第1話



 ここはポケモン渓谷。文字通り、ポケモンだけが住む渓谷である。澄んだ水と豊かな自然に囲まれた、人間の手の届かぬこの渓谷では、数多くのポケモンたちが住み着いていた。時には外部から他所のポケモンがやってくることもあったが、この渓谷のポケモンたちは反対もせず受け入れた。新しい仲間が増えることが、この渓谷のポケモンにとってはとても喜ばしいことであったからである。

 ポケモン渓谷はいつもどおり平和だった。渓谷の住人であるライチュウは、いつもどおり、遊び場兼昼寝場である小高い丘の上のリンゴの木の下で昼寝していた。このライチュウ、友達が多いだけでなく、時には物事を取りまとめるリーダー的な役割も果たしている。
 ライチュウは夢を見ていた。目の前に積まれたリンゴの山の前に座り、それを食べようとしている。一番大きくて熟れたリンゴを手に取り、さあ食べようと大きく口を開けたところで、
「起きて、起きてよお」
 体がぐらぐら揺すられ、リンゴの山が消えていく。ライチュウは手の中のリンゴが消える前にと、リンゴにかぶりつこうとする。
「んー、せめて一口……」
「寝ぼけてないで、起きてよお」
 執拗な揺さぶりに負け、ライチュウは目を開けた。体を揺すっていたのは、エイパムである。両腕と尻尾で、必死になってライチュウを揺すっている。
「なあにい、せっかくのリンゴが……」
「リンゴなんかどうでもいいよお、とにかく来てよお」
エイパムは尾でライチュウの手を掴んだ。ライチュウはのっそりと立ち上がるとあくびする。そして、エイパムの後についていった。
丘の下にあるのは、巨木の林である。樹齢が数千年を遥かにこえる木々が並び、その木の一本一本がポケモンの住処となっている。
巨木の一本に、ポケモンたちが集まっていた。ライチュウはエイパムに引っ張られるようにしてその巨木のところへやってきた。
「どうしたの」
 ライチュウが問うた。すると、木の周りに集まったポケモンたちが一斉に振り向いて、同時に口を開いて何やら喚きたてる。聞き取れる限りでは、皆同じ事を言っているのだろうが、それにしてもやかましすぎる。
「ハイ、だまって!」
 ライチュウが電気ショックを起こすと、途端に皆黙ってしまった。これ以上怒らせると次には雷が降ってくることを、皆、知っていたからである。ライチュウの起こす電気技の威力は半端ではない。岩ポケモンすら一撃で黒焦げにしたことがあるくらいなのだから。
「で、何があったの」
 指されたレディバが話をした。
「あのさ、さっき突然、この木の根元に卵が出てきたんだよ、あれ見てよ」
 命令されたわけでもないのに、ポケモンたちは道を開け、ライチュウにその卵を見せた。
 虹色に輝く、大きな卵。大きさは、ライチュウを一回りぶん上回っている。
「誰の卵でもないって言うんだよ。子育てしてるオニドリルさんだって違うって言うし」
「ふうん」
 ライチュウは卵の側に近づく。触ってみると、まるで氷のように冷たくて、つるつるしている。卵を見る角度を変えてみると、太陽の光を反射してか、虹色の卵は様々な色に光り輝いた。
「これ割ったら、どれくらいの卵焼きできるかな〜」
 コダックがさも食べたそうにくちばしを開ける。だがライチュウは首を振った。
「駄目だよ。誰の卵かわからないのに」
「じゃあ、どーするの。このままほっとくの?」
 エネコが尻尾を振りながら聞いてくる。隣ではペルシアンがそのつややかな毛皮を舐めて毛づくろいしている。
「ほっとくわけにもいかないよ」
 ライチュウはまた首を振る。
「それに、誰かのだったら、大切な卵をここに無造作においておくはずがないよ。たぶん、何か用事があって、仕方なくここへ置いていったんだよ。そうだとしたら、必ず取りに来るはずさ」
「じゃあ、どーするの」
 またエネコが聞いた。ライチュウは尾を振り、応えた。
「この卵、誰かがとりにくるまで、ボクらが大切に守ろうよ」

 虹色の卵は、巨木に出来ている巨大な洞の中に置かれた。草やわらを敷きつめられたその洞の中は、卵を育てる場所としては最高である。子育てをしているオニドリルのみならず、ニドクインやガルーラも薦めたくらいなのだから。
 卵を育てるのは、ライチュウである。言いだしっぺだからという事もあるが、ライチュウは一度でいいから卵を育ててみたかったのである。卵から子供が孵る瞬間が、母親の最上の喜びなのだと聞かされたことがある。それがどんな瞬間なのかを自分の目で確かめてみたかった。卵が孵る前に誰かが引き取りに来るかもしれないが。
 まずライチュウは、洞に入って卵を見つめた。洞の入り口は広いので、適度に太陽の光が差し込んでくる。太陽の光を反射して、卵は様々な色に輝いた。
「きれいだなあ」
 それをしばらくうっとりとして眺めていた。虹色に輝く巨大な卵はライチュウを魅了するかのように、眩しく美しく輝いてみせた。
「この卵、一体誰のかな。どうして、大切な卵をここへ置き去りにしていったのかな」
 卵の殻をそっとなでながら、呟いた。
「カビゴンさんのじゃないし、ホエルオーさんのでもないし……」
 カビゴンもホエルオーも大きな卵を産むが、いずれもライチュウほどの大きさではないし、虹色に輝いたりしない。
 オニドリルに教わったとおり、卵の上に、苦労してわらや草を被せた。わらや草を被せることにより、保温効果があるのだという。卵はライチュウより大きかったので、背伸びをしなければてっぺんに乗せることが出来なかった。
「ねえ」
 声が聞こえたので、振り向く。
 洞の入り口に、見たことのないポケモンがいる。
「その卵、どこで拾ったの」
「どこって、すぐそこに置いてあったの。それより、君、誰? 引っ越してきたの?」
 ライチュウの問いに、ポケモンは答えなかった。透き通るような青い瞳で、卵を、次にライチュウを見た。そして、くすくす笑う。
「大丈夫だね。きっと、大丈夫だね」
 言うなり、フッと消えた。
 テレポート。
 ライチュウは何が起きたかわからず、しばらくぽかんとしていた。
「今の、誰……?」


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