第6話



(やっぱり、俺を呼んだのはこのキュウコンなのか)
 質問の後、ルカリオは、三つの棺のひとつに座っているキュウコンを、上から下までもう一度見つめた。つやのある綺麗な毛並み、美しい瞳、均整のとれた体。トレーナーに大事にされてきたポケモンだとわかる。野生だとこんなに美しくはならないのだ。自然の中で生きる以上、野山をかければどうしても汚れてしまう。しかしながら、トレーナーと一緒にいると普段はモンスターボールの中で生活するため、バトルする時以外、毛皮が汚れることはめったにないのだ。
(よく来て下さいました。お待ちしておりましたわ)
 棺の上に座るキュウコンは、綺麗な光を放っている。だが、その足元には赤い石が一つ落ちている。たぶん綺麗な光を放つその石こそが、キュウコンの幻を形作っているモノの正体であろう。石の中に生前のキュウコンの力を閉じ込めているのだろうか。波導を送って調べると、赤い石それ自体は、今までルカリオとデスマスが探してきたものの一つと同じだとわかる。が、大きい。ルカリオの握りこぶしくらいの大きさだ。これは確かに記憶の石ではあるが、別の記憶の石だ。キュウコンの力それだけを封印しているものであって、ルカリオたちが探している、人間の記憶を封印した石ではないのだ。
「お前、俺に何の用があって、ここへ呼んだんだ?」
 ルカリオは問うた。キュウコンは何本かの尻尾を動かしながら返答する。実際に口で返答しているのではなく、頭の中に話しかけてくる、と言った方が正しい。
(わたしがあなたをここまでおよびしたのは、あなたに、あの記憶の石を破壊してもらいたいからです!)
「ええっ」
 あまりにも唐突なその言葉に、ルカリオは仰天した。
「い、石を壊してくれって、どういう――」
 ルカリオに最後まで言わせず、キュウコンは言葉を伝えてくる。
(わたしは生前、ご主人様が大好きでした。ロコンの時代からわたしを大切にして下さったご主人様。病弱でしたが旅をなさって、色々な事を見聞きなさってから、そのいろんな事を忘れたくないとおっしゃるご主人さまのために、生前のわたしはご主人様の記憶を少しずつ封印して石を作りました。床に伏したご主人様がいつでもご覧になれるように、一生懸命真心をこめて、作ったのです。……ですがそれは大変な間違いだったのです。あの石はご主人様をお慕いするあまり、ご主人様のご遺体を飲み込もうとしているのです。ああ、生前のわたしはあまりにも愚かでした! 病弱なご主人様の頼みでしたから、よかれと思ってご主人様のためにしたことが後のちになって、あだになってしまうなんて思いもしていませんでした! ああ、あなた、早く石を壊して下さいな! 早くしないと取り返しのつかない事になってしまいます。幸いあなたならば、デスマスと違って完全な実体をもつ方ですから、石を破壊しても、受ける影響はわずかなものと思いますが、しかしやはりわたしの話を聞いていただかねばならないかと思われましてここまでお呼びした次第なのです。おわかりいただけたらうれしゅうございますが、なにぶん、わたしは死んでしまっておりますので、こうして過去のわたしの記憶を持ちだして喋ることしかできないわけで――)
「……」
 一体どこから言葉がこれだけたくさん出てくるのやら。ルカリオが口をはさむ余裕がない。だが、このまましゃべらせていると、相手が一方的に喚いて終わりだ。その上、尻尾がぶんぶんと勢いよく振られていくにつれて、キュウコンがだんだん早口になってくる。急いで止めねば、何も聞きとれなくなるかもしれない!
「あっあのさ!」
 ルカリオは、とんでもなく早口になってきたキュウコンの話を遮った。
「俺、どうも事情が呑み込めないんだ……。できればさ、順を追って話してくれないか? そうしたら、どうしてお前が俺に石を壊してほしいのか、わかるからさ。さっきみたいにベラベラベラベラ喋っても、俺には何が何だか……」
 はっとしたキュウコン。どうやら、キュウコンば生前もこんな「性格」だったらしい。
(……そうですね。失礼いたしました。ご主人様にもよく言われておりましたわ、「お前はあわてん坊すぎる」と。……こほん。では、何からお話ししましょうか? わたしの憶えている限りの事をお話しいたしますが、ご主人様の幼いころとか何をいつも召し上がっていたか、などは駄目ですよ)
「いや、トレーナーの子供時代とか、何を食べていたとか、そんなことは聞きたくないよ。トレーナーの個人的な話には興味無いしな。あ、そうそう、頼むからさ、途中から早口で喋らないでくれよ。聞き取りにくいんだ。お前せっかちみたいだからさ……。それじゃあ、まず聞きたいのは――」

 記憶の石を追いかけて遺跡の外へ飛び出していったデスマス。
「あらららら! とんでもないことになってしまいまっしたあ!」
 デスマスは、周囲を見て悲鳴を上げた。
「あああ、ご主人様の記憶が、周りを侵食しているっ! しかもこんなに早くおきてしまうなんて信じられないでっす!」
 まだ朝なのに、周囲はまるで夕焼けのように赤い。どこまでも続く黄色い砂の世界が、徐々に赤く染まり始めているのだ。これは記憶の石に封印されていた、赤い砂漠の記憶。現実が、記憶と入れ替わり始めているのだ。
 デスマスは、最悪の事態が起きた事を悟る。
「ちょっとルカリオさん、見てくだっさい! こんな事になってしまったんでっす! おそれていたことが、こんなに早く起きてしまいまっした!」
 が、返事がなかった。足音も聞こえてこない。
「んもーっ、ルカリオさんたら何をやってるんでっすか! 早く出てきてくだっさい、あなたのせいで石がどっかに飛んでいってこんなことに――」
 ルカリオに怒鳴ろうと、デスマスは後ろを振り返る。だが、ルカリオの姿はない。オアシスにもいない。遺跡の中におりていったが、ルカリオの姿はない。
「あれ、どこへ行ってしまったんでっしょ?」
 だだっぴろい砂漠には、遺跡やオアシス以外に身を隠せる場所はないはずだ。穴をほって隠れない限りは。しかしわざわざ穴を掘って隠れるような理由は、ルカリオには無いと思われる。デスマスは首をかしげた。
「一体全体、どこへ行ってしまったんでしょっか、ルカリオさんったら。ああもう、そんな事より、早くキュウコンの墓場へ行かなくちゃだめでっした! ルカリオさんなんてほっておきまっす! どっかにいるでっしょ!」
 デスマスはさっさと出かけた。
 砂漠の浸食が早まってきた。
「急がないと、キュウコンの墓場までうずもれてしまいまっす! あそこがうずもれてしまったら、今度こそ打つ手がなくなっちゃいまっす!」
 大急ぎで到着したのは、遺跡から西へ向かった地点だ。一見すると何もない。だがデスマスが近づくと、ある一ヶ所がポッカリと開いた。砂が穴の中に呑み込まれて、姿を現したのは、遺跡の階段だった。キュウコンの墓場は、こんなところに隠されていたのだ。地下へ降りていくと、小ぢんまりした石づくりの部屋があり、棺が一つだけ置かれている。
「さ、キュウコンちゃん、来ましたでっすよ!」
 デスマスがその棺に触ると、今度はその棺が光り出した。
「相談したい事がありまっすから、力を貸してくだっさい!」
 デスマスは、光を放つ棺の中へと飛び込んでいった。


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