第9話



 赤い石を破壊する方法。
「俺を地上に送る前に伝えてくれよ、いっちばん大事な事だろ!」
(慌てておりましたので、すっかり忘れておりましたの。ごめんなさい)
 慌てすぎにもほどがある。それほど事態が切羽詰まっていたと言うことでもあるのだが、できればルカリオとしては、地上に出る前に教えてもらいたかった。
「とにかく、あの石を壊す方法を教えてくれ! さっき、渾身のパンチをお見舞いしてやったのに、壊れるどころか、傷ひとつつかないんだ!」
(普通に殴っただけでは壊れません。あれは、貴方の生者の力が無ければ、壊せないのです)
「うん、それは聞いたよ。でもどうやって?!」
 遠くで、デスマスの悲鳴が上がった気がした。赤い石の発する力を、ルカリオは感じとる。だがそれはルカリオへ向けられたものではない。全く違う方向にむかったのだ。おそらくは、デスマスのいる方向。
「さっさと教えてくれよ! デスマスがあの石を引きつけている間にさ!」
 ぎゃー、とデスマスの悲鳴が上がる。どうやら赤い光の攻撃をよけそこなったらしい。このままではルカリオもいずれは見つけ出されてしまう。
「早く教えてくれ!」
(それは――)
 いきなりテレパシーが途切れ始める。
(貴方の、波導――ご主人様の体――あの石を――)
「おい、もっとはっきり喋ってくれ! よく聞き取れないよ!」
(石の、妨害――これ以上は――)
 プツン、と糸が切れたような、奇妙な音が頭の中にこだました。それきりキュウコンの声は聞こえてこなくなってしまった。
「石の妨害だと?」
 直後、ルカリオは跳んだ。ルカリオの隠れていた岩が赤い光の直撃を受け、一瞬にして砕け散る。砕けて飛び散る岩と石の破片を、ルカリオは全部よけた。
 赤い石はギラギラ輝いている。ルカリオにその怒りの矛先を向けている。
 石がいきなり光線を発射した。きわどいところでルカリオはよける。
「くそっ、全部聞きとれなかったな……」
 聞きとれたのは三つだけ。波導、ご主人様の体、あの石。ご主人様というのはあのトレーナーのことだろう。早く壊さないと石があのトレーナーを飲み込んでしまうということだろうか。
「ものは試しだっ」
 波導弾を放つ。青白い色の波導を練りあげ、球体として赤い石に打ち出した。青白い球体は勢いよく宙を飛んで、赤い石にぶつかった。だが、赤い石にぶつかった途端に、波導弾は粉みじんに砕け散ってしまった。
「き、効かない?!」
 赤い石はルカリオめがけて光線を放つ。ルカリオは急いでよける。背中を向けジグザグに走りながら、身を隠せる場所を探す。見つけた大きな岩の陰に飛びこむと、攻撃は止んだ。赤い石はルカリオを見失ったようだ。
「ほっ」
 ルカリオは安堵のため息をついた。
(それにしても、波導弾が全然効かないなんて予想外すぎる。……キュウコンは間違った方法を俺に伝えたのか?)
 いや待て。キュウコンはキーワードを三つ言った。そのうちひとつは「ご主人様の体」だった。さっきは、赤い石がキュウコンのトレーナーの体を飲み込もうとしているから、波導弾で壊せと言っているのだと解釈した。だが、それは外れていた。石に波導弾をぶつけても、無駄だったのだ。何らかの力でもって、石は波導弾を防いでしまった。
(ご主人様の体……。キュウコンは何を言いたかったんだろう)
 ルカリオは、地下へ波導を送り、砂や岩で埋まった墓場を探す。あった! ああ、ひどいことになっている。ルカリオが派手にぶつかったせいで、地下室はほぼ壊れてしまっている。砂や岩が天井をつきやぶって、地下室を砂と岩で埋め尽くした。いやいや、幸い、棺だけは無事だ。大きな岩が天井を突き破ったものの、斜めに落ちたために、部屋につっかえてしまい、棺をその後の崩落から守ってくれたのだ。ルカリオは、棺に波導を送ってみる。棺の中に、亡骸がある。
 遠くでまたデスマスの悲鳴が聞こえるも、ルカリオは無視する。
(あれは何だ?)
 ルカリオは亡骸に波導を送った。亡骸に弱い力を放つものが置かれている。あれは、赤い石と同じ力だ。もっと強く波導を送ってみたが、それはなぜか弾かれる。
(まさか、これが、あの赤い石の力の源、とか?)
 弱い力を持つソレをじっくり観察したいところだが、デスマスが悲鳴を上げながら、ルカリオの隠れている岩の陰に飛び込んできたため、邪魔されてしまった……。
「おまっ、何するんだよ!」
「ルカリオさんったら、全然助けてくれないで、ひどすぎまっす!」
「デカイ声だすなよ! 気付かれ――」
 赤い光が、彼らの隠れている岩を粉みじんに砕いたのは、その直後だった。ルカリオとデスマスは爆発の勢いで吹っ飛ばされる。ルカリオはあやういところで着地するが、デスマスは無様にも砂の中へ頭から突っ込んでしまった。デスマスが頭から突っ込んでしまった場所は、ちょうどあの地下室の真上!
「おい、デスマス! 頭つっこんだついでだ! 俺がこいつを引きつけている間に、お前の主人の亡骸を探してくれ!」
 砂の中から何やらもごもごと声がする。
「あの赤い石を破壊するには、お前があの亡骸の所に置かれた変なものを探してこなくちゃだめなんだよっ! いいから行けよ!」
 ルカリオはデスマスを無理やり押し込んだ。デスマスは嫌がったが、ルカリオは情け容赦なく砂の中へと押し込む。砂を押しのけて地下室の空洞へ到達し、デスマスは悲鳴を上げながら下へ落ちた。

「ルカリオさんったら、ひどすぎまっす!」
 デスマスは、天井の崩落した地下室でぶつぶつ言った。天井からはまだ少しずつ砂がこぼれてきている。落下した巨大な板状の岩がそれ以上の崩落を止めてくれているので、砂だけで済んでいる。
「そういえばルカリオさんって何か言ってましたねえ。ご主人様の所に置かれた変なものを探せとかなんとか――」
 棺は無事だ。
「ああ、ご主人様、おいたわしや……」
 棺の蓋を苦労して開ける。自分がゴーストポケモンなのも忘れて……。棺の蓋が開いて、中に安置されている亡骸がデスマスの目に入った。死後、長く経って、もうミイラとなっている。
「あら?」
 デスマスは、亡き主人の胸に置かれた小さな赤い石を見つけた。
「何かっしら。こんなの置いた憶えないんでっすけど」
 主人の葬儀の時、当時人間だったデスマスは、主人の亡骸が棺に納められるのを見た。そして、あの赤い石も。だがあの赤い石は、今、ルカリオを追いまわしている。では、ここにある小さな、赤い石は一体……?
 手を伸ばして、とってみる。が、触った途端、その赤い石はデスマスの手を拒絶した。何かの力で弾かれた手に、じんじんと痛みが走る。赤い石は、小さな光を放っているが、その光を浴びている亡骸の箇所は透明になっている。そして、徐々に吸い込まれて行く。
「まさか、ご主人様を飲み込もうと――」
 今度は、技をぶつけてみようとする。だがそれより早く、赤い石は強い光を放った。
(チカヅクナ! ワタシノあるじニ、チカヅクナ!)
 キュウコンの声がデスマスの中にこだまする。だがそれは、死者の声。死んでからも傍にいたいという執念だけでこの赤い石の中にとどまっている。赤い石を作った時にキュウコンは思いを込めすぎてしまったのだ。
「本体はこの石でっすね! あの赤い石はたぶん、この石が操っているんでしょう……」
 デスマスは、キュウコンと何とかコンタクトを取ろうとするが、何かに阻まれて、キュウコンの元へ行く事が出来ない。おそらくは目の前にあるこの赤い石が原因であろう。
「ああどうしよう……どうやってルカリオさんのところに届ければ……」
 生きた者が作った赤い石は、生きた者にしか破壊できない。ルカリオがこれを破壊できるはずなのだが、既に死んだ存在であるデスマスでは、触れられない。ルカリオに来てもらわねば……。

 ドォン!

 爆発音と同時に、地下室の天井が激しく崩れてきた。
「うわああああ!」
 赤い光の攻撃をかわせたが、崩れかけた天井岩にうっかり足を踏み入れてしまったルカリオが、天井から、砂と一緒に落ちてきた。
「ルカリオさん、ちょうどいいとっころに!」
 デスマスは、うっかり頭を岩にぶつけて目を回したルカリオをゆさぶった。
「起きてくだっさいっ!」
 思いっきり岩に頭をぶつけると、今度はルカリオの意識が戻った。
「いででで……」
 頭をぶつけられた激痛でしばらくうめく。
「それより、これ見てくだっさい!」
 デスマスが指さしたのは、亡骸の上に乗る、小さな赤い石。赤い光を放つそれは、徐々に亡骸を飲み込んでいく。
「おい、これって――」
「たぶん、あの赤い石の本体だと思いまっす。本当に壊すべきは、これなんでっす!」
 デスマスの言うとおりだ。ルカリオがわずかに波導を送ると、外でルカリオを追いまわしたよりもはるかに強い力がその石から発せられているのを感じ取れた。外からだと弱かったのに、おそらく亡骸を飲み込みかけているから力を得ているのだろう。亡骸を飲み込んでしまえば、石の中に込められた記憶は完全に実体を持ち、世界を作り替えてしまう。彼らが目の前にしている赤い石は、それほどの強い力を持っているのだ。
「よーし、そんならこいつを壊すとするか。ありったけの波導の力を込めてな!」
 ルカリオは波導を練りあげる。青白い炎がルカリオの両手に宿り、それが徐々に大きくなっていった。
「破あーっ!」
 一喝。
 波導の巨大な球体が、地下室全体を覆うほどに大きくなった。
 小さな赤い石が、負けじと強い力を放つ。だが光の一閃が波導を打つよりも早く、ルカリオは頭上に作りあげた波導の巨大な弾を、赤い石にぶつけた!


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