第8章 part2
朝を迎えた《森》は、光合成を開始した。防御態勢を解き、苔の獣と、捕らえていた人間を解き放つ。《森》の操り人形と化したサイボーグたちも、のろのろと脚を引きずりながら出てくる。準備は完了していない。まだ花粉はまけない。それはもっと日が昇って気温があがった後だ。花が開かねば、花粉は飛ばない。《森》といえども元は植物、自然の法則には従わねばならない。
ドームから人間たちが出てくるのを、《森》と苔の獣は発見した。花粉を飛ばす前にこちらの戦力を減らすつもりであろうか。しかし、こちらは新しく下僕を手に入れているのだ、そう簡単に木々を切り倒させるものか。
朝一番の出撃。日が昇り、気温があがって花が開くと花粉が飛ぶ。その前に敵の戦力を一人残らず討伐するのが、今回の目的だ。出動命令をだした行政がとんでもない無茶をいっているのは住民すべてが承知しているのだが、《森》と苔の獣だけでなく、《森》にあやつられたサイボーグまで相手になると、ドームの安全はこれまで以上に脅かされる。だからこそ早急に討伐せねばならないのだ。
「さーて、いっちょうやるか」
戦士たちに混じって、アーネストはハルバードを握る。自分の新しいボディにはだいぶ慣れた、少なくとも実戦でも通用するぐらいには。いや、通用させねばならないのだ。この戦いから無事に、生きて帰るためにも。
一陣の風が合図をつげた。強風が勢いよくその場を通りすぎた後、苔の獣とサイボーグたちが攻撃を仕掛けてきたのだ。戦士たちはそれを迎え撃つ。出撃する前に打ち合わせたように、接近戦を得手とする戦士と中距離戦を得手とする戦士がまず脚の速い苔の獣を討つ。サイボーグたちは操られていて動きが鈍い上、行政の解析で、彼らはこのドームで作られる武器よりはるかに質の劣るそれを装備していることが判明しているので、武器の投てきにだけ気をつければ問題ないのだ。
苔の獣があらかた冷凍銃で凍らせられて微塵に砕かれた所で、今度はサイボーグたちの討伐に入る。敵味方が入り乱れての交戦。だが《森》も黙って見ているわけではない。奥から、さらに苔の獣を作り出しては戦場へと送りだして加勢させる。サイボーグと戦っている戦士たちのうち、ちょっとでも敵の隙を見つけた者は苔の獣を冷凍銃で凍てつかせて動きを止める。だがそのほんの数秒の動きの停止にサイボーグがつけこみ、武器で傷を負わされる。
アーネストは、向かってきたサイボーグのナイフの一撃を半身をひねって回避、よろけた相手を蹴り倒し、柄を短くしたハルバードを片手で振り下ろして相手の首を素早くはねる。オイルを散らしながら跳ね跳んだ首の向こうから苔の獣が襲いかかってきた。アーネストはハルバードを振り下ろした体勢のまま、もう片方の手に握っていた冷凍銃を苔の獣に向け撃った。凍てつく苔の獣。それを砕きながら襲いかかってくる、錆だらけのサイボーグは手の鉄棒のようなものを振りあげた。アーネストは射撃の体勢のまま、ハルバードを片手で持ちあげ、水平に振りまわす。錆だらけのサイボーグが武器を振り下ろすより早くハルバードの刃がサイボーグの胴を真っ二つに切り裂いた。アーネストはその勢いを利用して右脚を軸に蹴りを繰り出し、相手の体を蹴り倒して首をはねた。
相手にしている、新たな《森》の手下のサイボーグたちは、かつて《森》に呑まれた戦士とくらべて戦闘技術が低かった。倒されるのは、戦士よりもサイボーグの方が多くなる。だがそれを補うために《森》の放つ苔の獣の数は増す一方だ。
このままでは、多勢に無勢。苔の獣に傷を負わされる戦士が増え、少しずつ士気が下がり始めたとき――
ドーン! ドドーン!
突然、轟音がどこからか響いてきた。その大きな音に、戦士たちは一瞬動きを止める。どうしたことか、苔の獣も操られたサイボーグたちも、同じく動きを停めてしまった。
「な、なんだ……?」
アーネストは呆然としたが、
「やったか?」
どこか場違いな、しかし緊張をはらんだ声が聞こえた。聞き覚えのあるその声の主は――
「ええい、邪魔だ!」
鋭い一声と共に、何かが空を切り裂く音。それがきっかけとなったのか、声の聞こえた周囲の戦士たちが我に返って目の前の苔の獣や、サイボーグたちを討つ。
クレメンスは、先ほどの声が聞こえた方向にちらりと目線をむけるも、すぐに視線を目の前のサイボーグへと戻す。腕のバズーカで二人のサイボーグを屠り、口からブリザードを吹きつけて苔の獣を凍てつかせた。それで多少の余裕ができたところで、先ほどの方向へちらりと目を向けた。
「間違いなく奴の声」
一体何を、と言いかけたところで、苔の獣におそいかかられ、クレメンスは迎撃におわれた。苔の獣にバズーカの砲口に噛みつかれる。強引にバズーカを発射して苔の獣を木端微塵にしたが、反動の熱が自身にもおそってきた。砲口をふさがれたぶんの反動は大きく、クレメンスの防護服が一部熔け、熱風で多少のけぞった。
「これは早急に改良が必要だ、な!」
木端微塵の苔の獣と、その横から飛びかかってきた苔の獣にブリザードを吹きつけ凍てつかせた。
さて、
「もう一発!」
戦場のすみっこ。手首に仕込まれているワイヤーで周囲のサイボーグをいっぺんに薙ぎはらったスペーサーは、苔の獣が襲いかかるより先に、思い切り膝を曲げて高く跳躍した。その高さおよそ十メートル。開発したてのボディとはいえ、身体能力は十分に高い。飛び上がる間に、スペーサーは防護服のポケットに手を突っ込み、丸い塊を取り出した。
「次はこいつだ」
限界点まで跳んだ所で、手に握っていたそれを、煙を上げている《森》めがけて思い切り投げつける。《森》は身を守ろうとしない。先ほどの衝撃を理解できずに戸惑っているのだろう。スペーサーが落下する間に、投げつけられた丸い塊は《森》へ飛び込む。そして、二度目の轟音。木々が土煙を上げつつ何本か浮き上がる。
「それなりに威力はあるようだな。だがもう弾切れだ……」
もっと作っておけばよかった。その言葉は、地面で待ち受けている数人のサイボーグにむかって、ワイヤーと共に放たれた。
スペーサーが《森》へ投げつけた2つの物体のおかげで、《森》の木が少しなぎ倒された。それでも《森》を驚愕させるには十分だった。《森》から指令を受けている苔の獣とサイボーグの動きが大幅に鈍ったおかげで、驚きから立ち直った戦士たちによる猛攻を受け、少なくともサイボーグだけは一人残らず討伐した。
数時間後、太陽が高く昇り、気温も上がる。《森》は花を開いて黄色の花粉を大量に飛ばし始める。戦士たちはドームから響き渡る警報を聞くと、ドームへと撤退した。
戦士たちの中にはサイボーグたちに倒された者もいたが、前回とは異なり、それほど損害のひどいものではなかった。サイボーグと戦うのが二度目ともなるとそれなりに覚悟もできてくるのであろうし、何より戦いの相手はこの町の者ほど戦闘には慣れていなかった。サイボーグたちが元もと住んでいたところは《森》による被害が少なく戦闘も小規模なのであろう。
さて、戦士たちはドームに入ると、花粉の付着がないか徹底的に検査を受けた。次に研究所にかつぎこまれて更に念入りに検査を受け、ボディの損傷がある者は修理された。
戦士たちは噂をし合った。あの《森》の変な煙は一体何だったのかと。
(まさか、あの声はアイツのか?)
ボディの修理が終わった戦士たちがざわめく間、アーネストだけはあの妙な轟音と煙が何によって引き起こされたのか、なんとなく想像がついていた。
(何をやったかしらねえが、俺達の使ってるボディじゃなくて全然別のボディを開発してもらって、そいつの性能を使ったんだろうかなー。まあ、そんなに大した損害も出さずに戦闘が終わったんだ、とにかくよかった)
戦士たちは報酬を受け取りにぞくぞくと移動し、アーネストもそれに倣った。
研究所の報告会議にて、《森》が突然謎の轟音と煙を上げた映像がスクリーンに流れた。それは、スペーサーが装着していたカメラに映っていたものだ。一体何をしたのかと研究者たちに問われたスペーサーは簡潔に答えた。
「爆発物を投げただけです」
その答えに、会議室にいる研究者たちはどよめく。クレメンスでさえもだ。
スペーサーは、昨夜モニターに映った《森》の枯れ枝が強風にさらわれるのを見て、あんなふうに強い風を起こして《森》の木にダメージを与える方法はないかと考えたことを話した。資料室にて過去に使われてきた兵器や化学兵器のファイルをかたっぱしから探しだして調べあげ、今度はそれを作りあげるべく研究室にて徹夜作業をしたのだ。
「薬品庫の薬を使えば火薬類は調合できましたが、火への耐性を持つ《森》には、火を使わない攻撃が良いと判断し、化学反応による爆発が起こるように薬液の量を調整しました。その結果、爆発が起こった地点では《森》はこちらに対して何の反応も見せず、苔の獣や、操っているサイボーグの動きさえも一時的に止まりました。《森》は爆発を火によるものと認識しなかったからと思われます」
スペーサーの新しいボディの性能を試すデータは取れなかったが《森》の木々に対する攻撃手段を作り出したことで(いや、過去のデータをもとに再現したというべきか)、研究者たちはわきかえった。過去のファイルに埋もれた、既にすたれた兵器で《森》にダメージを与えることができたのだ。これならより安コストで、《森》に多大なダメージを与える武器を開発できるかもしれない!
会議室が湧きかえる中、面倒くさそうにため息をつくスペーサーと、苦い顔をしているクレメンスだけは、空気が冷えていた。
新しい会議が始まり、研究者たちは過去の資料を漁った。スペーサーは面倒くさい会議に参加させられる羽目になった。ボディの研究よりも新しい武器の開発をするために。長ったらしい会議。スペーサーは試作品を改良したくてたまらなかったのだが、一応研究者たちの意見も聞いておくことにした。
(しかし、私が今後この爆発物の研究に携わることはもうないんだろうなあ。私はあくまでボディのテスターとしての価値しかなさそうだし……まあ、ボディのテストをせずに爆発物のテストをしたわけだから、ボディはこのまま続投ということにはなるかな)
長ったらしい会議は夕方になってようやっと終わりをつげ、スペーサーは安堵した。
「ねえねえ! すんごい大きな音があったんですってねー!」
薬局にて、ヨランダはアーネストを相手にしゃべりまくっていた。
「あったあった。そんでもって、なんだかわからねえけど、木がちょっと空に飛んでったみたいに見えたぜ」
多額の報酬を受け取ってから、アーネストは時間つぶしの為に薬局を訪れたのだが、そこからずっとヨランダの話し相手を務めている。もともと、買い物ではなく雑談のためにきているのだから、ヨランダの話が無駄に長くてもかまわない。
「モニターで見てたけどさー、あれって何だったの、結局は」
「さあな。でも俺は、誰がそれをやったのかってのは、一応予想できてるぜ」
「予想?」
そこで薬局の扉が開き、ヨランダは反射的に営業スマイルを作った。
「いらっしゃいませ」
あら。客の顔を見て、思わず言いかけた言葉。それはアーネストも同じだった。
いつぞやの黒髪の客、クレメンスが入ってきた。機嫌の悪さを隠しもせず買い物を済ませると、さっさと出て行った。
「さっさと出て行っちゃったわねー。なんか感じ悪い」
「ほっとけよ。そんなことより――」
アーネストは、朝の討伐で謎の轟音を起こしたとおもわれる、人物の名を挙げてみせた。
「あいつ研究所の研究員だからなー、どんな武器を開発したかはしらねえけど、そいつでバーンとやっちまったんだろうよ」
それからしばらく雑談が続いた後、アーネストは薬局を後にした。今日はもう出撃の指示はないので、食事を取ったらそのまま帰宅するつもりで商店街を歩く。町中では、朝の戦闘のニュースがモニターから音声と映像つきで流れている。明日はどうなるだろうか、やっぱり朝から出撃だろうかとアーネストは思いながら、食料品店の扉を開けた。
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