第1話
「あーあ、やっとたどりつけた」
砂漠がどこまでも広がっている。たまに、メグロコの群れやヒポポタスの群れが見えるほかは、オアシスも岩もなにも見つからない。それでもやっと見つけた小さな岩の陰に、ルカリオは座り込んだ。
「波導を駆使しても、自分が迷子になるんじゃお手上げだな、これは」
群れをなして移動していくメグロコたちに、近くの岩場までの道を聞いたのに、たどりついたのは数時間後。本当なら十分も歩けばつけるはずなのに……。そのころには太陽は西へ沈みかけており、気温は徐々に下がってきている。ねぐらが見つからなければ、今夜はここで一夜を過ごすことになりそうだ。
(まったく、俺の方向オンチは、旅じゃあ治らないな。それどころか強化されているようにすら感じてならん)
このルカリオ、とんでもない方向オンチ。西と東を間違えることもたびたび。それを何とか治したくて、故郷を離れて旅に出たのだ。だが、目的もなく歩き回るだけの旅は、方向オンチをなおすどころか、ますますひどいものにしてしまっているようだ。しかも、方向を定める太陽があるほかはなにも目印などない砂漠。
「さあてと、今夜の宿は、まああの向こうにある遺跡にでもしようか」
ルカリオは砂を蹴った。
赤くなる空の果て、ぽつんと見える小さな塊。最初は岩だと思うだろうが、ルカリオは波導を送ってそれが遺跡であることを確かめた。この波導、機械でいうところのレーダーといったところだ。
「急ごう」
砂漠の夜は寒い。昼が灼熱なら、夜間は極寒と言っても差し支えないかもしれない。途中、小さなオアシスを見つけたので水をガブ飲みして水分補給をする。そして、また走り出す。太陽はそのうち沈んでいき、夜の帳が空を覆い始めた時、ルカリオは目的地に到着した。
「蜃気楼で無くてよかったなあ。さすがに波導の導きをメチャクチャに間違えるほど、ひどい方向オンチじゃあなかったってことだし」
ルカリオは砂埃をぱっぱと払い落してから、遺跡を見上げる。月の光に照らし出された遺跡は、古い石を削って積み上げられたものだ。触ってみると、砂漠の昼間の熱が残っていて、熱い。屋根と思われるものはないが、柱はいくつも残っている。石の床を歩いていくと、地下に続くと思われる階段があった。砂が吹きこんでいて、下の方まで砂だらけに見える。肉眼で見えるのはこれだけだ。これ以上は何も見えてこない。中に入らねば確かめられない。が、
「何かあるだろうか?」
ルカリオは波導を送ってみた。光の届かぬ地下に送られる波導。砂の積もった階段は十段ほど。階段の先に通路があり、さらに奥に向かって伸びていく。
「ん?」
もっと強い波導を送ってみる。何かの気配がある。かすかな、ごくかすかなものだ。かすかな気配はその通路の中をうろうろしている。右、左、右、左……。なんだか悩んでうろうろしているようにも見えるルート。人間ではない、ポケモンの波導であることに違いはないが、いったい何者なのだろう。友好的なものならばここで泊めてくれるかもしれないが、この遺跡をねぐらにしている強敵ならば、まあ自分が出ていくか話し合うか戦うかのどれかになろう。
「おや?」
ルカリオは、鼻をひくひくさせた。風の中に砂埃が混じっている。後ろから吹きつけてくる風。
「まずいな、砂嵐だ。ひとまずここに入ろう」
ルカリオは階段を駆け降りた。中に何かいるのはわかっている。だが、砂嵐の中で、砂まみれになるのはまっぴらごめんだ。
階段は砂まみれになっており、一度足を踏み外した。ルカリオはそのまま転げ落ち、派手に通路の砂山に突っ込んでしまった。あわてて首を引き抜き、
「ゲホゲホ、あー、砂だらけで気持ち悪い……」
ぺっぺっと砂を吐き出してしまうと、ルカリオは立ち上がった。目の前には暗い通路が伸びている。乾燥した空気の中に、ポケモンのニオイがある。さっきの波導の主であろうか。ルカリオは戦いにそなえて波導を打ち出す準備を整える。気を練りあげ、一点集中して体内にとどめおくと、歩き出した。波導の導きをたよりに前に進んでいくと、徐々にポケモンのニオイは強まる。ルカリオの足取りも、それに伴い用心深くなる。石づくりの床の上をそっと歩いて行く。
ルカリオの鼻に、どこかカビ臭い妙なにおいが飛び込んできた。
(こんな乾燥した場所でカビなんか生えるか? オアシスが近くにあったとはいえ、こんな地下深くに水ポケモンが住んでいるとは思えない。それとも地底湖でもあるのかな。いや、それならもっと水っぽいニオイになるはずなんだ)
曲がり角。ルカリオはいったん、角に隠れる。そして、そこから波導を送って様子を探ってみた。曲がり角の奥には広めの部屋がある。四角い形。床の上に砂がところどころ見えるのは、天井から落ちてくるからなのだろう。部屋自体は天井が低く、せいぜい高さは二メートル程度。ちょっと高く跳び上がれば頭をゴツンと打ってしまうだろう。ルカリオはさらに強い波導を送って部屋の細部を詳しく探る。四角いいくつかの箱。中身は空っぽだ。人間の作る棺桶というやつか。あの棺桶には本来亡骸が入っているはずだが、何も入っていないとは……。
(!)
かなり強いポケモンの波導。すぐ近くにいる。だが、あれはいったい何なのだろう。ルカリオの知らないポケモンだろう。感じ取ったことの無い波導を放っている。フワフワしたもの。ゴースト系のポケモンだろう。
波導を送るのをやめて、今度は耳を澄ましてみる。じっと耳をすませると、聞こえてくるのは、甲高い裏声。かぼそいが、集中するとなんとか聞き取れる。
「あーもう、どうしましょったらどうしまっしょ! アタクシとしたことがこんなドジやっちゃうなんて、ああもう、いやになっちゃうわっ!」
ずいぶんあわてている様子だ。ルカリオは、今度は耳を澄ますのをやめて角からこっそり覗くことにした。気をつけて、顔を少しだけ角からはみ出させて覗いてみる。
(なんだありゃ)
見たことの無いポケモンが棺桶の前で右往左往。黒い体に、赤い大きな目、人間の顔をかたどった奇妙な黄色い物体を細長い体に抱えている。
「ああもう、どうしたらいいんでっしょ!」
そのポケモンがうろうろしているのは、棺桶の前。棺桶を見ると、一つだけふたが開いている。
(最初から開けてあるのか? それともさっき開けたのか?)
「ああもうとにかく、外に出てみないとだめっだわ!」
声が終わったと同時に、ルカリオの目の前にその声の正体があらわれた。
「うわっ」
「ひぎゃあああ」
驚いたのは同時だった。まさか目の前にいきなり現れるとは思っていなかったルカリオと、まさかこんな砂漠の遺跡にポケモンが入り込んでいたとは思っていなかった謎のポケモン。両者はしばし硬直した。
凍った空気の中で、先に動いたのはルカリオだった。練りあげた気を波導として解放し、通路の奥に跳んで身構える。
「何者!」
「そりゃ、こっちのセリフでっす!」
ポケモンはフヨフヨと漂いながら、ルカリオの傍に寄ってくる。
「あなた一体何者なんでっすか! まさか墓荒らしでっすか!」
「墓荒らし? ここが墓場なんて、お前の口から聞くまで知らなかったぞ。そもそもこのちっぽけな遺跡のどこにお宝があるって言うんだ」
「んまーっ、ブジョクするんでっすか!」
ポケモンは怒った。戦うか、とルカリオはもう一度身構えなおす。
「ああ、もう、墓泥棒に構ってるひまなんかないんでっす! ああああ、アタクシの過失のせいでこんなことになっちゃって――」
しかしポケモンはルカリオに構わず、並んだ棺桶の傍に急ぐ。どうやら自分に構うよりももっと重大なことがあるのだろう。ルカリオは波導を解放した状態のまま、後ろからポケモンを見守った。
棺桶の前をひたすら跳び回るだけで、解決策など何も考えていないかのように見えるポケモン。ルカリオは、あの棺桶にいったい何があるのだろうかと、もう一度波導を送ってみることにした。おそらく先ほど感知できなかったものが何かあるのだろう。
棺桶自体はただの石の箱だった。なにも感じ取れない。ではこの部屋の中の何かだろうかと思い、周囲にも波導を向けてみる。ただの石。特に気になるものはないように思える。だがこのポケモンのあわてぶりはいったいどういうことなのだろう。
「ああもう、どうしましょったらどうしまっしょ!」
ポケモンはもうルカリオなど眼中にないかのように、勢いよく傍を駆け抜け、外へ出て行ってしまった。残されたルカリオは、棺桶に近づいて直接調べてみることにした。
「全く、俺を墓泥棒だなんて言いやがって……まあ、不法侵入したのはこっちだしな」
ぶつぶつ呟きながら、棺桶を触ったり、中を覗いてみたり。別に何も変わったところの無い石棺である。ふたのあいている石棺を調べてみると、
「おや?」
よく見ると、石棺の底にほこりに交じって何か小さなものが落ちている。頭を突っ込んでよく見ると、石のかけらのようだ。波導を送って調べたはずなのに、この石は波導の力を受けなかったようだ。そんなモノあるだろうか、あらゆるものが発する波導を、この石がシャットアウトするなど……。
拾い上げてみると、確かにただの石。何の変哲もない石だ。
石を眺めていると、先ほどのポケモンが勢いよく飛び込んできて、ルカリオの持っている石を見るなり、絶叫した。頭の中を突き抜けるほどの甲高い声で。
「ああーっ、その石は――」
ルカリオの手の中にある石が赤い光を放った。急に石が熱くなり、ルカリオは持っていられなくなり、落してしまう。
「そ、そんなところに残っていたなんて――」
ポケモンの声など、ルカリオにはほとんど聞こえていなかった。
赤い光は、辺り一面を完全に飲み干し、ルカリオもまたその光にのみ込まれてしまった。
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