第7話



「それじゃあ、まず聞きたいのは――」
 ルカリオがキュウコンに質問を投げようとした途端、その頭上がまぶしく光って、目がくらむ。
「キュウコンっちゃーん!」
 聞きなれた声がして、ルカリオの頭上から何かが降ってきて――派手にルカリオの頭にぶつかったのだった。
「くうううう」
 ルカリオは痛みでしばらく目を回していた。だが、痛みが引いてきて視界がしっかりしてくると、自分の頭上に落ちてきたものを見た。デスマスだった。
「あっ、お前! 俺の頭の上に落ちてきやがったな!」
「あんら、ルカリオさんじゃないでっすか!」
 揺さぶられて意識の戻ったデスマスはぎょうてんした。
「どうしてこんなところにいるんでっすか」
「あの石が外に飛び出してから記憶の世界に引きずり込まれたところで、このキュウコンが案内してくれたんだよ」
(そうです)
 キュウコンは尻尾を振った。
(そして、ルカリオさんにお話をしようとしていたところなんです。ご主人様の記憶を封印したあの石について……)
「そうなんでっすか。でもアタクシの説明では足りなかったのでっすか?」
「もっと詳しい経緯を、作った本人から聞きたいんだ。その方が正確だろ。お前は人間の立場から話をしたけど、俺はポケモンの立場からも話を聞きたいんだ。このキュウコンが主人の事をどう思っていたかとか、そういうのを知らないとな」
「そうでっすねえ」
 デスマスはくるくると回る。
「でも、キュウコンちゃんっ。ちょっと聞いてほしいんでっす! さっきあの石の力がもっと解放されて、あたり一帯が完全にのみこまれまっした!」
(なんですって? ああ、もうそこまで石がご主人様を欲しているのね! そうなってしまったら、手遅れになってしまう!)
 キュウコンは九本もの尻尾をぶんぶん振りまわした。デスマスはせわしげに辺りを飛び回った。ルカリオはまたしてもおいてけぼりをくらう。
「俺をおいてきぼりにしないでくれよっ。何が起こったって?」
(ああ、説明している時間が惜しい。そうだ、今から貴方の頭の中に、石を作った後の、わたしの記憶を流しますわ。そのほうが速いかもしれないから)
 ルカリオが抗議する暇もなく、キュウコンはその体を眩しく光らせた。

「キュウコンや。いつもありがとう」
 傍から聞こえてきた声に、ルカリオはハッとした。横を向こうとしたが、なぜか体は言う事を聞かない状態。だが勝手に首が横を向く。大きなベッドに横たわる、年老いた一人の人間。優しい表情をして、こちらに手を伸ばしてくる。
「キュウコンや。お前の作ってくれた石、いつも大事に持ち歩いておるよ。本当にありがとう。こうして石を眺めておると、わしたちは色々な場所を旅したのだと嬉しくなるよ。また病に倒れてしまったが、わしはお前とこの石があれば満足じゃよ。色々な思い出を作ったのだから。歳をとると忘れてしまっていかんが、この石だけはいつまでも憶えていてくれる。わしが忘れてしまった旅の思い出を、お前の作ってくれたこの石は全部しまっておいてくれる……」
 その人間の片手には、赤い石が握られている。ルカリオは思わず口をぽかんと開けていた。確かに自分の胸のツノくらいの大きさをした石だ。赤い石は弱弱しい光を放ち、人間をも包み込んでいる。
「わしは、お前に出会えて、本当に良かったと思っているよ……」
 人間は、頭を撫でながら言った。その撫でてくる手がわずかに震えている。
「何年も一緒に旅をしたお前を一人ぼっちにしてしまうのは辛い。だが、わしは充分に生きた。幼いころから病弱だったわしをここまでもたせてくれたのは、お前との出会いがあったからこそ。お前はわしの生涯の友じゃ……」
 人間は弱弱しくせき込んだ。
 ルカリオは、自分の体が勝手に動いてベッドにのしかかるのを感じた。
「すまんのう、キュウコン。薬を、持ってきてくれんか?」
 自分の体が勝手に動いて、小さな袋を口にくわえ、人間にわたす。
「ありがとう……」
 人間は袋を開いて、丸いものをとりだし、まずそうな顔をして飲み込んだ。
 周りが、真っ白な光に包まれた。

 フシギな部屋の中。
 ルカリオは、またしてもハッとした。
 キュウコンの傍にデスマスがいる。
「ルカリオっさん!」
 デスマスはいきなりルカリオの目の前に接近した。
「わーっ」
 ルカリオは仰天して、思わず波導弾を放った。が、デスマスを通り抜けて、さらにキュウコンを通り抜けて、壁にぶつかり、壁を壊した。ガラガラといくつかの石が派手に音を立てて壊れ、崩れた。だがさいわい、壁全体を破壊するには至らなかった。驚いたあまり、充分に波導を練りあげる事が出来なかったためだ。
「アタクシはゴーストポケモンだから格闘技はきかないのでっす! でも壁壊さないでくだっさい」
「お、お前がいきなり接近したのが悪いっ」
 ルカリオは、どきどきと激しく高鳴る心臓を押さえた。
 キュウコンは問うた。
(わたしの送った記憶の映像をご覧になりましたよね。時間が無いので、貴方にお送りした記憶は、ご主人様がおなくなりになる少し前のものにしました。ところで、あの赤い石が光っていたのを覚えてらっしゃる?)
「うん、光ってたな。あの人間を包んでいたみたいだったが、あの光に何か特別な力があるのか?」
(もちろんです)
 キュウコンはしっぽをぶんぶん振った。
(あれは、わたしの力です。石を作った時に、わたしの思いを込めすぎて、その思いが暴走を始めようとしていたのです。病で亡くなられるご主人様を想いすぎたのです)
「それくらい、主人が好きだったってことだよな。でもどうして石の中に込めた思いが暴走を始めたんだ?」
(ご主人様が本格的な病に倒れた後、わたしは石を作ったのですが、その時にはもう、亡くなられる事を知っておりました。ですから、精一杯、ご主人様への愛を込めたのです。あの石の中に込めてしまった愛情が暴走したのは、ご主人様が亡くなられるのを惜しんでしまったためです)
「お前の思いが、もうじき天国へ行く主人をこの世にとどめたくなったから暴走し始めたんだな?」
(簡単に言えばその通りですわ)
「で、あの赤い光は、結局お前の主人をどうしようとしてたわけ?」
(ご主人様を本当に飲み込もうとしていたのです。わたしはそれに気づかなかった……ご主人様が心配で心配で、それどころではなかったのです)
「お前の暴走している思いがご主人を飲み込もうとした。飲み込むと、どうなるんだ?」
(石の中に込められた記憶が実体を持ち、ご主人様の記憶の世界がこの世界にあふれます。記憶の世界が現実の世界と入れ替わってしまいます)
 記憶の世界が現実の世界と入れ替わる。ルカリオは首をかしげた。聞き覚えがあるぞ、そうだ、デスマスもそんな事を言っていた気がする。
「記憶と現実が入れ替わるってことは、今ここに俺がこうしているのも、無かった事になるってことだよな? お前の主人の記憶こそ本物になってしまって、本来あるべき世界が消え去ってしまう。そう言う事なんだよな?」
(そうなんです! そうなる前に、石を破壊しなくてはなりません!)
「うん、わかってる。だけどさ、石はバラバラに割れちまったんだぜ? その時点で石は壊れたんじゃないのかよ?」
(壊れていないのです。ただ割れているだけです。本当に壊すには、貴方の力がどうしても必要なのです。生きたポケモンの貴方の力が!)
「そうなんでっす! あの石を本当に破壊できるのは、貴方だけなんでっす!」
 キュウコンだけでなくデスマスも力いっぱい言った。
「生きた存在が作った石は、生きた存在にしか破壊できないのでっす! だから貴方の力がどうしても必要なのでっす! ルカリオさん、どうか力を貸してくだっさい! いや、貴方がどう言おうとも、力を借りますでっす!」
 デスマスはそのまま強引にルカリオを引っ張った。
「キュウコンちゃん、残りの石の探知をお願いしたいでっす。飛んで行ってしまったんでっすよ。たぶんご主人様の棺に向かったと思うのでっすが」
(そうです。あの石はこちらへ向かってきています。途中で記憶のかけらを少しずつまき散らしながらも)
 キュウコンは尻尾を振った。
(ルカリオさん、お願いしますね……)
 イエスともノーとも言わせてもらえなかった……。
(ご主人様の墓場。石はそこに向かっています。デスマスさん、急いでください。地上へは、わたしがお送りしますわ)
 眩しい光に包まれ、次の瞬間には、地上にいた。真っ赤な砂漠がどこまでも広がっている。
「記憶の世界の砂漠じゃないか……」
 浸食が始まったのだ。デスマスはルカリオの腕を引っ張り、
「急いでくだっさい! ご主人様のお墓はこちらでっす! 貴方方向オンチだから、アタクシがご案内しまっす!」
 強引に引っ張った。ルカリオは、もうどうにでもなれと投げやりな気持ちになった。こうなったら、石をさっさと見つけ出して破壊し、記憶の世界から逃げ出すまでだ。
「わかった。じゃあ、急ぐぞ!」


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