第2章 part1



 宿に戻ってきたシンイチたちは、待っていたボロンたちに、明日は、情報屋の報酬としてうずをまいたつるを探してほしいと告げた。
「というわけで、ボロン、頼むぞ」
「もちろん!」
 ボロンは胸を張った。おたからの調達に関しては、シンイチはボロンに一任している。目当てのおたからを手に入れやすいモンスターの生息地や植物の自生地などを良く知っているためだ。連れていく面々も、クルーレ・サンディ・チコの三名と決まっている。彼らは二軍メンバーではなく、おたから調達班なのだ。シングは魔獣語の勉強も兼ねて彼らと一緒に付いていく事が多い。そして今回もついていくことにした。もちろんガブりんも一緒だ。
 翌日、ボロンたちがおたから調達のために宿を発った。残ったシンイチたちは、宿で大人しく待つのではなく、いつも通りクエストをこなす。
「サヤ」
 パブに行く前に、シンイチはサヤを呼ぶ。彼女が足音も立てずに傍に立つと、彼はひそひそと囁いた。サヤは軽くうなずいて、風のように駆けていった。
「リーダー、なにしたんですー? サヤさんはー?」
 アレンが間延びした声で問う。シンイチは、
「頼みごとをしただけだ。明日には戻るはずだ」
 とシンプルに回答した。
 吹きすさぶ冷風の中を歩いてパブに到着する。晴れ渡った春なのに、風は真冬並みの冷たさだ。パブに入ると、暖炉で暖められた温かな空気が一同を出迎える。
「あー、あったけえ」
 アーロックは嬉しそうに暖炉の傍へ寄る。店内にいる客たちは、クエスト掲示板でクエストを探すよりも、暖炉の近くの席で何か飲みながら話に興じている方が多かった。シンイチはまっすぐクエスト掲示板に歩み寄ろうとしたが、パブのマスターが彼を呼びとめた。
「あんた宛てに手紙が届いてるぜ」
 礼を言ってそれを受け取り、シンイチは上等の紙で作られた封筒の封を開ける。中に入っている手紙を読む。それは、ヒースカリス家の当主が書いたものである。依頼を受けたことに対する感謝の言葉と、一刻も早く殺人犯を探しだしてほしいという要望、もし捕らえる事が出来たなら報酬は望むだけ支払うことも書かれている。
(我らに依頼を出す必要などないだろうに、全く。それとも、役人たちやほかのクランでは役に立たんと考えたのか? エンゲージを専門とする我らならば尚の事だろうに……)
 シンイチは手紙を封筒に入れ、懐にしまった。次に、昨日、治安維持管理局から渡された、被害者のリストを取りだし、眺める。連続殺人事件が起きた日付の順に被害者の名前と居住地が記されている。中にはその町に泊まっていただけの名もなき旅人すら入っている。最初はロアル・オーダリアを問わず起きていた殺人事件だが、最近はモーラベルラに集中している。
(この様子だと、またモーラベルラに殺人犯が現れるかもしれんが、確実な事は何も言えんなあ。別の町に現れるかもしれないしな)
 マスターに緑茶を注文して、それが出来るまでの間、シンイチはクエスト掲示板を眺めた。他の皆は熱い飲み物を注文し、それを飲みながら暖炉の傍の席に座って話をし始めた。リーダーがクエストを決めるまではそうやって時間をつぶすのだ。
 特にめぼしいクエストはなかったので、熱い緑茶を飲みながら(なぜ沸騰寸前の湯で緑茶を淹れるのか、シンイチにはさっぱりわからないのだった)、シンイチはマスターと話をする。最近起きている連続殺人事件が主な話題であったがそれには豊富な噂話が付いて回っている。尾ひれがついているのか真実なのかわからないところが多々あった。犯人は殺人が大好きなのだ、体の一部が切断されるのはきっと一種のフェチだからだ、なにかのパフォーマンスのためにあんな惨殺を繰り返すんだ、心臓をほしがるのはペットにでも食わすためなんじゃないか……。
(ふむ、そういえば心臓が抉られていたんだったな)
 シンイチの黒い瞳の中にあのヴィエラの亡骸がうかびあがる。血まみれの死体は片腕が斬り落とされ、心臓を何かでえぐりだされていた。魔力が残っているところからして、普通の武器を用いたとは思えないが、一体どうして心臓を持ち去ったのだろう。
(……湿地の魔女に相談してみるか。古代呪法には贄(にえ)を必要とするような忌まわしいものもあるからな)

 深夜。トラメディノ湿原にある湿地の魔女の小屋へ、魔法陣の力で飛んでいったシンイチは、湿地の魔女に、このユトランド全土で起きている連続殺人事件について話をした。その被害者全てが、体の一部と心臓を持ち去られていることも。
「ふふ、メツッとした話を持ち込んできたねえ、坊や」
 湿地の魔女は優雅に笑って椅子に座った。
「では、古代呪法に何か関係のある事なのですか?」
 シンイチも椅子に座りながら、魔女の反応に思わず身を乗り出す。湿地の魔女はいわゆる「メツッとした」話を好むのだ。
「もちろんさ。生贄を用いる古代呪法はいくつもあるけどね。何で心臓を抉ったのかについては、もう少し情報がほしいところだね」
「左様ですか……」
「肉体の一部を持ち去るのは、相手に呪いをかけるためでもあるし、喰らうことで己の力を強化するためでもあるし……まあ色々あるけど、肉体を用いて行うものといったら目的はたいていこの二つに分かれるのさ」
「……」
「あんたは面白い事に首を突っ込んでるんだねえ。ふふふ」
 湿地の魔女は笑っている。その反応から、厄介なものを相手にしたのではないだろうかと、シンイチは密かに思った。
(犯人は古代呪法に通ずる者と見ていいのだろうか。いや、まだ結論を出すのは早い。もっと情報が要る。そのためにサヤを使いにだしたのだから……)

 朝、ボロンたちが戻ってきた。うずをまいたつるを四つか五つ持って帰ってきたが、皆ボロボロ。産卵期のモンスターは凶暴になっているので、採取よりもむしろモンスターを追い払うのに苦労したのだとか。シンイチはおたからを受け取って礼を言い、今日は一日ゆっくり休むようにと労いの言葉をかけた。
「あーくたびれた。シャワーあびなくっちゃ!」
 泥だらけのサンディはスキップしながら宿へ直行する。食事の前にまずは体の汚れを落とさねば。クルーレとシングも後に続く。チコは体の汚れをあまり気にする様子はないが、チャドにモルボルくさいから洗ってこいと言われ、しぶしぶ宿へ向かった。
「ところでにいちゃん」
 頭に、いびきをかいているガブりんを乗せたまま、ボロンがシンイチに言った。
「ゼドリーの森の木が変な切られ方をしていたよ」
「変な切られ方?」
 聞くと、若木だけが切り倒されているのだが、樵の切り方ではないと言う。
「樵だったらさ、左右から木を切って行って切り倒すけど、あの切り株は片方だけ斧の刃を入れていって最後に木の重さでへしおれたって感じだった。木の切り方を知らない奴がやったんだよ、きっと。……それがどうしたって言われたら終わりなんだけど、気になってさ」
「そうか……」
 魔力を宿すことで知られるゼドリーの森の木々を無許可で切り倒すことは禁じられている。もし勝手に伐採すれば重罪だ。あの辺りをなわばりとする、シークたちの野蛮なクラン・ゼドリーファームでさえ伐採を行う事はない。ヘンテコな野菜を育てているだけである。
 ボロンが宿へ向かった直後、サヤが音も気配もなく、どこかからシンイチの傍に姿を見せた。シンイチは驚きもせずふりかえる。サヤはひそひそと囁く。シンイチは一瞬目を丸くしたが、すぐ元に戻る。
「そうか……」
 彼はサヤを労い、ゆっくり休むように言った。
 サヤが音もなく去った後、シンイチはしばらく考え込んでいた。サヤに密かに調査を頼んだ理由は、心臓を抉るのに用いた凶器について知りたかったからだ。ポピーたちは「心臓を抉ったのは刃物である」ことしか知らなかったので、具体的にどんなものが使われたのか、彼は知りたかった。サヤは治安維持管理局に潜入し、事件の記録を調べあげて、凶器を特定した。
 刃が波打つ短剣クリスナイフ。儀式用に使われてきた、魔力を帯びた金属でつくる短剣だ。シンイチの知る限りでは、クリスナイフを用いて行う魔術の儀式は現在にはないと言っていい。古代呪法なら話は別だが、どうであろうか……。
(私ひとりで断定するのは危険だな。湿地の魔女の半分ほども古代呪法に通じていない私に何ができると言うのだ……)
 だが、少なくとも魔術について知識を持つ者が犯人であることだけは断定してもいいだろう。
 ……。
 パブにて。
 皆が昼食を取っている間、先に食べ終わったシンイチは、クエスト掲示板に貼られた羊皮紙を見る。
『モーラベルラ夜間警備隊募集! クラン専用クエストのため、クラン所属の方のみを対象としております……』
 連続殺人事件の犯人を突き止められないためか、とうとう治安維持管理局が重い腰を上げて、各町の夜間警備隊をクランからつのりはじめたのだ。それまでは兵士と局員だけが見回りをしていたのだが、それでも住人の不安をぬぐいさるには至っていなかったのだ。
(ひょっとしたら犯人がまた現れるかもしれんな……受ける価値はありそうだ)
 警備は明日の夜からの開始。文面からして、今日いちにちかけてクランを集める予定のようだ。シンイチはそれを引き受けることにした。ちょうど明日ごろにポピーの情報屋に何かしら情報も入ってくるはずだ。三日後くらいとポピーは言ったが、それより早く情報が入ることだってあるのだ、行って損はなかろう。報酬の先払いもできる。
 シンイチはその羊皮紙を掲示板から外して、パブのマスターに持っていった。情報料をもらったマスターはさっそく手続きを開始。シンイチは皆の所へ戻り、先ほど受けたクエストについて話す。
「警備かよ、つまんねえ」
 アーロックは、テーブルに肘杖をついた。
「警備なんて歩きまわるだけだろう? どうせならハデにエンゲージしてスカッとしたいぜ」
「犯人の出方次第ではエンゲージに持ち込めるかもしれん。文句を言うんじゃない」
「警備ってことは夜やるの?! あたし夜に弱いのに」
「来たくなければ来なくてもいいが、シングのお守をしてもらうぞ」
「うっ……」
 サンディは思わず黙った。子供の苦手なサンディにとって、シングと二人きりにされるのは地獄なのだ。
「わ、わかりましたリーダー! 行けばいいんでしょ……」
 夜間警備などのクエストでは皆が当然エンゲージに備えて出かけることになるのだが、非戦闘員であるシングは当然留守番だ。だが、一人で宿に残すと物盗りが忍び込んだ際に襲われる危険性があるので誰か一緒にいてやることにしている。その役目は大抵アレンである。同じ種族だからか、シングはアレンに一番懐いている。今も、アレンの隣席に座っている。
「では、アレン。留守番たのむぞ」
「はぁい」
 アレンはのんびりと返答した。

「クリスナイフかい。魔力を宿す武器の中では、一番よく使われるもんだね」
 トラメディノ湿原の、湿地の魔女の小屋。深夜の今、嵐が荒れ狂っているが、小屋の周囲にはられている結界のおかげで、風の音は聞こえてこないし、雨も降り込んでこない。
 シンイチの話を聞いた湿地の魔女は、優雅に笑った。
「でも、それだけではねえ。ふふふ。その面白い奴の目的までははっきりしないねえ。力がほしければ心臓ひとつ取るだけでも十分なのに、わざわざ他の所まで切り取るとはねえ」
 湿地の魔女の好きな、メツッとして暗い話。シンイチは、玉虫色の酒をちびちび飲みながら、湿地の魔女が彼の話に興味をそそられているのだと感じとっていた。
「ひょっとしたら、明日の夜、その面白い奴に会えるかもしれません。町の警護をせねばなりませんから」
 確証はない。だが、モーラベルラに殺人事件が集中しているのならば、もしかしたら……。
 それから二人はとりとめのない雑談をした。帰る前、シンイチは湿地の魔女に頼みごとをした。湿地の魔女は快くそれを引き受けてくれ、かわりに彼の頭髪を一本求めた。
「万が一の保険にね、ふふ」
 湿地の魔女は優雅に笑い、シンイチが魔法陣の力で宿に戻った後、その頭髪を不思議な文様の刻まれたつぼの中へ落として呪文を唱えた。
 後ろの壁に置かれた棚の一つにはさまざまな薬に混じってひとつの瓶が置かれている。その瓶の中には、小さな光の球が閉じ込められ、さびしげにフワフワと浮いていた。それは、十三年前に彼女が取りだしたシンイチの魂の半分であった。

「いらっしゃいクポ。情報はもう入ってきてるクポ!」
 シンイチは昼前にポピーの店を訪れた。待ちかねていたのか、すでに店内にいたポピーは嬉しそうに言った。
「いつもだったら産卵期で情報の集まりは悪いけど、今回はうまくいったのクポ。で、報酬を」
 シンイチは、うずをまいたつるを包んだ紙包みを渡す。ポピーは包みを開けて、中身を確認した。
「うん、ちゃんと四本あるクポ。ちょっとモルボルくさいけど、ありがとクポ。じゃあ、頼まれていた情報クポ。これにまとめておいたから読んでほしいクポ」
 ノーラがシングとガブりんをお茶と焼き菓子でもてなしつつ魔獣語の授業をしている間、ポピーはシンイチに、連続殺人事件の発生前や最近モーラベルラにも起きた、あらゆる事件をまとめた羊皮紙の束をわたす。事件について知るだけならば新聞を読むのが一番早いのだが、記者が見落として書かなかった事を情報屋が知っている事もあるため、シンイチは新聞を参考程度にしか読まないのだった。
 窃盗やら空き巣やらモンスターの襲撃やら、ありきたりな事件ばかりだ。だがシンイチの目を引いた事件が二つある。連続殺人事件の発生する三日前、モーラベルラの図書館が何者かに結界を破られ、蔵書を何冊も奪われる盗難事件が発生していた。蔵書はいずれも、研究者のみが閲覧を許される、古代呪法に関連する書物ばかりだ。だがその内容は非公開となっており、一般には蔵書が盗まれた事だけしか知らされていない。ポピーたちでさえ、盗まれた蔵書が古代呪法関連のそれであることをつきとめる事は出来たが、書物のタイトルやその内容については、探り出すことはできなかった。
 最初に殺人事件の発生した一週間ほど後、ゼドリーの森の、特に魔力の強い若木が何本も何者かによって切り倒された。だが、当時それに気が付いたのはモンスターだけだった。この無断伐採は今朝の新聞で報じられたし、前日ボロンがシンイチに伐採の件を報告したので、既にシンイチは知っている。
 ポピーは、シンイチがそのふたつの事件について書かれた羊皮紙だけを抜きとったのを見て、
「この盗難事件と、最近起きている連続殺人事件と、無断伐採と、何か関連があるのクポ?」
「……わからん。だが、気になるんだ」
 そうは言ったものの、シンイチは頭の中では「ひょっとしたら」と考えていた。書物が盗まれ、その後でクリスナイフで心臓を抉る残忍な連続殺人事件が各地で発生した。
(蔵書の盗難と殺人事件は結び付けられるが、無断伐採はどうにもわからん)
 書物から古代呪法の知識を得た者が、その術を使うために生贄として殺人を犯し始めた。そのように仮説を作ることはできる。だがそれと森の木を切るのと何の関係があるのだろう。木ならば他の場所にも生えているのに、わざわざ魔力の強いものを選んで切っている理由は何だろう。
「何の関係もないかもしれないし、何か関係があるかもしれない」
 うまくいけば、今夜の警備で、犯人を捕まえられるかもしれない。
 シングとガブりんを連れて店を出ると、後ろからポピーの声がした。
「また来てクポ〜」


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