第7章 part1



「よー、やっとクランと合流したのかよ」
 ガードナーにリーダーが帰還した翌日の夕方。モーラベルラのパブにて、ショートレンジはガードナーを見つけた。クリストファーは、マスターと話をしていたシンイチに、ずかずかと近づいていく。シンイチはクリストファーをちらりと見てから、またマスターに視線を戻す。それがいつものシンイチなので、クリストファーは安堵した。マスターに飲み物を注文してから、シンイチに問うた。
「ところでさ、お前、会ったか?」
「誰に?」
「お前を探してるっていう剣士だよ。生まれはユトランドだけど、育ったのはお前の国なんだってよ。訛りかただってお前と同じなんだ。知らないのか?」
「……知らんな」
「年はお前ぐらいでさ、鉄みたいな色の髪で、顔立ちはお前よりちょっときつい感じ。着物は紫っぽい感じの暗い色だったな。で、お前、本当に知らないのか?」
「さあ、知らんなあ」
 シンイチは再び首を横に振って、酒を飲んだ。
「私を捜しているとか言うその剣士は、お前に名乗ったか? 名前を聞けば何か思い出せるかも知れん」
「いや、俺はそいつの名前は聞かなかったなあ」
 クリストファーは首を振りながら、彼の前に置かれたビールのジョッキを取った。
「ところで、シンイチ。明日にでも――」
「決闘ならばまた今度にしてくれ。今はそんな気分じゃない」
「あが……」
 言おうとしていた事を先に言われてしまい、クリストファーはそれ以上何も言えなかった。
「で、話はまた変わるが」
 彼は声を小さくした。騒がしいパブの中で、彼の声は聞きとりにくくなった。
「俺らに集めさせたあのおたから、何に使ったんだ?」
「前にも言ったが、あの赤い髪の女の力を封印する薬を作る材料にさせてもらった」
 半分飲みほしたビールのジョッキをカウンターに置いたクリストファーは口笛を吹き、軽い驚きを示す。
「へえ、力の封印だなんて、そんな便利なものがあるのか! で、どうやってあの赤い髪の女に飲ませるんだ?」
「既に手は打ってある。今頃は飲んでいるだろう」
「へえ、どんな手だ?」
 だが、クリストファーがそれ以上質問しても、シンイチは何も言ってくれなかった。黙る時のシンイチは、ハマグリのように口が堅いのだ。
 マスターに勘定を払ってパブを去る時、クリストファーはふと、違和感をおぼえ、シンイチをふりかえった。パブのマスターと話をしているシンイチ。いつものことだ。だが、クリストファーは、何かが頭の中に引っ掛かったようなスッキリしない状態で、シンイチをしばし見つめた。何気ないしぐさにも、目を向ける。おかしい。何かがおかしい。だが何がおかしいのか分からない。
(ええい。何が変なんだよ、一体!?)
 クランのリーダーによばれ、彼はしぶしぶパブを後にした。
 クリストファーが去った後、
「ところでにいちゃん」
 骨付き肉の乗った皿を持っているボロンが近づいて来た。帽子の上で、シンイチの帰還故か食欲がいつも通りに戻ったガブりんがチーズの塊をかじっている。
「あの赤い髪の女のことだけど」
「うん」
「にいちゃんがいないあいだにおいらたちなりに調査したんだけど、あの女、やっぱりゼドリーの森に住んでるみたいなんだ。なんでかって言うと――」
 シンイチに耳打ちする。シンイチはわずかに眉をひそめ、続いてその目が丸くなる。
「ふーん。それはとんでもないことをするもんだ……」
「で、にいちゃん。いつごろ出かける? にいちゃんが戻ったってんで、依頼主がさっさと解決しろってせっついてんだよ」
「もう少し様子を見たいから、明日か明後日ごろにしようかと思う」
「様子って何の様子を見るのさ? あの女は森のどこかに隠れているんだから、隠れ家を見つけ出さない限り、監視とかそういうのは出来ないじゃん」
「いや、それについてはもう考えてある」
「ポピーに頼むの」
 が、シンイチは首を横に振り、いたずらめいた笑みを浮かべただけであった。
「時機が来たら説明する。それまではおあずけだよ」
 こうなると、何も話してもらえない。隠し事をしている時のシンイチはとても口が堅い事を知っているボロンは、何も教えてもらえない不満でふくれっつらをしたが、しぶしぶシンイチの言葉に従った。ガブりんはただチーズをかじり続けた。

 草木も眠る丑三つ時。
 アリーシャは、水晶を覗きこもうとしていた。だが、彼女がどれだけ強く念じても、水晶は曇りっぱなしで、何も映し出してはくれなかった。
「あれえ、どうなってるの?」
 ひさしぶりに外の世界を見ようと思ったのに、水晶は反応しない。
「まさか、どこか痛めたりしたのかな」
 アリーシャは、タルコフの水晶をごろんと転がしてみる。
「あっ」
 そして気が付く。とても小さな傷が水晶についている。ほんのわずかな傷だけで、水晶は何も映してくれなくなるため、扱いに注意を要するとてもデリケートな道具なのだ。
「あーあ……傷がついちゃってる。これじゃあ覗けないよ。あのパーツが来ているかどうか知りたかったのにい。でも、いつ傷がついたんだろう?」
 アリーシャは傷を指で撫でながら、唇をすぼめた。だが、傷が付いてしまった以上、直すことはできないのだった。もう、この水晶は役立たず。
「しょうがないや、自分で見にいってみましょう」
 タルコフの水晶の力を借りずとも、いちおうアリーシャは自分ひとりで町へ出かけて様子をこの目で見ることはちゃんとできるのだが、決まってそれは夜の間だけ。夜はひとがほとんど出歩かないため、ひとごみに慣れていないアリーシャには、この静かな時間帯の方が探険に都合がいいのだ。
 アリーシャはクリスナイフを持って、地下の住居を出た。森の道を歩く。今の時間だと、町の到着は朝になってしまうだろう。だが、アリーシャは、ひとが大勢来る前に隠れてしまえばいいのだと言う事くらい、考えついていた。
 モーラベルラの裏通りにある、廃屋の中に……。

 シンイチがクランをひきいてゼドリーの森へ出発したのは、夜が明けた後。太陽はまだ東の空にあり、これから南の空へと昇っていくところだ。
「こちらも、ただあの女から隠れていたわけじゃない」
 シンイチはそう言いながら、皆の前を歩いていく。
「いつでもそうしていたわけではないが、多少はあの赤髪の女の動向を探っていた。何処に住んでいるか、普段何をしているか、多少の事はつかめている」
 後ろを歩く皆は目を丸くしている。ガードナーは、誰一人として赤髪の女の住まいを突き止めることはできなかったのに……!
「え、リーダーひとりで突きとめたのかよ?!」
 アーロックの言葉に、シンイチはうなずいた。
「俺ら、色々な所を探したつもりなのに。それらしい家は全然見つからなかったぜ? ログハウスも全部調べ回ったのによ。一体どこの家なンだよ、リーダー?」
「気がつきにくい場所だ。誰が作ったか知らんが、あの住まいなら、簡単には見つかるまい」
 シンイチが立ち止まったのは、おんぼろログハウス。落ち葉が室内にたくさん舞い込んでおり、壁や天井にはクモの巣が張り巡らされており、壁の隅は、雨による湿り気のせいでカビのようなものがわいているではないか。
 ゼドリーの森付近には、旅人が夜を過ごすためのあずまやがところどころにある。だがこれは、そのあずまやの中でも最もひどいものである。きちんと掃除してあれば泊まる事は出来るが……。
「人が住めるところじゃないね、ここ」
 サンディはぽつりともらす。
「こんなところに本当にあるの……?」
 シングは、帽子についた落ち葉を払い落した。その肩に蜘蛛がおりてきたので、きゃっと悲鳴を上げる。
 シンイチはアレンを振りかえる。
「アレン、魔力探知は出来るな?」
「えー、まあ。弱すぎなければ何とかなりますよぉ」
「探ってみろ」
 指示され、アレンは目を閉じて集中する。わずかに感じる魔力。
「そこだねー」
 アレンが指さしたのは、地面に埋まった大きな石。皆、仰天した。
「そこって、ただの岩じゃないのクポ?!」
 チャドは目を丸くしている。シンイチは、今度はチコに魔力探知をさせる。チコも結局はアレンと同じく、大きな石から魔力が発されている事を感じ取った。
「間違いないクポ。この石から魔力が感じとれるクポ。リーダー、これってどういうことクポ?」
 だがシンイチは何も言わず、その大きな石に触る。すると、その石がフッと消え、代わりにそこには地下への階段が!
 またしても、皆は驚いた。
「まさか、こんなとこに……!」
 クルーレは目を白黒させている。
「だからこそ気付かれないのか。力の探知が出来ないと、ここを見つけることは出来ない。しかもこれだけおんぼろなログハウスなんだ、誰も住んでいるとはとても思わないから、隅々まで調べ尽くそうとは思わないし」
「その通りだ、クルーレ」
 シンイチは、階段を見降ろす。ボロンは彼の脇からその階段を覗きこむ。
「この先が、あの赤髪の女の住処ってわけだね、にいちゃん」
「よーし、さっそく行こうぜ! とっつかまえるンだ!」
 アーロックが降りようとすると、
「まだ駄目だ。あの女がいるかもしれん」
 シンイチはそれをとめ、サヤを呼ぶ。
「サヤ、先に行け。もしあの女がいたら、何もせずにすぐ戻れ。いなければ――」
 彼女に耳打ちする。
「わかりました」
 サヤは気配も足音も消し、さっと階段を下りていった。皆、彼女の後姿が闇に溶けていくのをじっと見送った。
「にいちゃん。さっき、サヤに何を伝えたのさ?」
「あるものを持ってこい、と言っただけさ。あの女の有罪を決定づける証拠品。これでモーラベルラの警備隊を動かせる」
 やがて、サヤが光の元へ姿を現した。その手に何かを持っている。
「持ってまいりました、シンイチさん」
「御苦労さん」
 シンイチはサヤの差し出すそれを受け取った。それを見て、皆はあっと声を上げる。それは、瓶。瓶には、異臭をわずかに放つ緑色の濁った液体が入れられ、その中には、心臓がひとつ、プカプカ浮いている……!
「そしてもうひとつは――まあ、これはまた後で見つけ出すことにした方がいい。今は、これだけあればなんとかなるだろう」
 シンイチの言いかけた「もうひとつ」が何なのか、この場にいた皆は(シングを除いて)、はっと思いうかんだ。……あの甕だ。
「急いで町に戻るぞ。あの女が私を狙って襲いかかってくる前に、証拠品を治安維持管理局へ渡さなくては」
 そうして、ガードナーはシンイチの言葉通りに、大急ぎでモーラベルラへと戻ったのだった。


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