最終話



「波導弾!」
 ルカリオの作りだした巨大な波導弾が、小さな赤い石にぶつかる。同時に、天井から赤い光が降り注ぎ、あの、握りこぶしほどの大きさの赤い石がルカリオを追いかけて飛びこんできた。小さな赤い石は、波導弾にぶつかった後――
「えっ」
 赤い石は波導弾を飲み込んだ! 青白い眩しい球体があっというまに赤い石の中へ吸収されていき、赤くて強い光が辺りを照らし始めた。亡骸が光の中へ飲み込まれて行き――
 突然、耳をつんざくような音が辺りに響き渡った。まるで悲鳴のような音。眩しい赤い光に、ルカリオとデスマスは思わず目をつぶる。バリンと何かが割れる音が響く。割れると同時に、再び、悲鳴に似た音が辺りに響く。
(ゴシュジンサマ、ゴシュジンサマ! ゴシュジンサマアアアアアアアア!)
 悲痛な声が頭の中に響いた。
(そうか、俺は生きてる存在だから、この赤い石は力を受け付けないんだ!)
 ルカリオはもう一度波導弾を練りあげる。攻撃しようとした赤い大きな石は、光を放とうとしたが、ルカリオの練りあげていく波導弾にぶつかった途端、その赤い力は四散した。赤い石はただの黒ずんだ石に変わってしまい、砂の上に落下した。
「もう一発だ!」
 ルカリオは波導弾をぶつけた。赤い石は再び凄まじい音を立てる。
「御主人が好きだったのはわかるよ! でもなあ、お前らはもう死んでるんだよ!」
 赤い小さな石から発せられた抵抗の光が、ルカリオを貫く。だが、痛みすら感じ取れない。ただの光に変わっている。
「だから、天国で再会してくれ! ここにはもういちゃいけないんだ!」
 もう一度練り上げられた波導弾が、赤い石を直撃した。
 今度は、石から悲鳴が響き渡った。本当の悲鳴だった。
 赤い石から光のようなものが勢いよく飛び出した。それはキュウコンのシルエットであった。そしてもう一つは、亡骸から飛び出した。青白く眩しく輝くひとつの球体。青白く輝く球体は、キュウコンの赤いシルエットと混ざり合い、やがて天井を突き抜けて、消え去った。

 遠くのキュウコンの墓で、棺の上に置かれた小さな赤い石が、音を立てて割れた……。

 赤い石が、粉々に砕けちる。同時に、赤い光が完全に消え失せ、そこには、棺に横たわる亡骸があった。どこも呑みこまれていない、傷一つない亡骸。
「終わったのか……」
 ルカリオは、ぽつりとつぶやいた。しばらく呆然としていたが、やがて弾かれたように、崩れおちた岩をよじ登り、外へ出た。
 焼けるような暑さ。照りつける太陽。黄土色の砂。遠くに見えるオアシス。
 ルカリオはしばらく呆然として眺めていた。真っ赤な砂漠は、もうどこにも見当たらなかった。
「……戻ったんだ。何もかも」
 もう一度、ぽつりとつぶやいた。
 後から来たデスマスも、つぶやいた。
「ハイ。戻ったんでっす……」
「あの青い球体、なんだったんだ?」
「あれ、ご主人様でっした。石の中のキュウコンの想いと一緒に、どこかへ旅立たれたんでっす」
「そうか。やっぱり、もう終わったんだな」
 ルカリオは、ふーっと、大きく息を吐いた。何もかも終わった、安堵の吐息であった。

 太陽が南の空へ昇る。灼熱の砂漠は、よりいっそう暑さを増した。遠くで、メグロコたちが移動していくのが見える。壊れた墓を可能な限り片付け、岩を粉々に砕いて、亡骸の入った棺にちゃんとふたをしなおす。重労働の後で、オアシスの傍に生える木の陰に座ったルカリオは、フヨフヨと浮いているデスマスに問うた。
「なあ、あの幻のキュウコンはどうなった?」
「キュウコンちゃんは……石が割れると同時に、消滅したみたいでっす。あの石が、キュウコンちゃんの残留思念をつなぎとめるためのかなめ石だったんでっす……」
「そうか。いまごろご主人とやらと楽しくやってんだろうなあ。まるくおさまって、万事オッケーってわけだ。でさ、お前、これからどうするんだ。まだ墓守りやんのか」
「アタクシでっすか。墓守り……でも、もうご主人様のお墓をお守りする必要はありまっせんね……。だって、あの赤い石は力をなくしてしまったんでっすもの。あれが暴走したり壊れたりしないようにするために、アタクシあそこにいたんでっすから」
 デスマスは、ため息をついた。
「それに、墓泥棒のあなただって、もうあそこには何もないって知ってまっすもの」
「まだ墓泥棒呼ばわりするか、お前っ!」
 ルカリオは牙をむいて唸り声をあげた。まけじとデスマスは詰め寄った。
「そうじゃないでっすか! いきなりご主人様のお墓に入ってきて!」
「あのな、一夜をあかすためにあそこへ入っただけの事だ! ああもう、そんなことより!」
 ルカリオはデスマスの不気味な仮面を押し戻した。
「お前はこれからどうするんだ。もう、この墓を守る意味はないだろう。お前のご主人はキュウコンと一緒に天国へいったんだしさ」
「そうなんでっす」
 デスマスの、不気味な仮面がしょげた。
「ま、すぐに考えつけるものでもないしな。時間はたっぷりあるんだ、じっくり考えな」
 そう言って、ルカリオは、木の実を腹に詰め込み始める。
「俺、方向オンチをなおす旅の途中だからさ。明日になったらここを発つよ」
「そうでっすか……」
 腹いっぱい木の実を詰め込み、水を飲みたいだけ飲んだルカリオは、地下墓地の階段に寝転がって眠りについた。デスマスは墓地にもぐりはしたが、眠らずにずっと棺の傍をうろうろしていたのであった。

 一晩経った。日の出とともに、ルカリオは地下墓地から顔をひょっこりとだす。砂嵐が昨夜あったらしく、辺りの砂の地形は変わってしまっていた。
「うわー、おてんとさんが今日も眩しいぜ!」
 オアシスで水をたっぷりと飲み、木の実を腹いっぱい詰め込む。木陰に座っての食休みの間に、太陽は少しずつ地平線から顔を出していった。今はまだ過ごしやすいが、あと数時間もすれば、辺りはやけつくような暑さに変わる。
「あ、旅立つ前に、別れのあいさつでも――」
 確かまだデスマスは壁の中で寝ているはず。ルカリオは地下墓地の階段を下りた。
「おーい」
 呼んでみるが、返事がない。
「あれ、どこ行った?」
 波導でデスマスを探す。が、地下墓地全てをくまなく捜したのに、デスマスの姿はない。
「きっと別れのあいさつが照れくさくてどっかに隠れちゃったんだな、はは」
 ルカリオは階段を上り――
「何をしてるんでっすか!!」
 突然目の前に現れたそれに驚いて、階段を踏み外してしまった。
「ルカリオさん、何してるんでっすか。ねぼけてるんでっすか」
 デスマスは、フヨフヨと漂いながら、地下墓地の石の扉の前で目を回すルカリオの傍に近づいてきた。
「いてててて」
 ルカリオは、頭に大きなこぶをつくっていた。階段を転げ落ちたうえ、石の扉で頭をしたたかに打ったのだから。ルカリオは起き上がると、デスマスの姿を改めて見つめ、驚愕で大きく目を見開いた。
「お、お前……」
「何してるんでっすか! 早く出発するんでっしょ!」
「は、早くってお前! ちょっと待てよ!」
 デスマスの手を振りほどく。
「お前、一体何を言ってるんだ。そりゃあ確かに俺はもう出発するけどさ――」
「アタクシ、徹夜して決めたんでっすよ」
「何を」
「あなたといっしょに行くって」
 ルカリオのあごが、だらしなく開いた。
「お前、何を――」
「もう決めまっした! アタクシはルカリオさんの旅のお供をしまっす」
「どうして――」
「だって、アタクシはもう墓守りの役目をすることなんかないんでっすから。ご主人様は未来永劫ここでお眠りになるのでっすし、魂はキュウコンと一緒に天へ昇りましたから、もうアタクシの役目はおわったのでっす」
「あの――」
「ですから、一晩考え抜いて決めたのでっす! 方向オンチのルカリオさんの旅についていこうって。もちろん目的はルカリオさんの方向オンチを治すためでっす」
 デスマスはルカリオに最後まで喋らせず、まくしたてた。ルカリオは口を開けたまま、それ以上言葉を出すことはなかった。
「アタクシのお話、聞いていただけまっした?」
 しばらく口が開きっぱなしだった。
「な、何でお前を俺の旅に連れて行かなくちゃならねーんだ! 俺は一言もオッケーだなんて言ってない――」
「ハイ、今言ったじゃないでっすか、『オッケー』だって」
「あのなっ」
 デスマスはルカリオの抗議の言葉を最後まで言わせず、その手を取ってぐいぐい引っ張った。
「さ、出かけまっしょう! アタクシだって久しぶりに砂漠の外の世界を見たいんでっすから」
(ホンネはそれかよ!)
 階段を上り、砂漠へと踏み出す。
「さー、行きまっしょー」
 うきうきしているデスマスはルカリオを引っ張った。ルカリオは抗うのをやめ、引っ張られるままに歩いて行った。
(まあいいか。騒がしくはなるだろうけど――)
 眩しい太陽が空に昇る。
(少なくとも、退屈しない旅にはなりそうだな)


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ご愛読ありがとうございました!
ブラック・ホワイトのポケモンを登場させての長編。
墓守はデスカーンでも良かったのですが、不気味すぎるので、
あえて人間の面影を残すデスマスにやらせてみました。
拙いところ数多くありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
連載期間:2011年1月〜2011年11月

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