第3章 part1
「あら、真相を教えちゃったのね」
ヨランダは、半ば非難がましく、H・Sに言った。彼女の、突き刺さるような視線にもひるまず、H・Sは言った。
「いずれ知らねばならんこと。その時期を早めただけだ。現実を受け止められなくても、いつかは向き合わなければならない時が来る。ショックは早ければ早いほどいいだろう。ショックから回復できるかは当人次第だがな」
「あーあ、つまんないじゃない。アタシのかわいい子があんなヌケガラになっちゃうなんて。回復するまでどれだけ待たされると思ってるのよう」
「知ったことか」
H・Sは冷たく返答して、彼女の部屋から出て行った。
ヨランダの言葉通り、アレックスはヌケガラのようになって数日間を過ごしていた。真っ青な顔で、全身からは生気が抜け、目は死んでいた。
受けたショックは大きすぎた。
ハンターを取り締まるべき自然保護警備隊の指揮官たちが、いや更には警備隊の創立者たちが、ハンターと取引をしていたということ。隊員の一人であるアレックスを冷凍室で凍死させようとしたこと。その二つの事実が、アレックスの抱いてきた疑問を全て解決した。急に長期出張に行くことになった理由も分かった。それと同時に、事実は、アレックス自身を蝕み始めた。
(あの事件をもう二度と起こしたくないから――入隊のテストを受けたのに――)
彼の目の前に、部屋の壁掛けではなく、F区の光景が広がっていた。馬、牛などの中型動物を放してある区画。彼の目の前に広がったF区は、現在の、柵つきの区画ではなく、柵のついていない三年前のF区だった。
三年前のあの日、普段は一般人立ち入り禁止となっている区画に、解放イベントが開催された。入場券を買い、好きな区画へ入って動物と触れ合うためのイベントだ。もちろん、ライオンなどの猛獣が多いA区は入場制限があった。当時のアレックスは十五歳。両親と一緒にイベントに出かけた。小動物の多いD区、大人しい草食動物の多いC区を通って、F区へ行った。このときだけは特別に乗馬体験ができるのだ。本当は鞍やあぶみ、くつわと手綱をつけて乗るべきなのだが、自然保護法が世界を支配している今は、鞍も何もない状態での乗馬となる。それでもアレックスは乗馬を楽しんだ。
夕方近くなって、そろそろ帰ろうとした頃だった。
突如、F区のバッファローの群れが暴走を始めた。
バッファローの群れは怒り狂い、あたりかまわず走り回った。見物客は逃げ惑い、あるいはバッファローに跳ね飛ばされ、踏みつけられた。監視していた野生動物保護官たちが慌てて救助活動を開始し、バッファローの群れを鎮めようとする。
逃げる客たちの中に、アレックスと両親はいた。何十頭もいるバッファローの群れは、見物客に向かって突っ込んでいき、次々と客を蹴散らしていった。アレックスは逃げているうちに両親とはぐれてしまった。やがてバッファローたちに追いつかれ、彼自身もその頑丈なひづめと角で、跳ね飛ばされた。
意識が戻ったとき、彼は病院にいた。バッファローにはねられ、むき出しの地面に激突したことで重傷を負っていたが、かろうじて生きていた。はねられた後、群れから少しはなれたところに飛ばされたため、それ以上の打撃を受けずにすんだのだ。意識が回復してから、彼は両親の死を知らされた。両親はほかの病室で手当てされていたのだが、バッファローに跳ねられただけでなく、後から追ってくるバッファロー達に次々と踏まれたことで、意識不明の重傷になった。手術し、治療器具で延命を続けたが、とうとう、アレックスが意識を取り戻した朝、二人とも息を引き取ったのだった。
退院し、遅い葬儀の後、彼は基地の建設した孤児院に引き取られ、十八歳になるまで暮らした。そして、彼は基地への入隊を希望し、試験合格に向けて勉強し、体力づくりをした。そして合格通知が届いたとき、彼は涙を流して喜んだ。孤児院にいた仲間たちも彼を祝福してくれた。
人々、動物、自然を守るのが、基地の隊員の役目だと、彼はずっと信じていた。警備隊隊長にも、長官にも、入隊時の式の演説で言われたのだから――
アレックスが信じてきたものが、何もかも、音を立てて砕け散ってしまった。
アレックスが精神的に立ち直るまで、時間がかかった。落ち着きを取り戻し、ヌケガラだった彼が少しずつ笑顔を見せ始めたのは、二週間も経ってからだった。それでも彼の表情から、暗い影を拭い去ることはできていなかった。
「うれしいわ、アレックス。少しは笑ってくれるようになったのねえ」
部屋を訪れたヨランダは、アレックスの顔を両手でつかみ、ぐいっと乱暴に引き寄せて、ドレスのふちから覗く豊かな双子の丘の中へ頭をうずめさせた。アレックスは真っ赤な顔になって、慌てて身を引き離した。
「や、やめてください……!」
「あら、遠慮しなくていいのよ?」
「いや、そうじゃなくて……」
そこでセイレンが入室し、ヨランダに告げた。
「お嬢様、晩餐のお時間でございます。お支度を」
「あら、もうそんな時間になってしまったの。残念ねえ」
ヨランダは少し身をかがめ、アレックスの頬をなでた。
「じゃ、いい子にして、セイレンの言う事をよく聞いてちょうだいね」
そして彼女は部屋を出て行った。
セイレンは、日の暮れかかる部屋に明かりをともす。シャンデリアが綺麗に光り輝いた。ビロードのカーテンを全て閉めると、シャンデリアの電気の明かりはより美しくなった。
「アレックス様、お召し替えを」
アレックスは未だに、寝間着姿だった。落ち込んでいる間、ずっと。
「い、いいよ、どうせもう夜なんだし」
アレックスは顔を赤らめた。着替えくらい自分でできるのだし、自分と歳の似た少女に服の着替えをしてもらうなど――
「さようですか」
セイレンはあっさり引き下がった。
アレックスは食欲が戻ってきたので、夕食をとった。ただのスープ。栄養剤とは全く違う食物に、アレックスは首をかしげながらも、全部たいらげてしまった。
相変わらず柔らかすぎる布団に包まれると、アレックスの眼はすぐに閉じられた。
この夜は何の夢も見なかった。
「本当に、こんな服着るの?」
「はい」
朝八時。セイレンに起こされたアレックスは、食事を済ませてから朝風呂で体を綺麗に洗い、いい香りのする石鹸やシャンプーを使った。基地ではシャワーしか使えなかったし、一般人ですら、必要以上に水を汚してはならないという自然保護法によって、石鹸やシャンプーを使えるのは週に一回だけだった。そのうえ石鹸自体の質も良くないため洗浄効果も低くて泡立ちも悪かった。アレックスは好奇心から、石鹸もシャンプーも遠慮なく使った。わずかな湯をかけるだけで泡がたくさん出るのが、結構面白かった。これまで使ってきたものは、ほとんど泡が出なかったのだから。
さっぱりしたところでセイレンに着替えをする様言われたのだが、アレックスは、出された服がどうも気に入らない。純白のシャツ、藍色の上着とズボン、暗色のチョッキ、丈夫ななめし皮の靴。下着類にいたるまで全て、アレックスの体格にあわせて仕立てられているのには、驚いた。
(動きにくそう)
それでも、彼は着替えた。いつも柔らかな素材の隊のブーツを履いていたので、固い革靴の履き方がよくわからない。これだけはセイレンに手伝ってもらって何とか履いた。
着替えの終わったところで、セイレンは、ノックされたドアを開けた。
ヨランダが、廊下に立っていた。
「アレックス、すてきよ!」
部屋に入るなり、ヨランダは彼を人形のように抱きしめた。花の香りのする香水が、彼の鼻を刺激すると、彼は頭に熱が上ったような気がした。
「さすが、アタシが気に入っただけのことはあるわ。完璧に着こなしてるんですもの。ますます気に入ったわ」
アレックスが彼女から身を離そうとしていると、誰かの姿が部屋の中に現れた。
「朝も早くから申し訳ないが」
あいていたドアから直接入ってきたのは、H・Sだった。彼は、ヨランダに抱かれたままのアレックスに眼を留めると、軽く吹き出した。アレックスは思わずむかっ腹を立てた。相手はそれを無視し、ヨランダに言った。
「今日は臨時で家庭教師をやれとのことだが? 誰を相手に?」
ヨランダは笑った。
「彼のために、ね。依頼、今日はないでしょう?」
彼女の目が指したのは、アレックスだった。H・Sは露骨に嫌そうな顔をする。
「またヘコませる気か? 今度は立ち直れるかどうかも分からないんだが」
「やってみる価値はあってよ。彼が、ここにいることがどれだけ幸福なことか、知ることができるのだもの。それに最初に彼をヘコませたのは、あなたじゃなくて?」
H・Sは肩をすくめた。
ヨランダはぎゅっとアレックスを抱きしめなおすと、放した。
「じゃ、アレックス。お勉強してらっしゃいな。アタシもしばらく忙しくて、かまってあげられないから。セイレン、二人をお部屋に案内してあげて」
「かしこまりました、お嬢様」
セイレンが案内したのは、膨大な書物が収められた部屋だった。天井から床にいたるまで全てが本棚。壁も本棚になっており、見渡す限り本の山。全部読もうと思ったら一生かかるだろう、アレックスはそう思った。
「おやおや、資料室を使わせてもらえるとは、気前がいいな」
驚きの感情を隠しもせず、H・Sは声を上げた。
というわけで、資料室と呼ばれた部屋の、読書用のデスクを使って、勉強会が開かれたのである。ノートもペンもないが、代わりに分厚い本が目の前に載せられる。
「さて、まず何から言ったらいいか……」
アレックスの向かいの席に座っている、H・Sはしばらく指先でデスクをたたいていた。が、アレックスの視線に気づいて、何かを思いついたらしい。
「で、何を聞きたいんだ、私について」
アレックスはギクリとした。
(な、何でバレたんだ?)
「え、ええと」
何とか、自分がずっと抱いてきた疑問を口にすることはできた。基地である程度聞いていることだったが、直接ハンターに聞きたかったことでもあった。
「なんで、あんたはハンターなんかやってるんだ? 動物を捕まえて売るなんて――」
「これはれっきとしたビジネスだ。需要があるから供給がある。動物を欲しがる者がいるから、動物を捕まえるハンターの存在が求められる。それに、動物の売買は、自然保護法が成立する以前から行われていた。合法、非合法を問わずしてな。そして、ハンターもその時代からいた。今ほど活動は活発ではなかったようだがな」
「動物の売買が合法って? そんなこと信じられないよ。売買だなんてそんな酷い――」
「現在の価値観で過去を裁こうとするな、馬鹿め。自然保護法が成立する前、動物は普通に売買されていた。人間の飢えを満たすための食料として、あるいは寒さを防ぐ衣類の材料として、あるいは、愛玩動物として。一口に売買といっても、商売上の目的はいろいろあった」
アレックスの目は丸くなった。H・Sはかまわず話を続ける。
「象牙などの特定の素材のために動物を狩るのは非合法とされていた。非合法とされる理由が、私には納得いかないんだがね。特定の動物は守られ、別の動物は守られないのだから」
「でもさ!」
アレックスは割って入った。
「ヒトが自然界に首を突っ込みすぎたから、生態系のバランスは崩されたんだろ? だったら今度は動物たちや残った自然を増やすのが人間のやるべきこと――」
「わかっていないな」
H・Sが遮った。
「ヒトが自然や動物を守っている。その思い込みによって、残されたわずかな生態系までもが、徹底的に破壊されたのさ。たとえば現在のC区は草食動物が放されているが、あの区画に生えている芝は、本来あの場所に生えるべきではなかったものだ。繁殖力が強くて育ちの早い人工の芝を植えた結果、元の草は次第に駆逐されていった。守られたのは草食動物だけで、昆虫や、元から生えていた植物、微生物はほぼ駆逐されてしまった」
「……」
「ヒトは自然保護法によって、自分たちが地球を守るのが義務だと考えるようになったが、実際はその逆のことを推し進めてきたわけだ。ヒトの手が一度でも入ったら、そこに存在する自然は、ヒトが『自然とはこうあるべき』という思い込みによって姿を変えられていく。現在の自然保護区は、そうして作られた『偽りの自然』だ」
晴れていた空は、いつのまにかどんよりと曇っていた。
部屋の柱時計が昼の十二時半を指す。
綺麗に磨かれて指紋ひとつない窓に、ポツポツと雨が当たっているのが見えた。
アレックスは、暗い顔で食事を取っていた。食事といっても、粥とスープだけだ。それでも栄養剤より味がよく、腹持ちが良かった。
「どうかなさいましたか、アレックス様」
セイレンは、空になったスープ皿に新しく熱々のスープを注いで、問うた。アレックスはスープ皿を受け取って礼を言うと、口の中でスプーンを噛んだ。
「ねえセイレン。あいつの言う事は、全部正しいのかな?」
「あの方のことですか? お嬢様と契約なさっているハンターの……」
「うん」
アレックスは簡単に、午前中の「講義」について話した。H・Sの話を彼は信じられなかった。彼をからかいたくて嘘を言ったのかもしれない。あるいは全て本当の事なのかもしれない。
セイレンは言った。
「あの方は、嘘はおつきになりません」
「本当?」
「さようでございます」
「うーん」
アレックスはうなった。が、それ以上言わないことにした。セイレンの言葉だけでは、H・Sの言葉が全て真実であるか確かめようがないのだから。
彼は、薄い緑色のスープを三杯たいらげて食事を終えた後、再び資料室へ急いだ。『宿題』を出されていたからだ。宿題と言っても、彼の目の前に積み上げられた本を全て読んでおけというだけの、きわめて投げやりなものであった。しかし厚さ五センチを軽く上回る本だらけ。アレックスはそれらを十冊全て、午後のうちに読まなければならないのだ。
飛行艇の整備中。
「一面に、面白い記事が出てきたぞ」
操縦席で機体の各システムをチェックしていたH・Sは、サブエンジンを修理しているアーネストに、転送装置から吐き出された新聞を放ってよこす。機体の上から放られてきたそれを、アーネストは上手く頭上でキャッチし、一面を見た。
『第八隊員、ハンターと内通していた!』
タイトルの終わりに、アレックスの顔写真が載せられている。
「何だこれは」
「決まっているだろう、新しい指名手配犯が追加されたんだ」
H・Sは笑っている。
「基地の連中は、奴がどうやってあの冷凍室から出たのか全く分からず、困惑しきっている。そこで、指名手配犯たるハンターと手を組んでいたから助けてもらえたのだという説をでっちあげ、新聞に掲載したわけだ。ハンターとその関係者なら問答無用で処罰が確定するからな。一刻も早く捕まえたいらしい」
「あながち間違いじゃないぞ、その説は」
「そりゃそうだ、我々にとっては間違いではない。転送装置を使って、船内に移したのだからな。が、基地の連中は誰一人として見ていなかった。基地の連中にとっては、隊員たちの目を別方向へ向けるのに都合がいい、でっちあげだ。奴が基地へ帰ってきたときの目撃者も数名いるからな。ハンターに報告するために基地内を探り、行方をくらましたことにしておけば納得させられる」
アーネストは紙面にもう一度目をやった。
「本当に居場所なくしちまったんだな、あいつ……」
アレックスは、五冊目の本を閉じて、傍らの本の山の上に積み、次に六冊目の本をとって開いた。読み始めて三時間ほど経過しているが、アレックスは一度も休憩を挟まず、本にかじりついて読み続けていた。
彼の知らない事柄が、本の中につづられていた。いずれも、自然保護法ができる前の出来事。内容は本によってバラバラで、ある本は料理について、ある本は当時の議会制度について、ある本はペットの飼い方について。
内容はバラバラだが、アレックスにとっては問題ではない。彼の好奇心が、読めと命じている。彼はその命令に従って、黙々と、わき目も振らず一心に読み続けた。
(すごい、すごい)
彼の感想はその言葉が全てだった。他に言葉が見つからない。
夕方の六時頃、最後の本の最後のページを読み終えた直後、頭上から声が降ってきた。
「おやおや、『宿題』は順調のようだな」
アレックスが見上げると、H・Sが彼のすぐ後ろに立っていた。アレックスは首を戻し、体をねじって後ろに向ける。
「今、全部読んだ」
「お利口さんだな、言いつけをちゃんと守ってくれるとは」
子ども扱いされているのか、からかわれているのか。この男は人の神経を逆なでする言葉しか口に出来ないのだろうか。
相手は動かず、アレックスに問うた。
「で、感想は?」
「すごい。これしか言えない」
「そりゃそうだろうな」
ハンターは笑った。
「で、なんでオレにこんな本読ませたんだよ」
「予習だ、予習」
「予習? これからも『勉強』させるってわけ?」
「そうだ」
「何のために?」
「自分で考えてみるんだな」
アレックスは首を傾げたが、この時点でまんまとH・Sの仕掛けた罠にかかっていたことに、気がつかなかった。
「指名手配の手続きは終わった。後は奴がどこに隠れているのかを探し出すだけじゃて」
「しかし、わざわざ奴を警戒させてどうする? 余計に出てこなくなるかもしれんぞ。どうやって逃げたかも分からないのに――」
「それにしても奴は一体どうやって消えうせたのだ? 棚はロックされていたと報告書には書かれているが」
「冷凍室に入れる前に身体検査もしたが、ロックをはずせるものなど何も持っていなかったそうじゃ」
「手品師だとも思えないしのお」
年齢はもう七十を越えたであろう老人たちが、しわだらけの顔によりいっそうしわを作っている。しばらく暗い室内は沈黙で満たされていた。
「基地に戻ってきたとき、奴は『ハンターに捕まっていた』と言っておったそうじゃ。それが嘘か本当かどうか、皆、どうじゃ、取引相手に連絡を取ってみては」
夜十時。
長距離無線で、世界各地のハンターたちの元へ走る言葉。いずれも内容は同じ。
もちろん、H・Sの飛行艇に届いたのも同じ。メンテナンスを終えた彼が操縦席から離れようとしたときに、その連絡は届いた。無線の通信装置をオンにして、通信回線を開く。モニターに話し相手が映し出される。年齢八十を越えたしわだらけの顔の醜い老人たち。その老人の一人が口を開いた。
『急を要する事態が発生した。聞きたいことがあるから答えてくれんか』
「急を要する?」
『そうじゃ、まずこれを見てくれんか』
画面が切り替わり、話し相手の代わりに映し出されたのは、アレックスの顔写真だった。H・Sは目を少し細めた。
写真を映し出したままで、モニターから声が聞こえた。
『知っているじゃろう、この隊員を。資料は三月に送ったからな』
「ああ、今年入隊の第八隊員だったな」
『すでに知っているだろうが、この隊員を指名手配した。ハンターと内通していたという『事実』でな』
H・Sは声を立てて笑った。取引相手は、ハンターが笑ったのを聞いて、問うた。
『なんじゃ、何を笑っておるんじゃ』
「はん。ハンターと内通しているのはむしろ、本来自然保護法を守るべきあんた方だろうに」
『ふん、何を言うかと思えば。それよりも、お前さんに尋ねたいのだが、この隊員の消息を知らんか。基地から消えうせたのじゃ』
H・Sはしばらく間をおいて、答えた。
「いや、知らないな。なぜ私が一介の隊員の消息など知らねばならんのだ?」
『こやつはな、基地の秘密を探ろうとしたのじゃ』
「ほー、基地の秘密! どんな?」
相手は渋った。H・Sはしばらくモニターを見ていたが、口を開いた。
「なるほど、基地の存続にかかわる重要なことを知ろうとしたわけか。当の本人は、その秘密を、基地の存続にかかわる重要なことだと知っていて、調べようとしたのか?」
『わからん。しかし、調べようとしたのは事実!』
アレックスの写真が消え、取引相手の醜いしわだらけの顔が現れた。その顔は怒りで上気している。
『それに奴はあの事件の生き残り――』
そこまで言って、相手は平静を取り戻した。口走ってしまったことを隠すように、首を振った。
『とにかく、知らんのならそれでかまわん。だが、どこでもいいから見つけたら通信してもらいたい。指名手配犯たるハンターに奴を捕らえろとはいえないからな。外部に知られたとき、我々の立場が危うくなるだけでは、絶対に済まされん』
保身にだけは懸命な連中だ。H・Sは思った。
「分かった。だが、そう簡単に見つかるとも思わんな」
『すぐに見つからないことぐらいわかっておる。それに、あの事件の生き残りはまだいるはずじゃからな』
相手は通信を切った。モニターは真っ黒になった。
ちょうど、修理の終わったアーネストが操縦室に入ってきた。H・Sは椅子に座ったまま、振り向きもせず、アーネストに言った。
「修理は終わったのか?」
「ああ」
「ご苦労。先に寝ていいぞ。私は少し調べたいことがある」
アーネストは何も言わず、操縦室を出て行った。
H・Sは、転送装置に送られてきた依頼の紙をまとめてフォルダケースへしまいこみ、今度は別のケースから書類の束を引っ張り出す。
「ええと、あいつのは、これだな」
一枚の書類を引っ張り出す。そこには、各基地で保管されているはずの、基地の隊員の登録情報があった。そして、その書類に書かれた隊員情報は、アレックスのものだった。入隊は今年の三月。出生地は基地から東にある小さな町。十五歳で両親を亡くし孤児院に入っている。
「少し経歴を掘り下げてみるか。両親の死亡時期に焦点を当てれば、何かつかめそうだ」
時計が深夜を指す頃、調査は終わった。
「ふーん。これは面白いな」
冷たく笑うH・Sの手には、アレックスの隊員情報と、もうひとつ別の情報が握られていた。
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