第2章 part1



 Aランク指名手配犯H・S。
 基地でも、その名前は一番有名であった。その首にかけられた賞金も最も高額であり、この男を捕らえれば一生遊んで暮らせるとまで言われているほどだ。新米のアレックスも、この男の顔写真と賞金額だけは基地の貼り紙を見て知っている。それほど有名なハンターなのだ。

 アレックスの名づけた乗り物「飛行艇」は、空をどこかへ飛んでいる。船体の周囲にカメレオン・バリアを張り巡らせ、そのバリアが持つステルス機能によって姿を消しているため、そう簡単に見つかることはない。
「依頼は果たした。後は、あのわがままぶりを当分抑えてもらえれば言う事はないんだがな」
 操縦席で、H・Sはつぶやいた。隣席の赤髪の男は、無言で操縦桿を握っている。
 さて、アレックスはどうなったかと言うと、船内の一室に閉じ込められていた。捕らえた動物を入れておく部屋なのだろう。かなり獣くさい。おまけに周りにはさまざまな物がおいてある。藁の束、蓋のしまった水槽、などなど。
(まさかAランクの指名手配犯に捕まるなんて……)
 あの赤髪の男に押さえつけられ、抵抗する間もなく鎖で縛り上げられた。自殺を防ぐためか単に黙らせるためか、猿轡も噛まされてしまった。
(おまけに、持って来た道具、全部取られたな……連絡手段を完全に奪われた)
 絶望のため息が漏れた。ほんの数分前まで拘束を解こうとさんざんもがいていたのだが、疲れてしまったのと、鎖が食い込んで腕が痛み出したので、止めてしまった。
(なんであいつらはオレを殺したり追い出したりしないんだろう? 普通なら口封じするよな。でも、ただ縛ってここに放り込んだだけだし。殺すつもりはないのかな。それとも、死体を残すのはマズイのかな。ほかのところで始末しないとダメ、とか)
 どう考えても、アレックスは気持ちが沈むばかりだった。
(オレ……これからどうなるんだろう)
 小部屋に取り付けられた小さな窓の外は、夜の帳に覆われていた。

 操縦室で、H・Sは誰かと通信をしていた。
「標的だ。これで満足だろう?」
『そうそう! やはり仕事は早い!』
「コレは専門ではないんだがね」
『わかってる。じゃあ、五日以内に連れてきて』
 相手は一方的に通信を切った。言いたい事がまだあったらしいH・Sは、舌打ちした。
「エンジン出力を250から400に切り替えろ。最高速度で行かねば間に合わん」
 隣席の赤髪の男は何も言わずにパネルの上に手を走らせ、エンジン出力を上げた。
 飛行艇は方向を変え、最高速度で飛んでいった。

 飛行艇は一時間ほどの短い休息をはさみながら、三日ほど飛び続けた。目的地に着き、機体は降下して着陸する。
 閉じ込められたままのアレックスは、水一滴与えられていないままだったので、飢えと渇きで衰弱していた。抵抗する気力も完全に失せ、部屋に入ってきた赤髪の男にまるで丸めた毛布のごとく肩に担ぎ上げられても、身動きひとつしなかった。どうにでもなれと自棄になっていたのだから。
 どこか金属の場所を歩いている。カツンカツンという足音から判断できる。しかしアレックスは部屋から出される前に目隠しをされていたので、どこを歩いているのかはわからなかった。しばらく歩くと足音が変わり、柔らかなものを踏んでいるようだ。そうだ、カーペットのような布……。さらにドアの開く音がして、足音はどんどん進んでいく。やがて、足音が止まる。移動をやめたようだ。
 ふわっと体が浮いて、アレックスは自分が下ろされたことに気づいた。床の上だろうか、いや、この感触は柔らかすぎる。妙にフサフサしている。動物の毛皮のような感触。
「やっとつれてきてくれたのね」
 女の声。
「あらあら、衰弱してかわいそうね。拘束を解いてやってちょうだいな」
 目隠しと猿轡が先に外される。続いて、体を縛る鎖を解かれると、アレックスは、やっと自由になった。手足のしびれと空腹で体は動かず、目の前は焦点が合わない。頭がグラグラする。
 数秒ほどで、目の焦点が合い始める。赤いカーペットと白いカーペットがまず眼に飛び込む。これは床だ。重い頭を上げた先には、見たことのない素材で作られた長椅子に座った、黒いドレスを着た女がいる。太陽のようなまぶしい金髪と、同じく綺麗な金の瞳。
 アレックスはすぐ思い出した。
 防災訓練の写真に写っていた金髪の女。
 女は優雅に笑った。
「あーら、その顔だと、アタシを知っているみたいね?」
 写真で見ただけなので、知っているとは言いがたい。
「お忍びのレディに敬意も払わんような無礼な隊員を、あなたが欲しがるとはな」
 H・Sは呆れたように、あるいは馬鹿にしたように、女に言った。しかし女はくすくす笑った。
「あら、お忍びだからこそ、アタシが誰だか知らなくて当然なのよ。それに」
 彼女は椅子から立ち上がり、アレックスの傍へ歩む。すらりとした、スリットから覗く脚線美に思わず目を奪われるところだが、アレックスはあいにく足など見ていなかった。女はアレックスの頬に両手を当てそっと自分のほうへ持ち上げる。
「いい顔してるわねえ。それがアタシの気に入ったところなのよ、アレックス?」
「え?」
「あなたはねえ、とても幸運よ? なぜなら――」
 アレックスは話を最後まで聞く気力も体力も、残っていなかった。
 女が手を彼の顔から離すや否や、アレックスの意識はゆっくりと消え去っていった。

 次にアレックスが目を覚ましたのは、それからどのくらい経ったころなのか、さっぱり分からない。目を開けると、見たことのないものが目に飛び込んできた。天蓋というベッド用の覆いと、シャンデリアという照明器具だが、彼は知らない。体の感覚はだいぶ戻ってきて、自分の体がとても柔らかなものの上に寝かされているということは理解できた。柔らかな羽毛布団だが、やはり彼は知らない。
 起き上がってみる。意識を失う前より、体調は良くなっている。
「あれ……?」
 隊の制服を着ていない。代わりに、肌触りのとても良い、ゆったりとした青の寝間着を着ている。鎖で縛られていた手足には包帯が巻かれ、手当てされたことを示している。
 アレックスは部屋の中を見回してみた。毛皮のじゅうたん、マホガニー製のテーブル、豪華な作りのタンス、などなど。アレックスは生まれてから一度も見たことがない。当然だ、現在はすべて自然保護法によって使用禁止にされている素材で作られた家具なのだ。
 ベッドの傍にある窓に目をやる。ビロードで作られたカーテンの向こうには、太陽に照らされて豊かな花畑が広がっている。
 なぜここにいるのだろうか。
 彼は、頭の中を整理しようとつとめた。
 あの日の夕方、H・Sの飛行艇に侵入したが、逆に捕らえられてしまった。そして、どこか見知らぬ場所へ連れて行かれ、写真で見た覚えのある金髪の女と話をした。それから、アレックスは意識を失った。気がつくと、この部屋で寝かされていた。
 頭がだいぶしっかりしてきたところへ、コンコンとノックの音。アレックスが見ると、ドアが開けられ、一人のメイドが入ってきた。黒くて地味な服を着ている。これがメイドの着るべき服であることをアレックスは知らない。メイドというものがどんな職業なのかは一応知っているのだが。
 年のころはアレックスと同じか少し下だろう。薄い桃色の髪を肩まで伸ばし、前髪に両目が隠れて見えない。たぶん、前髪を上げれば可愛い娘だろう。
 そのメイドが入室し、アレックスの座っているベッドの傍まで歩んできた。その両手に、ポットと綺麗なガラスのコップを載せた銀の盆を持って。
「お目覚めになりましたね、アレックス様」
 アレックスはぎょっとした。彼女はなぜ名前を知っているのだろう。
「お嬢様から、あなた様のお名前をうかがっております。粗相のないようおもてなしせよとの事」
 メイドは軽く一礼した。
「わたくしは、あなた様付きのメイド。名をセイレンと申します。何かございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
 セイレンは盆を綺麗な花の飾られたテーブルの上に置いて、ポットからコップへ何かを注ぐ。彼女が渡したそのコップの中身は、温かな白い液体。
(何だろう?)
 懐かしさを感じるにおいだが、正体は分からない。アレックスが首をかしげると、セイレンは言った。
「それはミルクという飲み物です。栄養満点ですよ」
 飲み物らしい。おそるおそる彼は飲んでみた。
「おいしい……」
 不思議な味がした。初めて飲むはずなのに、どこか懐かしさを感じる。胃袋がその飲み物を求めて声を上げたので、アレックスは一気に飲み干してしまった。
「うえ」
 気持ち悪くなり、思わず吐きそうになるが、こらえた。胸にこみあげたものを何とか飲み込み、アレックスはセイレンにコップを返した。
「アレックス様……?」
「う、うん。大丈夫だから」
 それからアレックスは問うた。
「ねえ。オレはいつから、この部屋にいるの?」
「二日前からでございます」
 自分の目玉が飛び出したような気がした。
「二日前から?!」
「さようでございます。あなた様は二日間、お眠りになってらっしゃいました。その間にこのお部屋にお運びして、お手当てさせていただいた次第でございます。また、栄養状態がよろしくありませんでしたので、お薬を少しさしあげました」
「ああ、そうなんだ……」
 アレックスは、一息ついて、枕に体を預けた。が、枕がやわらかすぎて、彼の体は枕の中にうずもれてしまった。
(オレを殺すつもりはないらしいけど……)
 ノックの音がして、セイレンがドアのそばへ駆け寄る。そしてドアを開けると、セイレンは一礼した。
「さがっていいわ」
 セイレンは相手を部屋に通し、自分は部屋を出る。そして静かにドアを閉めた。
 部屋に入ってきたのは、あの太陽のようにまばゆい金髪美女。アレックスは思わず枕の中から身を起こした。
「やっと起きてくれたのね、アタシのかわいい子」
 彼女はベッドのふちに腰かけて、驚きに満ちたアレックスの顔を、しなやかな指でなでる。アレックスは身を引こうとしたが、女は許さなかった。
「そんな態度をレディにとるものではなくてよ、アレックス」
 彼は赤面した。身を引くことはできなかったが、口を開くことはできた。
「あ、あのっ!」
 彼の呼吸は荒くなった。
「な、何でここにいるんですかオレは?」
 赤くなった彼の顔を、女は執拗になでながら、言った。
「なぜここにいるかって? アタシがあなたを連れてこさせたからよ」
「えっ……?」
 彼はより固くなった。
「あの防災訓練のあった日、アタシはちょうどお忍びで出かけていたのよ、あなたのいる基地へ。そして、アタシはあなたを見たの。一目見て、あなたが欲しくなったわ」
「欲しくなった?」
「ええ。欲しくなったから、H・Sに依頼を出したのよ。ヒトとは、霊長類のひとつ、動物でしかないのだものね。そう言ったら、彼はアタシの依頼をちゃんと聞いてくれた。あなたがパトロールに出た夕方、彼はあなたを自分の船内へおびきよせ、捕まえたってわけ。もうちょっと丁重に扱って欲しかったのにねえ、わざわざ鎖で縛っておくなんて」
 最初からH・Sはアレックスを捕らえるつもりだったのだ。
 アレックスは一度唾を飲み込んだ。体の硬直がほぐれた。
「じゃあ、あなたは――」
 お前は、と言うのはためらわれた。
「あのAランク指名手配犯の仲間?!」
「それは違うわね。アタシは彼と契約しているだけ。彼はアタシの依頼を忠実にこなすし、アタシは彼に休息の場を与えてる。仲間とは違うわ。単なる契約相手ってところかしら」
 しかしアレックスにとって、たとえ契約関係であろうとも、契約している間は依頼者もハンターも同じ犯罪者。
「そんな自然保護法を犯してまで――」
「あら、ここではだいじょうぶよ」
 女はいたずらっぽく笑った。
「ここは、法律の力が一切届かない場所。だからアタシが何をしようが、誰もアタシを逮捕しにこないってわけなのよ」
「法律が、届かない?!」
 アレックスの目が飛び出した。女は優雅に笑った。
「そうよ。でも、法律の力が届かないだけじゃないの。この近くに入ることができるのは、許しのある船と飛行機だけ。特別にH・Sには許可を出しているから、彼の機体も自由に出入りできるの。そして、警備隊はこの近くには決して入ってこられない。許可を出していないから」
 警備隊と聞いて、アレックスは彼女の手から逃れるほど体を大きく動かした。
「そうだ、警備隊! オレを基地に帰してください! みんな心配してる――」
「それは無理よ」
 女はやさしく言って、アレックスの、包帯の巻かれた腕をそっとつかんだ。
「今のあなたはまだ体力が戻っていない。休んで、栄養を取って、回復したら、基地へ連れて行ってあげるわ」
「ほ、ほんとですか?!」
「ええ、ほんと」
 女の顔に浮かんだやさしい笑いの奥にあるものを、興奮したアレックスは読み取ることができなかった。
「そうだ、アタシの名前をまだ教えていなかったわね。アタシはヨランダというの」

 アレックスはさらに二日間を部屋の中だけですごしたが、体力の回復は早かった。セイレンはミルクのほかにも「粥」と呼ばれる食料を持ってきたが、アレックスはどうしてもそれを食べられなかった。何とか胃に収めても、あとでトイレにぶちまけてしまうのだから。アレックス自身は粥を美味しいと思ったが、栄養剤に慣れきったアレックスの胃袋は粥が気に入らなかったようだった。
 医師に診察してもらい、多少長旅をしても大丈夫と言われると、アレックスはほっと息を吐いた。これで基地へ戻れるのだ。
「残念ねえ。もっといたいだろうと思ってたのに」
 部屋を訪れたヨランダは残念だと言ったが、その顔はちっとも残念そうではなかった。アレックスは、洗濯され綺麗にアイロンのかけられた、警備隊のグリーンの制服を着ていたが、あの寝間着と比べると明らかに制服はチクチクして着心地は悪かった。質のよさが違う。
 アレックスは世話になったことへの礼を言う一方、どうやって基地まで帰るのかと、ヨランダに問うた。ヨランダはいたずらめいた笑いを浮かべ、言った。
「明日になったら、わかるわよ」

 翌朝、アレックスは、自分の寝ている場所が、あの豪華な部屋でないことを知った。
「あれ、ここは……?」
 固めの布団が敷かれたベッドの上に起き上がってみる。寝る前に着た寝間着ではなくて、綺麗に洗濯された警備隊のグリーンの制服を着ている。自分の周りは金属に囲まれている。ドアが二つあり、壁には丸い小窓がひとつ、天井には小さな蛍光灯がひとつあるだけ。
 耳に入ってくるエンジン音と、体にわずかに感じる振動。
「あいつの飛行艇じゃないか!」
 約三日間、飽きるほど聞き、感じたもの。ここはまぎれもなく、H・Sの飛行艇の中だ。
 窓を覗くと、そこは空の上だった。
「な、何でこんなところに――」
 言いかけて思い出した。明日になったら分かるという、ヨランダの言葉を。
「だからって、ハンターに送ってもらうなんて……」
 部屋の外に出るために、ドアを開ける。が、その奥に見えたのはユニットバスだった。もうひとつのドアを開けようとするが、ドアは施錠されており、いくら彼が押せども引けども、開くことはなかった。
「何も監禁することないのに。逃げ場なんてないんだから」
 アレックスは愚痴をこぼした。ハンターとしては、勝手に船内を歩き回られたくないのだろう。
 ベッドの傍にあるサイドテーブルに、シャーレがおかれている。シャーレには何錠かの黄色いカプセルがあり、「一日三回、空腹になったら一錠服用」と綺麗な書体のメモが添えられている。ちょうど空腹だったので、それを一錠服用すると不思議なことに空腹感が消え去った。
 出発してから四日後。アレックスはB区の端で下ろされた。部屋の鍵が開けられ、通路に出る。しかし、行ける場所は制限されていると見える。操縦室へ向かうであろう方向の通路にはシャッターが下ろされているし、通路に面したドアというドアは全て鍵がかけられていたのだ。寄り道せずに出口へ行けと言うことか。彼が出るとハッチはすぐ閉じた。船はそのまま浮上し、バリアを張って姿を消した。姿は消えたが、かすかに聞こえるエンジン音で飛行艇が近くを飛んでいるのが分かった。
 アレックスは急いで基地へ駆けていった。夕暮れの空が目に赤く焼きついてくる。
(みんな心配してるだろうなあ。一週間以上もいなくなってたから。ま、ハンターに捕まってたって言えばいいか。事実なんだし)

 基地。
「奴が現れたのか?」
「はっ。B区で姿を見たとの目撃情報が入っております」
「そうか。永久にいなくなってくれるとばかり思っていたが、ツメが甘かったな。あの事件にかかわっていた当時の隊員たちを調べようとしたのだ、何としても――」
「そもそもあの事件の生き残りを入隊させた時点で間違っておったな」
「いまさら遅い。だが、手を打つのは遅くないぞ」
「そうじゃな。おい、迎え入れてやれ、丁重にな」
「かしこまりました」

 基地に到着したアレックスだったが、今日はあいにく、隊員たちが外部演習に出てしまっていて、出迎えてくれたのは、数名の見張り番と、上層部直属の秘書のみであった。アレックスは、今までハンターに捕まっていたと言い、出迎えてくれた人たちを何とか納得させた。
「ああそうだ、アレックス」
 上層部直属の、どこかずるそうな顔つきをした秘書は、アレックスに言った。
「戻ってきたんなら、上層部の方々へ報告したほうがいい。警備隊隊長も長官も、演習で留守だからな」
「わかりました」
 上層部。この基地の創立者たちがいる部屋だ。政治にも深いかかわりを持っており、彼らなくしては自然保護法は成立しなかったと言われている。
(そんな大物の人たちのところへ行くのは初めてだなあ)
 アレックスは廊下を歩き、めったに隊員たちの通らない薄暗くて細い廊下をさらに通り抜けた。そして鎧戸のように重くて頑丈なエレベーターのドアが開くのを待った。
 突如目の前に星が飛び散り、続いて暗闇が訪れた。


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