第5章 part2



 昨夜の嵐はどこへやら。今日は快晴だ。
 ガードナーは、朝も早くからゼドリーの森の中に来ている。目的は一つ、赤い髪の女の居場所を突き止める事だ。デルガンチュア遺跡にも行った、モーラベルラの町を隅々まで捜した。だが収穫はゼロだった。残るは、この森だけだ。実際、自治体の依頼を受けて冒険者やクランがこの森の中に入って、連続殺人事件の犯人である赤い髪の女の居場所を突き止めようとしたのだが、いずれも失敗に終わっていた。
「この森なんてとっくに探されつくしたのに、今更探しても無駄だと思うけどな……」
 クルーレは帽子をかぶり直し、ため息をついた。
「でも、おいらたちが探してないのは、もうここだけしかないんだよ」
「だけどさー、ボロン。リーダーのくれたと思う手紙だって、本当にリーダーが書いたものか疑わしいじゃん。今更だけど」
「そうは言ってもさー。ほかに手がかりなんてないじゃんか」
 ボロンは友人としゃべりあいながら、少し道を外れていく。こんもりとした茂みが増え、たまにゴーゴーバニーが飛び出して、逃げていく。
「あれ?」
 急にボロンは声をあげた。目の前には、細い若木が並んでいるはずなのだが、それが全部切り倒されているのだ。残っているのは、切り口のいびつな切り株だけ。それが、十以上も並んでいる。
「また切り倒されてる」
 ポピーに支払うおたからを探しにゼドリーの森へ来た時も、そうだった。今ボロンが目の前にしている切り株は、誰かが無許可で伐採をした証拠だ。だが、ならず者揃いのゼドリーファームの連中でない事は確かだ。ああ見えても、最低限のラインは守る連中なのだ、森から追い出されないために。
 切り口を調べると、つい最近切り倒されたようだ。
「何調べてんの、ボロン」
「うん、ちょっと気になるんだ」
 その時、
「おーい、こっち見てよお」
 サンディが大声をあげた。その声で、散っていた皆が彼女の元へ集まった。
「何を見つけたのー」
 アレンの間延びした声に、サンディは得意げに翼をバサバサさせた。
「これ見てよ」
 見ると、彼女の杖の先にあるのは、一組の足跡だった。しかも、まだ地面が雨で柔らかいうちにつけられたもの。夜間は雨が降っていたので、もし夜に足跡が付けられたならばとっくに洗い流されている。そのため、雨があがってからつけられたのだとわかる。
「意外と小さいね、形としてはヒュムってところだけど」
 サンディは尻尾を小刻みに震わせた。
 足跡は、素足。土の上に点々とつけられている。道を外れた方向へ入っていくその足跡は、苔の生えているところで消えてしまった。苔の生えた場所を通って行ったのかもしれないが、あいにくその先の足跡は無いのだった。足跡を逆にたどっていくと、道を横切って、向かいの茂みの中に入ってしまった。そして足跡はそこで消えていた。先に生えている草はとても固く、一度踏まれてもしばらく経てば何事もなかったかのようにまた元通りの形に戻ってしまう。そのため、足跡の主がその草むらの中を通ったかどうか、わからないのだった。
「それにしても誰の足跡だろう?」
 皆は、事前に治安維持管理局からもらった報告書を読み返してみるが、足跡については何も書かれていなかった。
「皆さん、こちらにも何かあります」
 静かな声で、少し離れた所にいたサヤが、皆に知らせる。皆は、今度はサヤの方へ行く。
「何があったクポ?」
 チャドがポンポンを揺らしながら興味津津で彼女に問うた。
 サヤが指したのは、たっぷり水気をふくんだ苔の上に点々と落ちている見慣れぬ葉っぱ。ボロンはその葉っぱの一つを拾い、じっくりと見る。帽子の上のガブりんが唸り声を上げる。
「薬草の葉っぱだね」
「へー、どんな効果があるのクポ?」
「揉んで傷口に当てれば、血止め薬になるんだ。浅い傷限定だけどね。大量に煮詰めれば液状の防腐剤にもなる。そう長い事じゃないけどね。でも、これはこの森には生えていないはずなんだけどな」
「誰かが持ってきたんだろうね」
 クルーレは帽子を直した。
「わざわざ、この森に生えていない薬草なンか持ってくる理由は何だよ」
 アーロックは頭をかいた。
 ボロンは首を振った。そんなこと、わかるわけがない。
 落ちている葉っぱをたどっていくと、踏み荒らされた苔が目に入る。いくつかの足跡はキャピトゥーン種のものだが、一組だけ、全く別の足跡がある。
「さっきの足跡と同じ……」
 シングがつぶやいた。素足の、ヒュムの足跡。
「がうー」
 ガブりんは嫌そうな声をあげた。シングは「イヤナヤツガイタ」と聞きとった。
 苔を踏み荒らしたヒュムの足跡は、さらに奥へ続いている。木々の立ち並ぶ、薄暗い方向。皆がしげみをかきわけながら歩いていくにつれて、視界がだんだん悪くなっていく。うっそうとしげる葉が視界をふさぎ、太陽の光を遮断するのでだんだん暗くなる。クモの巣にも何度か引っ掛かった。だが薬草の葉っぱの道しるべが途切れても、足跡だけは見失う事がなかった。
 どのくらい進んだのか分からない。だが、皆はとうとう足跡の主を見つけ出した。
 綺麗な歌声で、ユトランドに古くから伝わる子守唄を歌いながら、手ごろな大きさの石で地面をえぐっている。モーラベルラでシンイチに深手を負わせた、赤い髪の女だった。
「あっ、あの女!」
 アーロックが駆けだそうとすると、ボロンはそれを制した。
「何すんだよ!」
「ちょっと静かにしてなって! あの女、おいらたちには気づいてない、様子を見よう」
 あの赤い髪の女はボロンたちに背を向けた状態で、歌を歌いながら、穴を掘っている。何かを「よいしょ」と持ち上げて穴の中に入れてから、ドサドサと、掘ったばかりの、たっぷり水分を含んだ土をかぶせていく。
「さあ、終わったわ。家に帰ろう」
 女の言葉と同時に、風がふいた。その風にのって、皆の鼻に悪臭が飛びこむ。
 女は立ち上がり、背伸びをした後、光に包まれ、消えた。テレポの光だった。
「あー、また逃げたよ」
 アレンは肩をすくめた。
「また逃げたのクポ? チコ、スロウかストップでもかけとけばよかったんじゃないのクポ?」
「それは無理クポ!」
 双子の兄の言葉に、弟は首を横に振る。
「あんなに遠い所に魔法は届かないクポ! それに、前に出ていたら、あの女に気づかれるかもしれないのクポ!」
「それもそうクポ……」
「とにかく、あの女が何をしていたか見てみるッス!」
 クルーレの言葉に、皆は賛同する。そして、あの赤い髪の女が土を掘っていた場所を囲んだ。だが、シングだけは、チャドとチコが引き離している。先ほど嗅いだ悪臭の正体をつかんでいないとはいえ、最悪の事態を想定し、子供に見せない方がいい、と思ったからだ。シングは不満そうだったが、おとなしく双子のモーグリに従って、その場を離れた。本当は見たかったのだが、駄目と言うからには仕方がない。
 シングがだいぶ離れたのを確認してから、穴を囲む皆は土を掘り始めた。柔らかな土がどけられるにつれ、あの悪臭が強まった。そうして、目当てのものがその姿をあらわにした。大きなつぼのようなもの。ふたがかぶせてあるので、それをおそるおそる取る。強い悪臭と、薬のきついにおい。
 ふたの下から見える壺の中味を見た皆は、思わず声をあげた。不気味な紫色の液体の中にプカプカと、正体不明のカタマリがいくつも浮かんでいた。
「な、何だこれ……」
 ふたをとったアーロックはまたふたを閉じた。見たくなかった。アレンは身震いした。
「……」
「うわ、なんか、腐ったみたいな臭い……うえっ」
 青ざめたサンディの顔に表れる、隠されもしない嫌悪感。サヤは動じた様子があまりないのだが、その長い耳が下を向いてしまった。クルーレは吐き気をこらえた。
「埋めよう」
 ブルブル震えるガブりんを頭の上に載せたままの、ボロンの言葉に従って、皆はまた壺を元通りに埋め戻した。
「あの女が戻って来るかもしれないから、いったん戻ろう……」
 彼の言葉に異を唱えるものはいなかった。
 ……。
 モーラベルラの町。
 パブにて、あまり食欲のないまま昼食を済ませたガードナー。ボロンの頼みで、食後、モーグリの双子はシングを連れて商店街へ遊びに出掛けている。
「あれ、何だったと思う?」
 ボロンが口を開いた。あれ、としか言わなかったが、彼が何を言いたいかは、おのずと分かる。
「何だろうな、痛んだ肉の塊、みたいな」
 そう言ったのはクルーレであった。
「……白っぽい塊もあったよね。じっくりは見なかったけどさ」
 サンディは小さな声を出した。いつもはどんな話でも周りに聞こえるような声で言うのに。
「それに、何だろうな、糸の束のようなものもあったな……」
 アーロックは頭を掻いた。額にしわが寄っている。
「でも、あのへんな糸束みたいなモン……あれって」
 それ以上言おうとしなかった。誰も、「あれって何だ」と問おうとしなかった。それがなんであるかは、皆そろって「知っていた」から。
「あの女は、なんであんなものを埋めてたんだろう」
 ボロンの言葉に、アレンは言った。
「あの壺を隠したかったんじゃないのー? 何で隠したいかは知らないけどさあ」
 その時、シングがモーグリの双子と一緒に、果物の香りのする包みを抱えて戻ってきた。双子の表情から察するに、もっと長くシングを引き留めておくつもりだったのだろうが、どうやら失敗してしまったようだった。だが、ガードナーの方も、これ以上話を続けるつもりはなかった。今回の収穫はこれだけで十分だったから。
 謎めいた行動をとっていた赤い髪の女は、手紙に書かれていた通り、モーラベルラの付近にいる!

 ゴーグの町のパブ。
「目当てのモンはだいぶ集まったな」
 ショートレンジのリーダーは、シンイチから収集を依頼されたものを詰めた袋を見て、満足そうにうなずいた。数時間前まで、彼らはネーズロー地下道付近にそびえる火山のふもとでエンゲージをしていたのだった。
「火山のふもとでのザッハーク狩りはなかなかキツかったが、その分レアなおたからも手に入ったしな、悪い事ばかりじゃねえや」
 傷ひとつない皇帝のウロコが袋の中で揺れた。これはシンイチの渡した一覧表には載っていない。レアなおたからなのだから、当然買い取り価格もなかなかのものだ。皆の機嫌がいいのもうなずける。
「ところでリーダー」
 メンバーのひとりが言った。
「残るはアダマンタイトだけど、今は品薄だろ? あれを持ってるタートルたちは引っ込んでるし」
 カノル砦に出現しやすいタートル種モンスターを討伐すれば、アダマンタイトが採れる。だがこの時期は営巣の時期であり、タートルたちはあまり外をうろつかないので、簡単には見つからない。
「約束の日まであと四日しかないぜ? ひとやすみしたらショップで売るモン売って、さっさと出発しようや。タートルの討伐よりは探索に時間がかかるだろうしな」
「そうだな」
 食後、ショートレンジはパブを出た。皆がショップで買い物をしている間に、クリストファーはチョコボ屋からチョコボを人数分レンタルしてきて、早く行こうと皆をせかした。
「全く、あの張り切りようときたら……」
 シンイチが行方不明になっていた間のしょげかたが嘘のようだった。皆はその元気はつらつぶりに苦笑しながらもチョコボに乗り、クリストファーの後を追ってダオブリッジを駆けた。
 そうして約束の日、ショートレンジはカノル砦にて、シンイチと再会した。シンイチは先に来て待っていた。
「よう、シンイチ。依頼どおり、ちゃンと持ってきたぜ」
 わたされた袋の中身を一つ一つ丁寧に確認し、シンイチはうなずいた。
「確かに一覧表の通りだ。感謝する」
「依頼だからな。さ、報酬を払ってもらおうか。五万ギルを。ザッハーク狩りには苦労させられたンだからなあ、これくらいはもらわねえと」
 シンイチは荷物の中からずしりと重い革袋を取り出し、ショートレンジに渡す。バンガのリーダーが袋を開けると、中には大量の硬貨と紙幣が入っている。時間をじっくりかけて数えると、ちゃんと五万ギルあった。クランの者たちから驚きの声が上がる。
「お前金持ちだなー」
「豪遊しなければ、自然に貯まっていくものだ。多少は手持ちのおたからも売ったがな」
「そりゃあ、お前らの受けるクエストはバウエン一家なみに危険なモンばっかりで、報酬もそれに見合った額だしなあ。それに、お前は、どンなに高額な報酬が入ってもパーッと使うようなやつには見えないし、貯まって当たり前だよな。……とにかくお前の依頼はこれで達成したし、報酬も貰った。あとは――」
「わかっている」
 待ってましたとばかりに、うずうずしていたクリストファーがリーダーを押しのけて前方に飛びだした。
「久方ぶりの勝負だ!」
 ジャッジが呼ばれてから数分ほど経って、クリストファーの手から騎士剣が弾かれ、宙を舞ったのだった。

 トラメディノ湿原にひっそりと建つ、湿地の魔女の住む小屋。
 昼下がり、ショートレンジに集めてきてもらった材料が入った袋を持ったシンイチは、移動の魔法陣の力で、小屋の中へ姿を現した。ちょうど、湿地の魔女は椅子にかけていたところだが、彼の姿を見ると立ち上がった。
「おや、やっと来たね。待ちくたびれたよ?」
「申し訳ありません」
 シンイチの渡した材料を、湿地の魔女は確認し、満足そうにうなずいた。そして彼が差し出した別の革袋の中味を確認し、再び満足そうにうなずいた。
「材料は揃った。じゃあ、これから調合に入るよ。こいつは、時間がかかるからね。坊やはもうお休み。薬が出来たら起こしてあげるよ」
「はい……」
 シンイチは素直に従い、導かれるように気持ちのいい藁床に潜り込んで、すぐ眠りに落ちた。


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