資料室から持ち出してきた、過去の《森》との戦闘記録を読んでいるのだ。明日の出撃までの暇つぶしを兼ねて、何でもいいから《森》への新たな攻撃手段を閃くことができるだろうかと考えてのことだ。しかしあいにく、サイボーグ技術発達といくつかの兵器の衰退が書かれているばかりで、《森》を討つヒントになりそうなものはない。火もききにくいし、火の使用後の反撃もすさまじい。はるか過去には枯れ葉剤という劇薬も使われていたしそれは確かに効果があったのだが、人間がその影響を受けて子子孫孫に影響を受ける障害を負った。何もヒントになりそうにないと諦めて、明日の出撃に備えて《森》の様子を見ておこうと、ファイルをわきにどかす。モニターの中には、強い風で枯れ枝と枯れ葉をいくつももぎとられていく《森》が映っている。さすがに、炎の攻撃などには耐性があっても強風には勝ち目がないらしい。木々の枝葉を削いでも、まるごと幹を切り倒さない限り大したダメージにならないけれど……。
あの強風のように、枝でなく、木々を丸ごと吹き飛ばすことはできないだろうか。そして、《森》のぐるりは基本的に木々の幹が防御しているが、苔の獣や操っているサイボーグを出すために防御を解かねばならない時もある。だから、《森》が無防備になった時を狙って何らかの手段で木々を吹き飛ばす事は出来ないだろうか。
スペーサーは足早に資料室へ急いだ。過去の、既にすたれた武器のファイルが必要だった。資料室の奥の奥につっこんであるものを片っ端から探さねばならない。もし武器ファイルにそれが載っていなくても、ここは《森》との戦いにそなえて様々なものを開発する研究所だ、何か代わりになるものがあるはずなのだ。
「徹夜になっても構うものか、とにかく探さなくては!」
彼のつぶやき通り、その作業は夜を徹して行われた。資料室の明かりは真夜中までついたまま。それから、残業した研究員が仮眠を取りに研究室をでるのに出くわすと、彼は代わりに施錠するからと鍵を半ば強引に預かって、研究室へ飛び込んだ。持ちだしてきたファイルを全部机の上に広げて、それに書かれているものが薬品棚にないか探しまわった。そうして必要なものが全部揃うと、実験の始まりだ。
「さて、建物を『ふっとばす』ようなことにならないよう、気をつけねばな」
久しぶりの研究活動に、スペーサーは燃えていた。研究への情熱が頭をもたげ、脳に組みこまれているチップからアドレナリンが放出され始めた。
そうして研究が形の上で完成したのは、朝の六時すぎ。
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