第4章 part2



 ゼドリーの森に建つ、おんぼろのログハウス。
「あっ、来てくれたんだ!」
 薬草のにおいが立ち昇る鍋をかきまわしていたアリーシャは、嬉しそうな声をあげた。剣士が戻ってきたからだ。
「で、あのパーツは?」
「いや……」
 剣士は首を横に振った。アリーシャは鍋の中のものをコップに移しながらも、ふくれっつら。グラグラ煮え立つ液体を水のようにゴクゴク一気飲みしてから、
「見つからないっての? もう、一体どこにいるのさ、あのパーツは!」
「それが分かれば、とっくにそこへ探しに行っている……」
「それもそうだね」
 アリーシャはコップを流しの桶につっこんだ。
「今日は新しいママの体を作ってて忙しかったんだあ。すごいんだよ、ママの体がちょっとずつ出来ていくの! でも今日は疲れちゃったから、もう寝るの」
 少し奥の部屋で、人目もはばからずいきなり赤い服を脱ぎ始めたので、剣士は慌てて後ろを向いた。裸体のアリーシャはいっこうに気にかけず、細い体を藁の布団にもぐりこませた。
「ねー、一緒に寝ない? あたし、もう眠くって」
 あくびをしながらアリーシャは言った。
「ま、まだ眠くない!」
「そう、じゃあおやすみ。あ、ママを見ちゃ駄目だからね。ママが完成したらいちばんに見せてあげるから」
 アリーシャはカンテラのいくつかの明かりを消し、眠りについた。家族でもない赤の他人の目の前で服を脱ぎ、眠る。無防備極まりないその姿に、アリーシャが一般常識を全く身につけていないのだということを、嫌でも気づかされる。
 剣士はしばらく室内に立っていたが、アリーシャの寝息が本物であることを確かめ、足音を忍ばせ気配を消し、そっと室内を歩く。藁の寝床の傍を通り抜け、きつい薬の臭いがする奥の部屋まで進む。本棚まで歩むといったん後ろを振り返り、アリーシャが見ていないかを確かめる。寝息が聞こえてきているので、起きてはいない。剣士はそっと本棚に手を伸ばして書物を一冊とり、そっと本を開いた。カンテラの弱い明かりを頼りに、彼は書物につづられた言葉に目を通していき、時々通路を見てアリーシャが起きていないかを確認した。そして棚の全ての本を読み終え、最後の本を棚にそっと戻した剣士は、嫌悪に満ちた険しい目でアリーシャを見ていた。いっぽう、アリーシャは何事もなかったかのように、すやすやと眠り続けていた。

 アリーシャの住まいを出た剣士は、モーラベルラの方角へと歩きだした。あの住まいに長い間いると時間の感覚がくるってしまうが、今が昼時であることは間違いないだろう。明るい太陽が南の空へと昇り、ぽかぽかと暖かい。モーラベルラの町の付近には雪雲がないので、今日は穏やかな天気となろう。
 道なりに進んでいくと森の出口に到着できるが、このあたり一帯は、シークたちのクラン・ゼドリーファームの縄張りなのだった。
「よおよお、そこのにいちゃん」
 当然、運が悪いと絡まれる。狭い道で、三人のシークが剣士を阻む。
「ここらはな、俺らゼドリーファームの縄張りよ。ただで通過しようってわけにはいかねえなあ?」
「だが、出すもん出せば通してやらんでもねえぜ? ぐへへ」
 バーサーカーのシークは、手に握りしめたツメを不気味にカチカチとこすり合わせる。レンジャーのシークはナイフをちらつかせる。
「ぐへへ。そうだなあ、五千ギル出せば、通してやらんでも――」
「断る」
 剣士は己の一声と同時に抜刀するが、シークたちにはその動作がほとんど分からなかった。刀の柄に手をかけたと思ったら、もう次の瞬間には剣士の左手に抜き身の刀が握られていたのだから。だが、剣士が刃向かうつもりだとわかると、驚きから立ち直ったシークたちは一斉に襲いかかってきた。
 数分後、剣士は悠々とその場を去った。急所を打たれて気絶したゼドリーファームには目もくれなかった。
 森を出た剣士が町に到着したのは、その日の夕方。晴れていた空は厚い雲に覆われており、今にも雪が降り出しそうだった。家へ向かう人々で往来は混みあい、道路をチョコボ車が通っていく。剣士は人混みをすり抜けて裏通り付近へ向かう。その先には、「ポピーの情報屋」と書かれたすすけた看板のつり下がったドアがあった。剣士はそのドアを開けて中に入り、店内に誰もいないのを見て、備え付けのヒーリングベルを鳴らす。
「はいはい、どなたクポ?」
 床のあげぶたが開いて、情報屋モーグリのポピーが顔をひょっこりと出した。
「お客さん、初めての方クポね」
 しげしげと客を眺めながら、ポピーは翼で羽ばたき、カウンターの傍の椅子に座る。
「で、モグたちのお店へ来たからには、当然情報がご入り用クポね。そうそう、当店では、報酬としてギルを求めることはないけど、代わりにおたからを支払ってもらう事にしているのクポ。お客さんの情報の内容次第で、どんなおたからを支払ってもらうか決めているのクポ」
 ポピーは咳払いする。
「で、どんな情報がご入り用クポ?」
「……あるクランの情報がほしい」
 剣士の静かな言葉には、聞き覚えのある訛りがあった。ポピーの耳がそれを聞きつけ、ピクリと動く。だが敢えて問わないことにした。目の前にいる客は、その訛りで喋る人物と同じ土地の出身だろうから。
「うーん、クランと言ってもユトランドにはたくさんありすぎるクポ。なるべく有名なものだと助かるクポ」
 冷たい灰色の目に一筋の光が宿った。
「ガードナー……」
 その返答を聞き、ポピーのポンポンが耳と一緒に動いた。
「ガードナーって……」
 この店の、一番のお得意様である。ポピーの表情の変化に気づいたか否かはわからないが、剣士は言った。
「あのクランの、リーダーについて知りたい……」
「クポ。でもどうして――」
「時間を無駄にはしたくない、報酬は今支払う……」
 ポピーの言葉を遮りつつ、剣士が荷物から取り出したのは、彼の握りこぶしほどの大きさのミスリル銀のかたまり。それをカウンターにおいてから、次に取りだしたのは虹色の糸。ポピーは思わず目を奪われる。こんなレアなおたからは、久しぶりに見る!
「うーん。もう少し欲しいクポ」
 レアなおたからに、ポピーは欲をかいた。言われて、剣士が次に取りだしたのは修羅の骨と大牙。
「それで十分クポ。大儲けクポ!」
 ポピーのポンポンが揺れた。
「じゃあ、取引は成立クポ。モグの知っている限りのことをお教えするクポ」
 陽が暮れてから、ポピーの長話から解放された剣士は店を出た。
「また来てクポ〜」
 見送りに出てきたポピーの声がその背中に投げられた。剣士は魔法の街灯に照らされた道を歩いていった。剣士の姿が見えなくなると、
「変わったお客さんクポ。誰か個人の情報を知りたがるなんて今まで無かった事クポ。でもいっぱいおたからを支払ってもらったから、商売モーグリたるモグとしては別にいいクポ」
 上機嫌で、ポピーは店内へと引っ込んだ。
「さて、今日はもう店じまいにするクポ〜」

 ガードナーは夕方を過ぎてモーラベルラに到着した。先に宿をとり、それからパブで夕食をとる。
「あの赤い髪の女がモーラベルラ近辺にいるって言われてもなあ」
 エールのジョッキから口を放し、アーロックはつぶやくように言った。
「テレポでどこかへ消えた女なんだぜ、モーラベルラ近辺に住んでいるとは限らないだろう。もっと遠くかもしれんぜ」
「でも、緊急脱出の時には、たとえ近場であってもテレポ使うことがあるからねえ」
「大丈夫クポ! きっとあの女の隠れ家は見つけ出せるクポ!」
「兄さんはほんとに前向きクポ……」
「前向きじゃないとやっていけないのは確かッス」
「でもさー、いくら前向きでも、何も進展しないんじゃあ意味ないじゃん」
「ホントにリーダーは一体どこにいるのかなあ……」
 ガードナーはあれこれ喋っていた。それに加わっていないのは、ボロンとサヤだけである。ボロンの口数はめっきり減ってしまっている。サヤが寡黙なのは最初からだ。ガブりんはチーズの塊にかぶりついている。食欲は戻りつつあるが、それでも以前ほどには回復していない。
 パブの給仕が盆に封筒を乗せて、テーブルに近づいてきた。ボロンは半分上の空で受け取り、少額のチップを給仕に渡してから、その封筒を見た。差出人の名前は無いが宛先は「ガードナーへ」と書かれている。封筒それ自体は、どこのショップでも手に入る、ごく普通のものだ。
(もしかして、にいちゃんから?!)
 ボロンの心中に期待と希望が生まれてくるが、そうでなかったらと不安が同時に生まれてくる。それでもボロンは封を切って開け、中の便箋を取り出して開いた。
 黙読するうちに、ガードナーはいつのまにか雑談を止めて、ボロンを見つめていた。一体何を読んでいるのか、皆にはなんとなく想像がついている。
 それは、シンイチからの手紙だった。

「ガードナーの皆へ。

さて、皆に心配をかけて本当に申し訳ないが、私はあと数日フロージス近辺にいる。
やっかいな傷が完治しない状態で派手に動くわけにはいかないから。
へたをするとまた傷が開く、それだけ、あの女につけられた傷は厄介なものなんだ。

ポピーの情報屋では、あの女を探すことはできない。
情報は掴みにくいが、あの女がモーラベルラ近辺に潜んでいるのは間違いないのだ。
方法は問わない、とにかくあの女の隠れ場所を探してほしい!
やつを野放しにしてはならないのだ。
忍耐が必要な頼みで申し訳ないが、あと数日ほど私は動けないんだ。
手を貸してほしい。
今夜中に怪我が治っても、無理は出来ない。
やつを追えるようになったら、私はすぐにモーラベルラへ向かう!
またすぐ便りを出す。
つつがなく皆と再会できる事を願う。

シンイチ」

 報告書なのか手紙なのかよくわからない内容。
 ボロンは、手紙を運んできた給仕に、一体誰がこの手紙を持ってきたのかと問う。給仕はわからないと答えた。なぜなら、夕方ごろにパブの郵便受けの中に放り込まれていたからだと言う。クエスト受付用の郵便受けの中に、役所からの通知書や個人宛の手紙が混じる事は珍しくない。
「リーダーが出したとは限らないよな、ボロン」
 クルーレは言った。よろこんでいた前回と違い、今回は冷静である。親友の表情が、ちっとも嬉しそうではない事に気がついたからだ。
「リーダーはフロージスにいるんだろ。でもここは、海をわたったモーラベルラだ。飛空艇の郵便を利用するにしてもさ、宛先もなしに手紙をここへ正確に届けられるはずがないよ。かりにリーダーが手紙を書いたとしても、ほかの誰かがパブに投函したんだ」
「どうしてそう思うのさ」
 サンディの問いに、クルーレは咳払いした。
「住所が書いてないのに、ここへ手紙が届けられてるってことは、ガードナーがこの町にいる事を知っていなくちゃ、出来ないことだからさ」
 その言葉で、皆は「あ」とそれぞれ口にしたが、サヤだけは何も言わない。
「じゃあ、誰がこの手紙を出したの?」
 シングが問うた。が、それにはクルーレは答えられなかった。
「もしかしたらリーダーがやったのかもしんないよ」
 サンディは言った。
「怪我で動けないって書いてあるけど、実はとっくに完治していて、どっかに隠れているとかさ!」
「怪我が完治してるなら、どうして俺らの前に姿を見せないんだよ、リーダーは?」
 アーロックの問いに、彼女は答える事が出来なかった。
 がやがやと騒がしく話をするガードナーだが、ボロンはそれに加わらず紙面を睨みつけているだけであった。
 結局まとまりのつかないままだったが、皆は明日からあの赤い髪の女の居場所を探すために、早めに眠りについた。
 深夜前、宿から一つの影が飛びだし、音もなく暗闇へと滑りこんでいった。音もなく走っているのは、サヤである。彼女はまっすぐに人気のない道を走り、裏通り付近の建物の前で立ち止まる。そこは、ポピーの情報屋。
 情報屋の傍の暗がりに、誰かが立っている。サヤはその人物に近づいていった。

 ショートレンジは、ガードナーがモーラベルラに到着した翌日、フロージスの町はずれに立つカノル砦に向かっていた。クエストの依頼主に会うためだ。クエストをこなすためには、まず依頼主から依頼の内容を聞くことになっている。
「それにしても、俺らを指名しておいて、クエストの内容は現地で話す、なんて変わっているよなあ、この依頼主は」
 カノル砦に到着したショートレンジの皆は、依頼主を探す。崩れかけた砦のあたりを見回したが、ひとの気配はない。
「なあ、俺らって、もしかすると、かつがれたんじゃねえか?」
 ふいにバンガのリーダーがもらす。
「到着が遅れてるだけだろ。もうちょっと待とうぜ、リーダー」
「しかしなあ、呼び出しといて依頼人が遅れるってのは」
 その時、ショートレンジの後方から足音が聞こえてきた。
「きっと依頼人だな」
 皆は振り返った。
「依頼の受諾、感謝する」
 静かな声で、後方から歩いてきた人物は言った……。


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