第8話



 どこまでも広がる赤い砂漠を、ルカリオは、デスマスの案内に従って、駆けていった。太陽以外に何も目印の無い砂漠だが、しばらく走っていると、遠くに小さな石碑が見えてきた。
「あれでっす! あれがご主人様のお墓でっす」
 遠くに見える小さな石碑は、近づくにつれてだんだん大きくなってきた。そしてルカリオがその目の前に到着した時、小さかった石碑は、ルカリオの三倍はあろう大きさとなっていた。見上げなければてっぺんが見えないほどだ。
「で、でっけえ」
「当たり前でっす。ご主人様のために、大急ぎとはいえ、皆で特別におつくりしたお墓なんですからねっ。さ、中にはいりまっすよ」
「入るって、どうやって」
「ここから、入るのでっす」
 デスマスが指さしたのは、この巨石の根元に置かれている小さな石。
「ただの石じゃんか」
「違いまっす。それを動かすと」
 言いながらデスマスは石を動かす。すると、ゴゴゴと音を立て、ゆっくりと石碑が動き、その動いた下からは、何と階段が現れた!
「こうなるのでっす」
「わー、すっげええ!」
 ルカリオは思わず声をあげた。
「すばらしいでっしょう? あ、今はそれどころじゃありまっせん! 早く入らなくちゃならないんでっす!」
 階段を下りる。カビ臭い空気が中に満ちており、ルカリオは気持ち悪くなった。地下に降りていくはずなのに、その階段の周りは明かりがともっており、足元を見るのにも困らない。一体何の光なのだろうか。火ではない。ポケモンの力で作ったものだろうか。
(あのキュウコンが生前作ったもの、だったりして)
 地下への階段は長く続いた。
「まだかよ」
「もうすぐでっす」
 その言葉通り、階段は終わる。目の前には、石づくりの壁が立ちふさがっている。
「行き止まりじゃん」
「ここを壊すしかありまっせん。でもあんまり乱暴に壊さないでくだっさい。他の場所まで崩れてしまいまっす」
「壊せって……さっきみたいにヒミツの仕掛けとか無いのか?」
「ありまっせん。盗難を防ぐために、ご主人様の亡骸をここにお移しした後は、石で固めちゃいましたかっら」
 ここだけ力ずくとは……。ルカリオは波導を練りあげる。石自体は年月がたっているので古くなっている。力を加減しないと天井まで亀裂が入って崩れてしまいかねない。ルカリオはそれから、どこを壊せば最小限の破壊で留められるか調べるために、石の壁をあちこちなでまわす。手に波導を集中していく。砂埃にまみれた石の手触り。だが一ヶ所だけ、弱い亀裂の入っている場所がある。もしかすると、ここだけ壊せば何とかなるかもしれない。
「このくらいかっ」
 ルカリオは自分のにぎりこぶしくらいの波導を壁の一ヶ所に打ち込んだ。石は壊れ、周りにもビキビキと亀裂が入っていく。だが不思議なことに、亀裂が入ってから壊れたのはほんの一部分、残りは何とか壊れずに済んでいる。壊れた個所は、ちょうどルカリオが何とかくぐり抜けていけるくらいの大きさだ。そしてその壊れた個所から、弱い光が漏れ出ている。奥に光源があるのだ。しかし、光源は一体何だろうか。こんな奇妙な、青白い光とは……。もし光源が記憶の石なら、赤い光のはずなのだが。
「よっしゃ!」
「すごいでっす。じゃあ行きまっしょ」
 デスマスは石壁を通り抜けてしまった。
「そうだった、あいつは壁を通れたんだったな」
 ルカリオはぶつぶつ呟いて、壊したばかりの穴をくぐりぬけた。
「ぶわっ、とんでもなくカビくせー……」
 今までしめきられていたのだから仕方ない。だが、壊したばかりの穴以外に換気の手段はない。そもそも周りもカビ臭い。
「何してるんでっす、早く来てくだっさい」
 デスマスに腕を引っ張られた。ルカリオは、目に入ってきた埃で、思わず目を閉じた。
「ああもう、埃が入ったじゃねーか!」
「しょうがないでっしょ。砂漠の遺跡なんだから、砂埃くらいあってもおかしくないでっす」
 ルカリオは目をゴシゴシこする。一方で波導を働かせ、周りを探る。
 穴の向こう側は、小さな部屋となっている。石の棺が一つ置かれ、周りはポケモンの力で作られた青白い炎の燭台がいくつも置いてある。中に入るときに見えた光はこれが光源だったようだ。そしてひときわ強い力を放つ物体が一つ。丸い形をしており、棺の上に乗っている。
「記憶の石か!」
「そうでっす。早く目をこするのをやめてくだっさい! 波導で周りが見えるんなら、こすらなくてもいいじゃないでっすか!」
「目が痛いんだよ!」
 どうにか目をこするのを止めるころには、もう自分の目は赤くなっているはず。そう思いながら、ルカリオは涙が出てくるまで目をこすっていた。
 やっと目が見えるようになったが、ルカリオは目を開けなかった。波導を通じて、部屋を見ていた。直接見てはいけない気がしたのだ。
 石棺の上に置かれた小さな丸い石。ルカリオの胸の角くらいの大きさだ。強い力を放っている。
「念のために聞くけど、あれが、記憶の石なんだよな?」
「そうでっす。しかも、完全に元に戻ってしまっていまっす!」
「元に戻ったって? 割れちゃったんじゃないのか?」
「たぶんご主人様を想う気持ちが強すぎて、石が自分の意志でひとつにもどってしまったのでっす。そうしないと、本当の力は発揮されないのでっしょねえ」
「シャレはともかく、このまま放置したら、まずいんだよな?」
「そうでっす。ご主人様のお体を飲み込む前に、破壊してくだっさい」
「破壊しろって簡単に言うけどよ、単にぶん殴ればいいのか? お前が落として壊しちゃったみたいにさ」
「たぶんそれでいいと思いまっす」
 それでいいと思う、と言われても……。
「だけど、壊さないとこの人間の体を飲み込んで、記憶に実体をもたせてしまう事になる。そうなるとヤバイ。ならば、壊すまでだな!」
 ルカリオは石の前に立つ。石は何の光も放っていないのだが、強い力を放っている事だけはわかる。そしてルカリオが石を傷つけようとする事を察したのだろうか、石が突然眩しく光り輝いた。
「あぎゃっ」
 デスマスが奇妙な悲鳴を上げるが、ルカリオは目を閉じているので、まぶたの隙間から赤い光が入ってきたことしか感じていない。光の脅しにもひるまないで、ルカリオはこぶしに波導を集中し、
「うおりゃああああああ!」
 一気にこぶしを記憶の石に叩きつけた。

 ルカリオは自分の体が宙を舞ったのを感じた。直後、その体は壁にたたきつけられた。
「大丈夫でっすか!」
 デスマスが飛んできた。ルカリオは、砂の上に落ちた。背後で、ピシピシと亀裂の入る音が聞こえてきた。ルカリオが叩きつけられた衝撃に耐えられなかったのだ。
「俺は、大丈夫。石は?」
 直後、悲鳴にも似た音を立てて、石棺の上に置かれた石から真っ赤な光がいくつも放たれる。そして石それ自体は――
「馬鹿な! 無傷だと!?」
 ルカリオは仰天した。ルカリオはさっき、ありったけの力を込めて、石を殴りつけたのだ。普通なら割れている。なのに、傷一つついていないのだ!
「そんな馬鹿な!」
「石が身を守ったのでっす! むしろ石は、ルカリオさんがご主人様を傷つけようとしたと思ったのかも!」
「だから、主人の身を守るために、俺の鉄拳をはじいたってか」
 その通り。石は眩しい光を放つや否や、一筋の赤い光を放った。慌ててよける。ルカリオがへたりこんでいたその場所に、穴が開いた。
「しかも俺を攻撃してきやがった。完全に敵だと思ってやがる」
 石を壊そうとした、つまり相手に敵意を示す行動をとったのだ、当然であろう。
 ピシピシ、ガラガラと遺跡が崩れようとしている音。ルカリオはすぐ立ち上がった。自分がぶつかったせいで、もろくなっていたこの地下室は、崩れそうになっているのだ。
「生き埋めになりたくねえ! とにかく出るぞ!」
 背後から石が攻撃してくる。ルカリオは一気に階段を駆け上がった。デスマスが後からついてくる。
「あわわわ……」
 ルカリオが外に出た途端、遺跡の階段はガラガラと崩れた。後少し遅かったら、ルカリオは生き埋めになっていた。
 ルカリオは波導を地下に送りこみ、石の様子を探る。石は、天井の崩落の衝撃で石棺の上から落ちてしまい、わずかな隙間の上に落ちている。強い力を何度も放っていたが、急に石はフワリと浮き上がった。そして、ガレキをつきやぶりながら進み続ける。
(信じられねえ。自分で動いてやがる!)
 そして赤い石は、とうとう地上へと飛び出してきた。
「あわわわ」
 デスマスはおろおろしている。赤い石は、攻撃目標をルカリオのみに定め、赤い光を次々に放ってきた。ルカリオは全身の痛みでとっさに動けなかったが、それでも必死で体を動かす。ジャンプ、バック転、宙返り、ころがり、最後に神速で近くの大きな岩陰に逃げ込んだ。
 赤い光の攻撃は止まっている。波導で探ると、ルカリオを見失ったのか、赤い石は宙に浮いたまま、何もしてこない。これならじっくり考えられるかもしれない。あとはデスマスが余計な事をしてルカリオの居場所を赤い石に教えるようなことがなければいいのだが。
「うーん、どうしよう。さっきの渾身のパンチが効かなかったんなら、俺の持てる力を駆使してもダメってことじゃないか……」
 そのとき、ルカリオの頭の中に、声が響いてきた。それは、キュウコンのものであった。
(ルカリオさん、おちついて聞いてください。あの石を破壊する方法をお伝えします!)


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