第8話



 閃光に続いて耳を劈くような雷鳴。直後、巨木に伝わってきた揺れを感じ、ライチュウは飛び起きた。
「落ちた!」
 外が雨であるのにもかかわらず、住まいである洞の中から飛び出す。同時に、後ろから誰かにぶつかられた。
「きゃわっ」
「うっ」
 ライチュウは倒れたが、相手は倒れなかったらしい。ライチュウが泥水の中から起き上がると、目に入ったのは、雨に打たれてずぶぬれになったアブソルであった。
「ああっ、こないだの――」
「あの時の――」
 互いに見合ったが、稲妻のまばゆい閃光と落雷の音、そしてその衝撃で、我に返った。
「雷が落ちた! 皆大丈夫かな」
「行くしかなかろう」
「早く行かなきゃ……わっ」
 アブソルはライチュウを角で引っ掛け、背中に乗せた。
「お前の足では、私より速く走れぬ」
 そして、雨の中、水溜りで足を滑らせることなく、アブソルは駆けた。ライチュウはアブソルの背中の毛皮に片手でしっかりとしがみつきながら、顔に叩きつけてくる雨を片手でぬぐい、少しでも前が見えるようにと努力する。
 稲妻がとどろき、風が強く吹きつける。やがて、風に乗って、何か焦げ臭いにおいが鼻を突く。雨が少し弱まり、風も少しだけ収まってくる。だが空を引き裂く稲妻はいよいよ激しさを増した。何度も稲光が目を眩ませようとする。耳を劈くような雷鳴もいよいよ音量を増し、まるでこの先に行かせまいと威嚇しているかのようだ。
 焦げ臭いにおいがだんだん強くなり、雨が弱まりだしたことで視界が利く様になってきた。
「あっ」
 ライチュウは声を上げた。
 前方には、渓谷の憩いの場である小さな広場がある。だがそこは、若木が強風で倒され、落雷で燃えていた。雨が弱まったことにより、若木を燃やす火は、周りの木にも燃え移り始めている。
 まばゆい閃光。続く落雷の音。駆けているアブソルのすぐ前にいかずちが落ちてくる。
「危ない!」
 ライチュウは十万ボルトで迎え撃ち、いかずちを打ち消す。放電の際、アブソルにも少し電気が伝わったらしく、アブソルはよろめいた。
「あ、ごめん……」
「いや、構わぬ……、不可抗力だからな」
 アブソルは体勢を整えて、走る。そして、広場まで駆けた。
 広場の近くから、逃げ遅れたらしいポケモンたちの鳴き声が聞こえる。近くの川からは水棲ポケモンが顔を出して、水鉄砲で消火活動を行っているが、雷に耐性のあるポケモンを除けば、その大半が川の奥にある岩穴の付近に集まっていた。
 ライボルトがかけつけ、岩場の側に立つ。避雷針の特性があるため、充電を兼用して雷を一身に受けることが出来るのである。
「早く、火を消すんだ!」
 ライボルトの一声と同時に、稲光が目をくらませ、落雷がライボルトに襲いかかる。だが、雷を受けたライボルトは多少のダメージは受けながらも、しっかりと立っている。川の中の水ポケモンたちは、水から出られるものは出て、燃えている木に水鉄砲を吹きかけて消火活動に当たる。充電の完了したライボルトは、落ちてくる雷を自身の雷で迎え撃ち、電力が足りなくなると稲妻に打たれて充電しなおす。
 アブソルは駆けつけると同時に、ライチュウを背から下ろす。
 突風が吹きつけ、今にも折れそうな老木の幹を揺さぶる。その下で怖がってぴいぴいと泣いているポッポの子供たち。巣が飛ばされてしまったらしい。
「お前はあちらを当たれ。私は向こう側へ行く」
 アブソルはそれだけ言って、跳んでいった。ライチュウは命令されるのが気に食わなかったが、ひとまずポッポの子供たちを助けに走る。泥水と風が足をもつれさせるが、老木が倒れる前に、泣くポッポたちを腕に抱えることは出来た。
「さ、早く逃げよう」
 ライチュウが言ったとき、老木が風に耐え切れず、メリメリと音を立てて倒れ掛かってきた。ポッポの子供達はそれを見て悲鳴を上げたが、ライチュウは慌てなかった。アイアンテールで木をなぎ倒し、なぎ倒すその反動を利用して安全圏へと跳んだのだ。ライチュウが着地すると同時に、このポッポの親が飛んできた。巣を飛ばされ、子供たちがいなくなってしまい、半狂乱で探していたようだった。
「ありがとねライチュウ。さ、安全なところへ飛ぶから、しっかりつかまってらっしゃい」
 ポッポの子供達は親の羽毛にしっかりとつかまった。母親のもとへ戻れたことで、安心したらしく、また泣き出している。ポッポは急いで飛び立った。
 ライチュウはそれを見送っていたが、稲光で我に返った。落ちてくる大きな稲妻を、自身の雷で迎え撃つと、雷同士、相殺して消えてしまった。
「こんなことしてる場合じゃない!」
 ライチュウは駆けた。
 一方でアブソルは八面六臂の活躍を見せていた。強い風も雨もものともせず、雷をよけ、救出活動に励んでいる。そのてきぱきした行動は、ライチュウの比ではなかった。泥水を跳ね飛ばし、倒れた木を飛び越して、落ちてくる稲妻を素早くかわして移動する。逃げおくれた何匹かのポケモンはアブソルに助けられ、安全なところへと運ばれていた。
 どこからか、ヨルノズクが羽を雨でずぶぬれにしながらも、ばさばさと飛んできた。
「おお、アブソルではないか!」
「どうしたヨルノズク。私がここにいることが、そなたにとって信じられぬのか?」
「いや、そうではないが……とにかく逃げ遅れた者たちは……」
「私とライチュウで手分けしている。水ポケモンたちはライボルトの援護で消火活動に当たっている。案ずることなどない」
「そうか……」
 ヨルノズクはほっと息を吐くが、ぬれた翼が重いのか、アブソルの背中に落ちた。
「わしゃあもう飛べん。翼が重くてな。それに、遅れた者たちを渓谷の出口まで誘導していたから――」
「そうか。ご苦労だったな」
 アブソルはそのまま、耳を済ませる。稲妻の音が何度も鼓膜を劈こうとし、雨がまた叩きつけるように降り出した。だが、木を燃やす炎は、雨や水ポケモンたちの消火作業にも関わらず、まだ勢いよく燃え続けている。

 一方、ライチュウは逃げ遅れた者を探していた。だが、耳をすましても、鳴き声一つ聞こえてこない。自分の足で走り、あちこちを見て回る。
「あっ」
 ライチュウは思わず声を上げた。雨が強く降り始める中、ピイが、あの卵の置かれた木洞の中で泣いていたのだ。
「ピイ!」
 駆けつけたライチュウを見て、ピイはいったん泣き止んだ。
「ライチュウ……?」
「なんでここにいるのさ!」
 とがめるようなライチュウの言葉に、ピイはまた泣きそうになる。
「だってだって、たまごが……!」
 洞の入り口から吹き込む雨で、卵はぬれている。だが炎の光と稲光を反射して、一段と綺麗な光を放っていた。
「とにかく逃げるんだ!」
「あっ、でも卵……」
「あとでまた来るからさ!」
 有無を言わさず、ライチュウはピイを抱きかかえた。
 その時、突風が吹きつけてきた。ライチュウは後ろから風に押され、足元の水溜りで足を滑らせて倒れた。が、すぐに起き上がり、
「ライチュウ!」
 駆け出そうとするライチュウの近くから声が聞こえ、風に吹かれてなびいている茂みを飛び越えて、アブソルがヨルノズクを背に乗せて、姿を現す。
「ちょうどよかった! この子たのむよ」
 ライチュウは素早くピイをヨルノズクの側に乗せる。ライチュウはそれから、洞へ走る。
「どこへ行くのだ、すぐ戻らねば……」
「すぐ戻ってくるから!」
 ライチュウは、洞から、卵を転がしてきた。ポケモンたちの技をぶつけても壊れなかったのだ、転がしたところで別段傷つきもしないだろう。
「これも運ぶんだ」
「私の背には、もう乗せられぬ……」
「転がすから大丈夫だよ。ちょっとくらい乱暴に扱ったって――」
 言いかけたところで稲光が目をくらます。間髪いれずに鼓膜を破るほど大きな音で稲妻が吼えた。ピイはヨルノズクにしがみついて震えた。
 アブソルは、これ以上ここにいては危険と踏んだか、素早く駆け出していった。後に残ったライチュウは、雷に打たれては大変と急いで卵を転がした。時々水溜りで足を滑らせることになったが、すぐに体勢を立て直し、また卵を転がす。
 風が強まってきた。
「あっ」
 卵が勝手に風に押され、意図せぬ方向へと転がっていく。ライチュウは慌てて後を追った。

 アブソルは安全圏へ駆けていき、ピイとヨルノズクを下ろす。川べりでは、だいぶ体力を消耗したライボルトが、水ポケモンたちの盾になっている。
「盾になるのはもう十分だ。火勢はだいぶ弱まっている。この雨ならば、やがて消し止められよう。お前もはやく安全な場所へ行くがよい」
 アブソルの言葉に、ライボルトは安心したような表情を浮かべ、幾たびもの落雷を受けた体に鞭打って、それでも素早く駆けていった。消火活動に当たっていた水ポケモンたちも、川上へと避難していく。
 アブソルはそれを見届けると、まだ木々のくすぶる森の中へと駆けていった。

 森の中に、今まで以上に巨大な稲妻が落ちた。


第7話へ行く第9話へ行く書斎へもどる