第4章 part1



 トラメディノ湿原。
「よお、あんたまた遭ったな」
 クエストでのゾンビ退治を終えたショートレンジのクリストファーは、声をかけた。
 カモアのパブで彼の愚痴を聞いていた、異国育ちの剣士である。彼は、草むらにかがみこんで何かブチブチと引き抜いていたが、クリストファーの気配を察したか、声をかけられる前にクリストファーの方を見たのだった。
「あ、ああ……」
 立ち上がった剣士は、わずかに驚きを示していた。ここで出遭うとは思ってもみなかったのであろう。それはクリストファーも同じこと。
「あんたもゾンビ退治に来たのか? そうだったら残念だな、ここらへんのゾンビは俺が全部退治しちまったよ」
「いや、ゾンビ退治に来たわけでは……」
「あ、そうなのか。ところであんた、こないだも言ったかもしれないけど」
 シンイチを知らないだろうか。その問いに、剣士は首を横に振った。クリストファーは肩を落とした。
「あいつ、いったいどこへ消えちまったんだよ、本当に……。煙みたいに消えて手がかり全然なしって……これで三週間目だ……」
 それからクリストファーは言った。
「で、あんた、ここで何してるんだ?」
「このあたりに自生する薬草を採取しに来ただけ……」
 剣士の言うとおり、草むらには、野生種のムスクマロイが少し生えている。だがわざわざここで採取せずとも、タルゴの森には薬草の自生する所があったはず。クリストファーがそう言うと、
「急病人が出たから……」
 相手はそう答えただけだった。物事を深く考えないクリストファーはその返答に特に疑問を抱かず、何なら手伝おうかと申しでる。が、相手はやんわり断った。
「そーか。じゃ、俺はクランに報告しなくちゃいけないから。それじゃな」
 クランへ報告するためにクリストファーが去った後、剣士はほっと安堵のため息をついた。

 ガードナーは現在、フロージスに到着したところだった。この町出身のサンディは三カ月ぶりに実家に顔を出した(クランでどんな活躍をしているか誇張して自慢するために、である)。ほかの皆はパブで休憩中。
(にいちゃんがいない分、おいらがしっかりしてないと駄目だってのは、わかってんだけど……)
 ここ数日、ボロンのため息は増加の一方である。ガブりんの食欲も落ちていく一方だ。
「ボロン、ため息ばっかりつくなよ。こっちにまでうつっちまう。せっかくの酒がまずくなるじゃねえか」
 アーロックはエールのコップから口をはなし、ボロンに言った。
「そりゃわかってるよ」
 ボロンは答えた後、またため息をついた。頭の上のガブりんは、しわだらけの頭にさらにしわを増やしてしまっている。
「でも、どうしてもため息ばっかりになるんだよなあ。エンゲージもあまりうまくいかないし。やっぱりにいちゃんがいないとダメだよ……」
「クポ〜……。ホントにリーダーどこに消えたのクポ?」
 チコのポンポンがだらりと垂れた。楽観的な兄と違って、やや悲観的な弟。
「あの女の手掛かりもないしねえ」
 アレンはテーブルに肘杖をついた。
「ところでサヤはどこにいったのぉ?」
 サヤはカウンターでパブのマスターから何かを受け取ったところであった。手紙である。それを読んだ彼女は耳をピンとたてた。皆に背を向けているので、彼女の表情は分からない。やがて彼女は皆のテーブルへと歩んできた。
「この手紙、シンイチさんからです」
 皆、サヤ顔負けの速度で飛び付いた。
「にいちゃんから?!」「リーダーから?!」
 サヤから手紙をひったくるボロン。
「リーダーからだって?」
「早く読んでクポ!」
 クルーレとチャドがせかす。ボロンは、興奮で震える手で何とか手紙を開き、読み始める。

「ガードナーの皆へ。

さて、皆。心配かけて本当にすまない。
やっと怪我が治り、動けるようになってきたところだ。

ゆうべフロージスに到着した。今、湿原に、怪我に効く薬草を採りにいっている。
上手く目当てのものが採取できるといいんだが……。
がんばって怪我を治さなくてはな。
ただ気になる事は、私に重傷を負わせたあの女だ。理由は不明だが私を狙っている事は明白だ。
にっちもさっちもいかなくなる前に、何とかあの女を捕まえられないものだろうか。
上手く住処を探り出してほしい。事件の発生率から考えて、モーラベルラの近辺だと思う。
楽な作業ではない事はわかっているが、今の私はそれ以上動きが取れないのだ。
どこに住んでいるかを探り出せれば、あとは捕らえて役人に引き渡すだけで済む。
大ごとになる前に、何とかしてほしい。
理由は聞かないでくれ。あの女を野放しにしてはならないと、私個人が思っているだけだから。
では、唐突だがここで筆を置かせてもらう。
またすぐに傷口が開きかねないので、しばらく私はこの近辺にいる予定だ。
つつがなく、皆と会える事を願う。

シンイチ」

「にいちゃんの字だね、確かに」
 ボロンの手はまだ震えている。これで筆跡鑑定ができるのだろうか……。
「リーダーの手紙なのクポ、やっぱり?!」
 チャドは喜びで飛びあがった。
「やっぱりリーダーは生きていたのクポ!」
「手紙を書くのが苦手なリーダーらしい書き方だねえ、ほんとに。手紙っていうより報告書みたいなもんじゃん、これ」
 アレンはそう言ったが、喜びで頬が緩んでいるのがすぐ分かった。
「でも、『大ごとになる前に』ってあるけど、何がおおごとになるんですか?」
 シングは、首をかしげてアレンに言った。
「動きまわったらリーダーの怪我がひどくなるってことじゃないの?」
「とにかくにいちゃんは生きてたんだ、よかった……!」
 ボロンの手の中で、手紙がくしゃくしゃになった。
「……でも、リーダーはどこにいるんだ? 近辺にいる、とは書いてあるけど、具体的にどこにいるのかは書いてないよな」
 クルーレは頭をかきながらボロンの肩越しに手紙を見る。
「近辺にいる、なんて書かずにフロージスにいればいいのに……。なんで身を隠すような事を書いてるのかな」
「あの女がまだ捕まってないからだろ。きっとこっちにもテレポで来るかもしれねえから、リーダーは傷が治るまで隠れてるつもりなんだろう」
 アーロックはエール酒をぐいっと一気に飲み干した。
 皆ががやがや騒ぐ中、サヤだけは落ち着き払っていた。
 夕方ごろ、サンディがパブに顔を出し、自宅に一泊する事を伝える。それと入れ違うように、サヤはフラリとパブを出ていったが、しばらく経つと戻ってきた。だが誰一人としてサヤがどこかへ出かけた事に気が付いていなかった。
 その夜、ガブりんがいびきをかいてベッドで大の字になって寝ている時、ボロンは部屋でしわくちゃの手紙を読み返した。
(昼間は嬉しくて興奮してたから見落としたけど……)
 本当にシンイチが書いたものだろうか。確かに字はシンイチのそれであるし、シンイチが手紙を書く事を苦手としている事も、ボロンは知っている。
(これ、本当ににいちゃんが書いたのかな)
 ボロンがそのように疑う理由は明白だ。怪我をしているなら、わざわざトラメディノ湿原まで薬草を採りに行かずに、町の治療院に行けばいいだけの事ではないか。そして町の治療院から手紙を出したり言付けたりして、怪我が完治してなくとも、皆にその無事な姿を見せればいいではないか。
(いや、実はにいちゃんは無事だけど、他の誰かに捕まっていて、こんなのを書かされた、とか)
 シンイチに重傷を負わせた赤い髪の女。あの女が瀕死のシンイチを見つけて捕らえ、ガードナーに余計な詮索をさせないために、手紙を書かせたのかもしれない。自分のいる場所を探させようとするのは、逆に居場所が絶対に見つからないと言う自信があるからなのかもしれない。
(でもなあ)
 しかし、その推測を裏付けるものは何もない。そうなるとこの手紙を信じるしかないのだが、どうにも胸の内がスッキリしないのだった。本当にシンイチが自分で書いたものなのか、あるいは誰かに書かされたものなのか……。
(そういえば)
 スッキリしないことと言えばもう一つある。モーラベルラの町の裏通りで、赤い髪の女の前に立ちふさがるように立っていた謎の人物。背中だけしか見ていなかったが、ボロンはやはりその人物に見覚えがあった。だが、顔を思い出すことはできなかった。その人物に会ったのはずいぶん昔の事、まだ幼いころだった。そこまでは思い出せるのだが……。
(やっぱりスッキリしないや)
 ボロンは頭を振って、眠りについた。悩んで夜明かしするよりは寝て忘れる。それがボロンのやり方なのだ。
 いきなりボロンは跳び起きた。眠っていたガブりんがベッドから転げ落ち、不満の唸り声をあげたが、それに構わず、ボロンは興奮した声をあげる。
「そうだ、忘れてたよ!」

 翌朝、ボロンはガブりんを頭に載せて、ガードナーの皆と一緒に、トラメディノ湿原へ足を踏み入れた。クエストやおたから採集で湿原に足を踏み入れる事はあるが、あやかしの住む沼あたりまで足を踏み入れることはめったにない。そのあたりは、薬物調合のクエストを受けたシンイチが一人で進むからだ。他の者を連れていかないのは皆に危険が及ばぬようにするため、シンイチはいつもそう言っていた。
「確かあの辺りだと思うんだけどなあ。にいちゃんに道を聞いておけばよかった」
 目当ての場所が見つかったのは、一時間ほど後の事。それだけ時間がかかったのは、辺りに霧がかかっていて見通しが悪かったことに加え、このあたりの湿原だけは、どんな天気だろうが上空に暗雲が垂れこめており、たとえ真昼間であっても夕方のように薄暗いのである。道が見つかりにくくて当たり前だ。
 明かりのともった東屋が目に入る。あれが目当ての場所だ。
「やった! やっと見つけたぞ!」
 ボロンは思わず万歳した。
「おいおい、ボロン。あそこってもしかして」
 クルーレはやや青ざめている。ボロンは友人の言葉を続ける。
「そうだよ、湿地の魔女の住まいだよ」
 その言葉で、ガードナーは驚愕の声をあげた。
「ちょっと、どうしてクポ! リーダーしか行かない場所なのに、なんで行くのクポ!」
 チコは真っ青だ。だがボロンはだからこそ行くのだと返答した。
「湿地の魔女は、昔にいちゃんを助けてくれた事があったんだ。だから、今回もにいちゃんを助けてくれたかもしれないからね、聞きに行くんだ」
「聞きに行くって、こわいじゃん! リーダーしか行かないのにさ」
 サンディの声は若干裏返り、甲高くなっている。
「湿地の魔女は気分屋だっていうし、お前が何かされたら、俺らリーダーに合わせる顔が無いぞ!」
 いつもの威勢のよさはどこへやら、アーロックはすっかり狼狽している。
 だが、皆が何を言おうとボロンを止めることはできなかった。皆を残し、ボロンはガブりんを頭に載せたまま、東屋までひとりで歩いて行った。
 東屋に近づくにつれ、遠くにぼんやりと見えた明かりはより明るくなっていき、同時に周りがじめじめしてきた。どんよりと空気が重くなり、頭の上のガブりんは身震いする。寒さではない、怯えているのだ。ボロンはそのまままっすぐ歩き、人の気配のする東屋の前へと立った。
「おはいり。そこにいることは分かっているよ」
 いきなり女の声が中から聞こえ、ボロンは飛び上がりそうになった。女の声だがどこか背筋を総毛立たせるには十分な不気味さがある。だが勇気を出して簾をあげ、
「こんにちわあ」
 と、やや小さな挨拶の声を絞り出し、中に頭を突っ込んでみた。
 外見のみすぼらしさとは反対に、中は綺麗で、ちり一つ落ちていない。天井には魔法の明かりをともしたカンテラがつるされて室内を明るく照らしている。壁いちめんにおかれた棚にはたくさんの瓶やつぼが並び、床にもいくつか大きなものが置かれ、空いた壁には干した薬草がつるしてある。そして室内の中央には、不思議な文様を刻んだ大きな金色の壺が置かれ、その傍にはひとりのヴィエラが立っている。赤い服にはいくつもの宝石やアミュレットをつけ、年のころは三十半ばといったところの妖艶なヴィエラ。
 湿地の魔女だ。
 そうだ、記憶の通りだ。ボロンは確信した。ずいぶん昔に一度会ったきりなのに、ボロンはこのヴィエラの姿を思い出す事が出来たのだった。長寿の種族ゆえか、容姿は変化していない。
「あ、あの……」
 中に入ったボロンは、ガブりんが唸り声をあげて角にしがみつくのにも構わず、相手におそるおそる声をかけた。
「すっごくおひさしぶり……。おいらのこと、おぼえてます、よね……?」
 ヴィエラはじろじろと上から下までボロンを見る。
「悪いけど、シークに知り合いなんていないよ」
「や、やっぱりおぼえてない……」
 ボロンは懸命に記憶を引っ張り出しながらも話をした。十三年前、シンイチを助けてくれた時に一緒にいたシークの子供だ、と。湿地の魔女はしばらくボロンを見つめていたが、
「やっぱり思い出せないねえ、残念だけど」
 冷たく言ったのだった。
 駄目か。ボロンはがっくりした。だが、聞きたい事だけは聞いておかなくてはならない。
「あ、あの、たびたびそちらにうちのクランのリーダーが来てたと思うんです、薬をつくってもらいに」
「リーダーだって? 薬を作ってもらいに来るやつは確かにいるけど、どいつのことだい?」
「他の国の訛りで喋るヒュムで、このくらいの長さの髪を首の後ろで束ねてて、刀をふた振り帯に差していて」
「あー、わかったわかった。そいつならよく覚えてるよ。よく来るからね」
 面倒くさそうに湿地の魔女は答えた。よかった、とりあえず現在のシンイチのことはちゃんと知っている。
「最近、来ませんでしたか?」
「いや、来てないよ」
 ボロンは落胆した。湿地の魔女は面白そうにボロンを見る。
「おや、やけにがっかりするじゃないか。あんたのクランのリーダーが来ていないってことが、そんなにショックだったのかい?」
「はい……。もう三週間も姿を消したままで……」
「がうー」
 頭の上のガブりんも、しわだらけの頭にさらに深くしわを刻んだ。
「そいつが生きているといいねえ。で、あんたはどうなんだい? あたしに何か薬でも作ってほしいのかい?」
「いや、ただリーダーのことを聞きに来ただけ……」
「じゃ、用がすんだら、さっさとお帰り」
「はい……」
 冷たい湿地の魔女の言葉だが、ボロンは気にも留めなかった。そのまま背を向けて東屋を去った。
 ボロンの姿が、東屋の窓から見えなくなると、湿地の魔女はくすりと不気味に笑った。
 ……。
 戻ってきたボロンをガードナーは出迎えた。
「どうだった?」
「駄目だった……」
 その返答を予期していたようで、ガードナーの失望はそんなに深いものではなかった。
「でも、ボロンが無事だっただけでもよかったクポ」
 チャドは言った。皆は、そうだそうだと言わんばかりにうなずいた。
 結局シンイチの捜索はふりだしに戻ってしまったが、ガードナーはモーラベルラへ向かう事にした。シンイチの手紙にも書かれていた、あの赤い髪の女を捜すために。


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